追いすがって来た勝入の家臣が、わきからいきなり躍り 「うぬツ、来いツ」 こんどは勝入のすぐ脇で声がして、一人の武者が脱兎のかかった。 相手はそれをパッと伏せてかわしておいて、そのまま槍 ように警衛の輪を破って、勝入に走りよった。 「池田信輝勝入どのと覚えたり、見参 ! 」 を、次に近づくもう一人ののど輪をめがけて投げつけた。 「ウーム」と、一人は突き立った槍をつかんでのけそり、 十二 先に斬りつけた家臣が、再び伝八郎に斬りかかった。 勝入の眼が、ちらりと相手の上に移ったとき、その武者伝八郎直勝は、また目にもとまらぬ早さで、太刀を抜き ながらかわしていった。かすかに音はしたが白刃はふれ合 は、前かがみに辷るような姿勢で、眼の前まですすんでい ) 0 わず、次に二人で構え合った時には、伝八郎の左手の人さ し指からタラタラと血が流れていた。 ( よい姿勢だ ! 勝っ姿勢だ ) いや、指はすでに無くなっているのかも知れない。 そう思いながら勝入は、 白刃をふれ合わなかったのは、天晴れだと勝入は思っ幻 「何者じゃ。名乗れツ」 声だけは放図もない大声で叱咜した。 「家康が旗本、永井伝八郎直勝 ! 」 ( こやつめ、まだ人を斬る気で、太刀の刃こばれをふせい 「うむ、天晴れな若者、来るかッ : でいる : : : ) はじき返すようにそう答えたが、膝も立てず、差料も抜「やあっ ! 」 、よ、つこ 0 , 刀 / ー刀子 / と伝八郎がふんごんで、こんどは斜めに勝入の家臣をな ぐりつけた。 恐らく相手の眼には、勝入の姿が不動の巨巌にも見えた ことであろう。 「ウーム」と、断末の呻きが低く尾をひいて、次には白 槍をつけたままじりりッと横にまわりながら、額の汗を刃はまっすぐ勝入に向けられていた。 たたくようにして籠手ではらった。 これだけの荒い行動のあとで、相手の息はみだれていな 「おのれツ、殿に何とするそ ! 」 。玉のような汗を噴かせて眼も、唇もびたりと据わって っ ) 0
みじんも揺らいでいなかった。 と、勝入は太刀をぬいた。篠の雪と名づけた勝入が自慢勝入は、決して立会いをなおざりにはしなか 0 た。勝三 の愛刀だった。 全力を 郎の昔から誇りを持って生きとおして来た武将が、 「永井伝八郎直勝と申したの」 尽さぬまま死ぬことなどは思いも寄らない。 「いかに、も , ・」 それでは相手にも済まぬと思った。 「勝入ほどの者によくそ眼の保養をさせた。このまま自害 「手ごころは加えぬそ」 しては情にもとろう。こなたの意気に免じて、太刀を抜い たそ」 ふたたび二人の太刀は陽と影の斑の中でからみあった。 「みしるし頂戴 ! ご免 ! 」 誰もこの格闘に介人して来る者のないのがふしぎであっ 「待てッ ! 」 2 「な、な、なんと、おくれられたか」 いや、それほどすでに乱戦になっていて、進む者も退く 2 「たわけめ、先程より見てあれば、こなたは太刀を組末に ものも、この場の近くを絶えず右往左往しながら、自分の せぬ男じゃ。この勝人の首級をあげたのち、この篠の雪、 ことしか見えなくなっていたのだとも言える。 共に持参して差料と致せ」 「これは忝けないこと : と、伝八郎が、隙を見つけて躰ごと勝入にぶつかった。 「それに、折あって万一手蔓もあらば、この勝入、筑前ど その刹那、勝入は、再び全身の千切れるような骨折の痛 のに済まぬと申して討たれていったと言いのこせ。それだみを覚えて倒しながら、 けじゃ。・米いツ」 「あつばれ ! 」 「ご免 ! 」 と、相手を褒めた。 絵のような美しい光と緑の斑の中で、こんども白刃は音 それが最後であった。伝八郎は鳥のように躍りかか を立てずに、はげしく虚空で左右にながれた : て、上体へ馬乗りになったまま首をあげた。 っ
「よし、あの山で実検しよう。敵ながらあつばれな若武 しかし、勝入がこう言い出した理山はほかにあった。 者、鄭重に扱うてやれ、そして : : : 」 夜明けに馬を射たれて飛びおりたおりに、彼は右足のく 再び二人を眩しそうに見返して、 るぶしを踏み砕いたのだ。 「その間、兵は出来るだけ城内にかくして休息、見張りは その時にはさして苦痛を感じなかったのが、次第にはげ おこたるまいそ」 しく疼きだしている。と言って、幸先よしとふるい立って 「ルスー いる味方に、勝人はそれを告げることを恥じた。 「なんじゃ」 そこで、手当のために首実検を思い立ったのだが、思い 「先を急ぎまする。そのようなことはなされずとも : : : 」 立っと又、それは当然、なすべきことであったと頑固に思 片桐半右衛門が言いかけると、 い込める勝入でもあった。 「指図は受けぬ」 ( 戦には勝っこ オ ! 幸運はわれらの頭上にあるのだから : と、勝入はさえぎった。 「不眠のあとの戦じゃ。兵も疲れて居ろう。いや、それ「父上 ! 」 よりも、氏重への礼は武士の情。その間の休息は一石二鳥 と、こんどおいすがって声をかけたのは嫡子の紀伊守元 , 刀、、こっこ。 じゃ。わしはあの六坊山とやらで待とう。曳け馬を」 「父上 ! 」こんども、堪りかねたように輝政が声をかけた 勝入はもう振返りもしなかった。 恐らく、みんなにとってこれほど意外なことはなかっ 勝入はちらりと元助を見たまま、ロを結んで馬を進め た。寸刻を惜しんで進撃して来た勝入が、ここで氏重の首る。 実検をしてゆくと言い出したのだから : 「父上 ! 」 或る者は、首実検にことよせて、兵を休ませるためであ 元助は舌打ちして馬首を並べ、はじめて父の唇辺に、苦 ろうと解釈し、或る者は岩崎城の陥落で、ホッとしたのか痛のいろの隠されているのに気、ついた。 とおくそくした。 「はて、お顔のいろが冴えぬ。どこそ手傷でも」 うず 194
その筈だと勝人は思う。勝入ほどの者が、愕然とした思 いでいるのだ。勝ちに誇って一息いれていた軍兵が、狼狽「殿を、殿を頼むぞ ! 」 するのも無理はない。 そう言ったのは岩崎の城攻めを進言した片桐半右衛門ら こうした姿勢で進む兵は、相手が意外に弱く、すぐ味方しい。そのままこれも前のめりに敵に向っていった。 に背を向けてくれると持直すが、さもない時には、カ尽き 森の中は眼のくらむような陽と若葉の影の交錯であっ てへたり込むか、ヤケになって滅するかが落ちであった。 今ごろは、そのあがり気味の兵の先頭に立って負けぎら勝入は何と思ったか馬を停めて顔をしかめながらその場 いの紀伊守元助は、狂気のように槍をふるっているであろへ降り立った。 うし、若年の輝政はそれ以上にあがっていることだろう。 あわてて小者が、床儿を持って走ったが、それより先 そう思ったとき、また右前方で、ワーツと遭遇戦の喊声 に、草の上へ胡坐していった。 がぶつかり合った。 「済まぬ ! 筑前どの : : : 孫七郎どのを殺してしもうた。 2 ダダダーンと、こんどは銃声はすぐ真近かだ。 みんなは眼くばせして、勝入の周囲を離れて見張につい と、くつわを取っていた小者が、勝人の馬をいきなり道 から草むらの中に曳き込んだ。 婿の森武蔵守の戦死を聞いて、気落ちがしたのだと近侍 敵の先鋒が、行手の丘の下から姿をあらわして来たから は田 5 った。 よ」っつ」 0 0 / ネ / 「その代り、わが子も婿も、そして、われ等も後を追おう 「たわけめツ」 : 許されよ」 と、勝入は叱りつけた。叱りつけて手綱をとると、し か戦おうにも足の痛みがはげしくて、騎乗に耐えなかった し、勝入は、敵の正面〈馬を返さず、そのまま草むらを森のだ。むろん徒歩戦など思いも寄らない。とすれば、勝入 の中へすすんでいった。 の最期はおのずから決ってゆく その馬を取巻くようにして三十余人の若侍が道をそれ「やあ、寄せたそ敵が :
「なに秀次を総大将に 秀吉はまだウンとは言わなかった。 「さよう、それで先鋒はこの勝入と伜紀伊守とで仕る。第というのは勝入の見るとおり、秀吉自身、内心ではこの 二軍は婿の森武蔵守長可、わが次男の三左衛門輝政もこれ戦局に困却しきっているからであった。 に加えるが、これだけにては、みな一族ゆえ竸いが足りぬ表面はどこまでも悠然としていたが、家康から大きく仕 おそれがある。よって第三軍は堀秀政に仰せつけられた掛けて来る気配はなく対峙のまま日を過していたのでは、 家康の損失と、秀吉のそれとは此較にならなかった。 「考えたのう勝人は : ( 何とか局面を打開せねば : : : ) 「むろん、必勝の備えでなければ意味はござらぬ。この堀したがって、秀吉もまた、勝入と同じ作戦をあれこれと 秀政は第三軍の大将で、同時に全体の戦目付、決して伜ど考えてみていたのだ。 もに自儘な戦はさせませぬ。そして第四軍に総大将の三好しかし、それには適当な人物が見当らなかった。 秀次どのをおき、総勢二万で押出したら、いかに剛愎な家相対している戦場で戦わず、敵の領地を中人れする。入 康とても捨ておけまい。小牧山に出張っていて、岡崎で後 0 てゆく迄阻密を要することは言う迄もないが、敵の気付 方との連絡を断たれたのでは、駿、遠、甲の三カ国が暴れ た時期によってその指揮には千変万化の要があった。も 出そう。いや、仰せとあれば、岡崎を衝くだけで、あとは しその指揮を誤ると、敵領内に孤立の兵を残して、救援そ すぐに引返してもよい。 しかもこれには、三河でわれ等にの他のために言い知れない手数がかかる。 内応する者の目あてもつけてあるのでござる」 見殺しに出来なくなって再び兵を割くようなことがある 「なに三河で内応する者が : : : 」 と、正面兵力の均衡は大きくやぶれ、味方大敗の因ともな ろう : 「ござりまする。われ等の手引をする者が : 勝入は、じっと眉をあげて詰め寄るように膝をのり出し それで思案を決しかねているところへ、勝入の今日の、 ひた向きな申出だったのだ。 ( 思いきってやらそうか : : : ) 十一一 秀吉はふとそれを思った。 174
「シーツ」と、勝入は目顔で押えた。 「幸先がよいぞ。首級の数はどれほど挙げた」 「とりあえず、筑前どのへ、この勝利を知らせておけ。案装った声と口調で、側近の者に話しかけてゆくのだっ つ」 0 ずることはない。踏みちがえたのじゃ」 語尾を低くおとして右足をたたいて見せた。 「少し、足がほてる。焼酎があるであろう」 元助はそれをどう受取ったのか、頷いてまた後へ駆け去 小荷駄の中からそれを取りよせ、さりげなくくるぶしを 出して吹きかけたりした。 勝入は、そのまま朝の陽の露にきらめく六坊山に、幕を 傷消毒の焼酎が、ツーンと冷たく骨にとおるほど局部は 張らせて首実検をはじめていった。 すでに熱を持ち、薄紫に腫れ出している。 ( 今ここで、このように時を空費してよい時ではないが : ( 何の、これしきの痛みなど : : : ) 酢と里芋をすりまぜて、それを塗布してゆくと痛みは半 心の中で、しきりに、続いて進んで来る森勢や、堀勢の減されるのだが : : : そう思いながらも、負傷をみなに知ら ことを気にかけていた。 れまいとして、そのまますぐに具足をつけ直した。 堀秀政は、岩崎城の北の山寄り、金萩原にて休憩して、 「どうかなされましたか」 池田勢の城攻めの終るのを待っていたし、秀次は、松戸の 途中で一度、伊木忠次が、ちょっと不審そうに問いかけ 渡しを越えて猪子石の白山林に陣している。 たが、その時も、 それらが先鋒の池田勢にならって進撃を停止しているの 「何でもない。それにしても、この勝ち方は見事 ! これ だと田 5 うと気が気ではなかった。 は幸先がよいぞ清兵衛」 それだけに馬をおりるとすぐに痛みをこらえて足をふみ と、そのまま話をそらせてしまった。 しめたり、三歩、四歩と歩いてみたりした。 この戦で、何よりも大切なのは士気の鼓舞と、骨髄に刻 そのたびに、刺すような疼きが胸から頭髪へ突きぬけんで知っている勝入の強がりだった。しかし、その勝入 る。ただの筋違いではない。確かにくるぶしのあたりを骨も、やがて眼を据えて息をのまねばならなかった。 折している : ・・ : そう思うと、必要以上に、 勝入の実検に供する首級の数が三百を越えるという。み つ」 0 195
勝入はもう一度念をおして、森武蔵守の羽黒進出と、元線の羽黒に婿が控えているのだし、今のうちぐっすり眠っ ておかなければと田 5 うのだが 助の遊撃とを許してやった。 、勝人ほどの、百戦練磨の老 その夜のことだった。秀吉のもとから、一柳末安が、秘雄にもやはり感傷じみた感慨はあるものだった。 命を奉じてやって来たのは 勝三郎の昔から信長について暴れまわった尾張の土地で 「筑前さまには、ご貴殿の大山奪取を、でかした ! でかあった。その信長が、田楽狭間で今川義元を討った時の興 と躍りあがってお喜びなされました」 奮 : : : いや、信長が本能寺で討たれたと知った時の狼狽 「いや、それほど過賞されても困るが」 「これほどの大手柄を立てた勝人どのに、万一のことがあ ( いったいこれはどうなるのか : : : ) っては一大事ゆえ、二十日までには、必ず近畿を納め、大 そう思って葬合戦では死ぬ気であった。 軍を引連れて出て行こう。出て行けば戦は七日がほどで勝それが、秀吉と共に大勝を博して、いまは再び尾張で戦 ってみせる。その旨呉々も申伝えよとの仰せにござります旅の夢を結ばうとしている。 る」 しかもこんどは、勝てば尾張の太守であり得るのだ。 勝入は何度も続けざまに頷いた。 眠られぬままに、何度か寝がえりを打っている間に、勝 ここで秀吉に、池田家のもっ実力を示しておくことは、 入は、ふと、城の庭で見張りの者の立騒ぐ声を耳にした。 子孫のために最も大切なことなのだと勝人は思っている。 ( 何ごとか起ったなツ ) のぶかっ もはや秀吉の天下は動くまい と、すれば、信雄亡き パッと蒲団を蹴って高縁へ出て、ふーむと勝三郎は呻い 後の美濃、尾張から、あわよくば伊勢、三河と、その勢力た。 を伸展させる絶好の機会なのだ。その夜のうちすぐに立戻南の空がまっ赤になっている。 らなければならぬという末安を無理に城にとどめ、翌早暁 火事だ : 船で岐阜へ渡すように計ろうてから、わざわざ城の内外を「誰ぞある。あの空の赤さは何ごとぞ」 自身で見廻って、それから勝入は寝所に入った。 勝入は高縁から庭にうごく雑兵の人影に大声で間いかー 仲々寝つかれなかった。万一夜襲などのことがあれば前 116
「元助し 「この羽黒はここからどれほどの距離じゃ」 「十、ツ 大山の南一里ばかり、小牧へは約二里でござりま 「約東出来るか」 「二里と一里か。よかろう。向うがやって来るまでに、万「何をでござりまする」 一の時にはこの城へ人り得る。ではおやりなされ」 「いかなる事があっても深追いせず、また、いかなる時に 勝入は伜の元助よりも婿の武蔵守には遠慮しているようも大きな衝突は避けて、敵に一泡吹かせたら、直ちにかわ であった。 して城へ引っ返すと : 「それは出来ます。出来ればお許し下されますか」 「お許しが出ましたゆえ、早速手配にかかりまする」 元助は眼を光らせてきき返した。 「それで元助はどうすると申すのじゃ。やはり夜襲か」 「その通り ! 」 元助は昻然として答えた。 「いつにても引返せる : : : と、約東したら許してやろう」 「手を拱いていると分らせぬため : : : 父上の作戦を相手に 勘づかれないためにも、出でては戦い、出でては戦いしな勝入にしても別に手を拱いていた訳ではなく、敵を狼狽 させてみたい心に変りはなかった。 ければなりませぬ」 それにここで、元助も武蔵守も押えたのでは或いは士気 「ふーむ。手の内を読まれぬためにか」 にかかわるかも知れないとの危惧もあった。 「そうなれば、彼等とて一時も気は許せず、気疲れ致すは 必定で、あとのためにも充分に役立ちます。又、筑前どの ( 何しろ家康側では、このような高札まで立てて挑発して とて、大山城をとったあと、何の手も打たずにいたとあっ来ているのだから : : : ) 「お許しが出た ! では、早速われ等も支度にかかろう」 ては、やがてわれ等を軽んじましよう。絶えず敵を駆け悩 元助も武蔵守も張りきって座を立とうとするので、 ましていてこそ、われ等の士道も立派に立っ道理で」 「呉々も汕断はするな。よくこの勝入が言葉を味おうて 「ふーむ」と、勝入は眼を閉じて考えだした。彼はやはり 三河勢の野戦の強さが気になるのた。 715
文字どおり朝飯前に岩崎城をほふってしまったのであ 再び走り出そうとする小者に 「待てッ ! 」 「これで、後顧の憂いはなく進めるそ」 勝人は声をかけて、 「わざわざ、わしが出るまでもあるまい。待て待て」 「殿もご満足であろう。全然進撃の速度に影響はなかった と、顔をしかめた。 のだからな」 「ここらで、茶の子をしたためて、すぐに出発すればよ 戦は事実、勝入が出て行くまでもなかった。丹羽氏重は 若さに任せて、討って出たものの、池田勢の一斉射撃にあ 片桐半右衛門と伊木忠次とは、城内に敵のないのを見極 うと、そのまま城に退いて、門を閉す間もなかった。 めて、急いで勝入のもとへ引返した。 池田勢はドッと一度に城内へなだれ込んだ。 霧は次第にはれていったが、地上は両軍にふみあらされ勝入は、これも表面は上機嫌であった。 て、泥田のようになっている。 「幸先がよい。ご苦労だった」 勇敢に斬死していった城兵の死屍と泥の上へ、朝の薄陽馬に乗ったまま二人の労をねぎらって、 が射しかけた頃には、もはや城内へは生きた人影は見えな 「氏重の首はどこにあるぞ。敵ながらあつばれの若者、わ くなっていた。 れ等も礼を尽してゆかねば相成るまい」 明け六ツに始まった戦が、五ッ ( 午前八時 ) には完全に 二人はその意味をとりかねて、 池田勢の勝利に終っていたのである。 「礼を尽して : ・・ : と、仰せられますると ? 」 しかし、その時になって、勝入は意外なことを言い出し 「首実検じゃ。このあたりに恰好の場所があるであろう。 早速その用意をさせよ」 「えっ・ : ・ : あの首実検を」 十二 おどろいて顔を見合せる二人に、勝人は視線をそらして、 「あれ、あの、城の北にある山は何というそ」 「はい、あれは六坊山と申しまする」 予定よりもずっと早く片付いたので、池田勢の士気は、 いやが上にも上っていった。 6 ) 0 る。 193
, 刀し、つレ」 「家康が陣地を観望したい。用意はしてあろうな」 「仰せまでもござりませぬ。それではすぐに二宮山へご案「 このようによく晴れた見透しの利く天候を無駄にす ・内亠圦しましよ、つ」 る気か」 「挈、、つか・ そんな皮肉を言われそうな気がしたのだ。 秀吉は鹿爪らしく首をかしげて、 その秀吉も二宮山へのばって、南に小牧の敵陣をのぞむ 「では、いったん大山城で湯づけでも摂って参ろう」 とはじめて例の豪快な笑いをひびかせた。 おそらく用意が出来ていなかったら、ここで一喝する気「ハッ、ツ、・ : これはよい眺めじゃ。家康め、自分では だったに違いない。勝入はそうっと婿の武蔵守を見やっ陣地により、わしに野戦を強いようという : : : 読めたそ紀 伊守」 て、秀吉のうしろに従った。 「勝入どの」 しかしそのあとはやはり勝入父子にとって、びりりと痛 「よ、 い一言だった。 「この尾張は、そこ許の一族に献じる気ゆえ、秀吉も随分「あの小山を先取しあれば、清洲の城攻めで済んだものを の、フ」 と骨を折ろうそ」 いや、何とも、かたじけない、儀でござる」 勝入は面喰って答えた。これでは合戦の主体は勝人父子 で、秀吉はこれを援けに来たことになる。 二宮山からひとわたり、小牧山とその周辺の地形、道 城に入っても秀吉はなぜか笑顔を見せなかった。半刻あ路、村落と見てゆくと、すぐに秀吉は前線陣地の巡検に向 っこ 0 まり小憩すると、すぐに二宮山へのばると言い出し、さっ さと又城を出た。 「小牧山の敵陣に、いちばん近いところはどこじゃ」 「ニ重堀にごギ、りまする」 「どうも機嫌は斜めのようだの」 城へ残るように命じられて勝人がふっと伜に囁くと、紀 「よし、そこからまっ先に案内せよ」 伊守元助は、。、 3 りつとわきを向いてしまった。うかつに何すると傍から、石田佐吉が、 160