一橋慶喜 - みる会図書館


検索対象: 西郷隆盛 第12巻
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1. 西郷隆盛 第12巻

も付け焼刃ではなかろう。なかなか一筋縄ではいかぬ曲者だという噂もあるが、一度はあっておかね ばならぬ人物だと思っていた。 川風が涼しすぎた。障子をしめきっていても、火桶がほしいくらいだ。 西郷がぼつりと言った。 「二カ月は長すぎる ! 」 煙管で眉と眉のあいだをおさえている。思いが鬱した時の西郷の癖であった。 吉井幸輔は答えた。 「そうよ。二カ月たっても大将がきまらぬとは、あきれた戦争もあったものだ」 長州征伐のことを言っているのだ。七月の終りに長州追討の勅命がくだって、今日は九月の十一日 だが、まだ征長総督は決定していない。 よしのぶ 朝廷と在京諸藩の有志は、一橋慶喜の総督と越前の松平春嶽の副総督を希望し、西郷も賛成して松 平春嶽を越前からひき出すことに奔走したが、幕府は将軍家茂自ら親征すると発表して、尾張の前大 納言徳川慶勝を総督に任命した。慶喜に権力が集中することを警戒しているのだ。だが、尾張慶勝は 辞して受けず、将軍家茂もいつまで待っても京都にやって来ない。来ないつもりなら、 いっそ総督な しで長州征伐をやってしまえという気の早い議論が朝廷の一部におこり、天皇もこの意見に同意され たという噂さえ伝わっている。 いったい、幕閣は何を考えているのか、その真意はどこにあるのかー・ーそれを勝海舟の口から聞き 出すことが、今日の大阪行の目的の一つであった。 しゅんがく いえもち 105 第七章秋風

2. 西郷隆盛 第12巻

そう。遠慮なく相談するがよい」 まったく意地がわるい。そうでなくとも一橋慶喜は議論上手で通っている。明らかに慶喜の味方で ある関白たちの前で討論したら、絶対に勝ち目はない。 「その儀だけは平に御辞退申上げます」 阿部正外が平あやまりにあやまり、本庄をうながして退出しようとするのを、二条関白は皮肉に笑 ってひきとめた。 よければ、こっちからたずねよう。その方らはこのたびの入京にあたっ 「 , もう一一一一口うことはないのカオ て、少からぬ兵力をひきいて来たようだが、何のための軍勢だ、何を守り、何と戦うつもりだな ? 」 答えられる問題ではない。両老中は青ざめた顔を見合せた。心の中で歯ぎしりしながら、本庄宗秀 が答えた。 「江戸では、近く外国艦隊が大阪湾に侵入すると専らの噂であります。万一のことがあっては、主上 に対して申しわけがございません。そのための警備の兵を引きつれてまいりましたので : : : 」 一・それは、また殊勝な心掛けだが、それならば、京都には用はないわけだな。その方は早速兵士をひ きつれ、大阪に下ったらよかろう」 かたち 二条老関白はここで容を正し、声をはげまして、「聞けば、幕府においては、尾張前大納言慶勝に、 毛利父子を召しつれ、江戸に来るように申しつけたという。このたびの長州征討は将軍親征と称しな がら、将軍は勅諚を無視し、上洛を延期して、毛利父子の処分については、すべて尾張総督に一任し / い。ただちに江 たのではなかったか。江戸でとやかく申す筋合はない。阿部老中にはもはや御用はよ 188

3. 西郷隆盛 第12巻

大阪を出帆して広島に向う船の中で、吉井幸輔が笑いながら言った。 「西郷、おまえはまたしても憎まれ役をひきうけた。この調子ではまた国もとに呼びかえされて島流 しだな」 西郷は笑わずに答えた。 「もう島流しはこりごりだ」 「おまえは京都にも薩摩にも敵をつくってしまった。征長総督に可愛がられすぎた。悪く言えば、尾 張慶勝公を自家薬籠中のものにしてしまった。一橋慶喜が何と言っているか知っているか ? 」 「知らぬ」 「総督の英気いたって薄く、酒に酔うかわりに芋に酔っている。芋の名は西郷 ! 」 「馬鹿な ! 」 「おまえを憎むものの目には、そう見えるのだ。鹿児島でも悪評しきりらしい。西郷がまたしても独 断専行の癖を出した。長く京都においては、何を仕出かすかわからん、早く国許に呼びかえせとい でいる奴がいる」 「つまらんことを言う奴らだ」 「西郷、頭が高すぎるというわけだな」 「おまえもそう思っているのか ? 」 づ 131 第八章錦帯橋

4. 西郷隆盛 第12巻

「これは異なことを申す。昨年の春、将軍上洛のみぎり、将軍が自らの名代として慶喜を京都にとど しんきん めて禁裏を守護させたのではないのか。慶喜はよくっとめてくれて、おかげで宸襟も安らかであった。 これから先も、いついかなる変乱が起るかもしれぬ。慶喜を江戸に召しかえすことは断じてゆるさぬ 「恐れ入りましてござります」 「長州の処置が無事にすむまでは、おいとまどころではない」 「恐れ入りました」 「よく恐れ入る御仁じゃな」 「なにしろ、両人とも老中としては新参者でございまして : : : 」 じきしょ 「では、教えてやろう。慶喜滞京のことは、昨春宸翰をもって相達し、将軍は直書をもっておうけし ている。知らぬとあらば、これを見よ」 うけしょ 将軍直筆の請書をつきつけられて、両老中は平伏した。 老関白は追撃の手をゆるめなかった。 「知らぬ存ぜぬで前言をひるがえすとは、将軍も将軍、使者も使者だ。よくおぼえておけ。毛利父子老 いっさいまかりならぬ。章 及び五卿を江戸に召還すること、慶喜召返しのこと、諸大名参覲復活のこと、 十 あえて強行する根拠が幕府側にあると、その方らは思っているのか ? 」 第 「恐れ入ります。その儀につきましては一橋殿と相談の上、あらためて御返事中上げたいと存じます」 7 「そうたびたびの参内は無用だ。手間がかかってならぬわ。慶喜と話があるのなら、今ここに呼び出 しんかん

5. 西郷隆盛 第12巻

第十一一章老関白 老中阿部正外と本庄宗秀は三千の大兵をひきいて大阪城に本拠をおき、はるかに京都を威圧してい た。公卿買収のために三十万両の黄金を用意しているという噂も立っていた。 一橋慶喜は彼らの上京の目的の一つは自分の禁裏守衛総督の職を免じて江戸に召還することだとい う情報を聞いて、本庄宗秀に泥をはかせてやろうと計画した。阿部正外は骨も固く、ロも固いが、本 庄のほうは遊び好きの殿様で、しかも酒に弱、。 慶喜はある晩、本庄を京都の自邸に招待して酒をすすめた。本庄ははしめのあいだは阿部と同席で なければ何事も申上げられないと言っていたが、そのうちに酒がまわると、慶喜の巧みな誘いにのつ自 関 て、べらべらとしゃべりはじめた。 「いったい会津侯も桑名侯も何をやっているのですか。京都取締りの重職にありながら、なにひとっ老 取締っていない。長州はどうやら追い出したが、今度は薩摩の有志と称する浮浪不逞の徒が勝手に公章 卿たちに入説し、朝廷はそれにあやつられて軽々しく朝命を発する。これでは朝権も立たず、従って十・ ぎゅうもん 、幕威もおとろえる。会津の守護職も桑名の所司代もこんどこそは免職だ。そもそも宮門の警備を長州 3 や筑前などの外様大名にまかせたのがまちがいのはじまり。いやしくも征夷大将軍、わが幕府には旗

6. 西郷隆盛 第12巻

「いま、うっている」 裏庭のほうで発射音がひびき、味方の砲弾が二人の頭の上をとびこえて行った。 一橋慶喜は、鷹司邸焼払いを決意した。 邸内の浪士隊は強猛である。蛤御門の残兵も彼らに合流しはじめた。山崎方面にはまだ無傷の長州 の大部隊がのこっているはずだ。ぐずぐすしていると、因州藩と備前藩が寝がえりをうつおそれがあ る。術策に巧みな長州派の公卿どもも何をしでかすかもしれぬ。 慶喜は本営を御所の中からお花畑にうっし、十二センチ日砲隊の間近に床几を据え、兜の金鍬形を 朝日にかがやかせながら、砲手たちを激励した。 「撃て ! 遠慮はいらぬ。関白邸もろとも賊徒を焼きはらうのだ ! 」 長州軍の砲弾が砲座の近くにおちて、二人の砲手をはねとばした。さらに一弾は慶喜の床几のそば におちて彼の陣羽織を泥まみれにした。 慶喜はひるまず叫びつづけた。 乱 「撃て、撃ちまくれ。この機をはずすな ! 」 物見の兵がかけつけてきて、蛤御門の勝利を報告した。まもなく、会津の砲兵隊長野村左衛門が六五 第 門の大砲をもって戦列に加わった。つづいて、薩摩の小松帯刀が馬をとばしてきて、来島又兵衛の戦 死と国司信濃の負傷を報告した。

7. 西郷隆盛 第12巻

有栖川宮邸には、桂小五郎が数日前から身をひそめていた。この大胆不敵な長州の知恵袋は、見廻 組と新選組の白刃と追跡を嘲笑しながら、一歩も京都をはなれず、同志を督励し、公卿を操縦して、 今日の武力暴発を準備していた。昨十八日の夕刻、有栖川宮以下長州派の公卿を大挙参内させて和議 説と長州赦免説を唱えさせたのも、その晩のうちに伏見、山崎、天龍寺の諸隊を皇居に向って進発さ せたのも彼た。鷹司邸占領も彼の軍略の一つであったが、このことは一橋慶喜も知らす、西郷吉之助 も知らなかった。 だが、周到な桂小五郎にも誤算はあった。ます、孝明天皇があくまで長州をきらいぬいておられた こと、次に中川宮と一橋慶喜が予想以上の決断力を見せて長州派の公卿をおさえたこと、したがって 在京諸藩の尊攘派有志も自藩の藩論を動かすことができなかったこと、最後に、御所突入が薩摩藩に 中立政策を捨てさせ、長州征討の先頭に立たせてしまったことだ。 一説によれば、桂小五郎は暴発の直前に形勢の非をさとって、天龍寺の久坂玄瑞に進発中止を命令戦 したという。だが、間にあわなかった。雪崩は始っていた。久坂玄瑞の英才と熱意をもってしても、 山頂からなだれ落ちる大雪崩をくいとめることはできなかった。いや、誤算はそれ以前にもあった。 暴発の前々日、七月十七日に、長州の首脳は男山八幡宮で最後の軍議を開いた。集るもの約二十名、四 家老益田右衛門、来島又兵衛、久坂玄瑞、寺島忠三郎、入江九一、真木和泉守などであった。 久坂の自重論に対して、老将来島又兵衛は、終始、即戦即決論を固持した。

8. 西郷隆盛 第12巻

子毛利定広公のひきいる本隊も近く上京の途につくらしい。海軍提督松島剛造のひきいる水軍は すでに三田尻の港を出航した。京都の内外に潜伏していた浪士たちは、時到れりとばかりに長州軍に 合流しつつある。長州は京都にだいぶ金をばらまいたらしく、市民の人気も彼らのがわにある。 「昨夜は、天目山と天龍寺のあたりを偵察してきたが、なんとも大変な勢いだ」 伊地知正治は隻眼を光らせて言った。「どっちを見ても、天をこがす篝火だ。武器も糧食も充分ら しい。これでは、所司代も守護職も御守衛総督もあわてるほかに手はなかろう」 よしのぶ かた、もり さだのり 所司代は桑名定敬、守護職は会津容保、禁裏御守衛総督は一橋慶喜である。 「いったいどっちに味方したものかな」 吉井幸輔が例によってとぼけたロをきく。「一橋さんは伏見方面に出兵しろと言って来ているが、 : どうだ、西郷 ? 」 どうも気がすすまぬ。なんだか長州に気のどくでな。 西郷ははっきりと答えた。 「一橋の命令はことわった。わが藩は天朝の御命令以外では動かぬ」 「また出たな、西郷。それはおまえの口癖だが、天朝の御命令が長州を撃てと出たら、撃つか ? 」 「撃っ ! 」 断乎とした返事であった。「薩摩は幕府に恩顧はない。一橋慶喜の命令では動かぬ。同時に、四辺を 外夷に狙われている日本の危機を忘却して私意を押しとおそうとする長州と浪士たちの脅迫にも動か ぬ ! 」 「それでよかろう」 せきがん

9. 西郷隆盛 第12巻

因幡守、いけないね、こいつは。ちょいと頭のきれる奴はみんなずるいよ。老中に話せば、京都の一 橋慶喜に聞けという。 一橋に問えば、江戸の老中に聞けという。まったく手間をとらせるよ。どこに 責任があるか、わからない仕掛けになっているんだ。結局、一橋も狸の仲間さ。曲者だよ」 飛び火は一橋慶喜にまで移ってきた。吉井がたすねた。 「一橋さんもいけませんか、どんなふうに ? 」 「さあ、そいつはあんたや西郷さんのほうが知っているのではないかね。あの人は冷たいね。冷酷だ よ。水戸の武田耕雲斎の一党を処刑した時の残酷ぶりを見て、あっ、こりやいけないと思った。貴人 情をしらずという言葉がある。育ちがよすぎて、頭が切れすぎると、人間、大切な時に冷酷無残にな る。いけないね、苦労と貧乏を知らぬ人物は。おまけに一橋は権力が好きだ。ただの貴公子だと思っ しいほ、つで ていると、とんだ時に背負い投げをくわされるよ。失礼ながら、お互いにあんまり育ちの、 はない。だから、安心してつきあえる。諏訪因幡守なども育ちのよすぎる古狸だ。こっちが正論を持 って行けば、なるほどごもっともと同意する。同意するが絶対に実行しない。実行しないどころか、 あとでこっそり手をまわして正論の士を退けてしまう。あぶなくて、うつかり物も言えないよ。まっ たくの話 ! 」 西郷は大きな目をキラリと光らせて坐りなおした。 「海舟先生、そのような小人奸物を幕閣から一掃する方法はないのですか ? 」 いなばのかみ 109 第七章秋

10. 西郷隆盛 第12巻

西郷はきつばりとことわった。 「わが藩の兵力は禁裏守護のためのもの。他の方面に向ける余力も義務もござらぬ」 つづいて一橋慶喜からも同じ申入れがあった。西郷は家老小松帯刀を代理に立てて答えさせた。 「折角のお言葉ですが、わが藩論は朝命にあらざるかぎり出兵せずと一決しております。ただし、ひ とたび勅命がくだった時は、必す一方の陣を一手でお引きうけしますから御安心ください」 火 37 第二章篝