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検索対象: 徳川家康 6
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1. 徳川家康 6

: それは知らぬ」 ぶまいかと存ずるが、名案あらばその智を愚僧にお貸し下 と、官兵衛は鋭い視線を陽の照りだした樹間にそらし 癶、れ一 「と云われると、貴僧は承知したが、毛利方では絶対に承て、 「人には人それぞれに持って生れたご運がござるよ」 服せぬと云われるか」 「ほう、ご運が無ければ、諦めなさると云わっしやるの 「いかに、も」 力」 「やむを得ぬと思、っている迄。しかしこのご連は、ひとり と、黒田官兵衛は大きく云った。 「ここは天意がいずれにあるかを試すところ。貴僧ひとわが方の御大将だけのご運ではない。そのまま毛利、吉 小早川の三家のご運にも連なるもの : : : のう安国寺ど つ、御大将に会うて下され。そして、それがしに申したと ころをそのまま、御大将にお告げ下され。それで御大将にの、凡そ談判不調となれば三つの場合しか無い筈じゃ。そ の一つはわれらの御大将が破れて自滅してゆくか、それと 思案があるかないかがご運の決まるところだ」 も毛利方の三家が地上から姿を消すか、もう一つは共に斃 れて誰かが漁夫の利を占めるかじゃ。そうハッキリ分って いながら毛利方がどこまでも武門の意地にこだわるとあれ 恵瓊は改めて官兵衛を見直した。 ーオしさ、お供申 ( それにしても、何と思いきったことを口に出来る男であば、この決をとるのは御大将より他によよ、。 つ、つ、か・ 恵瓊は一瞬総身の寒くなるのを感じて口をつぐんだ。 若し恵瓊が秀吉に逢って、秀吉に名案がないと分ったら 官兵衛の言葉の無造作さは、無責任な放言ではなくて、 どうする気なのか : ( 責任は官兵衛になくて秀吉にある : : : と、この男はそらすでに底の底まで計算して肚を決めているものの放胆さと うそぶ 分ったからであった。 嘯く気なのであろうか : 「官兵衛どの、ではこなた様は、御大将にご名案ありとお「お供申しましよう」 しずかに云ってこんどは恵瓊が低く笑った。 考えなされて居られるのじゃな」 3 4

2. 徳川家康 6

れば、われ等に異存はござりませぬ」 れはやはり交易によらねばならぬ」 としか癶、 年嵩の一人が重い口調で賛成すると、 : 、よ、つで、こざりましよ、つなあ」 「なるほど : 「これは忝けない」 「とゆうて、その交易もそう易々とはゆかぬ。小大名ども 蕉庵が四郎次郎に代って頭を下げた。 がパラバラになっていて、争うてばかりいたのでは、危く て持てる宝も見せられぬ。そこで、何とか天下を一つにせ 十 ねばとのう」 「では : : : その天下人には、筑前さまがよい : 「武将の側でいよいよ天下平定の目安がつけば、われ等も それに遅れぬよう、それそれ協力せねばならぬ。そこで平 皆さんおっしやりまするので」 茶屋四郎次郎はようやくみんなの話がはっきりとのみ込素から取引と交際のあった者での、特に懇親の契りを : となったわけじゃ」 めた。 武将同志がしきりに天下を争っている時、ここでは、ど蕉は自分でみんなに礼を云うと、そのまま四郎次郎へ うして富をふやそうかと、全く異った立場から物を見、物の説明役に変っていった。 「懇親の契りと云うても、格別面倒な申合せがあるわけで を考えている一群があったのだ。 はない。たた自分の利たけを計って、個人の讒訴はしつこ しかもそれは決して小さな力ではない。 現に、彼等の後押しがなかったら、秀吉のこんどの行事なし。それが自分を富ませることであると同時に、日本国 と同業一統を富ませること、この二つたけじゃ。そして交 も、これほど鮮やかに運び得なかったに違いないのた : 「どうであろう、茶屋どのとは古い馴染み、京のことで際はどこまでも親類並みでの」 「まことに結構なことで。その位のことならばむろん、こ は、あれこれ世話にならねばならぬ方ゆえ、ここで同志に なって貰うては」 の茶屋にも守れまする」 蕉俺が特別目をかけていると見てとって、淀屋常安が取と、四郎次郎は答えた。 「そこで、その寄々の協議が、筑前さまの京の町作りを助 りなすように云った。 けることになったのでござりまするか」 「それはもう、納屋どのや、淀屋どのの推薦なさるご仁な 217

3. 徳川家康 6

「十 ( 、 0 「あの、このお方さまが : : 、 > 何でも織田の右府さまが都でお討たれなされたと 「そうじゃ」と、家康が笑って口を出した。 又こうなると国中が乱れてゆく。いっそ乱れのない土 「ここ三日、髭もそらねば髪も結わぬ。さそむさかろう地へ移って行こうかなどと、他愛のない愚痴話でござりま が、わしが家康じゃ」 オが」 「これはこれは」と、八兵衛はうろたえてまた顕空に向き 「乱れのない土地へのう」 「キよ、 0 、 直った。 : ししっそお館さまのお住まいなさる、浜松のご城下 「して、この八兵衛にご用とおっしやるのは」 へ移住のことでも願い出てみてはなどと : : : 百姓や漁師に 「庄屋どの、実はお館さまは旅の途中での、これから三河は、また、それぞれの願いや愚痴がござりますもので。は へお戻りなさる。わしも成岩村の当院本寺、常楽寺までお し」 伴しようと思うが、こなた様ひとつ、道案内をして呉れま 「なるほど、そうであろうの」 し力」 顕空はチラリと家康を見やってから、 「成岩村まで : : : それはお易いことで」 「いや、早速のご示引かたじけない。では、この場でお館 八兵衛はそう云ってから ) また家康をしげしげと見直しさまに斎を進じ、すぐに出発致しまするゆえ、道案内のこ と、宜しゅ、つ頼みまする」 「さよ、つで、こざりまするか。このお方さまが : 家康は黙って八兵衛の支度に立つのを見送った。 「と、いわっしやるところを見ると、お館さまのお噂は、 ( そうか、ここはすでに、母の久しく住んでいた阿古居に 庄屋どのもお耳になされてか」 近い土地であったか : : : ) 「それはもう」と、八兵衛ははじめて顔いつばいに笑いを ここまで辿りつけばもう三河へ着いたも同じこと。この 、つ、かべ宀に あたりの民が、自分の膝もと近くに住みたいと希うことも 「阿古居の奥方さまのお子さまと : : いや、それより今日あながち世辞とは思えなかった。 も浜でお噂が出たところでござりました」 「百姓、町人の愚痴か : : : 」 「ほう、どのようなお蹲であったかのう」 やがて顕空の運ばせて来た湯づけを摂り、庄屋の八兵衛 、 0 7

4. 徳川家康 6

五カ国というと大譲歩のように聞えるが、備後のほかはま ような幸運な男に出会うたのが運負けと、早く気づく軍師 だ毛利の領地ではない。明日、安国寺恵瓊に会うたら和議 が毛利方にはいないのか」 「ところが : はならぬと一蹴しておけ」 : 」と、官兵衛はまたすべる馬のあがきを立 直しながら、 官兵衛はフフフと笑った。 「では、どうあってもこの高松城に立籠る、清水宗治以下「向うには、向うの思惑があるようで」 を引渡せというので」 「どんな思惑だ。おれの運に勝てるとでも思っているの 「そうだ。つべこべ掛引していると、五千の城兵が飢えてか」 ゆく。餓えたあとでは勘定が合うまいがと一番ここは強く 「つまり、殿以上のお方がもう一人いる。そのお方がやっ 出てくれ。こなたもだが、安国寺も掛引のつよい奴だ。わて来てからの方が、交渉はしよかろうと考えているよう しはこれが毛利の最後の肚とは考えられぬ」 こんどは右側の蜂須賀彦右衛門が笑った。 「それは右府さまがことだな」 「先方でもそう云っているでござりましようて」 「さよう、そして右府さまと交渉してから譲った方が、憎 「なんと云うて居る」 い筑前の顔をつふしてやれるというわけで : : : 」 官兵衛はそう云うと行手に立って入道雲を見やって意地 「羽柴筑前とは又、何と掛引の強い男かと」 わるそ、つにニタリとした。 : それはそうじやろ。向うもこうしておれが どっしり腰をおちつけて、水攻めまでやるとは思うていな かったに違いない」 「全く、思いきったことをなさる。ご覧なされ。二百町歩「ロに毒を持った男だ」 の大池の中で、無事に立っているのは城へ通する道路の並秀吉は大形に顔をしかめて官兵衛を睨んでから、 木ばかりた。 人家も屋根を浮かしているし、小さな森や林「向うがその気なら、こっちは何時まででもねばってや は水草に変っている」 る。なあに、右府さまが来られたとて、おれの云うことは 「それゆえ、この辺で手を打てと申しているのだ。わしの通ってゆくわ」 9

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「ご夫婦仲が、よくなかったのか女房どのは : だんだん西から雲がはり出した。もうさっきの船から見「さあ : : : 」 えない位置で、小舟はしきりに川上へむかっている。 女はこの頃から、ひどく素直な語気に変った。四郎次郎 「助けたあとで悔いそうに思われる。こなたの思案をきい にさっきの男のような卑しい目的はないと分ったせいであ ろう。 てみたい」 「さあ、それは : 「世の中に、わが身を賭けて妻を愛す : : : そのような男が 四郎次郎は虚を突かれた形で、相手の方へ視線を移しあるであろうか」 た。まだ陽のあるうちに見た女の顔が、闇の中でハッキリ 「ないとお前さまは、決めさっしやるのか」 と思い山山される。 「あると思いたしー が、ないかも知れぬ。もしわらわの 「女房どのが、あまりに気高く、美しかったからかも知れ実家と婚家が敵味方になったとして : え、こなた は、腹からの商人ではないと分るゆえ話してみるのじゃ : 女はそれを聞くと又しばらく黙ったあとで、 良人はわらわを斬らずに義理が立とうか。たとえば婚 「悔いたら、どこぞへ捨てて行くがよい」 家は、織田の右府のお味方であったとして」 「さあ、それは : 「捨てて行くとゆうて : : : 女房どのには行先があろう。目 的のない旅ではござりますまい」 こんどは四郎次郎が息をのんだ。 「さあ、それは : : : あるような、ないような」 ( 相手は身分を口にする気 : : : ) そ、つ田 5 、つと、腕も ~ 尸もいちどにぐっと硬ばっこ。 細い声でつぶやいたあとで、 「人の一生とはこのように不安なものであろうか」 十 「不安 : : : と云われると、無事に目的地へ到蕭なされて も、仕合せか不仕合せか分らぬとおっしやるのか」 空を蔽う雲はだんだん厚くなった。 「こなたには、分ると云われるか。わらわは今までも分ら いっか星も少なくなり、この分では雨になるかも知れな ぬままに生きて来た。これからも恐らくは分るまい」

6. 徳川家康 6

らも の 。と家分誠秀たもぬな そ欲わ 云とっ実吉まう大いの れうすか 秀たなはっ 千と世 佐云るつ つ 、た度代云の て吉。利 吉つもた 、がし家胸露おのわ たの ! 勝両かがををどたれと 今あを 家立し 、刺さけめたで 宵と進進 のしそ何さりた はでせせ 組てれをれげ様ま人分 な秀よよ 下ゆは考るな子げじら ロつつ にく秀え思くでてやぬ わは。 ほ お時吉、い盃そ し か期の何でのうつ三と と か な れは考をあか云、ども 家 たすえ云っげう手うな ら ぬ 利ぎとおたにと土でけ ど 又 家たはう 。か、産あれ の く前をろば 左 と。遠と の 夜 し田三う が し 所 てってて利 たい笑家こ来 は 無 つはのな 理すか 又い た 。眼左 な もでは て 敷 頭なと な た 笑に も じ の 理ほ取さも利な世利いお 坐どはそこ利た よ どうられう家いの家かかた人っち五れれ家 。れ の、せば又、の中はにし はてらツかはも 以共 、さにと夜もな 、みも半らかす は図ぬ 上語 顔る程はたぐ 気星と三見つない具こ をとよ午、じそ 通きあうの と が かや誓おさのは袖 に 見、い後互けれ の海 合ど酔九いなに 、で 席山 な け ! 書ぬれ土 てをした産格 っ せちい時にい気 であ てらに家。付 利る 別わ 右書はかじ た 家 も見ご臣でい ざ府かわなや も い膝 の ヤ酔えろのはて るさせし に ゆまてに よ えの戻 け包 とががつ慢寝 の か し覚、た話物 葬る秀 なむ つ 、め並 儀気勝 わ な語 方う 家 そてべ どを 以でに れいて し楽 ま 来あは かた敷 し てし 歩て そう織 ら と か 声れ 宴に く し れが田 と を て た の 発床 は ロ ひの ての て を て上 た く と で 「はて、改まって、何であろう」 「ご貴殿は、昔から、 ・ : 上は天文、下は地理と 世のことで、知らぬはないと云われた人じゃ」 おどけた口調でそう云うと、利家の眼のふちは、不意に まっ赤になっていった。 この 230

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じゃ。金も持物もおとなしく差出して、生命を助かるが上 げて立ちあがった。 もう岸ははっきり見えない。が、タ闇の草の中で、人の分別だぞ」 「そうとも。船頭、板をわたしてみんなをおろせ。おろさ 影がちらちらする。恐らく、人足たちが襲いかかって来た ぬと船ごと焼き払うそ」 者と争っているのであろう。 船頭は双方へ向って何かいいながら、斜めに草の上へ板 ガガーツと船は底をすって草の中へ曳きあげられた。 を渡した。こうなるとみんなが降りなくても、来襲者の方 四郎次郎は手早く刀の下げ緒をとって襷をかけた。 見ると船中が総立ちになっている中で、桔梗だけがひつであがって来る。 どやどやと、降りる者とあがって来る者の姿が行き交う そりと坐っている。 たと田 4 、フと、 その顔が、暮色の中でタ顔の花のように白かった。 「おや、この物騒な世に、女の旅人が乗っておるそ」 ハラ・ハラと駈けて来た中の一人が、いきなり桔梗のかっ ぎをむしり取った。 「もし、ひとまず船を降り、草の中へおかくれなさりま と、その瞬間に、 「無礼するなツ」 四郎次郎は桔梗とその侍女に声をかけて、いきなり水の 中〈とびおりた。すでに来襲者が、船をめがけてや 0 て来船客の中から、四人の武士が、云い合したように桔梗と 来襲者の間に割って入った。 る。猶予はならぬ切迫を感じとったからである。 どうやら彼等は、人眼につかぬように桔梗の供をして来 案のごとく四郎次郎が飛びおりるのと、十七八人の集団 たものらしい。 がワーツと船を取巻くのとが一緒であった。 「奥方さま、お案じなさりまするな」 「さ、一人ずつ降りて来い」 と、一人が云った。 一眼で牢人とわかる大男が、タ闇の中で声高にわめい : どこのどいつの奥方さまじゃ 「なに、奥方さまだと : し」 「天下分け目の大乱に、ひと旗あげようための軍資金稼ぎ

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云われて高姫も達姫も、この三層の縁から外をのぞいてじゃ」 っ一」 0 高姫は身震いして、 陽の出たばかりの青葉がくれに、白々と城をめぐる道が 「母さまを助けたい ! 」と、縋るように姉を見上げた。 光り、そこにのろのろと人の群が続いている。 「助ける手だてをお考え下さりませ」 「見えるであろう。ああしてみんな城に呼び入れるは、云「分りました。高どのの心は : : して、達どのは ? 」 わずと知れた籠城じゃ。でも、せいぜい人数は三千であろ達姫は、中の姉のように震えてはいなかった。きりりと う : : : 筑前の軍隊は三万とか五万とか : 締った丸いおとがいを引くようにして、じっと上眼で青い 空を見つめていた。 「では、城を枕に、みな討死でござりまするなあ : : : 」 「それゆえこの身は修理が憎い。何でわざわざ城に戻っ 「ムは : : : 母さまの、お、いに従、つがよいと思いまする」 て、年寄りや子供たちまで、殺さねばならぬのじゃ。意地「母さまのお心とは ? 」 で出向いた戦場ならば、なぜ華々しく討死せぬのじゃ。権「母さまは、もはやお心を決めておわすのでは : 六郎どのも戻らねば、佐久間玄蕃も戻らぬに修理どのばか「達どの」 りは遁げ戻って : : : 」 そこまで云って語調を変え、 「お心を決めてあるとは、この城で死のうとお覚悟なされ 「よいかや、そのような修理のもとで、母さまを殺してよている : : : それゆえ、そのまま殺そうとお云いやるのか」 し」 いかとうかじゃ。高どの、そなたから、うままを云うて「は、 みやれ」 達姫は、近ごろめつきり大人びた眼もとへ、硬い緊張を 見せてうなずいた。 高姫は、その時もう泣きそうになっていた。 「母さまは、筑前に会うのが、いとわしいと申しまする。 「では、勝っことはござりませぬか」 「あるものか。僅か三千足らずの人数では総構えの外側ま筑前は母さまに恋慕していましたそうな。それゆえ、もし では配りきれぬ。おそらく二の丸、三の丸へみんなで籠る助かれば三度目の良人を持たねばならぬ。それゆえここで ことになろう。周囲から火をかけられたら、それで終り : と、仰せられました。いいえ、母さま一人を殺しはせ 3

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きなさればいいのです」 そう云うと、ツーンと顔を立てるようにして、さっさと 部屋を出ていった。 あまりのことに、お市の方は呼びとめる機会もっかめ権六郎勝久は侍女に案内されて来ると、 ず、追いかけてゆく心の用意も整っていなかった。 「母上、毎日のこの吹雪つづき、ご機嫌よくわたらせます とにかくこの城にやって来て、この冬を迎えてから吹雪るや : : : 」 いているのは外ばかりでなく、この母子の間にも先の見え 父よりは遙かに上品な華奢な躰で、礼儀正しく両手を突 ない冷い白魔が吹雪きだしている。 いて挨拶した。 「ーー・ - ー・決心しなければならない時には決心します」 「ほんによく降りつづきますこと : そう云いきった言葉の奥に、何か三人で相談しあってい 「はい。天候までが、われ等一族をからかっているかに田 5 る事があるようだった。 われまする。すでに二月の半ばになってこのように降りつ ( そうだ。達姫は云うなと言えばロは堅いが、高姫にあとづくとは」 で訊けば分るであろう : : : ) 「さ、火桶のそばへお寄り下され。して、どのようなご用 お市の方は、手を鳴らして侍女を呼び、火桶の火をつがでござりましよう」 せ、居すくんだようにその上へ手をかざした。 気にかかるままに訊き返すと、 と、そこへもう一人の侍女がやって来て、 「父の命でお話に参りました」 「権六郎君が、奥方さまにお目にかかりたいとお渡りでご権六郎ははっきりと云って、それから慎ましく膝に手を ギトりふよするが」 重ねていった。 権六郎勝久は、父の幼名権六をそのまま継いでいる勝家「大殿の云いつけで」 「十 ( 、 0 の嫡男で、年齢は長浜城の勝豊よりも二つ下であった。 母上のご意見をよく伺うて参れと父の言葉でござ 「若殿が ・ : ・ : 可のご用であろう。とにかくこれへ」 りまする」 そう云うと、ドキリと胸にこたえるものがあ 0 て、お直「わらわの意見 : : : わらわの見ならば、度々殿に言上し の方はうろうろと立上った ( 276

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「では、そろそろ帰城するかの」 したがって、女狩りの嚀がひろまる程、四郎次郎の活動 四郎次郎はうやうやしく一礼しこ。 は楽になる。 「では後刻、これなる女性、城まで別に送らせまする」 四郎次郎が、供揃えを命じるために立上ると、 「待て」 「いや、それには及ばぬ。伴って戻ろう」 「と、仰せられましても、この身なりでは : と、家康は、笑いながら呼びとめた。 「まだ何そ御用が ? 」 いよいよ固くなってうつむいている阿浅をはばかって声 をおとすと、 「この女子、会うて見て、すっかり予の気に入った。茶屋 「いや、それがよいのじゃ」 が見つけて呉れた女子ゆえ、これから城内ではチャーと呼 家康は事もなげに手を振った。 : でござりまするか」 「のう阿浅、人の性根は身なりにはない。そなたの心の奥「チャー にある」 「おう、茶ッと、短く呼んだのでは情が出まい。チャーと 3 6 し」 呼ばう。文字は茶屋の茶の字に、阿部の阿の字でも書けば 2 「そなたを伴うて戻るとみんな眼を剥く。いいではない か。あちこちに、秀吉の細作どもが入りこんでいようで「なるほど、茶阿の局でござりまするか」 「そうじゃ。チャー、それでよいか」 の。家康は、ひと戦済んだと思うて、のんびりと女狩りを やっている : : : そう思わせて、秀吉に小首を傾げさせてみ そう云うと家康は珍しく、声を立てて笑っていった。 るのも面白かろうが」 茶屋四郎次郎は膝をたたいて立上った。 家康に、阿浅をす , 一めたのは四郎次郎だった。というよ家康が、鋳掛屋の後家を伴って浜松城内へ戻ったという りも、すでに秀吉の細作に顔を知られてしまっている四郎噂は、その日のうちに城の内外へひろまった。 次郎が、家康と逢うために考えたのが阿浅の仇討願いの直「 いよいよお館さまの癖が出たの。後家探しなど、も 訴たったのた。 、つほどほどになさるがよいのに」