と、こんどは小西行長だった。 九 行長の用は父の寿徳とともに切支丹の宣教師たちの国外 もはや日本中は秀吉の掌中におさめられたも同様だっ 追放の日のべを嘆願に来たものと一目でわかった。 「今日は話は聞くまでもない。神父たちが反省すればそれこ。 小田原のこともすっかり腹案は出来ている。 でよいのだ。むごく急く意志はないゆえ後に致せ」 」条父子に素直に上京をすすめていって、上京すれば国 これもそのまま追い立てるように帰して秀吉は考えこんヒ、 ) 0 替え、しなければ九州征伐とおなじような気持で花見がて らの一戦を催せばそれでよかった。 何かしら寧々の言葉というのが気になった。 その点では上洛して来た家康と会見して、家康の肚も充 ( 他人をおどかすことしか知らぬお方 : : : ) ロでは器が違うの、日本中の検地をするのと長政を言い 分に確めている。家康は決して北条氏に味方して、秀吉の くるめたが、それだけで不世出の大英雄と仰がれるほどの偉業に楯つくほど愚かではなかった。 今では彼もむしろ北条氏の滅亡を望んでいるとも感じら 偉業が残るかどうかは不安であった。 検地のことを思い付いた原因は納屋蕉庵の言葉にあつれた。 こ。蕉庵はそれで戦を無くしたり、善政の基礎が築けるな 理由は言うまでもなく、日本の狭さである。 がんめい どと言ったのではない。 北条氏ひとりが頑迷に抵抗してみても、それはものの数 「ーー日本国は六十余州、これをすべて掌中におさめてではなく、悠々と彼を倒してゆけば関八州という新領土が も、一国宛あて行って六十余人の国持ち大名しか作れませ出来て来る。 ( この新領に家康を移してゆく : : : ) と、日本の狭さ、貧しさを指摘したのだ。 すると、今の家康の所領、三河、遠江、駿河の地が空家 となる。 秀吉は脇息をひき寄せて頬杖ついた。 そこへ織田信雄を移しておいて、尾張以西はがっしりと ( 検地だけでは、あの大ぜいの功臣どもに分けようがない 腹心で固めてゆく。 かも知れぬ : : : ) ずつ
来たが、これだけでは足らぬゆえ、こなたの思案で、日本 最上の刀剣というをつくり出せという内命であった。 「・・・ーーあの、日本最上の刀を私に鍛えよと : なんと仰せられましたので : : : 光悦はうかと聞きお としましたが、何処かに無銘の正宗がたくさんある : 「ー、ーー・鍛えよと誰が申した。そちは刀鍛冶ではあるまい。 と、仰せられたのでござりまするか」 現今、日本最上の刀 : : : と、申せば相州の正宗であろう。 その正宗の刀を日本一のそちが極め付けをして作れと申し光悦はそう訊き返して、もう一度秀吉の揶揄するような 舌打ちを浴びせられた。 ているのだ」 「ーーーわからぬ男じゃの、正宗で無くても、正宗に劣らぬ 「ーーー正宗を作る : : : とは、何のことでござりましよう ? 」 正直に言って、光悦は、その時まで秀吉が何を考えて居刀ならば、正宗で通して世に出してやるがよい。さすれば 刀も喜ぶ道理と申したのじゃ」 るのかはっきりとは擱み得なかったのだ。 「ーーーえ ! ではあの偽せの鑑定をせよと」 秀吉は幾分歯がゆげに、しかし笑いを交えて言い足し たわけめ、誰がニセと申した。こなたはもう少し 1 しかし世の中には無大人かと思うていたが、案外話のわからぬ男だの。そちは 「ーーー真物の正宗は幾振もあるまい。 銘のもので正宗に劣らぬものは幾らもある。これをそちの日本一じゃそ ! 」 : はい。それは、私も自信して居りまする 名で正宗として世に送り出してやれ。それがそのまま日本 国平定のお役に立てば、刀もよろこび、貰うた相手も気負が」 これぞ無から有「ーーーそれそれ、その自信は思いあがって居るそ。そちの し立ち、そちのご奉公にもなってゆく : ・ : ・ を産むまこと三方得。よいか、正宗の銘刀をそちの名で創日本一は、刀剣では本阿弥光悦が日本一 ! と、この秀吉 が決めてやったゆえそれで世間が通るのじゃ」 り出すのじゃぞ」 「ー・、・ーすると、その日本一の光悦に、無銘の刀をあつめて 光悦はわが耳を疑った。何かきき違いではないかと思っ てあたりをみた。 正宗に造り変えよと : かくれた 「ーー・・無銘の刀ではない ! 無銘の名刀じゃー
殿下の手で日本が平定した、それを知らせに来たと言うた分の軍勢の先導は承知したものと思うているし、朝鮮方で は、殿下が向うの機嫌を取って交易をのそんでいると判断 挈、、つじゃ」 している。ところがこんど博多へ寄港してみれば、あの地 「それではまるで逆になるの」 「そうじゃ。そしてその次には宗義智自身で釜山へ行ってまで、もう渡海御用の船の徴発が内命されているのではな いか。そんなところへ、大軍を送りこんでいったいどうな いる。これは殿下に朝鮮王はなぜ挨拶に来ないかと催促さ るのじゃ」 れてのことらしい」 蕉庵は、思わず眼をつむって腕組みした。 「ふーむ。なるほど」 それにしても何という奇妙な事の齟齬であろうか。 「ところが、この時も義智は、王に来いなどとは言っては 居らぬ。秀吉が仲よくしたいと申しているゆえ、日本平定堺衆はむろんのことながら、側近の多くの者まで反対し ている : : : そうわかっているだけに小西行長が、これは実 の賀儀をのべる王の使者を寄こして呉れと申している」 行されることではないと判断したのはよくわかる。 「わかった」と、蕉庵は膝を叩いた。 「それですっかり読めた。昨年朝鮮から、何と言ったか或いはそれは「鶴松の死ーーー」という、思いがけない突 の、正使が黄允吉、副使が金誠一であったかの : : : 通辞の発事が起らなかったら、行長や宗義智の思惑は的中してい 玄蘇和尚にともなわれて堺に来たおりに、しきりに内輪揉たかも知れないのだ。ところが、鶴松の死で事情は急変し めしていたようじゃ。われ等はただ日本統一のお祝いに来てしまった。 それにしても、これだけ大がかりな日本の運命にかかわ たのじゃと申してな」 る出兵が、はじめからまるきり、意志の通じないままに動 「その事よ。玄蘇和尚が、何と言うてだまして帰ったか、 とにかくそのおり、殿下からは大明国〈兵を出すゆえ、先員される : : : というのは、何という不用意な皮肉であろう 、 0 導を頼むという王宛の書状を渡された筈じゃ。ところが、 しかもその責任は堺衆にも縁故のある小西行長にあると それも一向に通じておらぬ。みな小西どのの入智恵じゃ。 いうのだ : そして、又、向うから一度使いが来ているという。したが 「で、出兵したら、朝鮮では何としようなあ宗室どの」 って殿下の方では王自身でやって来ぬのは不都合だが、自 378
それは、美々しく着飾った一人の若式者が、裏返した畳そう思ったが、問いかけられるとそのままには済ませな つつ】 0 ー刀子 / の上に坐って、じっとわが腹へ突き立てる短剣を睨んでい る幻であった。 「本多作左衛門 : : : それは、何をした男であったかの ? 」 その顔は、時に内海の野間御堂で秀吉を怨んで果てた信孝高はニャリとしかけて、あわてて笑いを押えていっ 孝のようであったが、又、まだ幼い鶴松丸の生身の生長した。 た姿にも見えた。 「駿河さまの重臣で、それ、大政所さまを焼き殺そうと、 ( 自分はどの者に、氏政のような最期があってたまるもの御殿のまわりに薪を積んだ男でござりまする」 「ああ、あれか。あのような者のことは、わしはすっかり その自信は小ゆるぎもしなかったが、自分の愛児が、自忘れていたわ」 分と同じ器量に生れついているとは限らぬという不安らし 「そうでござりましような。大腹中の殿下のことゆえ : つ」 0 、刀学 / しかし、日本中の大名から足軽小者に至るまで、このこと したがって、その不安を隠そうとするたびに、一層うわはみな忘れかねて居りまする」 べを快活に見せかけているきらいが無くもない。 「ほう、そんなものかの」 それを黒田孝高は知っているらしかった。 「そんなもので : : : 何しろ日本中に、殿下のご威光を屁と 「さて殿下・ : ・ : 」と、孝高は言った。 も思わぬ者が一人居る。大政所さまを焼き殺すぞと嚇した 「小田原のことは片付きましたが、もう一人、殿下に無礼ばかりか、駿府の城で殿下と駿河さまを頭ごなしに叱りつ とも何とも言いようのない雑言を浴びせた駿河さまの家けた : : これこそまことに無類の硬骨漢と」 来、本多作左はどうご処分なされまするので ? 」 「官兵衛」 「なんでござりまする」 「そちは、わしを焚きつけて居るのか。それとも揶揄して いるのか」 「これは飛んだことを仰せられる。日本中の武士どもがみ 秀吉はギクリとしたように孝高を見返した。 ( 又、いわでものことを官兵衛めが : おど 226
「では、誰も昔のように、乱を企むものは無いと言われま 四 するか」 それにしても、何という北政所の考えぶかさであろうか 「もってのほか ! 」 と、家康は内心舌を捲いた。 一段と言葉に力をこめて、 彼女はここで、家康に秀次を推させておいて、呉々も向「もし企てた者があったとしても、その者を日本の敵とし 後を頼むと繰返しておきたいのに違いない。 て諸侯が許しは致しますまい。和に向う時代のそれが風で しかし、家康にはそうした答えははばかられた。見様に ござりまする。時代の風にさからうものは滅んでゆく : ・ : ・ よるとそれは大きな出過ぎたことになり、秀吉の側近の中無言でこの世を監視なさる、これが神仏の大きなご意志で に敵を作ってゆくおそれがある。 ござりまする」 ここでは特に派閥の渦に捲き込まれることは警戒しなけ 「すると、たとえば、誰が豊家を継いだとしても : ・・ : 」 ればならなかった。すでに側近の中には、石田三成を主軸「仰せまでもないこと」 とする文治派と、小姓あがりの子飼いの武将たちとの間家康は巧みに話題を転じていった。 に、次第に反目が醸成されてゆきつつある。 「それがしはただいま、秀次さま後詰めとして、奥州へ兵 その何れにくみしても、それは家康の存在をきわめて 小を出しておりまする。万々大事はないと存じまするが、加 さくするばかりだった。 賀どのに後を頼んで、殿下お帰還の前に京を発ちとうござ 「お言葉ながら : - まする」 と、家康は重々しく姿勢を正して答えた。 「と、言われると中納言の後詰めに、奥州へ向われまする 「政所さま仰せのごとく、日本の波風を鎮めるは、故右府かご自身で : : : 」 からのご理想、それを殿下が生命がけでお継ぎなされたこ 「はい。そろそろわが手勢は二本松に向けて進行のころか と、いまでは諸侯もみな骨肉に刻んで知って居りまする。 と心得ますれば、急いで後を追いまする。日本の国内だけ それゆえ、たとえどのようなことがあろうと、そのご意志は、もう騒乱の起らぬように致しておかねばなりませぬ」 に違うて国内を騒乱に導くことなど思いも寄りませぬ」 話の中へ問題の秀次の名を出して、家康は丁寧に一礼し
折角堺衆がひろげていった大明から南方各地の商権がこれはとにかく加賀へ送りとどけてやれるであろう。又送りと どけてやりさえすれば、高山右近大夫の等伯が、どのよう でことごとく無駄になろう : : : そうした噂が、父の死にか にしても匿もうて呉れるに違いない。 らんで京大坂へ立ちすぎている。そうなっては殿下はあの しかし、後に残った母親の宗恩はいったいどうなるであ ご気性ゆえ、いよいよ意地になって出兵をお決めなさろ う。それゆえ、この噂を打消すためにも、父の死はどこまろうか ? でも、大徳寺の不敬事件にあったこととしたい。そのため 利休の死後の噂に困りきっている石田三成が、果してそ にはお吟を素直にお傍へ出すこと。それで千家はそのままのまま許すであろうか。 : ところが母はそれを 跡目を立てさせるよ、フに計ろ、つと : 「これは然し、大変なことでござりまするなあ」 聞き入れませぬ。それでは父に済まぬと申し、次に治部さ 木の実の酌を受けながら、又しても茶屋四郎次郎は嘆息 まが見えられましたおりに、お吟は死にましたと、ハッキした。 「そうじゃ」蕉庵は案外こだわりなく、 リ申上げてしまいました」 そう言うと、何か悲しく想い出したのであろう、お吟は 「今日まで、とにかく日本の隆盛を助けて来て呉れた関白 そっと袖で眼頭をおさえた。 の大功績が、無になるかも知れぬところじやからのう」 木の実が膳を運んで来たのは、それから間もなくだっ と、茶屋とは全く別なことを言った。 「とにかく 茶屋どのもご存知のように、ようやく日本国に は交易に事欠かぬだけの船が出来、舟子も出来た。これは 五 このまま二十年間せっせと働かせたら、日本国を一躍富有 同席しているのは蕉庵父娘と、当のお吟と茶屋の四人だ にして呉れる大切な船と舟子じゃ。それを全部戦に使われ 、一丿、ら ) つ」 0 てはのう : : : 世間では堺衆が自分の利だけを追うように噂 しようが、そうではない。折角糸口のついた交易を捨てて さすがに賑やか好きの蕉庵も、事が洩れては一大事と、 何時ものように取巻きの同席は許さなかった。 費えの多い戦にすべてを召上げられる : : : その損失は計り 考えてみると、これは大きな間題をふくんでいる。お吟知れまい」 っ】 0 308
: これだけじゃ」 「つまり日本中の検地が、日本中の戦の種を刈取るという 「午 6 、つ . 妙策じゃ。そうであろうが、手きびしい年貢の取立てがな 「それゆえ、秀吉はその二つを無くする妙策を立てて居ければ、百姓どもも、切支丹利用の怪しい煽動者などのお だてに乗らぬ。その上にもう一つ検地が済んだら一揆をふ 「戦の根を断つ、妙策でござりまするか」 せぐために、刀狩りをやるつもりじゃ」 秀吉はコクリと簡単にうなずいて、 「刀狩り : ・・ : と仰せられますると」 「改めて日本中の検地をしてな、隠し反別のないように所「暮しは関白が保証する。無頼の徒や曲者どもも関白が取 領の石高をきちんと割出して見せてやるのじゃ」 締る。それゆえ百姓は一切武器を持っことは相成らぬとな 「それが、どうして戦の根を断っことに : あ。武器は時々兇器になる。これが無ければ私闘も絶滅す る道理じゃ」 「大名どもの石高は裏も表もなくハッキリとして行こう。 今までの争いの種は表高は少くて、実収の多い地続きの土そこまで言って秀吉ははじめてニタリと笑皺を見せた。 地が争奪の種になっている。それゆえ、検地でこれをハッ 「どうじゃ、そうした施策の前ぶれじゃ。聚楽第への移転 キリさせると、領地の争いはそのまま秀吉への反逆を意味も、大仏の開眼も、北野でやる大茶会も : : こ、つして民心 して来る」 を安堵に導き、その上でなければ武器までは取上げられま 「なるほど、それは、そうなりまするなあ」 。寧々は賢婦人じゃ 。、やはり女子の眼は狭い。それ 「秀吉への反逆となっては一大事ゆえ勝手な戦は出来まいでわが身が、人を愕かすことより他に能はないなどと、何 が : : : それに、表高がそのまま実収と決ってゆくゆえ、領も彼も忘れて遊び呆けるかのように案ずるのじゃ」 民からの取立も殊更手ひどい事は出来なくなる。名君と暗「 : ・ ねんぐ 君の差が、年貢でハッキリするからの」 「が、そうではないそ。秀吉には最後の目的が一つある。 長政は、思わず膝を叩きそうになって息をのんだ。 戦など無くなるものではないと信じこんでいる者どもに、 本当の戦の無い世を作ってみせて愕かす : : : これがわしの ( 寧々も寧々なら、秀吉もまた、決してただの思いあがり 愕かし仕舞いじゃ。どうじゃ、わかったか」 者ではない ! ) る えじわ
「関白殿下のご命令じゃ」 小萩もしばらくは言葉もなかった。 「又しても兄上が : ・・ : 」 このように思い切った御前の反抗に出あおうとは考えて 「はっきりと申しましよう。殿下はこなた様を、関白の威いなかったのに違いない 厳を添え得るお方とは思うておわさぬのじゃ」 両者ばかりではない。狂ったように言い募った御前も、 「わらわが、愚かすぎると申すのか」 さすがに蒼白になって震えだしている。 いかに感情が激したからとは言え、秀吉が日本中の笑い 「言葉を変えて申せば、そうともなりましようか。それゆ あくば え、次の東征のおりに、 こなた様が駿府にあって、取返し者になるような事を仕出かしてやるとは、大胆すぎる悪罵 のつかぬ過ちか、或いは大きな失態を演ぜぬうち、京へ引に過ぎた。もともとそうした性格ではないだけに、御前自 取りおくが双方のため : : : ここで思案なされて、われ等に身もびつくりして、完全に三すくみの形になった感があ 密々のご用を仰せられた。違背はならぬこととご納得あらる。 れたい」 やがて若い僧は、ちらりと小萩を見やっていった。その 「いやじゃ ! 」 眼は、 朝日御前は間髪を入れずに叫び返した。 ( 狂っているのではあるまいか ? ) 「わらわは兄上の人形ではない。そうじゃ。兄上がこの世 と、いう疑問と怖れを匂わしている。 小萩は微かに首を振った。 に居耐えぬような失態を仕出かそう。そのような妹をもっ た関白かと、日本中の笑いものになるように振舞おう。帰彼女の新しく行き当った疑問は、、 萩の知らぬ間に、家 ってそうお告げなされ」 康と御前の間へほんとうの夫婦関係が生じて来ていたので 完全に、両者の感情は行き違った。 はあるまいかとい、フことたった。 ( これは若君さまへの愛情だけではない : この前の良人の時もこうであったが、夫婦生活に入って 若い僧はカッと大きく眼を見はったまま息をのんでい . し ~ 、レ J . し 、じらしいほど人の好い、おとなしい妻になり切 る。
に一つの間題を提起している。 いま日本の国中に秀吉ほどわが身の幸運を信じきってい る者はあるまい。尾張中村の百姓の小伜が、日本一の武力 を握って関白太政大臣という歴史にない出世をしてのけた 五 のだ : ・ しかもその得意の頂上では人力では如何ともなし難いと 家康は、松田憲秀に、希望を持たせるような返事をしな 信じられていた子宝までを設けたのだ。こうなっては秀吉 いでよかったと田いった。 手遅れも手遅れ : : : すでに秀吉の腹の中では、開戦どこならずとも、ある種の錯覚にはおちいろう。 ( いったいわしは、どこまで運気が強いのか : ろか、戦の途中で打つ、一家の些事への手段までが考え尽 そこで改めて家康を見直したとき、家康の方に、もし万 されている。 大谷吉継の言葉の中に、淀の君を陣中へ呼ぶ肚とあるか一、一寸のすきでもあったとしたらどうなろうか もともと家康は、秀吉にとってこの上なく手数のかかる 1 らは、この前の九州遠征の時よりも、更にゆっくりと腰を おちつけて、東のことは奥羽の隅々まですっかり片をつけ厄介者であった。討とうとして討てず、屈させようとして 果せず、やむなく認めて登用している目の上のコプであっ て帰る気に違いない。 ( そうなると、つぎに打ちかけられて来る手は : その家康にすきがあるーーーそう見た瞬間に、 家康は、いよいよ自分が秀吉の矢面に立っ時が来たと思 ( いまこそこれを取除いて ! ) 自分の幸運と思い合せて秀吉の考え方が急変したとてた 彼には秀吉と戦う心はなくなっている。 日本の統一を至上の使命として協力する。そのことではれを責むることも出来まい。 したがって家康は、秀吉に味方し、これを助けながら、 しかし秀吉が家康をどう考えて 一点の迷いもないのだが、 同時にまた一分のすきも見せずに、ギリギリの線上で、こ 来るかは別間題であった。 これに鶴松丸の誕生も人間としての秀吉の上に、たしかれに対してゆかねばならない立場であった。 へ、出来ないものとめ切っていた若君まで恵まれる : このように運気の強いお方に鬼神も敵対はなりませぬ。 つつ ) 0 っ】 0
つかれて、・ハテレン達をご追放なさることに致しました。 「面白かった。ヨーロッパにさような国々が争うてあれ ところが、そのパテレンの一人が、口惜しがってこう申し ば、無いとは言い難い話のようじゃ。互いに視野を広うし ましたそうで・ : : ・」 て充分用心してゆこうそ」 「なんと申したのじゃ ? 言いながら家康は、もう一度心のうちに小田原の北条父 「いまに見よ。関白を〈トへトに疲れさせて勝ってやるか子の面影を思い描いていた。 らと」 ( 何とか、時勢を説いてみねば : : : ) 「ほ、フ : : どうしてへトへトに疲れさせる・ : ・ : と、手段も 申したか」 「申しましたそうで。関白を煽 0 て、高麗から大明国〈攻堺や九州のあちこちに、南蛮船がやって来るということ め込ませる : : : さすれば関白も勝つどころか、広い大陸では、 , : ) 、、ロ ; オオ平カ来たという現象だけと考えていてよいこと 散々に引きまわされてへトへトになってゆく。い や、日本ではなかった。 ばかりか大明国も高麗もみな疲れきってヨーロッパの分け 船を寄こすだけのカのある者が、彼等の背後に控えてい 取り , は亠思のままじゃと」 る : 家康は、思わず息をのんで身をのり出し、しかし、その 少くとも世界の海を乗りまわそうというのだ。その背後 狼狽ぶりをあやうく押えた。 の勢力は想像以上に強力なものに違いない。 同じ日本の国内に棲む光悦の言葉ではないか。それが事 ( そうした時に、まだ小田原では : : : ) また、茶屋四郎次郎が口を開いた。 ~ 大とど、フして軽々に〔信じられよ、フ。 「本阿弥どのは、彼等南蛮人の目的が、交易や布教だけで ( しかし、有り得ないことではない : そう思うと、ゾーツと背筋が寒くなった。 はないようじゃと、こう申すのでござりまする」 : 光は、おもしろいことを申す男じゃの」 「なるほど」 「そのような話もござりますれば : : : お耳に入れておいた 「と言って、国中が一つにまとまってありさえすれば布れ じようぜっもてあそ がよいかと、とんだ饒舌を弄んだ次第でござりまする」 ることはなく、そのまとめ役に、関白殿下と肩を並べる あお