美作 - みる会図書館


検索対象: 徳川家康 5
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1. 徳川家康 5

「さすがは御台所さま ! お心遣い、あつばれにござりま蘭丸はそれを万一の場合には、この身を護れーーーと取っ たらしく、 する」 「、い得ました」 その手紙をおし頂き、早々に居間を出ていった。 りん こうして奥平美作の姿はその日のうちに岡崎城から消え凜とした声で答えて、これまた猛禽を想わす視線で美作 に対していった。 ていた。 むろん正式の使者として、供揃えをして赴くのではなか 四 った。それではどのような危険が途中にあるかわからなか っこ 0 「みな退ったそ」 三日目に美作は岐阜の千畳台の広間で信長と向いあって信長はがらんとした大広間にビンビンひびく大声で、 「お人払いなどと指図がましい、何だ美作」 と、はじめから叱りつける口調であった。 この日の信長はきちんと衣服をととのえて、近よりがた きりしたん い風貌で坐っていた。すぐさっき、切支丹の僧が京からや「その方の面構え、さながら鬼じゃ。その面でこの信長を って来て対面したあとだと言い、両側にすらりと一族の重脅そうとかツ」 臣たちも居流れたままであったが、美作は広間へ通される美作はニタリと笑った。 「お館の顔も鬼じゃ ! 」 と同時に、 「なんだとツ」 「お人払いを」 「この美作などは、同じ鬼でも、やさしく小さな小鬼じゃ と、わめくように言ってあたりを睨めまわした。 が、お館よ ー大鬼じゃ」 「みな遠慮せよと、美作が申すわ」 「使者の口上ッ ! 」 信長は不機嫌らしく、 「ただいま」 「そちはよい。そちは退るなツ」 美作ははじき返すように答えて、 うしろに太刀をささげて控えていた森蘭丸をかえりみ 「お館は、戦には戦機のあることをお忘れではござるまい」 2 3

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あつめているところと思うがよいぞ」 筒井、細川の両家にまで、鉄砲隊の借用を申入れてある という一事が、よくそれを証明してあまりあった。 「えっではあの三千五百 : : : 」 「これで、武田勢の騎馬武者の動きを封ずることが出来れ「お許し下されませ、嬉し涙でござりまする」 ば戦は勝ち、美作、この信長が、三河の親類の危機を見「たわけたことを。嬉し涙はのう、敵をたたき潰した時に 流すものじゃ」 て、手を拱いていると思うな」 「十、十、ツ、 よく肝に銘じまして」 奥平美作は、思わず低くうめいて両手を仕えた。 「よし、これで腑におちたであろう。蘭丸、みなを呼び返 「心せくままの暴一一 = ロ、お許しなされて下さりませ」 「おう、分っているわ。さすがに家康どの、その方を使者せ。そして美作に盃を」 「まッ とはよく考えた。この鬼めを寄こすとはのう : ・・ : 」 再び大広間へ重臣たちは呼び戻された。そしてその時に 美作は一度さげた白髪頭を立て直すと、こんどは粛然と はもう信長は、からりと晴れた表情で、自分でも強か酒を 胸をそらして泣きだした。 どうして涙が出るのかわからなかった。長篠で、敵の総のんだし美作にも次々に注がせていったが、戦の話はロに 攻撃をうけている不敵な息子の面魂が、まばろしになってしなかった。 見えては消えた。 その翌日は五月十日。 三河から再び使者がやって来た。家康の御使番、小栗大 六重常だった。 信長は美作の涙を見ると顔をそむけて、また叱った。 小栗大六は、奥平美作とは正反対に、いんぎんを極めた 「見苦しいぞ美作 ! 」 言葉で、信長に援軍を乞うていた。 ごづめ 人が怒れば笑い、泣けば怒る信長の性癖だった。それを はじめは長篠の後詰、われ等が主君のみで充分と心 はっきり知っていながら、美作はなぜか涙がとまらなかっ得居りましたるところ、甲州勢の数意外に多く、われ等主 っ ) 0 君のみでは後詰安泰とは参りませぬ。したがってご当家に ( 信長はこの戦を家康以上に重く視ていた : 援軍を仰ぎ吉田にて両軍合体の上長篠へ後詰め仕りたく、 こまめ

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その声があまりに大きかったので、信長のうしろで思わ手がなければならぬ。その手だてを講ずるまで、持ちこた えられぬ三河勢では話にならぬそ」 ず蘭丸は身をのり出していた ( いっか信長は、はじめのはげしい語勢から、おだやかな 五 一言しぶりに亦久っていた。 美作はそうした信長の性癖をよく知っていて、相手が怒 「一歩もここを動かぬと」 こんどは信長があざ笑った。 気をふくんで来ると、一歩もあとへは引かなかった しわばら あとへ引くと信長の怒りはいよいよはげしいものにな 「一歩も動かぬとは皺腹でもかっさばくというのか」 り、引かぬと知るとおだやかになって来る。 「仰せのとおり」 「のう美作、その方は、いったい信長がどれほどの軍兵を 奥平美作は間髪を入れずに、 「岐阜の千畳台、この貞能にとってもこの上ない死場所で引きつれて参ればよいと思案して来た。まずそれから聞こ ござりまする」 「恐れながら : ・・ : 」 信長は何を考えてかふっと視線を宙にこらして、 と、美作も口調を変えた。 「美作」と、声をおとした。 「七、八千は」 「戦にはな、戦機もあるが、駆けひきも大事なのだ」 「と、仰せられますると、何かご思案あっての延引にござ 「七、八千か。そうか、それで鉄砲の数は、何ほど」 「五、六百は : : : と存じまするが」 りまするか」 「五、六百 : ・ 「のう美作」 信〕はこんどはおかしそ、つに入いとばしこ。 「そうか五、六百と、その方は考えるか」 「この信長が援軍を出した上で手間どっては、敵でないも 「何で、お館は笑われまする」 のまでが敵にまわって来ると思え」 「わしはな、少くとも三千五互は欲しいと思うている。そ 「それほどのことならば、この美作にもわかりまする」 「であろうとも。それゆえ、出発と決ったら、すぐに勝つれていま、大和の筒井、細川などに使者を飛ばして鉄砲を 3

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「それがしはこれより岐阜のお館のもとに参りまする。何めた。 しに行くかは改めて申上げませぬ。それがしの申すこと、 「この戦、徳川家の浮沈にかかわるだけではござりませ もしお館がお聞届けなくば、その場を去らす、腹かっさばぬ。もし、三河で堰を切ると、この怒濤はそのまま、美 いて、二度とは三河の土は踏みませぬ」 濃、尾張へ押しよせまするが」 姫はそっと頷いた。 姫はまた凍ったような表情でこくりとした。 「それで、ご挨拶にあがりました。ご両親へお言伝けを仰美作の言葉にうなずいたのではなく、もう一度だけ妻と せ聞け下さりませ」 して、信康にまごころを注いでゆかなければと思い決めた 美作はそ、つ言うと、またパタバタと扇をうごかしながらのだ 微笑していた。 「では、伝一言よりも、手紙を認めましよ、フほどに、待って たもれ」 充分にお心を籠められて」 恵姫は湧き立っ感情をおさえて、しばらくじっと黙って姫は立って窓辺の机の前に坐った。 美作の視線を背に感じると、又想いはみだれそうであっ たが、心をはげまして筆を走らせた。 ( 7 も、つ〕信じ士い : ・・ : ) そう思い決めていた信康が、陣頭に立っておめき叫んで 自分はその後平安な日々を迎えていること。信康は勇み いる姿が妙に悲しく眼先にちらついた。 ( 死ぬかも知れぬ ) 立って出陣し、 日、載田両家のためと、陣頭に立って奮 と思い、死んでもよいのかと、反問して来る、もう一つの戦していること。そしてみなが父の援軍を待っていると書 く代りに、いずれ岡崎へお越しの節は、あれこれお物語申 想いもあった。 岐阜に使いするという奥平美作の用は信長に援軍を求め上げたくと書いていった。 るためと、分りすぎるほどに分っている 信長の来援は既定の事として、文意をさとらせるつもり 「御台所さま、ご両親へのお言伝仰せ聞け下さりませ」 であったが、書き終ってそれを美作に見せると、美作は膝 姫が思い迷っていると見てとって、美作は又煽ぐ手をとをたたいて頬を崩した。 せを 3

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「それが口上か美作」 「たわけめツ、奔流はの、ただ甲斐だけから流れ出してい 「われ等が主君は、敵が長篠にかかる前に援軍をお遣わしるのではないわ。伊勢のあたりも危い。河内、摂津も汕断 下さるものと信じていた。それゆえ、親子で、吉田城までならぬ」 お出迎えしていたが、一向にご来援ない間に、敵は長篠を 美作はとっぜん笑い出した。 攻めはじめた」 「そのような講釈を聞きに参ったのではござらぬ。三河尾 信長は答える代りにグワッと大きく眼を剥いて美作を睨 みつけたままだった。 張の大堰が破れたのと、伊勢、河内、摂津の小堰が破れた 「われ等はお館もご存知のごとく、亀姫の身代りに岡崎城のと、結果は同じでござりますまい。三河はいま、この人 へとられた、人質の身じゃ。伜に少しでも怪しい節があっ質の爺でもなければ、お使いする者もないほどの大出水、 たら、そのまま首討たれる筈の身じゃ」 それのわからぬお館ではない筈なのに、なんでそのように ガミガミお叱りなさるのか。大鬼が小鬼の性根を試すのな 「それが大切なこの使者に立てられる。これをお館は何とらば詰らぬことだ」 「フーム。ロの減らぬ男だ。して口上は」 思召される」 「 / 、どし ! 」と、信長は一喝した。 「即刻援軍を差向けられたい」 「何が言いたいのだその方は」 即刻とはゆかぬ。これが返事じゃ」 「長篠が落ちてからでは、奔流は堰きとめられぬと申上げ 「では、何日頃にご出発下さるので」 て居るのでござる」 「わからぬ ! と申したら何とする」 「 ~ 天作 ! 」 「キ、ツ 美作はもう一度おかしそうに笑った。 「その方の伜は、それほどのやくたい無しか」 「人質なれど、逃げる奴ではないと見込まれ、この大事の 「これはしたり、伜がやくたい無しならば、 いまだにこの使者に立たされた。それゆえ心は決めてある。わからぬで は一歩もここは立ち申さん」 鹹を出られぬお館は何でござる」 3

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にござりまする」 喜乃が取次ぐのを待ってようやく、 「あの、若殿が ? 」 「これへ 」と言ったが、その顔には会うのを喜ぶいろ「はい、みずから陣頭に立たれ、さながら阿修羅王のよう キまよ、つこ 0 であったと、注進の言葉にござりまする」 美作は人って来ると、真四角な白髪の頭をまっすぐ立 「まあ : : : 大将の身で、おんみずから」 て、光る眼をギロリと鋭く姫に向けると扇子でパタバタと 臣は、もう信康のことでは心を痛めまいとにつていなが 胸元を煽いだ。 ら、やはり呼吸が苦しくなった。 「いよいよ敵が長篠城を囲みましての、しかし城内には伜愛されていないと信じ、憎んでやろうとしていながら、 めがまかり在りますれば、決してお案じなさることはござ急に心臓は早鐘を打ってくるのである。 りませぬ。ただ、この暑さゆえ、苦労は致してござりま 「姫さき ( 」 . ま、つ しよ、つが」 「ほんに大儀なことと思いまする」 「若君のなされ方、御大将の身で軽率な : ・ 「それから甲州勢め、やはり兵をあちこちに割きました。 さりまするな」 長篠を攻めると同時に、吉田、岡崎との間へも出て来まし 「なぜであろうか。わらわには分りませぬ」 れん ての。二連木、牛久保と火を放ち、街道へも出没して大「この一戦、勝たねば徳川家はないものと、真向一途に信 殿、若殿などの軍勢を長篠に近づけまいとの思案にござりじきった阿修羅のお姿 : : : 若君ばかりではござりませぬ。 この美作も、伜九八郎に、そのこと噛んでふくめました。 「そうであろうか」 亀姫さまも、その気でござらっしやる。何ぶん今度は、つ うま′ー、 「といって、そう巧々と敵の思うままにはなりませぬ。本ねの戦いではござりませぬ」 日の知らせに依りますと、若殿三郎さまは山中の法蔵寺に 女はいっか両手でそっと胸を抱き、固くなってうなずい 討って出て、岡崎への通路を断とうとした敵方の、戸田左ていた。 門一西、大津土左衛門時隆等を槍をふるって蹴散らしたげ 「さてそこで : : : 」と、美作は顔中を笑いにして、 よ、つこ 0 と は 日ヨ 召 し 下 0 3

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「それ、お許しが出たぞ強右衛門」 家康はまたちらりと美作を見やり、両脇の家臣を見た。 「よし、分った。腹が空いているであろう。湯づけをと 「はいツ、申上げまする」 「独右 ~ 門はそ、つ一一「ロって、ぐっと自 5 をきってから、 り、着物をかえて休むがよい」 「恐れながら、その儀はご無用に願いまする」 「瓢曲輪を奪われて城の食糧あと三日分にござりまする」 「腹は空いて居らぬと申すか」 それだけ言うと、唇を一文字に結んで黙ってしまった。 「口上はそれだけか」 「城内ではおそらく、後日にそなえて、粥というも名ばか すす 「十、 0 りのものを啜りだして居ることと : : : それゆえ強右衛門 。しそれだけ申上げれば前後のご判断はお館さまがな さる。余計なことを申してご判断の邪魔になるなと、きびも、このまま引返し何とそして城中へ立戻って、苦楽を共 しく申付けられました」 に致しと、フ存じまする」 「そうかなるほどのう : 「うーむ」と家康はもう一度呻いて、ちらりと縁に控えた 美作を見やった。美作は泣くまいとして、しきりに明けか そう言う家康の眼もいっかうるみだしているようたっ けた空を睨んで膝をつかんでいる。 「小気味のい い口上だの。そうか九八郎はそれだけしか言 わなんだか。では予からたすねる。その方は何として敵の 重囲をぬけて来たそ」 「では、すぐにこのまま長篠へ戻ると申すか」 「大野川の川底を歩いて来ました」 家康はふくれあがる感情をおさえて、また平静な声でた 「河童のような奴め。それで脱出出来たことを城内へは何すねた。 で知らせた」 「わしも、すぐに駆けつける。その時一緒では、いにすまぬ が , ば・つ 「从、ツ 0 力」 雁峰山からのろしをあげて知らせました」 「ありがたき仰せ : : : それを伺えば一層早く立戻りとう存 丿八良も、彌九郎父子も、三郎次郎もみな無事か」 じまする」 はい、土を煮、膝をそいで喰ってもお館さまのお指図が 強右衛門は言外に援軍の出発をうながしている。その気 あるまで、城は敵に渡さぬと気負い立って居りまする」 5

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までしかない百蟶の野良着を着ていた。 も可ごとも考えていないように静かに見えた。 双方の参謀たちが軍評定をひらいたのはその夜であったで、足には素わらじがくつつけてあった。 が、これも言わば顔つなぎの酒宴に終り、直ちに両将相携「その方が九八郎の家臣か」 えて岡崎を発向するものと思っていたのに、信長はその翌家康のうしろには、いっか酒井忠次も、小栗大六も、本 多平八郎もついて来ていた。 日も岡崎に泊ると言い出して動かなかった。 「はい、鳥居強右衛門と申しまする」 家臣たちはじりじりした。しかし、家康もまたあえて、 強右衛門はそう言って、血走った眼で家康を見上げた 信長を急かせよ、つともしない。 が、家康はわざと何の感動も面に見せなかった。 「ごゆるりと休養させてお出なさるが宜しかろう」 その家康のもとへ長篠城を脱出した鳥居強右衛門が、乞「予はその方を知らぬ。待て、これへ奥平貞能を呼ばせよ う。万千代、貞能を起して来い」 食のような姿でたどりついて来たのは十六日の早暁だっ 奥平美作は織田勢とともに城へ戻って、いま三の丸に起 居していた。 「お館さま、長篠からの密使にござりまする」 家康はすでに床をはなれて、物具をつけかけていたが、 そこまで起しに行って、戻って来るのには時間がかか る。強右衛門はじりじりした様子で、躰をよじり唇をなめ それを聞くと一瞬眉間に深い立皺をきざんでいった。 た。しかし家康はじっと眼を強右衛門に据えたまま石のよ もはや長篠からの吉報のあろう筈はなかった。 うに動かなかった。 ( 援軍を求めて来たか、それとも城将の討死か : : : ) やがて美作があたふたとやって来た。 「この庭先から案内して来るように」 「おお強右衛門か。ご苦労であった。お館 ! この者確に そう言って、家康は縁へ床几の用意をさせた。 せがれ 伜が家臣に相違ござりませぬ」 五 強右衛門は美作をみると、カーツと大きく開いた眼から ポトリと涙をおとした。 「うーむ」と家康は強右衛門の庭へ入って来る姿を、朝靄ポトリ、 の中に認めて、かすかに呻いた。もとどりを藁で結び、膝「よし、使者の口上、直接聞こう。申せ」 太い股はむき出し 5

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引きつれて岐阜を進発したのは五月十三日。 何とぞ火急、御来援のほどを : : : 」 信長は殆んどそれを聞いているのかいないのか分らなか その時にはすでに孤城長篠は、文字どおり肝を舐める苦 戦の中へ追い込まれていた。 が、その翌日から続々として軍兵が岐阜城の内外に集り親鬼の美作が、信長の心を知って、ようやくホッとした だした。しかも集って来る兵を見ると、みな言い合したよ十一日の早暁、子鬼の九八郎貞昌は再び甲州勢が野牛門に 迫っという知らせを聞いて、のっそりと城の南面に姿を見 うに柵木一本と繩一束を持っている。 せていた。 これを見て美作も大六も首を傾げて考えこんだ。 これまでの戦は身軽くいで立って、各自が高らかに名乗 りかけては打ち争う一人と一人の格闘が基本であった。要 「ふーむ」 するに一人々々の勇士の勝ちが積み重なって全隊の旗色を 決し、そこから勝敗が分れていった。 小手をかざして朝靄の底をのぞいた九八郎はうなっ その常識からすれば、材木をかつぎ繩を下げた進軍は、 何としても腑におちない。 この前の戦闘にこりて、もうここから冒険はすまいと思 。カオ したいこれは何の用意であろうか : : : ? うていたのに、またしても筏をかって絶壁にいどんで来た しかしその危惧を口に出せなかったのは鉄砲隊の威容でのオ あった。 しかも、こんどはまっ先に青竹の束をかざして、楯にし いったいこのように多くの鉄砲足軽が、日本のいずれにて進んで来る。 あったのであろうか。 当時の鉄砲を避け得るものは竹東よりほかになかった。 八十人から百人で一隊をなしたものが、続々と岐阜に繰表皮の硬さと滑り易い円の表面に妨げられて、弾丸はむな り込んで、その数は信長の放言どおり、ついに三千人近くしくそれるからであった。 になって来た。 最初の発砲で、綱を断ち得ないと見てとると、九八郎 こうして、信長の援軍が、おびただしい柵木と鉄砲隊をは、 つ」 0 」 0

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「わらわは、いまこの城で、いちばん怖ろしいのは姑の御妻子までがみな道づれになったというのに、肝心な築山御 : が、よく考えてみると、わらわも又、いっかその姑前は、いぜんとして姫の前に立ちはだかっている。 の御前と、おなじ女になりそうでおそろしい」 ( 容易に憎しみを納める人ではない : わかみだい そう分っているだけに、姫は不満でもあり恐ろしくもあ 「いいえ、そのようなこと : : : 若御台さまはおやさしいお つ】 0 生れつきでござりまする」 「いいえ、そうではない。女子はのう、たよる殿御と心の 「岐阜へもどって出家したい。小侍従が、呼んでいるよう うちの通わぬときは、誰も彼もが鬼になる。わらわは、姑な気がするのじゃ」 と、その時、次の間で人の気配がしたので、二人はハッ の御前になるよりも、彌四郎の妻女になりたいのじゃ」 と口をつぐんだ。と、 「まあ : : : そのようなお戯れを」 「申上げます」 「戯れではない。こんど殿がお戻りなされても、以前のま まであられたら、わらわは岐阜へ戻ろうと思うている。っ野太い男の声があたりの空気を破る強さでひびいて来 れのう扱われて、姑の御前と同じ、女子にならぬうちにのた。 事実、徳姫は、しんけんにそのことを考えだしているの であった。 徳姫は一瞬躰をかたくした。 ( 話してはならぬことを話していた : それはただ信康の心があやめに傾いているからというば それは自責でなくて、この城にいることがだんだん敵の かりではなかった。自分と信康の間へ、あやめを人れてさ 中にいる怖しさに変って来ているからであった。 えぎった築山御前の心がわかるからであった。 徳姫の位置から視ていると、こんどの大賀彌四郎の事件 喜乃は姫に眼くばせして出ていった。 は、すべて築山御前の家康への憎しみから生れていた。そ「奥平美作、このたび又、大殿のご使者として岐阜に赴き れなのに、罰されたのは彌四郎だけであった。 まする。それでご挨拶に」 いや、彌四郎が罰されるのは当然として、何も知らない声はそのまま筒抜けたったが、姫はすぐに入れとは言わ みまさか 2