敵 - みる会図書館


検索対象: 徳川家康 6
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1. 徳川家康 6

夜明けの敵潰乱の折にそなえて贐ケ嶽へ急行さぜることと「繪屋助右衛門 : : : 助右衛門は居らぬか」 する。よいか、いま名を呼ばれた者は、それぞれ手勢を連「はい。助右衛門はただいま、草むらにて用達中にござり れて先行せよ」 まする」 大垣から十三里余りの道のりを五時間で駈けつけた秀吉 「なに用達中じゃと、用はゆっくり足しておけ。そして用 は、休む間もなく、田上山から茶日山に移って来て、更にがすんだら、みんなに遅れるなと申せ」 疲労の色もみせず、直ちに敵に挑みかかろうというのであ 「はいツ。そのように申しまする」 「次は、石川兵助、同じく弟、長松」 「十 5 、ツ 「よいか、敵は咋日いちにち戦うて、ホッとする間もなく 薄氷をふんで退く敵じゃ。今日は法度を許すゆえ、名を呼「以上九人、秀吉が荒小姓の名誉にかけて手柄せよ。他家 ばれた者は賤ケ嶽にて、思うさま敵を引きつけて手柄を竸の家臣にひけを取るなツ」 え。一刻早く敵を討取れば一刻早く、半刻早く敵を討取れ「おう ! 」 「助右衛門は参ったか」 ば半刻早く休めるのだと思うがよい」 ~ しただムマ・ 「では名を呼ばれた者は、大きく答えて右へ出よ。福島市「よし、夜明けまでには秀吉も、きっと駈けつけ、みんな 、ム の働きぶりを見て居るそ。行けッ 選りぬきの荒小姓どもは、月光の中へそれぞれ自慢の槍 「加藤虎之助」 を立てて雄叫ぶと、そのまま先を争うて馬に乗った。 「わ、つ」 眼の下の敵はいぜんひっそりと退却をつづけている : 「加藤孫六 ( 嘉明 ) 、片桐助作」 五 「脇坂安治、平野長泰」 佐久間盛政の殿軍は、秀吉の予想したとおり、越中原森 「はいツ」「、つ」 つ、 ) 0 319

2. 徳川家康 6

完全な乱戦で、敵味方の怒号が清秀の周囲を取り巻いて 清秀の注意で、いちど射るのをやめた味方の矢が、いち来そうであった。 「殿 ! 」 どに敵の先手へ射込まれた。 と、一人がうしろから駈けて来て、 三方へ分けられた僅かな鉄砲も、しきりにあちこちで火 「北口が敗れました。敵がこれへうしろから」 を噴いている。 清秀は、その声ではじめて槍をとり直し、もう一度小腰 敵の先手は、二三十間の近さまで近づいて、いったん二 をかがめてこれをしごくと、 三丁後退した。 清秀自身が号令したのではなかった。全身に戦のこつを「南無八幡 ! 中川瀬兵衛清秀が最期ご照覧下され」 刻みつけた乱世の男どもが、吸い寄せられるように七八十そのまま一直線に、いまや山頂に取りつこうとする敵の 中へ突き入った。 本槍をそろえて突き入った。 うしろから・ハラ・ハラと近侍がこれに従ったが、その数は 3 二十にたらず、むろん、それが清秀の姿のこの世における と、双方の怒号が青空の下でからんだ。しかしそれも暫最後のものであった。 大岩山は陥落した。 : そこから一人も戻って来る者はなかった。 時に四ッ半 ( 午前十一時 ) すぎ 再び敵の前進がはじまった。 まさに正午を迎えようとして、あざやかな陽に新緑のま もはや陽は高くあがって、じりじりと兜の鉢金を焼いて ぶしく光る時刻であった。 いる。いぜん清秀は、九尺柄の槍を突いたまま動かない。 同じ時刻に隣りの賤ケ嶽の砦では、いま、佐久間玄蕃盛 第二隊が、また清秀の右手から敵の中へ突き入った。 政の軍使を迎えて、この砦の主将、桑山重晴が、これに対 すでに矢は射つくし、鉄砲の音もやんでいる。 ? ) 応しているところであった。 ( もう注進は秀吉のもとへ届いているであろうか : 主将の桑山重晴は、但馬の竹田で一万石を領し、当時は ふと清秀がそれを思ったとき、第三隊が、敵中へはせ下

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「なるほど桑山も攻められて居るわ。それにしては山頂のへとりつくまでに撃ち尽せ。さらば、冥府で又会おうぞ」 そう云うと、打合せてあったとおり、すぐに山頂から、 軍兵が、妙にひっそりしているようだが : 「ーー・・・敵の重囲をうく、よって死守せん」 こんどは北へまわって岩崎山を望見した。 の狼煙三度、高々と青空にうちあげて、みずからは、敵 ここは山上の緑を縫ってしきりに旗差物がうごいてい 正面の東ロへはせ向った。 この時には敵は、四五丁の近さに近づき、味方からは・ハ 「ほう、高山右近、わざわざ敵中へ斬込む気らしいのう。 いや、これは : : : 血路をひらいて山を捨てる気かも知れぬラバラと矢を射かけだしている。 「まだ遠いそ。無駄矢を射るな」 清秀は、柵門を出て馬を降りると、りゅうりゅうと槍を この清秀の観察はあたっていた。 高山右近長房は、この時すでに岩崎山の砦はまもり難いしごいて、それからびたりとその場に立 0 た。 しカ考えてみれば、よく今日ま これもすでに六十近、。。 : と見てとって、一挙に敵中を突破して、木ノ本の羽柴秀長 で、生き残ったものと思う。山崎の合戦のおり、信長のあ 3 の本陣に兵を合せようと計ったのである。 とを追って死ぬ気であったのが、秀吉の戦上手に助けられ 「よしつ、これで決った ! 」 清秀は誰にともなく、二、三度うなずき、それから物見て生き残り、こんどは秀吉のために死ぬ身になった。 人生の変転が、何か妙におかしかった。いや、おかしい 台を降りて行った。 そして、馬廻りの者を集めると、いかにも彼らしい簡単と豪胆に首を傾げて笑い得るのも、実に、秀吉が、彼亡き あとの家名を立派に立てて呉れると信じているからかも知 明瞭な命を下した。 「いまごろはのう、木ノ本の本陣から、秀吉どののもとへれない。 ドドドーツと、また足もとで砲煙の渦が舞い立ち、耳許 早駈けの注進が飛んでいる。みなは一刻でも多く時を稼 げ。死ぬ者は死に急ぐな、降る者も、遁げる者もなるべくをかすめて弾丸がうしろへ飛んだ。 その時を延ばせ。敵が到着すれば乱戦ゆえ、指図は出来清秀は微動もせすに近づく敵勢を睨んでいる。 ぬ。めいめいおのが才覚で進退せよ。鉄砲、弓は、敵が砦 る。

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自慢の大声で指揮しているのであろう。その得意な姿御大将には少しも早く勝龍守の城へ」 が、まざまざと光秀の眼にうかんだ。 「三左ッ ! 」 「よっ 「まだ居たのか」 しばらくして、光秀は、注進の者が、足許からばんやり 「わしは勝龍寺の城へは入らぬぞ。重ねて云うな」 と自分を見上げているのに気付し 「これはしたり、この御牧兼顕、残兵二百余騎を引きつれ 「行け : ・ : 分ったゆえ行け : : いや、すでに与三郎が隊はて駈けつけたは、御大将を無事に城へお送り申さんため、 無くなっているかも知れぬ。そうじゃ、勝龍寺〈退って立近づけませぬ ! 敵は、一兵たりとも御大将のお側に 籠れ」 さ、急がれませ」 「ならぬ」 注進の者が引きさがると、入れ違いに、 「さようなことを : ・・ : 殿に似合わず : ・・ : 」 「御大将はいずれ : : : 御大将はいずれに在すぞ : : : 」 「ならぬ」 高く呼ばわりながら近づいて来る者がある。 光秀は同じことを繰返して首を振った。 すでにあたりは暗くなって、三四間離れると顔の見分け 「この光秀は恥を知る者。猿に負けた ! あの猿になあ」 がっかなかった。 光秀はそう云うと声を立てて笑った。笑ったつもりで泣 「その声は、御牧三左衛門か」 いている : : : 自分でそれをハッキリと感じながら : 「おう殿に在しましたか。殿 ! 敵は円明寺川を渡りまし 斎藤利三とともに、中央へ二千の軍勢を率いて備えてい 御牧兼顕は、声をはげまして光秀の草摺をたたいた。 た御牧三左衛門が、このような所へ姿を現わすのでは、も 「聞きわけのない ! それで御大将は天下人か。勝敗は兵 う完全に中央軍も潰滅しかけた証拠であった。 家のつね、耳を澄してお聞きなされ。すでに天王山へ向っ 「三左、戦は決ったな」 た部隊も潰走し、敵のあげるときの声は、粟生をめざして 「無念 ! 敵方川手隊にしてやられてござりまする。さ、 居りまするぞ。亀山街道を : ・・ : 」 、つ」 0 112

5. 徳川家康 6

「では、、くさ評定を開くとしよう。が、盛政、これはど って一挙に岐阜城へ攻め人るという : 甥の佐久間玄蕃盛政に急き立てられて、勝家は思わず眼こまでも前哨戦じゃぞ。敵の砦の一つ二つを抜いたとて、 勢いに乗ってうかつに平地へ出てはならぬそ」 を閉じた。 「その辺の駈け引き、充分心得て居りまする」 臉の裏で、病み衰えた勝豊が、最後の力をふりしばっ 「うかつに平地へ出たところで、万一、秀吉に引っ返され て、わが腹へ短刀を突き立てていく姿が、あやしい幻とな ると ・ : ・ : 、いにかかる事がある」 っておどり狂った。 「、いにかかる事があるとは ? 」 ( そうか、やはり降服したままでは死ねなかったのか勝豊 「対岸の海津にあって、敦賀とこの地を睨んで動かぬ丹羽 長秀が動静じゃ。万一当方から撃って出て、長秀に湖水を 「伯父上 : : : 」 渡られ、退路を断たれたら何とするぞ。この山峡で一度浮 また盛政はもどかしそうに草摺を鳴らした。 「万一猿めが、われ等の動かぬうちに岐阜城を陥しいれた足立った軍兵は、いかなる猛将も支え得ぬこと、そのかみ ら何となされます鬼柴田の面目が立ちまするか。敵もの朝倉勢が末路をわれ等はこの眼で見ているのだ」 明早暁の渡河とあれば、味方も呼応して行動を起してこ そ、猿めの心もみだれ、岐阜への義理も立ちましよう。か と、盛政は笑った。 かる好機を前にして、何をご思案なさるのじゃ」 「この盛政とて、伯父上同様、鬼と異名をとったる者、そ の駈け引きにぬかりはござりませぬ。伯父上の采配どおり 「盛政 : : : 」 に敵の虚をついて見せまする。では早速、各陣地へ集合の 勝家は、しずかに甥の言葉をさえぎって、 のろし 狼火を」 「将監が諜者の申し条、おこともよく確めたか」 「仰せにや及ぶべき。同じ長浜衆の、大金藤八郎からも寸「よし、きっと深追いは禁するぞ。それから狼火は敵にさ とられる。安政 ! 急いで使いを出してやれ」 分違わぬ報告がござりました」 こうして遂に雨あがりの十九日、北国勢もまた二十日の 早脱を期して攻勢に転するため、内中尾山の勝家の本陣へ と、勝家は一諾した。 かいず 299

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「よッ ( ・ハ力な婿どもめが : 「よいか。山手の隊が山上を確保したら、この光秀も陣頭光秀は改めて細川忠興と筒井定次の二人の婿に腹が立っ に立って押出すそ」 「その旨、しかとわれらが主人に伝えまする」 彼等が陣頭に立って戦っていてくれたら、光秀は、彼等 のために、天下の掟と領国の配分など、あれこれ考えてい 「よし、ゆ , けツ」 てやれたのに : そう云ってから光秀はまた使いの者を呼びとめた。 「いかに光秀が陣頭に立てばとて、山手の隊が敵に仕掛け 「申上げます。川手の津田与三郎さまの許から注進にござ てゆくまでは逸まるまいそ。仕掛ける時は一緒、それまでります」 けたたましい近侍の声が又してもキクリと光秀の胸をえ は敵の動きを監視して、くれぐれも自重が肝要じゃと、よ く伝 , んよ」 「はツ。天王山に挑むまで、くれぐれも仕掛けてはならぬ 五 と怯えまする」 使の者が去ってゆくと、光秀はホッと吐息して、 ( これはいかん ) 「礼の者が持参したちまきを持て。腹が空いては働けまい」 と光秀は自分を叱った。注進の来るたびに不吉を連想す と、近侍に云った。 るのでは臆していたことになる。 近侍は心得て、京の町人たちが下鳥羽まで持参して来た数の上では圧倒的に敵が多いが、質では決して劣ってい ちまき 粽を盆にのせて持って来た。 光秀はその一つを取って青い笹をむき、一口喰べて、何「津田与三郎が注進、これへ通せ」 となく五十五歳の年齢を感じた。 意識して胸をそらせ、それから手に残っている粽を、そ 分別知識では、秀吉などにひけは取らぬ光秀も、戦野をのまま頬張って顔をしかめた。 馳駆するには、年を取りすぎた : 笹の端が粽の肌に細く残っていたらしい。咽喉にからみ そうになって、あわてて掌の上に吐き出した。 すでに空腹と食慾とは別になっている。 っ ) 0 108

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を睨みあげ、またゆっくりと幕のうちをまわり出した。 家照は、与左衛門の話の終らぬうちに後を引取って、 「殿 ! 何とそご下命を。いまの一刻は、ご武運の別れ目 「ご決断下さりませ。さなくば、左禰山から東野へ下って と 7 もな工よしよ、つ」 行手を塞いでいる堀秀政が進撃を始めましよう。それと呼 「家照 ! 」 応して、秀吉に退路を断たれては、事は終りにござります 「よッ 「それはならぬ。ならぬぞ。この勝家が六十余年の誇りを しかし勝家は答えなかった。いぜんとして、猪首を立て 捨て、秀吉に背を見せて、逃げ得る男かどうか考えてみるて、空を睨み、大地の草を踏みにじって幕舎のうちを歩き がよい。むろん命は下すが、それは引揚げの命ではない。 廻っている。 逃げる者は逃げよ。落ちる者はとめるな。が、この勝家もはや、何を考えているのではなかった。 は、どこまでも秀吉に馬首を向けて倒れてゆく。意地 一報は一報よりも更に悲運を深めて来ている。幕の外が じゃ ! 悲しい意地じゃ。とめてはならぬぞ」 騒々しくなって来たのは、そろそろ脱走する者が出て来た そこへ、中村与左衛門が走りこんで来て、 証拠であろう。 「文室山が、敵の手に落ちましてござりまする」 その動揺が、敵方に感受されたとき、羽柴秀長と堀秀政 と、告げていった。 の敵の右翼は、、 しっせいに攻撃を開始するであろうし、右 翼の攻撃が開始されると、秀吉は左翼から退路を叩いて来 るに違いない。 「なに、文室山が落ちましたと : そうした戦の定跡は知りすぎるほどよく知っているだけ 勝家よりも毛受家照が、 愕然として問い返した。 に、勝家は身動き出来ない口惜しさを感ずるのだ。 「それで : : : 佐久間どののお行方は ? 」 もしここで、勝家に、これこそ、わが生命を賭くべきも 「生死不明の由にて、散り散りになりました雑兵が、右往のとして「大義」が心に存したら、これほど迷いはしなか ったであろう。 左往、この狐塚へ合流して参った者も、ほんの少々 : : : 」 「殿 ! 」 が、いま、彼の心を支配しているのは「大義」ではなく 8 3

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こうなってはもはや、盛政の本隊すら反撃はきき入れま そこへ更に刺刀をさすような知らせであった。 「ーー・賤ケ嶽の砦から桑山重晴勢と、丹羽勢がはせ下り、 追撃隊に加わってござりまする」 追撃隊のうしろから、新手が三千、加わってござり まする」 「ーーー神明山の敵がわれ等の退路を断とうとして動き出し てござりまする」 佐久間盛政はそのいずれにも答えず、とっぜん大口あい て笑いだした。 しかもその戦場離悦のあとを追って、秀吉勢は神明山か ら佐久間勢の退路を断っ体勢で一気にはせ下って来たので ある。 前田勢がわざわざ後を振返って盛政に攻めかからずと も、追いすがって出て来る秀吉勢は、それ以上の効果をあ げ得る結果になり、裏切られたのと同じであった。 「、ツ、ツ、 盛政はもう一度割れるような声で笑った。 戦場にあって日和見していたのは或いは、前田父子だけ ではなさそうだ : : と今になってその事も分って来た。 金森長近の軍勢も、不破勝光も小松城の徳山秀現もおそ らく前田父子と同じ気持で居るのではなかろうか。 「ここにあっては危うござりまする。敵は破竹の勢いで、 そう云えば、前田勢にははじめから戦意が感じられなか つ ) 0 三方から押寄せて参ります」 恐らく利家父子は、柴田勝家に対するよりも、遙かに深「分っているわい ! 」 と、盛政は笑いを納めて唾をとばした。 い友情を、秀吉に抱いていたのではなかろうか。 さすれば何れのためにも兵は損せず、勝負の決ったとこ 「意地ぎたない味方を、味方とたのんだこの盛政のたわけ ろでひとまず越前府中のおのが城に引取って、善後策を講さよ。勝政、安政、さらばじゃそ」 じようとするに違いない。 そう云うと、盛政はいきなり近侍の手から手綱をとって したがって、前田勢が戦場を離脱しだしたということ馬首を敵に向け変えると、まっしぐらに権現坂高地をはせ は、すでにこの局面での勝取は決ったと見られたことであ下った。 つ」 0 2 3

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もともと急拵えの仮屋たったので、あたりに暮色がただ 勢を蹴散らすつもりでやって来たが、来てみて考えが変っ よい出すと、事実、寒さが肌に迫った。 たとなあ」 「よし、そして、その灯りをもうちっとこっちへ近づけ 「どう変ったと流言するので」 とち よ。よいか、敵に行市山、別所山、中谷山、林谷山、橡谷 再び秀長が緊張した顔になって口をはさんだ。 「天嶮を擁して立てこもった敵の備えが堅固すぎて、どこ山と、こう取られては、味方の天神山の砦は意味をなさ ぬ。そこで秀吉も、これは気長に攻めねばならぬと思い直 にも攻める隙がないと申すのだ」 「しかし、それでは、いよいよ敵に自信を与え、味方の士し、岐阜を先に落す気になって、自らそっちへ廻っていっ : と触れさせる。分ったのう。さすれば、その留守こ 気をそぎはせぬかと : 「秀長、おぬしも気が早すぎるぞ。もっと後を聞くものそ待ち設けたるところと、修理は動かぬでも、佐久間玄蕃 じゃ。よいか。どこにも攻める隙はない。そこで秀吉はやは必ず近江平野へ討って出るわ。勝はそこよ。それが非常 むなく作戦を変更したと云いふらせ。これは長滞陣になるの第一策よ」 と云うて、筒井順慶をまず大和へ帰して休養させ、細川与秀吉はここで又、鋭い眼をしてみんなを見廻した。 一郎 ( 忠興 ) も国へ戻した。この方も休養と云うては戦馴 れた修理が気付こう。そこで与一郎はな : 「十、ツ こんどは黒田官兵衛が低くうなって、何度も頭を下げて 、つ一」 0 細川忠興は、わが名を呼ばれて、ぐっと四角に肩を立て この秀吉の策戦は彼にもハッキリ同意出来るものだった 「おことは、宮津から、船をまわして、後から攻めるよ からに違いない。 「なるはど ! 」 う、密命をおびてこの場から消えるのじゃ」 「と、仰せられると、それも流言でござりましようか」 と、彼はついに三嘆した。 「訊くまでもないこと。これ、秀長、寒さがきびしい。も「筒井どのが大和へ帰り、細川どのが宮津へ急行され、そ う少し薪をふやせ」 のあとで御大将が岐阜へ行かれる : : : こう三拍子揃うと、 291

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自分や養父にとっては、秀吉はもはや完全な敵であっ呼吸が苦しくなって眼が覚めた。 た。その敵に、またしても恩を受ける : : : と云ってここで眼がさめると全身が汗ばむほどに咳が出た。 それを拒むのがよいのかどうか : ( ここは敵地、寝込んではならぬ : : : ) あれから酔いと発熱の入り混った勝豊、さまざまな夢と そのたびに、自分を叱ってみるのだったが、高熱のせい 幻覚に悩まされた。うとうとと仮睡するとすぐに秀吉の郎であろう。咳がやむとすぐまたウトウト仮睡に入り、再び 党たちが、自分を取巻いて来るのである。加藤虎之助がい 加藤虎之助の、あの大きな眼が見えはじめる : た。福島市松がいた。石田佐吉の眼があったり、片桐助作 「わざわざお呼び下された京の名医というは、何と申され の槍があったりした。 るお方であろうか ? 」 そして、それ等に取囲まれた勝豊。 勝豊は、一度首をあげて、 ( ここがわれ等の死場所たったのか : ( これで出発出来る。大丈夫 : : : ) よし、潔く戦って楽になろう、そう思って長巻をひっさ わが心に見きわめをつけてから、もう一度頭を枕におと げて立向うと、彼等はくるりと背を向けて、さっさと遠のして小姓に訊い まなせ いて行くのであった。 「はい、曲直瀬正慶さまとおっしやる、貴人のお脈を見ら 「ーー。ー逃ぐるか。返せッ ! 」 れる名医の由にござりまする」 ( どうせ勝てる戦ではない。何故はやくこの勝豊を討たな 「それを筑前どのが、わざわざ京から : : : 」 いのか : 「はい。若いお躰、大切なお方ゆえと」 「忝けない。たしかに、筑前どのと一戦するまでは大切な そんな気持でもどかしく呼びかけると、勝豊がただ 人、侍女のうちで寵愛の手をのべた、阿美乃の手が勝豊のこの生命、ご好意に甘えて診て頂こう」 云ってしまって、 口をふさぐのだった。 「ーーー放せ ! 女々しいぞ。どうせ生き残れる勝豊ではな ( また、つまらぬ皮肉を : : : ) そう田いったが、ト い。放せ ! 放してくれ : : : 」 / 姓の方はべつに聞きとがめた風はな しかし、阿美乃はいよいよ固く掌をあてて来て、ついに 、静かに一礼して出ていって、すぐ又、医者を連れて入 2