「わしには、お方の縋って生きているものが何であったか そのために、勝家の視線をおそれていたのであった。 「こなた達を捲き込まぬためには二つの手段があろう。そよく分 0 た。浅井長政は、立派な武将であったが、又、よ の一つは離別 : : : そして、もう一つは、こなた達を京〈住い妻、よい姫に恵まれたのだと分 0 た。分ればわしは、そ れを護ってやらねばならぬ。たとえ、わしと筑前が間にど まわせておくことじゃが : : : 」 のような矛盾が出来ても、お方は故右府が妹、姫たちは右 「きあ : : : 」 「そのいずれがよいかは、勝家にもまだ思案がっかぬ。が、府の姪じゃ。筑前とて、決して危害を加えはせぬし、わし もまた生命に賭けても護って進ぜるゆえ、安堵しているが お方 : : : 」 よい」 不意にお市の方は、顔を蔽ってつつ伏した。 「わしは決してお方や姫たちをわが身の犠牲に致しはせ 当然、怒っているものと信じていた相手から、生命に賭 ぬ。どのような時にも、お身たちの安泰だけは計ろうてや けてもと云われたのだ。 るゆえ、安堵しているがよい」 「殿 ! 殿 : : : お許しなされて下さりませ。わが身のわが お市の方は又ギクリと肩を波打たせた。 まま : : : わが身の身勝手 : : : 」 妻ならぬ妻に対して、これは又、あまりに思いがレなし いっか又、勝家は深沈として眼を閉じている。 言葉であった。たぶん、心の中では憎みきっているに違い : そう思い、その憎悪を、戦のおりに爆発されては変り易い北国の空はしぐれだしたと見え、パラバラと庇 に雨の音がしていた。 と、それを一番怖れていたのであったが : 「この勝家は : : : 」 九 と、また重い口調で、 「一時は、お方を憎みかけた。年甲斐もないことよ。がよ く考えてみれば、これはお方が悪いのではなかった。お方と、お市の方はまた真剣に呼びかけた。 勝家は応えない。 の過去が、あまりにきびしく切なすぎたのだ」 お市の方も哀れだったが、自分の生涯もまた、それ以上 199
ば渡るのは無理と、家康主従にもよく分る。家康はみずか家康は、チグリと心に悲しい針を感じながら、 ら民の声をたたす心で、つかっかと、一軒の百姓家の前に 「こなたは村の事情にも明るかろう。対岸の常滑の浜まで 立った。 柴舟一艘くめんして欲しいのじゃ」 「なに柴舟を出してくれと : : : それはとんだ難題だ ! 」 云いながら、戸をあけて首を出して、 「舟はな、どんな小舟も他領へ出すなと、昨日の夕方、強 「この家のあるじを起すのでござりまするか」 いお達しがあったばかりじゃ。それに叛いてはこっちの首 あわてて本多忠勝が戸をたたこうとするのを、 がない。何でも、織田の御大将さまが都で討たれて、又日 「わしが起す。その方たちは、ずっと離れて控えていよ」 家康は軽く手を振って、暁の闇の中にひっそりと静まり本中が大乱になるということで : : : おや、こなた様はお侍 返っている茅葺家の板戸を叩いた。 百姓家ではあったが、みぎわ近くに点在する苫小屋じみ家康は、わざといかっくうなずいた。 た漁師の家とは比べものにならない。土地ではやはり中農「達しのあった事は知ってこなたに頼むといったら何とす 以上の裕福さなのであろう。 「これ、ちと聞きたいことがある。起きてくれぬか」 「えっではこのわしを、小川孫三と知って起された : 家康が声をかける前に、中ではすでに眼ざめていたらし : そういうこなた様は、いったいどこの、どなたなのじゃ」 い。シーツとうろたえ騒ぐ家族をおさえる声がして、 「孫三 : ・ : 」と、家康は、相手の名乗った名をそのまま呼 はい。どなたで、何用で」 び返した。 震えをおさえたさび声が戸に近づいてくる。 「天下を再び騒乱の世にせぬため、三河、遠江、駿河三カ ぜにかね 「ご覧の通りのあばら家で、銭金はござりませぬし、生憎国の主、徳川家康が、夜の明けぬ間に、この海を渡って本 娘は四日市の親類のもとへ泊りにいっている。が、麦なら国へ戻りたいと申している」 ばちっとはご、るで : : : 」 「えっではこなた様は、徳川さまのご家来か : : : 」 何を思ったのか孫三とみずから名乗った四十近い百姓 「盗賊ではない。案じるな」 きっ
そう云って、ふと笑くばを作った奥方の頬のあたりに、 「もしここに御仏があられたら、何人が先陣するを喜びま 三十年の歳月を超えた、昔の勝気な少女、阿松の匂いが活しようや」 きてあった。 「知らぬ。そなたの仏行は」 「知らぬでは済みませぬ。不殺生戒を心に据えた大将をこ そ、敵のためにも、味方のためにも選ばれましよう。殿ー 「奇怪なことを云うな」 明日のことに就いてお願いがござりまする」 利家は妻の言葉をききとがめて、 「そなたは : : : わしに先陣せよと云う気だな」 「いいえ、その前に、是非とも筑前どのに、お逢わせなさ 「修理を捨て、筑前を捨てて中立の道があるほどなら、何 れて下さりませ。わらわも久濶を申上げ、筑前どのの大好 も苦しむことはない。人を迷わすようなことを申すな」 「迷わすようなことではござりませぬ」 きな、塩鮭焼いて、湯づけ一椀参らせたいのでござります 阿松の方は又キラリと、閃くような才気を見せて微笑んる」 こなたが筑前に会うと申すのか : 「総じて迷いというは、、いの決まらぬところに生ずるもの 「はい。筑前どのも強い大将。されど、わらわのうしろに と、龍門寺の老師さまも申されました。はっきりとお心を は御仏がござりまする。御仏が、みすみす筑前どのに敗れ 一つにお決めなされませ。わが行く道は、修理どのがお味ようとは思われませぬ」 「な、なんと申す : 方でもなく、筑前どののお味方でもない。ただ一筋に不殺 生戒と : 利家は呆れたように、わが妻を見直した。 Ⅱ・くよノリジリして ( 何という勝気な女房であろうか : 「その道を筑前が歩ませるかと申して居るのじゃ。北の庄日本中の男たちが一度にかかっても歯も立たぬ秀吉に、 攻めの先手を承って、何の不殺生戒そ」 この女は笑いながら立向って、敗れるとは思えないと云い 「お言葉を返しまする」 きるのだ。 奥方は又はっきりと良人を見返した。 「阿松 : : : 」 、よ ) 0 342
小谷城の落ちる時もそうであったが、こんどもまたあのことは敗北なのだと説きつづけた。 地獄の火の色を見ねばならぬとは : むろんそれで決心の変るお市の方ではなかったが、自分 と云って、お市の方に出来る事はもはや、ここで死ぬこを生かそうと努めて呉れている者が、この世に二人あると とだけであった。 いうことは名僧智識の供養にまさるものに田 5 えた。 人の噂では、この北陸の地は、兄の信長が、いちばん多 ( 勝家とても同じ筈 : : : ) く人の生命を奪ったところだと聞いている。せめて、自分 と、お市の方には分っている。それだけにこんども相手 もここで死んで罪障の消滅を念じたい。 にならず笑いとおして済ましたのだが、茶々姫の方は、ま ( この心は動かぬのだが : だ何か云って来そうな気がした。 お市の方は、南へひらいた勾欄に身をよせかけるように ( 云って来たら、何と説こうか : して、さっきから、その事を考えていた。 考えるともなく、それを考えている時に、 ( わらわに死ぬなと云うものが二人ある : : : ) 「姫さまが、三人揃うてお越しなされました」 一人は昨夜城へたどりついた良人の勝家であり、もう一 と、侍女が云った。お市の方はひやりとして視線を屋内 人はわが子の茶々姫だった。 へ転じてゆく。外の明るさに馴れた眼に、遠山霞の襖絵を どちらも執拗だった。 背にして、三人並んだ姫の姿がひどく暗いものに映った。 しかし、 勝家は夜明け前にちょっと顔を見せて、 「ーー事情は変っこ。 「母さま、お願いがあって参りました」 オこなたにはこの城を落ちて貰わねば ならぬ」 茶々姫の声は、いつもと違って唄うようにはずんでい と、きびしい表情で云った。 お市の方が笑っていると、 五 「ーーーわしは家臣の忠烈さにまけて、この城を棺にする気 になったのだ。棺の中にこなたは入れられぬ」 姫たちが、そろってやって来るであろうとは思っていた 急き込んでそう云ったし、茶々姫はおりあるごとに死ぬし、来れば云うことも分っていた。 る。 356
が茶屋どの、これはどこまでも皮相の皮相でござるぞ」 くなります」 茶屋四郎次郎は、いっか眼を星のようにして木の実を見「はい」 「問題はやはり光秀の武力にあり、只今の入札が語るに尽 ていた。 数字とは又、何というふしぎな読み方の出来るものであきる所となる。羽柴と明智、この何れがその武力に、堺衆 の力を加えて行くかが大きな勝敗の山となろうて」 ワつ、つ、か 0 しかも今この小娘に説かれてみると、それは一つ一つ男「 : 「宗易どのはむろんのことだが、この入札に現われた細 ざかりの四郎次郎の胸を叩くことばかりであった。 、高山、筒井などはむろんのこと、摂津茨木の城主中川 清秀などの向背も、堺衆の動きにつられて決するものと見 「茶屋どの、いかがじゃな。徳川どのへのお土産が出来はて間違いあるまい。天下分け目の戦となれば、軍糧、武器 はむろんのこと、見えない金銀の入用は並々ならぬものが せぬかな」 ある。それらは一切堺衆の助力がなくては叶わぬこと 蕉庵は四郎次郎を見やって、ちらりと鋭い眼になった。 「これで堺衆の思惑は凡その見当がつくと思うが」 茶屋はプルルと身震いした。まさに蕉庵の云うとおり、 「案外光秀への支持があったのは、光秀が右府を倒すとす信長後半の成功もそこにあったとハッキリ云えるものがあ かさず公卿衆を押えてしまったことにある。近衛の手で勅る。 「で : : : 茶屋どののお土産に、もう一つこの蕉庵が贈物を 使御差遣のことまで計ろうていることが、堺の町人衆には 仕ろうかの」 よく分っているからの」 「有難き儀に存じまする」 「すると、やはり勅使は : : : 光秀の思いのままに」 オこうなれば、み 「この入札で、堺の空気の凡そは分っこ。 「それはやむを得まいて。武力を持つものが、武力を持た なで心を協せて、なるべく庶民の難儀のないよう、時勢に ぬ者を圧迫するのだからの。さよう、光秀が安土城に入っ たところで勅使が立とう。それで一応光秀は天下人じゃ。叶うた天下人を出さねばならぬ」 5
しいえ、一大事でござります。茂山にあった前田父子の だした頃から形勢は一変して来た。 それまで満を持して放たなかった秀吉が、俄かに貝を吹軍勢が、陣を捨ててわれらの退路へ移動を開始致しまし き立て、鉄砲を射ちだしたと思うと、猛虎のような勢い 「なに、前田父子が、われらの背後に : : : それでは裏切り で、勝政勢を寸断しだしたのである。 ではないかツ」 それでなくとも勝政勢は疲れ切っていた。 : と、 ~ 仔じまする」 ずっと昨日から戦いつづけた上、盛政の引きあげを援護「仰せの通り : この眼で見ねば信じられぬ。まさか前田利家が して来ている。それが、終って、退却と決った時に襲われ「どけー たのだ。 しかし、あわてて幕舎を出てみると、近侍の報告どお 名のある者はとにかく、雑兵はもはや戦意を失って、あ り、前田勢は茂山を降ってそろそろ北へ移動を開始してい の藪、この谷と霧消をはじめた。 秀吉の狙っていたのがこれであったと分ると、盛政はギる。 リギリと歯を噛み鳴らして口惜しがった。 盛政の唇からはじめて絶望の呻きが洩れた。 時刻はかれこれ、五ッ半 ( 午前九時 ) 。 次々にもたらされる報告は、味方の名だたる大将が討た「勝敗は、戦場以外のところで決っていたのかツ。伯父上 が警戒されたのは : れた知らせばかりであった。 「よし、このままには済まされぬ。もう一度討って出て勝盛政はそのまましばらく石のように動かなくなってい 政を迎え取れ」 これも疲れきっているわが馬廻りに改めて命を下そうと勝家がしきりに引きあげを命じたのも、これを案じての ことであったと腑に落ちたが、もはや手の下しようはなか しているところへ、 「申上げます」 前田勢は本陣を抛棄して続々と山を下り、文室山の裾か あわただしい近侍の知らせであった。 ら、塩津をめざして脱走する模様であった。 「何事じゃ。又、誰そ討たれたのか」 つつ ) 0 こ 0 2
おしい女子におなりなさるがよい。私たちは母さまから愛 おしがられようとは思いませぬ」 お市の方は思わす息をつめて眼をみはった。 ( いったいこの子は何を考えているのたろうか ? ) 妹たちの身の上を案じて、だんだん感情を昻 母を憶い、 五 ぶらせて来ているのだと解していたが、今日の態度のうら には、それだけでは割切れない、ある種の冷たさが感じら お市の方は、良人も愛おしいし、子も愛おしい。そんな 気持があるものだということを、もう茶々に理解させておれる。 母の愛情を奪われたという、義父への嫉妬とも違うよう かなければ : : : そう思って逆に問いかけていったのたが、 だし、母の身を案じる温さの、裏のあせりとも違ってい 5 茶々の方では間髪を入れず、 2 「分りました」と、鋭く答えた。 「茶々どの」 「母さまが、そのお気持ならもう伺うことはございませ 「何で、こギ、りましよ、つ。も、つ・ ~ 余々には母さまのお心がよく ん」 分った。それゆえ何も伺うことはございません」 「茶々どの : : : 」 「そなたの方になくとも母の方にある。こなた何か決心し お市の方は又新しい不安に襲われ、 「分ったとはどのように分ったのじゃ。良人も愛おしいがている事があるのであろう」 「ホホ : : : 」と、茶々は笑った。笑いながらそのまま座を 子も愛おしい : 立って、 「分りました」 「生きているのですもの、茶々も二人の妹も。決心しなけ 茶々姫はまた斬り返すように ) 「それならば、もはや母さまは、私たち姉妹の味方ではごればならない時には決心します。でも、それは母さまに、 ざいません。母さまを楽にしてあげましよう。良人たけ愛何のかかわりもないこと : : : 母さまは、良人のためにお生 来た不運な娘たちだったのだ : ・ 「茶々どの」 お市の方はわざときびしい顔になろうとっとめながら、 「殿も、姫たちも、両方愛おしいゆえ泣いたのじゃ : と、答えたら、こなたは何となされます ? 」
とら , えていたっ 口をしめしていたが、 無情か有情か ? 「かしこまり・ました」 空にちりばめられたわずかな星が、人間の営みのはかな ゆっくりとそれをおいて起ちあがった。 さを冷く見おろしているようだった。 この方が勝家よりもずっと落付いているように見える。 「あれが、愛宕山だな」 時刻はすでに九ッ ( 午前零時 ) 近かった。 勝家がまた南のかがり火を指さして、 十三 「秀吉めが、いまごろ何を考えて居くさるか : もう自分が、再びその名を口にしないと約東したことは 筆と硯とが持出されると、あたりは一瞬にしてシーンと 忘れたらしく、 「おお、閑、盃を持てツ」 誰もみな紙一重向うの「死ーーー・・」と改めて対決させられ と、内へ向ってどなった。 たのに違いない。いや、その対決をおそれて酒を酌み、唄 それで、又幾つかの顔が出て来て、宴がそのまま回廊へ 3 、舞っていたのかも知れない。 お市の方は筆を持ったままっと立って回廊へ出ていっ移りそうになって来た。 お市の方はいぜんとして勝家に背を向けたまま立ってい た。かすかに風の音が虚空で鳴っている。眼の下の闇に は、敵の焚くかがり火が点々として見えていたが、すでにる。 「灯りは持出さぬように : どの櫓の灯も消えていた。 弥左衛門の云うあとから、 みんな名残りの酒を酌み終って、最後の眠りについたの たま であろうか。 「きやっ等の弾丸が何でここまで届くものか」 と勝宀豕が、つ挈、ぶいた 勝家も立って来て、深い息をしながら空を見上げ四方を 見おろした。 お市の方はその時、きらりと眼の前を何か黒いものが啼 「みんな休んだらしいの」 いてよぎったような気がした。 お市の方はそれには答えず、遠くで鳴っている鐘の音を ( ほととぎす : : : ) よっこ 0
「すると、そこ許を人質にとどめおき、その上で修理どの ておわす。そうでござりましたなあ筑前どの」 秀吉は、さすがにあわてて手を振った。 に、われに協力するよう掛合えとでも云われるのか」 「これは又一概な考えようじゃ。屈服などとはみじんもそ「、、 ししえ、違いまする」 れがし考えない。当然協力あるものと申したまでじゃ」 勝豊はきつばりと首を振った。 「協力せねば邪になる。邪魔者は討たねばならぬと申さ 「いずれ一戦する気ゆえ、この勝豊を長浜城へ帰すは愚と れました」 : これが勝豊の、お手前さま好意へのお応えにござりま 「では、勝豊どのは、父御の勝家、この秀吉に協力せぬとする」 云わっしやるのか」 「これ、何を云われるツ」 「致しきす亠よい」 前田利家は、又あわてて勝豊をたしなめた。 きつばりと云いきると、なぜか勝豊は胸のうちが軽くな り、ジーンと眼頭が熱くなった。 8 「人には、人それそれの気性がござりまする。たとえ、理勝豊の歯に衣きせぬ言葉のため、急に一座は白けわたっ 2 が相手にあると分っていても、ついて行けぬ哀れな気性た。 さすがに老巧な秀吉も、この病身の若者に、これほど手 力」 「ふーむ」秀吉は、ざくりと鋭くわが胸を刳られた思いで酷しく、自分の肚を暴露されようとは思いがけなかったの あった。まさに勝豊の云うとおり、秀吉自身も、勝家のう 「勝豊どの、よく分った」 しろには従いて行けない激しいものを持っている。 病身の勝豊は、そうした二人の性格の悲劇性をはっきり秀吉は、例の笑顔をいっか納めて、 と見ぬいている。 「いかにも、こなたの云う通り、故右府さまのご遺志を生 かさんためにはこの秀吉、そこ許の父御はむろんのこと、 ( 惜しい若者だが : 秀吉は急に勝豊が好もしく、愛おしい者に思えて胸が詰誰にも一歩も譲らぬ心じゃ」 っこ 0 「それゆえ、このまま止めおいて、お斬りなさるが宜しか よ ) 0
うして出来ているのを、土地にいながら隠さっしやる」 助かりました。いや、愕いた人出でござりまするな」 言葉とは反対に、四郎次郎に見せるために、そこにあっ 常安に導かれるままに本法寺の山門をくぐっていった。 「全く、ど偉いことをやりました。ささすっとこれへ、茶た簡単な細書きの図面を彼の前へおしやった。 「これは何でござります。この西陣のあたりに四角が一 屋どのの存知の方も見えられている」 つ、そして、この五条の川西に又一つ : 「え、わしの知った人が : : : 」 云いながら右手の幔幕の中に人ってみると、そこに盛上「ハ とこんどは淀屋が笑った。 げられた握飯の山の向うで、堺の納屋蕉が他に五六人 「応仁この方荒れたままになっているその西陣には織物町 の、これも一眼で堺の商人とわかる人たちと談笑しながら が出来、こちらの月東には、ここにもこれだけ大きな町が 茶をのんでいた。 出来ます。茶屋どの、あなたにも双方の土地は割当てる。 「これは蕉庵どので」 宜しゅう頼みまするそ」 「ほう茶屋どのか、やつばりこなたも来ていたな」 「それはもう : 四郎次郎はだんだん顔の硬ばってゆくのを覚えた。 「すると : : : すると : : こんどの供養が終ったら、すぐ 蕉庵は、四郎次郎と家康の関係をよく知っているので、 「今もその話をしていたところじゃが、これで、京の町作この図面のような町作りでござりまするか、筑前さまは り・も、つ亠工く行きき玉すわい」 「え、京の町作り、 : と、云われますと」 蕉庵は、わざと生まじめに、 「この騒ぎが終ると : : と、云うよりも、これは町作りの 「こっちを作るための供養 : : : と、云うたら筑前どのは怒 手始めとも云えますからの」 りまするぞ。あの方にとっては、することなすこと、みな : 言力とんと分りませんが」 右府さまのご遺志 : : と、ロだけではなく肚の中でもまこ 茶屋四郎次郎は、あわてて訊き返した。蕉俺は何か暗示とそう思うていられるのだからの」 するようにニャリと笑って、 「それでは、その相談に、みなさまははじめから与って居 「茶屋どのも、油断の出来ないご仁じゃ。もう町割までこられましたので」 215