「すると、そこ許を人質にとどめおき、その上で修理どの ておわす。そうでござりましたなあ筑前どの」 秀吉は、さすがにあわてて手を振った。 に、われに協力するよう掛合えとでも云われるのか」 「これは又一概な考えようじゃ。屈服などとはみじんもそ「、、 ししえ、違いまする」 れがし考えない。当然協力あるものと申したまでじゃ」 勝豊はきつばりと首を振った。 「協力せねば邪になる。邪魔者は討たねばならぬと申さ 「いずれ一戦する気ゆえ、この勝豊を長浜城へ帰すは愚と れました」 : これが勝豊の、お手前さま好意へのお応えにござりま 「では、勝豊どのは、父御の勝家、この秀吉に協力せぬとする」 云わっしやるのか」 「これ、何を云われるツ」 「致しきす亠よい」 前田利家は、又あわてて勝豊をたしなめた。 きつばりと云いきると、なぜか勝豊は胸のうちが軽くな り、ジーンと眼頭が熱くなった。 8 「人には、人それそれの気性がござりまする。たとえ、理勝豊の歯に衣きせぬ言葉のため、急に一座は白けわたっ 2 が相手にあると分っていても、ついて行けぬ哀れな気性た。 さすがに老巧な秀吉も、この病身の若者に、これほど手 力」 「ふーむ」秀吉は、ざくりと鋭くわが胸を刳られた思いで酷しく、自分の肚を暴露されようとは思いがけなかったの あった。まさに勝豊の云うとおり、秀吉自身も、勝家のう 「勝豊どの、よく分った」 しろには従いて行けない激しいものを持っている。 病身の勝豊は、そうした二人の性格の悲劇性をはっきり秀吉は、例の笑顔をいっか納めて、 と見ぬいている。 「いかにも、こなたの云う通り、故右府さまのご遺志を生 かさんためにはこの秀吉、そこ許の父御はむろんのこと、 ( 惜しい若者だが : 秀吉は急に勝豊が好もしく、愛おしい者に思えて胸が詰誰にも一歩も譲らぬ心じゃ」 っこ 0 「それゆえ、このまま止めおいて、お斬りなさるが宜しか よ ) 0
「させて下され ! それが、われ等の、双方への勤めでご 、フけまする」 勝家はそれを聞いても暫くじっと虚空を見すえたままでざる」 あった。 「いや、その志が骨身に透るゆえ、これは辞退せねばなる 「利家どの」 勝家は、ねばった声で、しかしはっきりと云いきった。 「利家どの、天下のことはもはや決った」 「長いご交誼、勝家お礼の言葉もござらぬ」 「それは互いのこと」 「決ったとは : 「残念ながら筑前の時代に移った。と、云うて筑前の下風 「いや、そうではない。この勝家は昔から筑前とは不仲、 : また、立っ男とは見て お身は違うた。犬千代の昔から特に許しあった間柄、それには立てぬこの勝家が生れつき : をよう今日まで、この勝家のために尽された : 居らぬ筑前ゆえ、和平のことは諦めて下され。今日までの 志、決して勝家は忘却せぬ。それが云いたさにわざわざお 「いや、今日までではない。今日以後も、この勝家のため身をここへ呼び出したのじゃ」 「と、云うて、それではみすみす : : : 」 に計ろうと、さっさと戦場から兵を引かれた」 「そうではない。それがこの勝家の望みなのだ。もはや、 「それを : : : それを、お解り下さろうか」 まわりにあって硬直したように耳をかしげていた勝家のお身の勝家に対する義理は済んだ。それゆえこんどは筑前 への義理を立て、わしの依怙地の傍杖だけは避けて下さ 近臣たちは、この一語でハッと顔を見合せた。 おそらく、どちらの言葉も、彼等にとっては意外だったれ、それで無うては、この勝家の意地が立たぬ」 「また : : : 意地でござるか」 利家の瞳こ、、 レしつかキラキラと露が宿り、つづけざまに 「武士の意地は悲しいものでござる」 吐自 5 が出た。 勝家ははじめて視線を利家の眼に据え直して、 「お身はこの地にあって、筑前が進路を喰いとめ、最後の 十 和平を計ろうとしていてくれる」 337
その日も勝豊は微熱があった。 それだけに近習も近づけず、今は愛妾同様にしている侍 女の阿美乃に咳のあとの背をさすらせて脇息にもたれてい 「おかしな事をなさるお方じゃ筑前どのは」 自分で自分に話しかける口調で、 「横山城を築いて監視させたまま、この勝豊のもとへは使 者ひとり寄こそうとはせぬ」 阿美乃はそれに答えて、何か云ったものかどうかと、思 「このわしが、父にそむいて筑前に内通したとか : 勝豊に問い詰められて、阿美乃はおろおろと眼を伏せた。 案している様子であったが、 「あのう、昨日、北の庄からご家老さまのもとへ使いが参 「お噂でござりまする : : : 根も葉もない事と、ご家老さま か使者に申して居りました。それに、殿はご病中ゆえ、お りましたのを殿は : 「なに、父のもとから使者が来たと。なぜわしにそれを知耳に人れるなと : : : それをうかつに口外致しました。お許 らさぬのじゃ」 しなされて下さりませ」 勝豊は阿美乃の手をつかんだまま、まだわなわなと震え 「でも、殿のもとへ : : : では無うて、ご家老さまの、木下 ていた。 半右衛門さまと、徳永寿昌さまにあてた使者とか」 「それはおかしい。 ( 根も葉もないことであろうか : この勝豊も父に申送ったことがある。 そ、つ田、つと、勝曲一「自身、、キクリと胸にこたえるしこりが よし、半右衛門を呼ばせてくれ」 あった。 そういうと、阿美乃は美しい眉を寄せて、 「それはまた : : : あのう : 父と、秀吉と、どちらが自分にやさしかった 「そちは何か聞いているな」 こ 0 、」 0 「わしには内証にしておけと云ったのか」 「はい : : : あのう、殿は到頭、筑前さまに内通したとか云 うお噂で : : : 」 コんっ【」 勝豊は思わす、阿美乃の手をおさえ、裂けるような眼を して女の顔に見人っていった。 242
「いや、それはご辞退致しまする」 その時には、父は越前、この勝豊は長浜にて、それぞれ討 勝豊はきつばりと手を振った。 死と、お告げ下され」 「この上筑前どののご好意を受けるは心苦しい。父も北の 「これはまた割切りすぎた仰せ方」 庄で案じて居りましようほどに、一刻も早よう」 「いいや、まだ足りませぬ。その場合の戦には決して、他 「その事でござるが : 人の助力を頼むなと仰せ下され。丹羽や堀どのはむろんの 利家は晴れ晴れとした表情で、 こと、負けると分っている戦ゆえ、たとえば、利家どの 「昨夜、筑前どのと枕を並べ、あれこれ語り合いました も、金森、不破どのも、決して語ろうては下さるなと : が、和平の見通し、この利家に思案もござれば、一応ご安勝豊が申した由をお告げ下され」 堵あられたい」 利家は渋い顔になってちらりと二人と顔を見合せ 「和平の見通しが : : : 立ったと、云われまするか」 恐らく病気のせいであろう。閃くような鋭く尖った感受 「いかにも」 性が、ざくりと、心を ) んぐって来る。 「、いもとない」 ( これは、耳には痛いが真実かも知れぬ : : : ) 勝豊は、わざと憂いを濃くみせて、 「とにかく、この利家には、利家の田 5 惑もござれば、それ 「それがしの見通しはちと違いまする。父に逢うたら、わをよく述べた後、ご伝言も、またお耳に入れておきましょ が見通しも取次ぎおかれたい」 「勝豊どのの見通しは」 「そう願いたい。それがしは、これより即刻長浜へ立ち帰 勝豊は、蒼白な面を、ぐっと引緊め、 り、とこうの命令あるまでに籠城の用意を仕る。勝豊は」 「筑前どのに膝を屈して、わが家の安泰を計らせませと と、云って顔をそむけると、 「勝豊は、父上の意のままに生死仕ると : 「さあ、それを申したのでは : 「分りました」 「では供揃えの用意を」 「嘘はなりませぬ ! この場になって何の遠慮があろう。 「折角のお薬を、待ちませぬか」 はっきりとお告げ下され。万一膝を屈すること叶わずば、 240
静養なさるが宜しかろう」 「今暫く、お静かに : 「はて、これは困りました」 と云った時には、勝豊ははげしく又咳き込みたしてい 「と、仰せられると : 勢いよく起きたのが、咽喉にからんていた、え辛い痰 「その半月あまりの中に、病いどころか、生死を決めねばを刺激したらしい ならぬ大事が起る」 まるで雪崩れるように咳がつづいてぐっと息が詰って来 勝豊がそう云うと、はじめて正煖の眼はひたと勝豊の視 た。小姓に背をさすられながら勝豊はその咳を袖でかこっ 線にからんだ。 て、隣室へ洩らすまいとあせった。 「武人の生死は医家のかかわり得ぬところ : : : 死ぬる日ま咳はやんだ。懐紙にとって痰を拭きとり、ちらりと見る で生命はご大切になされまするよう」 と、やはり血が混っている。 「病名は ? 」 ゾーツと又寒気がして、ガーンと耳が鳴りだした。と、 ふしぎなことに、その耳嶋りの底で、あわただしく狂い打 「匈に】病いが、こギ、りまする」 静かにそう云うと、正慶はもう侍女の差出一 9 手洗水の方っ脈搏と隣室の話声とが、ふしぎなほどハッキリと聞え 2 て来た。 に手をのばして、二度と勝豊を見なかった。 勝豊も黙って天井を見上げている。 「わしは今まで筑前どのを、心の浅い、我ばかりの人のよ いぜん隅の炉で鳴りつづける茶釜のひびきの中を、正慶うに想うて来ていたが、えらい間違いでござった ! 」 それは、無ロな不破勝光の述懐で、 も侍女も、石田佐吉も去ってゆくのがよく分った。 「胸か : 「いかにも」と、合槌打ったのは金森長近だった。 勝豊はばつりと呟くと、 パッと夜具をはねのけて布団の 「われ等も、こんどではじめて筑前どのの真面目に触れま 上に起直った。 した。筑前どのはただの知恵者ではござらなんだ。まこと の多いお方でござった」 「これで一つの謎が解けたの」 利家は、二人のあとを引取って、 あわてて小姓が寄って来て、
「お胸を」と云って、いっか続いて人って来ている侍女 と、石田佐吉の方をかえりみた。 佐吉の眼くばせで、年取った侍女がうやうやしく近づい て勝豊の襟をくつろげて引下った。 曲直瀬正慶は、当代無類と噂されている国手であった。 正慶は無造作に例の冷たい手を入れて胸から腹をさぐっ それをわざわざ秀吉が、勝豊のために京から呼んで呉れた てゆく。探り終って、また脈搏を数え直した。 という : : : その魂胆が勝豊に見え透いていた。 勝豊はそうした正慶の動作よりも、そのうしろに控えて ( わしを父から引離し、籠絡出来ると考えている ) いる石田佐吉に反撥を覚えて、 そんな見え透いた恩を売っては、依怙地になるだけなの しかがでござろう。筑前どのが攻め寄せたら、華々しく 立向えるであろうか」 柴田勝豊は正慶が入って来ると、そうした感情を包みき 笑ったつもりで、又一矢酬いていった。 れす、曖昧な苦笑をうかべて寝たままこれを迎えていっ 正慶はその皮肉が聞えたのか聞えないのか、微笑を消さ ずに手を離すと、 しかがでごギ、りまするかご気分は」 「長浜へ戻られるのだそうで」 正慶の方は柔和な微笑で勝豊に近づくと、黙って手をさ 「いかにも。思いがけない所で、思いがけないお人にご造 しのべて脈を見た。汗ばんだ手首に、医者の指の冷たさ が、ツーンと徹って寒気を誘った。まだ熱は去ってはいな作をかけました」 「道中にお気をつけられるがよい。季節の寒さに向います 若い勝豊の生命は、 ( 何のそれしきのことに : るゆえ」 と、強く恐怖に反援している。 「病名は ? 」 「舌を拝見したい」 また、正慶は聞えぬもののように、 「どうそ御覧下され」 「すぐに薬をお届け申そうほどに、それを道々用いられ、 正慶はこの時も、和やかな眼でちらりと舌を見ただけ ご帰城なされたら、暫く : ・・ : そう、半月あまりはじっとこ って来た。 こ 0 237
ろ、つかと」 「いや、それもならぬ ! 」 「では : : : それがしは暫く」 勝豊も言葉が過ぎたと思ったらしく、蒼白な額の汗へ懐 と秀吉は手を振った。 紙をあてて立上った。 「なぜならぬかそのわけを申聞かそう」 「ご案内を」 「「小わい - す ( しよ、フ」 すぐに石田佐吉が立って来て、手を取るように退らせ 「他でもない。こんどの使者に、この秀吉が竹馬の友、前 田又左衛門利家が、わざわざこうして来られているからる。 金森と不破はど、つなることかとハラハラしながらあとを 「では、利家どのの顔を立てるため、この勝豊を長浜へ帰見送り、利家はまた、黙って盃に酒を注がせた。 秀吉はむしろ恍惚とした面持ちで、 し、改めて囲んで攻めると仰せられまするか」 「又左どの」 : そこ迄はまだ分らぬ。が、仮りにそうするこ し」 とになっても、ここではこなたを無事に帰そう」 「やむを得ませぬ。それでは帰って囲まれる日を待っとし「惜しい男じゃの勝豊は : 「気分に障られたらご容赦を。何事も病のせいと思います 「勝豊どの、こなた様は、病後の身とて疲れがひどい。 「いや、そうではない。心底から父を思うての言葉なの ばらくこの場をおはずしなされて休まっしゃい」 たまりかねて、到頭利家が口を出した。 「そうおばされたら勝豊の孝心に、何か土産が頂きとう 「われ等は、こんどの使者、双方の気性もよく知っての 上、難事は承知で出て来ました。修理どのから、この利家 、勝家は、あの勝豊 に、内々で申されている事もある。談合はまだこれからゆ「そのことじゃ。何かやりたいー え、いろいろ筑前どのが胸のも叩いた上で、ことの結果よりも甥の佐久間盛政を愛している。困ったものじゃ」 はお知らせしよう。さ、この場はわれ等に任して休まっ 「筑前どの」 229
これと指図して、参列者の前でこの勝家を家臣のごとく振 舞う肚じゃ」 「まあそのよ、つなことが : お市の方は連ばれた燭台の火影に身をすさらせた。勝家 「もし又、会葬せなんだら、それを口実に、われ等を不忠に見られるのが、だんだん息苦しくなって来たのだ。 者と云いふらそう。いずれにしてもこたびは筑前にしてや勝家の云うように筑前が遮二無二勝家を陥れようとして られた ! 」 いるのかどうかは分らなかったが、少くとも勝家はそう信 お市の方は、思わず、身をすさらせて勝家を見直した。 じているらしい。 勝家の口から不意にギリギリと歯がみの音がもれて来たの そう信じていればやがて不幸な戦になろう。戦になると すれば子たちのために後々のことを考えてやらなければな 「わしは : : : わしは、権六の昔から右府さまのお側近くに らなかった。 仕えて来て、まさか、このような苦しい立場に追いやられ「お方 : : : 」 ようとは思わなんだ。あの、百姓生れの猿めがために : 「こなた、何かまだ云いたいことがあるのであろう」 「のうお方、わしは、会葬はせぬ事にした : : : 会葬したら ・いい一ん」 必ず彼と争うて、彼に戦さの口実を作らせる。今の場合、 「お方の方で無くば、この勝家の方から話してゆこうか」 堪忍は会葬せずにおくことと、はっきり答えが出てしもう 「と、仰せられると、何か」 た。わざわざ筑前が策謀に陥ることもあるまいとなあ」 「わしは、こなた達、母娘を戦に捲き込みとうはない」 お市の方はビグリとして顔をあげ、あわててまたそれを いっかあたりは暗くなった。後片附けの近侍と侍女たち 伏せた。 、、、、燭台をささげて入って来ると、 「来るなツ。退っていよツ」 勝家に云われてみて、はじめて彼女は自分が、何を望ん 勝家は顔をそむけて叱りつけた。泣いているのかも知れでこの場に来たのか、それに思い当ったのだ。 ( 万一戦になりそうたったら、この地を去りたい : 198
揺を覚えだしているのが口惜しかった。 「恐らく、勝豊どのも分られたことであろういや、ただ わが身のために策を弄すという仁では、何で今日の大が成 ( そうだ。これは籠絡というものではないかもしれぬ : : : ) せよう。筑前どのに逢うほどの人が、みな心曳かれて行く 三人が讃えているほど、誠実とも受取れなかったが、そ 底には、滴るような情愛があってのこと : : : それを知らずれだけに一層この「魅力」は恐ろしかった。 に、あれは人を籠絡する名人じゃなどと : : : そしる者の心 秀吉は自身の信条を淡々と吐露しているに過ぎないの が却って六、 7 もしいのじゃ」 に、それがひとりでに智恵に叶い、誠実に叶い、大道に叶 勝豊は背をさすっている小姓の手を、そっと押しのけてって行くとしたらどうであろうか。 起ちあがった。 勝豊は何度かよろめきながら、肩衣をつけ終ると、 「納まった。案じて呉れるな」 「帰らねばならぬ。急いで : : : 」 ロの中で呟き返して、廊下へ出た。 はい。いま侍女を」 「呼ばすともよい。一人で着換える。こなたは隣の間に参 ここに一刻も長く止ることは、それだけ父の力を削ぐこ とと今はハッキリ分って来た。 って、ただいまそれへ勝豊が参ると申してくだされ」 四 小姓が出てゆくと勝豊ははじめてそっと涙をぬぐった。 腹立ちよりも、やはり孤独が大きかった。 「おお、これはこれは曲直瀬どののお診立ではかなり重い ( 来なければよかった : と承ったが : もはや父と筑前の関係は、朽ちた木の葉と布帛の差であ勝豊の姿を見ると、利家が声をかけた。 った。この二つを無理に縫い合わそうとすればするほど、 「もう起出しても、大事ござらぬかの」 朽ちた木の葉は千切られてゆく 「お案じ下さりまするな。熱もぐっと下りましたゆえ」 利家も、勝光も、長近も、わざわざここに使いしたとい 「それはよかった。ただいま筑前どのが、薬を調達に、処 うだけで、以前よりもぐっと父との距離を作った。 方を持たせて京まで早馬を出されたゆえ、それをご持参な いや、他の三人だけではない。勝豊までが、はげしい動されて長浜へお戻りなさるがよろしかろう」 239
自分や養父にとっては、秀吉はもはや完全な敵であっ呼吸が苦しくなって眼が覚めた。 た。その敵に、またしても恩を受ける : : : と云ってここで眼がさめると全身が汗ばむほどに咳が出た。 それを拒むのがよいのかどうか : ( ここは敵地、寝込んではならぬ : : : ) あれから酔いと発熱の入り混った勝豊、さまざまな夢と そのたびに、自分を叱ってみるのだったが、高熱のせい 幻覚に悩まされた。うとうとと仮睡するとすぐに秀吉の郎であろう。咳がやむとすぐまたウトウト仮睡に入り、再び 党たちが、自分を取巻いて来るのである。加藤虎之助がい 加藤虎之助の、あの大きな眼が見えはじめる : た。福島市松がいた。石田佐吉の眼があったり、片桐助作 「わざわざお呼び下された京の名医というは、何と申され の槍があったりした。 るお方であろうか ? 」 そして、それ等に取囲まれた勝豊。 勝豊は、一度首をあげて、 ( ここがわれ等の死場所たったのか : ( これで出発出来る。大丈夫 : : : ) よし、潔く戦って楽になろう、そう思って長巻をひっさ わが心に見きわめをつけてから、もう一度頭を枕におと げて立向うと、彼等はくるりと背を向けて、さっさと遠のして小姓に訊い まなせ いて行くのであった。 「はい、曲直瀬正慶さまとおっしやる、貴人のお脈を見ら 「ーー。ー逃ぐるか。返せッ ! 」 れる名医の由にござりまする」 ( どうせ勝てる戦ではない。何故はやくこの勝豊を討たな 「それを筑前どのが、わざわざ京から : : : 」 いのか : 「はい。若いお躰、大切なお方ゆえと」 「忝けない。たしかに、筑前どのと一戦するまでは大切な そんな気持でもどかしく呼びかけると、勝豊がただ 人、侍女のうちで寵愛の手をのべた、阿美乃の手が勝豊のこの生命、ご好意に甘えて診て頂こう」 云ってしまって、 口をふさぐのだった。 「ーーー放せ ! 女々しいぞ。どうせ生き残れる勝豊ではな ( また、つまらぬ皮肉を : : : ) そう田いったが、ト い。放せ ! 放してくれ : : : 」 / 姓の方はべつに聞きとがめた風はな しかし、阿美乃はいよいよ固く掌をあてて来て、ついに 、静かに一礼して出ていって、すぐ又、医者を連れて入 2