二人 - みる会図書館


検索対象: 徳川家康 8
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1. 徳川家康 8

相手はその推量の当っていることを証するように躍りか刃の下で、「ワッ」と、悲鳴があがった時には、茶屋の刀 も、もう一人の相手の刀も眼にとまらぬ早さで光を截って 小った。ぐっと太刀が虚空を裂いて、それなりまたパッと 離れた。ふれ合う音もしなければ二の太刀への移行もな 凡そ冴えないガッという刃合いにつづいて、チャリンと しかし呼吸だけは相手の方が一層あらくなっている。 五、六間向うで音がしたのは、年上の男に払われた嶋吉の 「こうなれば背後のお人の名前も考えておかねばならぬ。 刀が、鍔元から折れて飛んだ音で、その時には地上へ立っ 手代衆、これは本多正信さまじゃ」 ている人の姿は三つに減っていた。 「え : : : 」と、また反応はあったが、こんどは茶屋の方か折れた刀の柄をふしぎそうに眺めている嶋吉。右手の袖 ら機先を制して半歩出たので、相手の太刀は動く間がなかを高くまくりあげて、倒れている相手の動きをじっと見お つつ」 0 ろしている条吉。そして、あとの一人は、静かに刀に拭い 「本多正信さまは、われ等がこの人たちに脅かされ、話のを呉れている茶屋四郎次郎であった。 内審を洩らすかどうかが知りたかった。ただそれだけよ。 茶屋の言うとおり、二人は堤の右と左の夏草の中に刀を ところが、正信さまのあとの言葉がこのお二人を金縛りに掴んだまま倒れている。 してしもうた。うしろにわしが居るとられたら、その時 ただふしぎなことに血は流れていなかった。 には生かしておくなとなあ : : : その意味では、正信さまは 「条吉」 「よ、ツ むごいお方じゃ : し」 言い終らぬうちに、若い方が風を捲いて茶屋におどりか 「巧くなったの、峰打ちが」 かり、同時にそれまで息をひそめていた手代の条吉の刀「それよりも、旦那さまにお伺い申上げたいことがござり が、虹を描いて虚空に跳ねた。 まする」 「この二人にあとを追わせたのが、本多正信だと言うこと 力」 二度目の太刀風はいちどに殺気の渦に変った。条吉の白「はい。合点が参りませぬ。旦那さまは、お館さまのご信 397

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れていた家康に、浴けるような表情で笑いかけて来ている吉と家康と、鳥居新太郎と、そして秀長の四人になってい のだ : 「宰相、おことも一竝に . : と、一一「ロいたいがの、わしは 5 「徳川どの、よう来られた ! 」 川どのと二人っきりで話がしたい。膳部は二人だけにして 秀吉がいきなり家康のわきにやって来て、床の間を背に : いや的人はいらぬ。わしが手ずから注ごうわい。すぐ してどっかと坐ったときには、あたりは又、眼まぐるしい にそのような指図をな」 ほど小波立っていた。 追いたてるように秀長を促して、改めて又家康に向き直 秀吉が、いきなり、ここへ通ったと知って、あわてて追 いかけて来る小姓たち、嗷物をささげる者、灯火をささげ 「さ、これでやっと二人っきりになれたわい。のう左京太 る者、家康の家臣たちを案内にやって来る者、引返す者、 入る者 : ・ 家康は茫然と秀吉の動作を見まもっていて、この時はじ その間で家康は、」 室へ退るべきかどうかと案じ顔にさ めてハッとなった。 しのそく本多正信の視線に、 左京太大はこの時家康に許されている職名で、関白とは ( ーー案ずるな。言うままにせよ ) かんい 眼顔で応えたたけで、あとは秀吉の描き出す波紋のまま及びもっかぬ従四位相当の官位に過ぎない。 に任せていた。 : とすれ 秀吉はそれを知っていて言ったのに違いない : ば、この突然の来訪も、あの笑いも疾風のような取りなし 「おお、こなたも別室で休んでよいそ : : : 」 も、みなあらかじめ計算された演出であろうか : 秀吉はたった一人家康のうしろに太刀をささげて残った と、ったときに秀吉はまた笑った。 鳥居新太郎を見やって、 「ロ /. ツ、ツ、ツ、 : そうかそうか、よしよしこなたは徳 「これは余計なことを一言うたわい。左京太夫も、関白もな どのの腰巾着か、巾着は離れぬがよい。離れるには及ば い。今日のお身とわしとは裸の兄弟、ただの男と男であっ . ぬぞ」 たわ。いや、それにしてもよう来てくれた ! 二人が会わ 大形に手を振って笑った時には、なるはど一座へは、秀ぬとのう、天下にあれこれ、誌らぬ中傷の噂が飛んで困い - つ、 ) 0 つ」 0 210

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百打しこ 0 の、っちはシーンとなった。 「それツ、言わぬことではない。到頭上様のごげきりん部屋の隅でたぎる釜の音までが、妙な殺気で耳朶にせま る。 「ホホ : ・・ : 」と、また茶々は笑った。 そして、もう一度丁寧に秀吉に顔を下げて出て行った。 「おわかりになりましたなあ上様。上様が、少しも臥うま 茶々はひとりになっても、少しも反抗の姿勢はゆるめな めま まにならす、怖いとも贈いとも思うているのは、その家康 かった。秀吉は眩いのしそうな激怒が胸を吹きぬけてゆく どのとやらと、この茶々でござりましよう。その茶々をわ のを感じた。 ざわざ徳川家へ送りこむ : : : 茶々はいやじゃと申上げまし 「阿茶々 : : : 」 「はい。おわかりになりましたか」 「わしの考え落ちとは何を指すのじゃ」 「まだおわかりなさりませぬか上様は ? 」 「茶々の父、浅井長政は上様に討たれた : : : 茶々の母も養 「わからぬ。聞かせて呉れ」 父の柴田修理とともに上様に討たれた : : もう上様に討た 1 「ホホ : 上様が、わらわを徳川家の者にしたのでは、 れるのは二度でたくさんじゃ。またまた徳川家の人にな 二人の敵をわざわざ合体させることにはなりませぬか」 り、三度同じ目に会うほど、茶々は愚かになりとうござり 「なに、二人の敵 : : : 」 ませぬ」 「ホ : : : 上様のいちばん怖い人、家康どのとやらと、この秀吉は喰い入るように茶々姫を睨んだままで、わなわな 茶々と : : もし一つになったら、上様はしばらくもご安堵震えだした。 はなされぬ筈じゃ。ホホ : ・・ : 」 ( 誰も見ている者はない : 秀吉は思わすじりりと脇息から身を乗り出した。 そう思うだけで、秀吉ほどの人物が、茶々と同じ程度の 無分別な若者に引戻され、同じような感情をむき出しにし 四 て相対している。 茶々のこばれるような笑いがやむと、一瞬だったが居間手が届いたら、恐らく秀吉は、ますその頬を平手で打

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には意味がよく分らなかった。 時 ) 近くまで酒宴をつづけて、そのまま茶屋も蕉庵も淀屋 こ・日っこ 0 やがて二人は押され押されて大手筋の左手にある空地に そして翌朝は、口々に芽出度い芽出度いと言いあいなが出た。 ここへは大町人とその家族のために特別の繩張りがして ら、城の大手口へ雪崩れてゆく、行列見物の群衆の中へ二 あって、さして押合いもせすに行列が見られるようになっ 人も加わっていた。 この日は晴れきってはいなかったが、雨になりそうな気ていた。 行列が城を出て来たのは五ッ半 ( 午前九時 ) 。最初に愴を 配もなく、むーっとした温さが人の渦をつつみこんでゆく 立てて馬をすすめて来たのは北の政所の妹婿にあたる浅野 感じの日であった。 淀屋常安は、むろん彼等と一緒ではなかった。大坂三町弾正少弼長政と富田左近将監和信の順であった。 つづいて百五十人の着飾った女房侍女にはさまれて、長 人の筆頭で、今朝は明け方から町方の会所へ出ていって見 柄輿十二挺がつづき、そのあとに、釣輿十五挺 : 物人整理の世話をやっているのであろう。 輿のあとには輿脇守護の伊藤丹後守長実と、滝川豊前守 「茶屋どの、大した人出じゃなあ」 「ほんに、この人々がみな、素平を願うているのかと思う忠佐がひかえ、次は代物三千貫を納めた五三の桐の長持が と、胸が ~ 痛、つなりまする」 長々と続き、更に、金銀を積んだ馬が二頭目のさめるよう な装いで鈴を鳴らして通っていった。そして、最後は、は 「茶屋どの」 「十、ツ じめからこの縁談に奔走をつづけて来た織田有楽と滝川雄 「長生きしなされや。関白どのの天下のうちは、さしたる利、飯田半兵衛などが固めて、静かに天満の方へすすんで ことは無くとも、その次の世は、お前さまの世じやほど行くのだったが、総勢二千人を超えるこの行列が、自分の 前を通りすぎるまで、茶屋四郎次郎は、殆んど茫然としたま まだった。最初の長柄輿の中にすわっていた朝日姫が、ど んな表情だったのか、それすらはっきりとは想い出せない。 「続きます ! きっと泰平は続くようになりまする」 しツ」茶屋は子供のように答えたが しかし、その時それほど、あたりには、この婚礼の主の気持とは、全く 225

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ようなことを ? 」 け下されたのかも知れぬ。もう間もなく浜松じゃ」 相手はそれには答えず、 そう言って乾ききった道を馬込川の橋のたもとまで出た 十寸よ ) つ ) 0 「素直に申せぬか」 し言オたが、語尾に威嚇がこもっていた。 「旅の町人、しばらく待たっしゃい」 いつの間に先まわりしたのか、松の木蔭からのっそりと「素直に言えぬとあれば聞かぬでもよい。われ等はかくべ 行手へ立ちふさがったのは見覚えのある二人連れの牢人でっそれを聞き出せと命じられたのではない」 : と、 4 わっしやり↓よしたな。そ、つ伺、つと、 「命じられた : あった。 こんどはこちらで聞いてみとうなりまする。どちらのご家 十 中で」 「それを、言うわけにも参るまい。そういう用だ」相手は 立ちふさがった二人はどちらも笠を取ろうとしない。 人は茶屋の前に突 0 立ち、一人は少しはなれて川の流れをそこで暑さの噴き出させた鼻の頭の汗を平手で拭いて、 「ど、フする ? この辺でよいか」 見おろしている。 わらじ と、流れを見ている連れにいった。 どちらも草鞋から刀の柄まで埃でいつば、だっこ。 「これは、どちらのご家中のお方やら、何のご用でござり連れは埃を蹴るような、子供じみた歩き方で近づいて、 「東西どちらにも人影は見えぬ。この辺でよかろう。浜松 亠ましよ、つ」 の城下へ入る前に」 「その方は京の者だな」 「そうか。ではこの辺で」 ーい、さよ、つで、こざ - まするが」 そう言ってから刀の柄に手をかけて、 「徳川家の呉服用達、茶屋と見たが違うか」 「これはよくご存知で。いかにも茶屋でござりまする。し「茶屋どの」 「なんでござりまする」 てあなた様は ? 」 「べつに個人ではなんの怨みもない。が、お聞きの通り 「名乗るほどの者ではない。何れへ、何の用で参った」 単しカ無くなると、人の斬り方も時とともに変って来 「これはしたり、名乗るほどの用もないお方が、何でそのだ。戈 : 、

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ぎよ はまた、夫人には歯庠ゆいもののようであった。 「わかりませぬかなあ、こなたほどの才女に」 と、ため自 5 した。 それなのに、よく二人の子供を育てて、きびしく良人を 御して来ている。 「わかりませぬ。父の気性を計算してとは、何のことでご ギ、りまする」 たしか、この屋敷の普請中だったとか、二人が気まずく 「お吟さま」 対坐しているところへ、瓦職の一人が誤って屋根をふみぬ き顛落して来たのを、忠興は怒りに任せて斬り捨てたそう し」 よ 0 「こなた、こなたの父御、利休どのに代表されている堺衆 その時に夫人は強い視線で良人を見返したまま少しも恐 に、関白の御側近が、みな好感をもっているとは思われま す , 士从い」 怖を示さなかったので、 こなたは怖ろしい女子じゃ。鬼じゃ 「それは、もちろんでござりまする。どこの世界にも、ね 忠興が吐き捨てるように罵しると、夫人は静かに言い返たみや竸いはあるものゆえ」 したそうな。 「それならば話はおわかりになる筈じゃ。利休居士と関白 「ーーー・殿に似合った、鬼の女房でござりまする」 の間を割こうと思うお人があったら、どのような罠がかけ そうした夫人の、今日の言葉だけに、お吟ははじめてギられるか」 グリとなった。 しかしまだお吟は、腑におちないらしく、 「それと、わが身とどのようなかかわりが・ お吟を秀吉に近づけて利用しようとする堺衆がある 小声で表情を固くしていった。 ように、利休居士の気性を利用して、事を企む人もあろう とは、聞き捨てならぬ言葉であった。 四 「奥方さま、もっとくわしくお話し下さりませ。それはい ったい何のことでござりまする」 「仮り - に : 夫人は微笑むような、睨むような視線で、しばらくじっ と、言って、細川夫人は娘のように軽く明るい口調にな とお吟を見返したのち、 つ ) 0 337

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命じられて来ている : : : そう判断しただけのこと。あとの 殺気は余計なことじゃ、こなた様がたのご損、殺意をて て考え直す気に : 十二 そこまで言って、茶屋はびたりと言葉を切った。 相手は一向に殺意を捨てない。次第に息づかいが荒くな 「刃物をおひきなされませぬか」 り、切尖の奥にギラつく眼の血走りが、青く冷い焔を噴き と、茶屋は言った。 たしている。 「私は悪いことを申しましたようで。こなた様たちが斬っ てはならぬと命じられて来ている : : : そう言ったのはあや ( これは伊賀者じゃ ) そう感じたのは、彼等の構えのひそやかさから。風もな まりだった」 い真昼の堤の陽炎めいた身のこなしは、戦場で名乗りあう 相手はもう答えなかった。あやしい殺気が白日をはじい 陽性の兵法ではなくて、忍びに長けた陰性のそれであっ て冷く肌に迫って来る。 「ものは相談じゃ。私は他言はせぬ。茶屋めはつけられてた。 「手代衆、やむないことになったぞ」 いると感付いて、そのまま道をそらして見えなくなった : : そうおっしゃればせいぜい小言で済みましよう。斬合う暫く、じりじりと相手の動きに応じて躰を右にまわしな てはご損。なあ、ご思案をお変えなされ」 がら、茶屋は到頭刀を抜いた。 「わしはの、殺生はしたくない。相手が手を引けば引きた 「黙れッ ! 黙ってかかれ」 かったし、無事に済めば、このお二人の背後のお方の名 「それ、それが詰らぬこと。こなた様たちは、斬ってはな らぬと命じられている : : : 私にそう言われて、頼んだ人のも、考えまいと思うたのだが無駄になった」 名も知られたと誤解なされた。頼んだ人の名を悟られた ら、生かして戻るなと厳命されて来ているのであろう。し「斬合うとすれば申しておかねばならぬ。われ等の相手は かし茶屋は、頼んだ人までは知りませぬ。ただこなたたち伊賀者じゃ」 の眼の中に殺気がないゆえ、斬るな、脅して試せ : : : と、 二人の手代はパッと左おにわかれて相手に刀を擬してい 396

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りと腸を剔って来るようだった。 「言わずと知れたこと、天下じやわい」 いっか城の帰りに作左衛門の家で二人で話したことがあ「その天下も、乱れきって手のつけられぬ天下ではあるま い。戦のない天下。太平の招来 : : : これが殿のご悲願であ 「ーーーおぬしとおれだけは、世のつねの栄達の外に立とられた筈じゃ」 う。誰にわからずとも、黙って徳川家の柱になり、男の意「それと、こんどの人質と、何のかかわりがあるのじゃ。 地を貫こ、つ」 それを言え ! 」 そう一言ったあとで、 「言おうとも。いまご当家が秀吉と争うてどうなるのじゃ。 「ーーー・おぬしが先か、わしが先か。いずれにせよ安穏な老いずれが勝っても天下は再び大騒乱。いや時には時の勢い 後は期すまい」 がある。十中七八までは当家の負けであろう。そのような 二人だけで言い交したその時の眼と、同じ眼のいろが今戦をするは匹夫の勇じゃ。ここではならぬ堪忍をして、な の作左の双眸に宿っている。 ぜ秀吉を助けぬのじゃ。秀吉を助けながら、太平の天下を 狙う道があるとは思わぬのか」 と、数正は笑った。 そこまで一一一口、フと、 「作左、おぬし、仙千代を大坂から呼び戻したと思うて、 「数正 ! 」 急に強くなったようじゃの」 「石川どの」 「これは面白いことを言うぞ。するとおぬしは勝千代が残「黙らっしゃい」 っているので、それで後の人質も大坂へ送れというのか」 ノ ~ 刀から、当し、」 釤し丿難の声であった。 二人の言い方が斬り結ぶようなはげしさを帯びて来たの 九 で、一同は思わず息をのんだ。 家康は、渋い表情で、おとがいを撫でている。 恐らく家康が口を出さなかったら、数正にみかかって いった者があったかも知れない。 「作左 ! こなたがたって訊くゆえ意見を言おう。いった い殿のお望みは何なのじゃ」 堪忍して秀吉に脇カせよという意見は、それほど今の徳 る。

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そうたすねると、いつも答えは、 ために秀吉にあらがうようなことはなかった。 ードレ様は、何ごともお見通しでござりまする」 それどころか右近も行長も、旗印の上に十字架をつけて「 と、答えるそうな。 戦線に起っと、つねに眼をみはるほどの手柄を立てた。 それゆえ秀吉は、信長にならって宣教師の布教はそのま そればかりか、時には彼等はパ ードレの言葉として秀吉 ま許して来た。 を批評するようなことすら言った。 しかし、古来から日本にある神仏と彼等が衝突するよう 秀吉が、こんど無事に九州の平定が出来たのも、た になったり、無智な民衆が煽動されて政治不安の原因にな ぶん彼がデウスを信仰するようになったからであろうと言 ったりしたのでは黙許出来ないことになる。 うのである。さもなければ、関白となり、天下を握ろうと ( 殊によると紫野大徳寺の古渓宗陳をはじめ、五山の僧侶 して大ぜいの人々を犠牲にして来た秀吉が、今ごろまでデ たちと仲のよい利休が、切支丹を調べよといったのはこのウスのお叱りを受けすに済む筈はないのだと言ったそう あたりに魂胆が : そう田いってみたが、 それはどうやら考えすぎらしい 秀吉はその時には苦りきって舌打した。 そこで道々秀吉は、長盛に二人を監視させ、二人の態度「 このわしがデウスのお恵みで勝ったというのか」 相手がそう信じ込んでいるのを動かすことは出来ない。 や言葉をそのまま書きとめおくように命じた。 じよう 彼等は引立てられていながら殆んど恐怖の色は見せす、曾って一向宗徒が、死のう一定の旗印として、頑強に敵対 したのと同じものを含んでいる。 日に何度か、彼等の神に祈って取乱す様子もなかった。 秀吉は、六月七日に博多の箱崎に着いた。ここで大坂か それのみか、織田三七信孝が不幸の死を遂げたのは、い ったんデウスの教えに入りながらそれを捨てて偽せの偶像らやって来た石田三成、小西行長などの兵糧方と出あった や、偽瞞心の多い坊主どもに寝返ったためだとか、高山右が切支丹のことは言い出さなかった。 「あの二人、そのまま放免して帰してやれ」 近が秀吉のために危い先陣を命じられながら、いつも生命 そっと長盛に命じて、それから博多の町作りと論功行賞 を完うするのはデウスの恵みであるとか言った。 「ーー・ーそのよ、つなことをどうして知っているのか」 のことに没頭した。 323

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「知れたことじゃ。おなじ戦をするにも、秀吉が妹一人、 らぬのだから真偽を嗅ぎ出す手だては、使者のロうら、態 人質にとった上での戦の方が有利になる」 度から窺い知るより他にあるまい」 そっとあたりを見廻しながら声をおとしてそう言うと、 「それで、お前さまは、怒らせようとなされたのか」 作左衛門は視線もそらさすに、 「すると、作左はそうでは無かったというのじゃな」 「それなら、二人質にとった方がよろしゅうござろう」 「それがしは、虫が好かぬゆえ、好かぬままに扱うただけ でござる」 と、呟くように答えた。 「それはいかん。それでは掛け引きが無さすぎる。わし は、まことの大政所を寄こすつもりならば、彼等はきっと 「いかにも。こんどの使者は、秀吉の母御を岡崎へ寄こす 腹に据えかねて怒りだす : : : と、そう思うて探りを入れて ゆえ、殿を上京させよというのに決って居る」 みたのじゃ」 「作左 ! 」 「それで、お前さまは、偽せものを下すつもりに違いない 2 と見て取られたのでござるな」 「おぬしは人が好すぎるそ。それでは、わしの言う意味が 「そこまでハッキリはせぬ 。ハッキリはせぬゆえ、こなた わかって居らぬわ」 に意見を訊いているのじゃ」 「き、よ、フで、こざろ、つかの」 作左衛門は直接それには答えず、 「そ、フじゃとも。わしがいよいよ怪しいと申したのは、そ の秀吉が母御という女性のことじゃ。よく考えてみるがよ「偽せ者と、わかったら、何となさるご所存で」 はじめてきびしく視線を燭台からそらしていった。 都には御所づとめをした年かっこうの似た老婆などは 「知れたこと。殿の上洛を止めねばならぬわ」 掃くほど居ろうぞ。この三河で誰がいったい秀吉の母御、 「止めて、その後は ? 」 大政所の顔を見知って居るのじゃ。誰も知るまいが」 「今が戦いどきじゃ。妹一人質にとってある」 「それは知らぬ。ただ一人を除いてはの」 「その一人は御台所 : : : が、御台所ははじめからそれを一言 そこへみんなを寝所へ案内した若侍たちが、後片付けに い含められて嫁いで来ていたら何とする。つまり誰も見知戻って来たので、作左衛門の方から先にムツツリと席を立