「このまま、あの雑言を許して」 「殺下のなされ方に : : : でござりまするか」 「はて、敵の罠には落ちぬものでござるぞ」 お吟が訊くとはげしく利休は首を振った。 笑って言ってから利休に向って、 「わし自身にじゃ ! 」 「よいか。家財は一物も持ち去ることを禁ずる。身一つ 「なぜでござりましよう。吟にはわかりませぬ」 で、明早朝堺へ出発のこと。たしかに相達したぞ」 「わしは、わしを、もっと勇気のある男と思うていた。そ きようだ そして、そのまま青い畳をふんで出ていった。 れがつい、上使の前で言葉を飾る : : : 臆病じゃ ! 怯懦 利休はそれを端然と坐ったままで見送っている。 このようなことで人に道が説けるものか」 三人の子たちが、狼狽てて駈け込んで来たのは、上使の 「まあ、あれほどはげしく仰っしやって、まだ言い足りぬ 馬が、門を出るのと同時であった。 と一一一口わっしやる」 「言い足りぬ ! 」 十 と、利休はたたき返すように身を震わした。 8 「お父さま、ご問答は蔭で聞いて居りました。あまりにお いまだに信 2 「わしは上様を憎んでいる。憎んでいながら、 言葉が激しすぎたのではござりますまいか」 じているなどと言葉を飾った。わしの奉公に寸分の狂いも お吟が最初に口を開いたが、利休は返事をしなかった。 ないなどと嘘を吐いた : 禅堂にある時のふしぎな静けさときびしさを湛えた表情どうやら利休は、自分の言葉で自分をさいなみだしたよ うであった。 で、じっと眼を細めたまま襖の裾を見つめている。 しばらくして、利休は道安に言った。 利休に限らず、こうした癖は、高山右近にもあったし、 ちょ、つじき 「座嗷のうちが暗うなった。丁子を剪れ」 本阿弥光悦にもあった。自分を追い立てるためにはげしく 「まッ 相手へ斬りつけて、その白刃を何時か自分にも向けてゆく そして再びあたりが明るくなると、 のである。 お吟はおろおろした。父がすぐにもこの場で切腹すると 「わしは、腹の底から怒りを覚えた」 ポツリと言って三人を見渡した。 言い出しそうな気がしてならなかったのだ。 たた
「その方儀、不都合のかどに依り、京を追放、堺に蟄居申上げて罪を得ました。これ、大納言秀長さまご薨去に次 ぐ、上様第二のご衰運の徴候、このきざしはお心を緊めら 付くるものなり」 左京亮の口上書を読みあげるあとから、左近将監が言葉れませぬと更に第三、第四と続きましよう」 「居士 ! 乱心めされたのか。富田どののお言葉を何と聞 を添えた。 くそ」 「家財その他、京にあるものには手をふれぬように」 「着のみ着のままで堺へ参れば宜しゅうござりまするの「乱心どころか、ご覧のとおり、いささかも取乱しては居 で。たしかに承ってござりまする」 りませぬ。ただ利休は今日まで上様におもねってお仕え申 「居士」 した覚えはない。いつの場合も生命がけの茶道をもって仕 「よ、 し」 えて来たもの。その者に蟄居などと、生き恥晒らさせるお 「人の世にはさまざまな波のあるもの。しかし関白殿下は扱いは近ごろ心外 ! なぜお腹が立ったら直ぐさま切腹仰 一んじよ、つ ご仁慈のお心ふかき方なれば : せつけられませぬか : : もはや、今生で上様にお目通りも 「ご上使へ申上げまする」 叶わねば、この旨ご上使よりしかと言上下さるよう : その声がきびしかったので、左近将監はハッと言葉を切 それはさながら二人を揶揄するような冷く冴えた言い方 っていった。 であった。 「な、なんであろう。充分に望みを捨てずに謹慎なさるが よかろ、フと : 「利休は、切腹のご沙汰を待ちうけて居りましたのに、蟄「それでは居士は、殿下のご仁慈など、受けたくないと言 居とは、い外にござりまする」 われるのか」 「それゆえ、ご仁慈のお心深きお方と」 富田左近将監の言葉を、利休はもう一度にべもなくはね 「お怨みに存じまする。と、そう言上願わしゅう」 返した。 「な、な なんと言われる」 「そのようなことを喜ぶ利休とご覧なされた : : : それが心 けんこ 「利休は殿下のご眷顧に報いるため、申上ぐべきことを申外にござりまする」 ちつきょ 286
北政所は、そう言う家康をしみじみと見やった上で、ホ家康の肩が思わずビグリと動いていった。 ッと大きく吐息した。 「わらわも有馬へお供しようかと存じましたが、思いとど 北政所は、ただ鶴松の死だけを感傷しているのではなか き 6 り・ま从した」 「殿下は二十日頃までにはお戻りなさるとのこと : : : あの ( ーーーど、つ、心せよとい、フご神意か : ご気性ゆえ、しばらく保養あればお諦めなさりましよう」 「大納言さま、人の世は思うに任せぬものでござりまする この問は家康をギグリとさせるに充分だった。彼女もま なあ」 た、鶴松の死がもたらす、秀吉の生き方の変化を案じてい るのに違いない : 「ご寿命の儀は、如何とも : : : 」 北政所は言葉をつづけた。 「まだ、若君の幼い笑顔が眼先に見えてなりませぬ。その ようなわらわが一緒では、却って上様のお邪魔であろうと「十四の年から添うて来て、上様のご気性はわらわがいち ばんよう知っている。上様は、走り続ける奔馬なのです。 遠慮しました」 どこまでも、どこまでも、倒れるまで駈けつづける : : : そ 北政所は少しも家康の言葉を聞いているのではなかっ た。自分の思いつめていることを、ただ 一筋に追っていの歩みを、どこで停めて名を遂げさせるか。それがわらわ る。 の苦心でした」 「若君さえ生きておわしたら、これで天下の風波もおさま 「わかる気が、致しまする」 ろ、つ : : これこそ神仏のお授けものと存じたに : 「そこへ若君が生れて来られた。若君の行末をお考え下さ 「ご心中お察し申しまする」 れと、これを手綱にする気でした。ところが、その綱もま : と田い、つ : これも神意か : た、ブツリと切れてしもうた : 「それを不意に奪い取られた : たら、わらわは眼の前がまっ暗になりました。大納言さ 家康は答える言葉が無くて憮然と相手を見やっている。 ま、天下のことはどうなりましよう。どうなるゆえ、どう ( まさにその通り : ・・ : ) 心せよと言うご神意か、それをお聞かせ給わらぬか」 女性ながら、北政所の見る目は符節を合したように家康 つ」 0
いわばそれは木太刀を構えて、「来てみよ」という兵法 「これは恐れ入りました。入信の動機はとにかく、いった ん僧侶と相成りましたうえは、道を曲げては歩けませぬ。者の姿勢に似ていた。 天海は微かに笑った。 言わばこれは私の宿命、生得のものにござりましよう」 「お言葉までもなく、そのつもりで参上致しました。しか 「曲げられぬ道と言われると 家康の声はどこまでも穏やかだったが、 しかし、一言半し大納言は、稀れに見る直ぐなお心のお方でござりまする なあ」 句も聞きおとしてはいなかった。 と、いわれると、好人物という意味かな ? 」 「直ぐな、し : : : 天海の視線はこの時はじめて、ひたと家康に吸いつい 「いや、そうではござりませぬ。摩擦の悲しみと許容の喜 びを解すお産れつきと見てとりました。恐らく愚僧の問い 「曲げられぬ道と申すは、いかなる無学な山村の老翁も、 にも、素直にお答え下さるお方という意味でござります いかなる天下の権力者も、わけ隔てなくこれを済度致すこ る」 と。ただこの一義とさとってござりまする」 「そうであろうかの」 家康は微かに唇をゆがめて笑った。 家康は苦笑するかわりに、大きく首を傾げて見せた。 「では、わしも、済度して頂こうかのう、天海どのに」 「されば、第一にお伺い申上げまするが、大納言は、神と 四 仏と何れがお好きでござりましよ、つ」 「神と仏・・ : : ? 」 「ー・ーわしも済度して頂こうか」 という家康の言葉は、天海が曾って会ったどの武将より家康はロの中で呟き返して、 もいんぎんに似て無礼を匂わす試問であった。 「わしはの、存応上人の奉する浄土宗の信仰を持してい 言葉の表面ではいかにも仏教の前に敬皮であるように聞る。ご覧のとおり : : : 」 と、机上を指さして、 えながら、その裏では、 「毎日、南無阿弥陀仏の称号をああしてみずから書きつけ 「ーーーわしを済度出来るものならしてみるがよい」という けいぶ ているのじゃが」 軽侮と自信がかくされている。 つ」 0 ↓′い 1 ール 334
「と、申すが、あれはあれで仲々の器じゃぞ。どうも、わ すらもないような放言を敢えてする。 そうした眼で眺めてゆくと利休こそは「獅子身中の虫しは奥州へ、伊達と蒲生を隣合せて争いの種を撒いて来た 」の最たるものに思えて来るのは、きわめて自然の成ような気がするのじゃ」 「上様は : 行きだった。 三成はちらりと晴れわたった空を見上げて、 「治部、いよいよ京じゃぞ」 九月一日、山科まで出迎えた公家衆の長い列を見わたし「居士を甘やかせ過ぎておわしまする。あれは許せぬ不都 合を働きました」 ながら、秀吉は三成をかえりみた。 今日も出発の時に劣らぬ奇妙な行装だったが、もはや誰と、さり気ない口調で言った。 も笑うものも、奇異に感じるものもない。 「秀吉風ーー」は、すでに新しい時代の主人公になりきっ てしまっている。 許せない不都合という言葉はおだやかではない。秀吉は。 「仰せの通り、若君さまがお待ちかねでござりましよう」すぐには訊き返すことをやめて馬をすすめた。 うしろに長く出迎人の列が続いている。そのようなとこ 「大きゅうなったであろうな。早く見たいが、さりとて先 ろで複雑な話は出来なかったし、したくもなかった。 に淀の城へも入られぬ。浮世のことは面倒のものよな」 そこまで言って秀吉は、何を思い出したのか舌打ちし 行列が三条大橋へかかった頃は、両側は秋晴れの群衆で いつばいだった。恐らく祇園の祭礼に匹敵する雑閙で、そ 「蒲生めが、うまくやって呉れればよいがのう」 れがみな秀吉一人の凱旋を見ようとしてひしめき合ってい る。 三成は黙っていた。 「あれが巧くやって呉れぬと、わしは利休に笑われようで秀吉は時々手をあげてそれ等の群衆に会釈しながら、し かし心の中では三成の言葉を忘れかねていた。 「上様、居士がことは、そのように念頭にお置きなされま聚楽へ着いても、暫くは公家衆の祝いの言葉を受けるの せぬが宜しゅ、つござりまするし ににしく、再、 0 三成を招いて、そのことを言い出したのは っ ) 0 、つとう
「お聞かせ下さりませ ! それで吟は決心しとうござりま白あっての利休 : : : しかし、茶道を主としてみれば関白は 客にすぎない。関白秀吉もまた茶道を学んた一人となる」 「まあ急くな。さっきそなたは、誰かの言葉として、関白「まあ : 殿下が無ければ利休もないと申したの」 「茶道を主とするか、一世の権力を主とするか」 「はい、それはその場の : : : 」 「では、ではお父さまは 「あとはよい。その一言がわしの覚悟を決めさせて呉れそ「だんだん覚悟が決って来たようじゃ。ここではひとつ、 道のために、関白殿下と大喧嘩をしてのけようか」 「お父さまのお覚悟を : : : ? 」 利休はそう言うと、はじめて大きく眼を開き、お吟を見 「そうじゃ。これはひどく気になる言葉 : : : だが、 残念なやってニコリとした。 「関白殿下相手に、お争いなされても : : : 」 がら、或る程度までは真実じゃ」 「わかりませぬ。吟には、お父さまが、何をおっしやろう「権力には負けよう。しかし、勝っ ! 道の上ではわしが として居るのか」 〕帥じゃ」 「まあ」 「それゆえ、急かずに聞けと申すのじゃ。よいか、このま まわしが関白の茶道を預って死んでいったら、たしかにそ「お吟、わしは、こなたの話、関白殿下に断ろう。こなた をお側に差出す : : : たとえそれが、こなたの本心からの希 の言葉の通りになろう。秀吉という偉い大将の茶坊主に いであっても、それは道を汚そうほどにの。利休という茶 利休というへつらい者があったとなあ」 坊主め、娘を妾に差出して出世を計った : : : 事実はどうで 「ただそれだけじゃ。、、ゝ、こ。こ カオオそれだけで済ませてはならあろうと、そうした噂は立つものじゃ。さすればわしは無 ぬことじゃ。茶道のためにはのう」 事であっても、茶道は死ぬる。茶道を離れて利休はない。 「茶道のためには : とすれば利休は死んでも茶道を生かすが、わしそのものの 「そうじゃ。茶道は秀吉のあるなしにかかわらず、向後も生きる道じゃ」 ずっと日本人の中に生かされねばならぬ。それをせずば関 いっか利休の眼には、若々しい情熱の灯が点り、その火 256
それ以来、何としても秀吉に子供は出来ず、今ではわが てあらば、 いまだ側室とも決まらず、大政所や北政所の侍 女ともっかぬあいまいな身分で行列に加わっては、生れ出身に子種がないものとあきらめきっている。 その虚を有楽が衝いたのだとすれば、有楽の人の悪さは て来る和子に済まぬとこう申されますので」 : ・」想像以上、もし茶々が本気で言っているとすれば、これは 「それは道理じゃ ! 秀吉の子の母ともなればのう・ : 「それが母となる身・ : ・ : と、はっきり分明は致しませぬの鋭い茶々の発見とも言えた。 とにかく秀吉は額にいつばい汗をふかしてあわてている で、それとなく行列からはご免を蒙りたい。若し又、是非 とも加われと仰せあらば、それは相当のお扱いにてと : 秀吉はもう有楽の言葉をよく聞いてはいなかった。 よく聞いていたら有楽の言葉には如何にもあいまいなと 「それが、まことならば : ころのあるのに気付いたろう。 上洛の行列を口実にして、茶々の身分をハッキリさせよ汗を噴かせたまま、秀吉は、全く夢想の世界をのぞいて いる顔であった。 うという、有楽自身の知恵かも知れない節がある。 「わしの生涯は、新しく始まるとも言える。のう有楽」 懐妊 : : : と言う、どぎつい言葉を使いながら、確かかと ただすと、いつでも煙りに出来そうな陣備えだった。 有楽は憎いほど取澄した表情で、 どうてん 「は ? 何と仰せられました ? 」 しかし、言われた秀吉は動顛していた。 「いや、お身にはわからぬことじゃ。誰にもわからぬこと 人間にはやはり誰にも弱点はあるものだった。そのか み、北政所は長浜で一度懐妊したことがあった。その時にかも知れぬ。わしはな、長浜で一子を儲けたときはいまよ 秀吉はうろうろしたものだった。生れた子供はしかし、天りず 0 と若か 0 た。子供というものが人生に対してどのよ 正四年の十月十四日に早世した。その名は亡くな 0 た実子うな意味を持つものか、深く考えてもみなか 0 た。とにか の代りに貰いうけた信長の四子、秀勝とおなじ名で、長浜く頭の中は仕事でい 0 ばいたったからの。それでも急に身 辺がパッと一度に明るくなったような気がしたのは覚えて の妙法寺に葬られ、本光院朝覚居士とおくりなされてい いる。これが愚かたったらどうしようかと案じたり、どの 3
ッ目を大切に尊信せよとな。わしの生れ年は壬寅それかに何の遠慮がいろうぞ」 さる 「それは、そうでござりまするが、ここで上洛なされます ら七ッ目は申に当る。猿は山王さまの神使というぞ。その ると、却って不利益を招きはすまいかと : 山王社がすでに祀りあったことは何という奇瑞であろう。 ・ : 関白のご気性はその逆じゃ」 これで江戸の栄えは万々歳じゃ」 家康はそこで声をおとして、 「では早速、吉日を選ばせて、地鎮祭から取行いまする」 「そうして呉れ。それを決めた上で、わしは急いでまた上「反対と見られたら、立っ瀬のないほど意地わるい策を施 す : : : が、賛成とわかれば逆にお信じなさる。ここでは信 洛せぬばならぬ」 じられて、しつかりと後の固めをせねばならぬ。関白の子 その山王社が今の星ケ岡にある日枝神社の前身なのだ が、二人の会話をきいているうちに、本多佐渡守正信は次飼いの大名たちとも仲よう一つになって置かねば、万一出 征軍が敗れて、大明勢の侵入にでも出会った時は何とする 第に不安になってきた。 天海という怪しい僧の言葉をそのまま鵜呑みにして、家のだ。手は打てまい。南無阿弥陀仏では済まんのだ」 「よくよく天海がお気に召しましたようで」 康は鎮守社の建立を命じた上で上洛してゆく気らしい。 「そうじゃ。あれは、神仏が、わしのために下されたお使 康政とわかれて居間に戻ると、佐渡はいわすにいられな つ」 0 ー刀ュ / 者と思うたそ」 「さてさて上様は、子供のようにお素直で」 「上様、やはりご上洛なされまするか」 「せねば済むまい。わしは出兵に反対と、関白がすでに感「佐渡 ! 」 「十キツ じ取っているからの」 「すると、あの天海の申すとおりになされまするので」 「素直が何でわるいぞ。筆と紙 : : : 筆と紙 : : : よい教訓を 「佐渡」 どれほど囁やかれても採れぬように歪んだ心の者こそ貧し し」 い限りじゃ。明日城下を見まわって、向島あたりに鷹を放 「そなたは妙に天海にこだわるの。天海の言葉であろうち、みなの士気を検分した上で、わしはすぐまた京へ発 つ。途中で出兵決定のことを聞いたゆえ、取るものも取り と、市井の小児の言葉であろうと、それが正しければ従う ひょし つかいめ みずのえのとら 344
ている。 情報だった。 氏規は、父の氏政や氏規の兄の氏照とともに強硬派の重その弟のもとへすでに勧降使がやって来ているのに、弟 亠目 K よっ」 0 はそれを氏直に告げずにいるというのだ : その叔父のもとへ秀吉から朝比奈泰勝が開城を促してや「この憲秀の察するところでは、関白は、氏規さま、氏房 さまと、まず周囲のご一族から説き落して、殿や大殿を孤 って来たと聞かされたのは今月の始めであった。 「ーーー何の、城など渡してよいものか。われ等もいよいよ立させ、その上で開城を迫る策戦 : : : それもすでに見透し がっかれたものと見え、近々小田原を発して関東を巡検す 守備を厳しくするゆえ、小田原もそのつもりで : : : 」 氏規のもとからそう言って来て二十日余り : : : それがつることになろうゆえ、鎌倉までの道普請にかかるようにと いに城を開くとなれば、もはやすべてが終ったという松田命令を下されました。これも確かな筋からの密報にござり まする」 憲秀の言葉はそのまま氏直の胸にも通る言葉であった。 : と、いうだけで氏直は眼の前がまっ暗になっていった。 「徳川殿に見放され、韮山城は開いた : ( 韮山が落ち、城内では舎弟までが、心を動かしだしてい 2 はござりませぬ」 憲秀は土気いろの唇をふるわしながら言葉を続けた。 なるほどそれでは手足も断たれたと同様だった。 「昨夜に至って、井細田口から氏房さまご陣所にも、滝川 なまじ食糧に事欠かず、敵からさして強い攻撃もないま 雄利、黒田孝高の両人が、関白の内意をうけて降伏をすす まに、悠々と過した「時・・、・ーー」が、今となっては、そのま めに参ったとござりまする」 ま敵の罠にかかっていたことだった。 「な : なんと一一一一口う ! 」 「憲秀 : : : それで、こなたはこの氏直に、何とせよと申す 「それを氏房さまは、まだ殿にご報告もなさりませぬ。こ のじゃ」 れを何とお考えなされまするや ? 」 「恐れながら、城内にある人命は約六万 : : : 今更これを殺 氏直はヨロヨロとよろめいて危く桜の幹で躰を支えた。 太田氏房は、武蔵の岩槻城主で氏直の舎弟である。それしてみたとてどうなるものでもござりませぬ」 がこの小田原城にやって来て井細田口と久野口の間を固め「それゆえ、何とせよと申すか聞いているのじゃ」
」′↑ナ′ 「その、コウサイメか」 「よ、よ、。ロとい、つ、 ( わ臥只い・ 茶々はまだ答えない。 「コレ、ダレ ? ・」 到頭茶々は吹き出した。子供の片言が何で発明でお賢い 鶴松丸がキョトンとした表情で幸斎のくわい頭を指さしのか。茶々にすれば常の子よりも発育が遅れて居りはすま いかと不安になっている鶴松丸たった。 せんだん こよ、こなたの、い遣 「これはこれは、何というお発明な : ・毎檀は双葉より香「ホホホ : : : もうよい幸斎、まだ若君ー ぐわしいとか申しまするが、あつばれご明君のご素質、幸いはわからぬほどに、殿下のお言伝を申すがよい」 斎めの手持無沙汰を一言でお救い下さいました」 「恐れ人りました。殿下は徳川どののご先導にて、緒戦に 堂々と山中の城を落され、箱根峠の先の湯本に陣をおすす 「わが君さま、お言葉を」 めなされてござりまする」 かたわらから饗庭の局が小声で茶々をうながした。 「何もそ、フ : : 」と、幸斎はさえぎって、 「手間どったようじゃな。ご苦戦なされたか」 「これは意外なおたずね。手間どるなどというものではご 「関白さま、表向きのお使いと言うではなし、お気楽にな されませ。私は、ただ若君さまのお笑顔を拝して参り、殿ざりませぬ。相手は松田康成のほかに北条氏勝、間宮康 下にご報告申上ぐれば済むのでござりまする。なあ若君さ俊、朝倉景澄、宇都木兵庫など、一騎当千の勇士を籠らせ て、不落を誇った城でござりまする。それを徳川どのの精 鶴松丸はびくっとして、そっと茶々の膝を手さぐりなが 鋭が、息もっかせすに攻め立てまして : : : 」 ら後すさった。 「殿下は、力攻めをお嫌いなされて湯治がてらの長滞陣 「アレ、ダレ ? 」 : と、お心を決められた由であったのう幸斎どの」 と、饗庭の局が口をはさんだ。 「はい。お父上さまのもとから参りました幸斎めにござり まする」 四 「コウサイか」 「はい、その通りでござりまする。何も殿下ほどのお方 「はいはい、そのコウサイめにて」 つ」 0