一橋 - みる会図書館


検索対象: 西郷隆盛 第12巻
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1. 西郷隆盛 第12巻

両老中はおどろいた。参内は形式的なもので、挨拶だけで退出するのが慣例だ。この高飛車の詰問 は意外であった。 阿部正外がうろたえながら答えた。 「朝廷のことについては何も申上げることはございません。ただ一橋中納言殿に内輪の用件があって 大阪まで参っただけのことでございます」 ? もっと大きな声で申せ」 「なに、一橋がどうした 「一橋中納言への用件はこの庸で申上げるのは恐れ入りますので、いずれ関白殿下の御屋敷に参上し この席で中しのべろ。もっと大き 「いや、麿の屋敷に来られては、かえって迷惑。くるしゅうない、 な声でな」 本庄がかわって答えた。 「江戸は近ごろまことに手薄でございますので、一橋殿においとまをいただき、江戸にかえっていろ いろと政務を見ていただきたいのでございます」 老関白は両手を耳のうしろにあて、 「いろいろではわからぬ。何の政務だ」 阿部が答えた。 「例えば、一橋殿の宗家水戸藩の内紛であります。武田耕雲斎一党の乱もあり、将軍も格別の御心痛、 一橋殿が江戸にかえれば、万事無事に解決すると存じます」 186

2. 西郷隆盛 第12巻

因幡守、いけないね、こいつは。ちょいと頭のきれる奴はみんなずるいよ。老中に話せば、京都の一 橋慶喜に聞けという。 一橋に問えば、江戸の老中に聞けという。まったく手間をとらせるよ。どこに 責任があるか、わからない仕掛けになっているんだ。結局、一橋も狸の仲間さ。曲者だよ」 飛び火は一橋慶喜にまで移ってきた。吉井がたすねた。 「一橋さんもいけませんか、どんなふうに ? 」 「さあ、そいつはあんたや西郷さんのほうが知っているのではないかね。あの人は冷たいね。冷酷だ よ。水戸の武田耕雲斎の一党を処刑した時の残酷ぶりを見て、あっ、こりやいけないと思った。貴人 情をしらずという言葉がある。育ちがよすぎて、頭が切れすぎると、人間、大切な時に冷酷無残にな る。いけないね、苦労と貧乏を知らぬ人物は。おまけに一橋は権力が好きだ。ただの貴公子だと思っ しいほ、つで ていると、とんだ時に背負い投げをくわされるよ。失礼ながら、お互いにあんまり育ちの、 はない。だから、安心してつきあえる。諏訪因幡守なども育ちのよすぎる古狸だ。こっちが正論を持 って行けば、なるほどごもっともと同意する。同意するが絶対に実行しない。実行しないどころか、 あとでこっそり手をまわして正論の士を退けてしまう。あぶなくて、うつかり物も言えないよ。まっ たくの話 ! 」 西郷は大きな目をキラリと光らせて坐りなおした。 「海舟先生、そのような小人奸物を幕閣から一掃する方法はないのですか ? 」 いなばのかみ 109 第七章秋

3. 西郷隆盛 第12巻

かし、いかに長州が正義の雄藩であろうとも、おのれの力におごって朝威を軽んするような行動に出 ることは絶対に許せませぬ」 「では、このたびの一挙については、薩摩は一橋、会津と行動を共にするというのだな ? 」 「そうは申しません」 「と一 = ロ、つと ? 」 「薩摩は朝廷の御命令に従うのみです。一橋や会津の指図では動きません。わが藩の内部でも議論が 二つにわかれて沸騰しましたが、私はこのたびのことは会津と長州の私闘だと認め、それのいずれに 味方することも厳重にさしとめました」 「薩摩は出兵せぬというのか ? 」 「長州がもし宮門に向って砲口を開くような暴挙を敢えてしたら、たとえ他藩は動かずとも、わが藩 だけで御所の御楯となって必す逆賊を打ちはらいます。どうそ、おまかせください」 断言して、退出した。 近衛忠熈は再び会議の席にもどって、一橋慶喜の主張を支持し、夜もあけはなれるころ、天皇の出 御をあおいで、「長州の処分は一橋の意見に従え」という御裁可を得た。 朝議はそれで決定したが、宮延をめぐる空気は日一日と険悪さを加えた。三日後の朝、会津藩の使 者が薩摩屋敷にやってきて、 「長州兵と浪士隊がいよいよ行動を起したから、至急、淀方面に出兵していただきたい」 と申入れた。

4. 西郷隆盛 第12巻

岩国は錦帯橋で有名な町だ。日本三橋の一つ、高さ三十六尺、幅十八尺、五つのアーチが見事な曲 線を描いて全長五百尺、木造の橋としては世界に類のない美しい橋だ。 「帰らなくてもいいのだ。おまえにはまだしばらく京都と大阪でがんばってもらわねばならぬ」 「鹿児島の敵はどうする ? 」 「それは大久保にまかせておけ。おれも大久保に手紙を書いておいた」 「何と書いた ? 」 「西郷召還説のあることは承知しているが、中央の状勢は西郷を一日も手離すことができぬ。長州の 処分が終っても、外国艦隊は必す大阪湾に浸入してくる。幕府には外国応接の実力がないから、その 際は西郷にふんばってもらって朝廷の名で開港のことを決定しなければならぬ。もし、これが成功し たら、やがては政権が朝廷に帰一する基になるのだから、いま西郷をかえすわけにはいかぬと、小松 と書いてやった。そのとおりだろう、 帯刀はじめ在京の重役一同決議したから、左様承知ありたい、 ↓つ、が ) ) カ ? 」 「そう言ってくれるのはありがたいが : 「今、おまえに国にかえられたら、せつかくおれたちが島まで迎えに行ったかいがなくなる」 「いや、おれは帰る ! この仕事がすみ次第 : : : 」 「頑固な奴だな。まったく久光公といい勝負だ」 133 第八章錦帯橋

5. 西郷隆盛 第12巻

紅葉にはおそく、雪には早い季節であった。それでも岩国川の清流にうつる錦帯橋の姿を賞する遊 覧客の姿は絶えなかった。征長総督の大本営は広島に移り、諸藩の兵は国境にせまっているが、それ と風光を愛する人間の風流心は無関係なのであろう 橋を見晴らす茶屋の小座敷で酒をくみかわしている三人づれの客があった。一人は目つきの鋭い浪 士、一人は小ぶとりの旅の商人、一人は若い女で、これも手甲脚絆の旅姿だが、それはぬいで、菅笠 と杖といっしょに縁がわにおいてある。 桐野利秋と浜崎屋太平治、女は照香であった。 照香が酌をしようとすると、浜崎屋はかるく手をふって、 「わしは手酌でやる。おまえは桐野さんにもっとついであげるのだな。今日が別れの盃になるかもし れぬ」 「またそんなことを : : : やっとおあいできたのに、別れなどとは、いやでございます」 「なに、そんな時勢だと言っているのさ」 「それでも、あたしはいやでございます」 照香は恨みっぽい目つきで浜崎屋をにらみ、「どうせ手足まといの女でしようが、桂小五郎さんにも 分と五卿の引渡しさえすめば、征討軍は解散いたします。何者が反対しようとも、不肖西郷、身命を 賭して無用の戦争を中止させてごらんに入れます」 てるか 138

6. 西郷隆盛 第12巻

第一章川風 第ニ章篝火 * 第三章橋 * * * * 第四章禁門戦争 * 第五章乱戦 * 第六章アームストロング砲 * 第七章秋風 大鵬の巻 * * * * 目次

7. 西郷隆盛 第12巻

有栖川宮家の前から御門通りを走りぬけ、御所の正門のそばまで来ると、そこが戦場であった。 よろいかぶと 建礼門の前のお花畑とよばれる広場が会津藩の本営で、鎧兜姿の兵士が充満し、会津と一橋の派 手な旗印が季節はずれの花のように咲きみだれていた。銃剣と槍と白刃が朝の光をはねかえしている。 新式の大砲も五、六門ならんでいた。応援にかけつけた一橋の砲兵隊らしい 戦闘はお花畑の西側の蛤御門のまわりで行われている。銃声がひとしきりひびきわたると、流れ弾 がとんできて、御所の塀の土をけずりおとした。硝煙くさい風の中を、手負いの兵士がよろめきなが ら逃げてくる。血まみれの死体もいくつかころがっていた。 鉢巻を血にそめた隊長らしい中年の武士がうれしそうに両手をあげて、 「おお、薩摩の方々だな。いい ところへ来てくだされた ! 」 俊斎は聞きながしてお花畑をかけぬけ、鷹司邸の角まで一気につき進んだ。部下の兵士たちもおく れずについてきた。 土塀のかげにうすくまっていた越前兵らしいのが、かすれた声でどなった。 「そっちはあぶないそ。ひきかえせ ! 」 これも聞えぬふりをして、鷹司邸の塀にそい、堺町御門の方向にまっすぐにすすんだ。 「おお ! 」 俊斎は立ちすくみ、そして自分の目をうたがった。兵士たちも立ちどまった。まるで白日の夢のよ うな不気味な光景が目の前にあった。はるかに見える御門の扉は八文字におしひらかれて、耳もとに 55 第四禁門戦争

8. 西郷隆盛 第12巻

ためには何かおしからん さかまく波に身を沈むとも 手にたすさえた弓と矢は、強弓の誉れ高い祖父伝来のものであった。 息を入れるひまもない隊士たちをはげまして、正門の両側に配置し終ったとき、それを待っていた かのように越前軍の反撃がはじまった。二門の大砲で正門の扉を狙い、小銃のいっせい射撃を加えて きたが、砲弾も銃弾も土塀の土にくいこんだだけであった。塀の内側にひそんでいた長州軍の銃隊に 逆に撃ちまくられて、お花畑の方向に退却した。桑名と彦根の軍が救援にかけつけてきたが、これも 追いちらされた。 あなもん 長州軍は土塀の上に姿をあらわして、逃げる敵を狙いうちにし、穴門からとび出して行って、逃げ おくれた兵を斬り倒した。 品川弥二郎は土塀の瓦の上に立ちあがり、戦況をながめて、よし、これなら勝てるそと思った。 その時、お花畑の方向で、日砲の斉射がおこった。一弾は頭上を高くとびこして裏門に落下し、一 弥は寝殿の屋根をくずし、一弾は足元の王塀に大穴をあけた。気がついた時には、品川弥二郎は土塀 の内側に土煙をかぶって倒れていた。王をはらって起きあがったところへ、中岡慎太郎がかけつけて 「一橋の援兵が押出してきたそ。蛤御門は薩摩にやられたらしい いよいよ、斬死だ」 「あわてるな、まだ早い : : : 味方の砲兵隊はどうした ? 」 しんでん

9. 西郷隆盛 第12巻

中の谷川のほとりの枯木の幹に腰をおろし、入江と永別の水盃をくみかわして別れた。彼らの戦死は この時きまった、と言われている。 翌十八日の深夜、久坂と入江は鷹司邸に潜入した。十九日の早朝、浪士隊をひきいた来島又兵衛は 肥馬にまたがり、大鉄扇を腰にたばさみ、金色の采配をふるって蛤御門を急襲した。必死の兵である。 会津軍は撃ちくずされ、一橋の銃隊の救援によってわずかに陣地をもちこたえた。 長州軍の勝利は目前にせまったかのように見えた。 砲声は御所の屋根をゆるがし、流弾は塀を越えて御所の中庭にとびこんだ。御齢十三歳の皇子 ( 後 の明治天皇 ) が砲声におびえて引きつけをおこし、気を失われたと伝えられているのはこの時のこと である。 公卿は色を失って為すところを知らず、警衛の諸藩も不意を討たれて対策が立たず、内侍所の広庭 おはぐるま に御羽車が用意された。天皇を比叡山に移しまいらせるための車であった。 こくししなの 蛤御門は陥落の寸前にあった。すぐ隣の中立売御門を守る筑前軍は、国司信濃のひきいる長州軍に おしまくられて退却した。長州軍は日野、八条などの公卿屋敷の門を破り、塀を乗り越えて蛤御門攻 撃隊に合流し、会津、一橋連合軍に十字火をあびせかけた。会津軍は門内にしりそき、大砲で応戦し たが防ぎきれず、多数の死傷者を出し、予備隊の全部を繰出して、わずかに持ちこたえている。蛤御 門が突破されれば、公卿門が危くなる。長州兵が内裏の庭になだれをうって突入したら、勝利は彼ら だいり ないじどころ

10. 西郷隆盛 第12巻

中川讃岐守は歩きながら説明したが、西郷は一言も答えず、表御所の暗い廊下をあるいて近衛忠煕 たんけい の待っている小部屋にとおった。短檠の灯影に照し出された前関白の横顔は、つい三日前にあった時 とは見ちがえるほどやつれていた。まだ六十には間のある齢だが、今夜の忠煕は七十くらいの老人に 見えた。 「おお、吉之助か。よく来てくれた」 おおぎまち 喜ぶ言葉にも力がなかった。「正親町三条と一橋がいがみあって、会議はめちゃくちゃだ。十時間以 上ももみあって、まだ結着がっかぬ。どっちに味方していいものか、わしにもわからなくなった。お まえの意見を聞かぬことには : 西郷は両手をついた顔をあげ、大きな目で前関白を見据えて、 「まず、会議の模様をおうかがいいたしましよう」 ただひろ さねなる 近衛忠煕の話によればーー議奏正親町三条実愛を先頭とする公郷たちの大部分は長州派で、毛利父 子の入京をゆるして戦禍をさけるのが賢明だと主張した。 「長州の尊王の精神と攘夷の熱意は疑うべくもない。まさに日本第一の勤皇の雄藩である。このたび の上京は、藩主の寃罪を訴えるよりほかに他意はないのだから、朝廷としても寛大な態度でのそみ、 毛利父子のどちらかを宮中に召して充分に説論し、悔悟の意を表したら許してやるのが、この難局を 収拾する最良の方法である」 かた・もり この意見に正面から反対したのは若い会津中将容保であった。彼は重病をおして参内し、長州討伐 論を唱えて一歩もゆずらなかった。 えんざい 33 第二章篝 火