中岡 - みる会図書館


検索対象: 西郷隆盛 第12巻
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1. 西郷隆盛 第12巻

すべし」 次の日は終日、慎重な軍議が行われた。 夜になって、西郷が長屋にかえり、おそいタ食をすませたとぎ、村田新八が入って来た。 はんとぎ 「先生、土佐の中岡慎太郎が半刻ほど前から待っております。こんな時刻におあいになりますか ? 」 「ああ、鳥居大炊左衛門から話は聞いた。土佐の坂本竜馬と中岡慎太郎、どっちもなかなかの人物ら しい。通すがよい」 案内された中岡は鳥居の衣服を借りて小ざっぱりとした姿になっていたが、白布でしばった右足を まだ痛そうにひきずっていた。目に暗い光があった。 西郷は鄭重にむかえて、初対面の挨拶をし、村田新八に茶の用意を命じた。 中岡は言った。 「お人ばらいを願いたい。あなたとだけ話をしたいのだ」 西郷はうなずき、村田を別室にさがらせて、 「負傷されたそうだが、まだ痛みますか ? 」 「痛みます。あなたの傷は ? 」 「傷というほどのものではない」 「わたしの傷は薩摩の弾でうたれたのです」 戦 77 第五章乱

2. 西郷隆盛 第12巻

その翌日、西郷は坂本龍馬をつれて、汽船胡蝶丸に乗り、大阪を出発した。 坂本龍馬は西郷といっしょに上京して以来、ずっと薩摩の藩邸にかくれて、京都と大阪のあいだを いそがしく往来し、西郷の片腕または陰の参謀の役目をはたしていたが、四月のはじめに、中岡慎太 郎が九州から出てきた。彼は同藩の土方楠右衛門らとともに太宰府の五卿警備にあたっていたが、吉 井幸輔から京都の状勢と幕府の新攻勢の話を聞いて憤慨し、何とかして薩摩と長州を握手させようと 上京してきたのだ。 いそがしい西郷とはかけちがってあえなかった。そこで、大阪の藩邸に家老岩下方平、伊地知正治、 税所篤を訪ねて、 まや日本の公論とな 「薩長連合は故武市半平太の宿志であり、いわば土佐勤皇派の持論であるが、い 諸藩の有志はその日の一日も早からんことを熱望している」 中岡は力説したが、岩下も伊地知もはっきりした返事をせす、税所も言葉をにごしているので、中関 岡と坂本は業を煮やし、仲間をひきつれて嵐山に遊び、会津見廻組をからかったりして憂さをはらし老 章 ていた。 そのあいだに、中岡慎太郎は洛北の岩倉村に幽居している岩倉具視をたすね、だいぶ親しくなった。十 岩倉、三条の両卿を握手させることも、中岡と坂本の大方策の一つであった。 坂本龍馬は早く中岡を西郷にあわせたかったが、その機会をつくりかねているうちに西郷は帰国す

3. 西郷隆盛 第12巻

くさかげんすい た坂本龍馬を知り、彼につれられて勝海舟をたずねた。また、長州の久坂玄瑞とも親しくなって、 っしょに佐久間象山をたずねたこともある。彼の若い攘夷論は、この大先輩の開国論によって大きな ナ彼のこのような経歴については、桐野利秋はまだ何も知らぬ。 衝撃をうけた。どが、 / 中岡は京都では学習院講師中沼了三の塾に籍をおいていた。この塾には、薩摩藩からも西郷信吾、 すみよし 川村純義、鈴木武五郎などの激派の青年たちが通っていたが、桐野利秋もそこで中岡と知り合ったの だ。よく酒ものみ、服装などにはまるで無頓着な豪傑顔をしているが、芯の強い、頭の切れる、弁舌 も立っ油断のならぬ人物だと、桐野は内心この男を警戒していた。 中岡慎太郎は桐野と照香の姿を見くらべて、ニャリと笑い 「お楽しみのところを、お邪魔だったかな」 「なに、かまわぬ。まあ、すわれ」 桐野は答えた。「相手がいなくなって困っていたところだ。酒があまっている。飲んでくれるか」 中岡はすわって盃をうけた。照香が酌をする。 桐野はたずねた。 「きみはおれのあとをつけてきたのか ? 」 「ちがう。実は山城屋という町人をつけたのだ。あいつは薩摩の密貿易の片棒をかついだ形跡がある と聞いたので : : : 」 「斬る気だったのか ? 」 「いや、おれは斬らん。きみとはちがう。ただ薩摩の密貿易の実状を知りたかったのでな」 さくましよう・」ん 17 第一章川

4. 西郷隆盛 第12巻

入って来たのは品川弥二郎と中岡慎太郎であった。両人とも昻奮した顔色である。中岡は桐野をに らみつけて、 「おい、桐野、おまえは早くどこかに消えてなくなれ。いつまても京都にいても仕方があるまい」 どこで飲んだか、だいぶ酔っている。 桐野はにらみかえして、 「な。せだ ? 」 「薩摩のやり方は何だ ? 奸悪狡猾、信義を無視した裏切り行為だ」 品月がひきとめた。 「中岡、よせ。ここまで来たら、議論してもはじまらん。飲もう」 チャブ台の上で冷えている酒を手酌で飲み、桐野に盃をさしつけて、「おい、おぬしは下戸だが、今 夜は飲め。別れの盃だ」 「何を一一一一口う ? 」 「おい、桐野、今日も薩摩の兵四百人が入京したぞ」 「おれの知ったことか」 から、今夜は骨やすめでも息抜きでも、どうそごゆっくり : 立上がりかけて、裏口の人声に耳をすまし、「おや、品川さんですよ」 章 第

5. 西郷隆盛 第12巻

立上がろうとするのを、品川はおさえた。 「照香、よけいなことをするな。この前もおれにあったあとで、政千代は新選組の屯所にひつばられ たそうではないか。今はあわぬがおたがいの身のためだ」 「でも、あとで、わたしがしかられます」 「おれも桐野と同じだ。生きていさえすれば、おれのほうから政千代にあいに行く」 か言った。 桐野。 「照香、おれはしばらく京都を留守にする。都落ちだ」 「まあ、どこへ ? 」 中岡がかわって答えた。 「長州の湯田温泉に遊びに行くのだ。どうだ、おまえもいっしょにつれて行ってもらったら」 「まあ、うれしい。ほんとにつれて行ってくださる ? 」 「そいつは、桐野に聞けよ」 桐野は怒って答えた。 「そんな気楽な旅じゃない。中岡は冗談を言っているのだ」 「でも、あたし、行きたいわ」 中岡は笑った。 「ほらほら、冗談から駒が出たぞ。桐野、つれて行ってやれよ。女連れの道中も洒落たものだ」 そこへ、おかみがかけこんできた。敷居ぎわにへたへたと膝をついて、

6. 西郷隆盛 第12巻

肩をゆすって、桐野は裏座敷にひきかえした・ 中岡慎太郎が照香に酌をさせて、盃をかたむけていた。ふりかえってニャリと笑い 「桐野、見事だったな」 桐野は座敷の中を見まわして、 「品川はどこへ行った ? 」 「庭のどこかにかくれている。いや、もう塀を越えて河原にとび出しているかもしれぬ。はつはつは、 長州人はつらいな」 「それよりも、中岡君、さっきの話のつづきを聞こう」 桐野はひらきなおって、「長州と薩摩の橋になることは、実はかねて僕も考えていた。その点では、 ししが、君はどうする」 土佐人の君も坂本竜馬も橋だ。僕は長州に行っても、 「おれは京都にのこる。会津、桑名と長州軍の戦争を見物したい」 「おれものこるそ ! 」 「だめだ」 中岡は大きく首をふった。「もし薩摩が会津に味方すれば、品川はおぬしを斬らねばならぬ。逆にお ぬしが品川を斬るかもしれぬが、どっちにしろ、ばかな話だ。長州に行け。今から行けば、下関あた りで、英米仏蘭連合艦隊との戦争が見物できるかもしれん。こいつは日本人同士の戦争より、見物の ・照香もいっしょに行きたいと言っている。つれて行ってやれよ」 仕甲斐がありそうだ。

7. 西郷隆盛 第12巻

村田新八が茶菓をはこんできた。彼は中岡慎太郎の語気と姿勢の中に殺気に似たものを感じて、顔 色を変えた。だが、西郷は目で合図して村田をひきさがらせ、中岡に言った。 「もっと、あんたの意見を聞かせていただこう」 中岡はいかった肩をおろし、茶で喉をうるおして、つづけた。 「わたしは坂本竜馬と話しあって、及ばずながら薩長両藩の橋渡し役になろうと奔走してきました。 そのために、長州の諸君を説き、京都では岩倉具視、山口では三条実美両卿にもあいました。御承久 のとおり、この両卿は仲がわるい。二人を握手させるためには、ぜひあなたの御出馬を願いたいと考 えていたのだが、何もかもだめになってしまった」 「まだ間にあうかもしれぬ」 「いや、手おくれた。外国連合艦隊は下関砲撃のために横浜を出港したそうです。もし今、薩摩が長 州に追い討ちをかけたら、外国に力を借すのも同然。もし長州が外国艦隊に攻めくすされたら、攘夷 熱は全国にひろがり、日本中は蜂の巣をつついたようになってしまう」 「あんたは攘夷家だと思っていたが : 「もちろん攘夷派です。ただ、攘夷は日本だけの専売だと思ったら大まちがいだ。攘夷は万国共通の 道です」 「それはどういう意味ですかな ? 」 「今日世界に覇をとなえている国はすべて攘夷を実行したという意味です。アメリカはかってイギリ スの国だった。イギリスの王と諸侯はこの属国をしぼりあげることに専心し、アメリカ国民の生活 戦 79 第五章乱

8. 西郷隆盛 第12巻

西郷は反対した。 「馬鹿なことを申すものではない。本願寺の信徒は日本全国にいる。寺を焼いて仏敵の名を受けたら、 今後のわが藩の行動にどれだけ大きな障害になるかもしれぬ。たとえ宮様の名で命令が下っても、断 乎としておことわり申上げねばならぬ」 火事は夜になってもおとろえず、かえって勢いをまし、天をこがして燃えひろがった。四条大橋の 橋下に、戦死者の死体がいくつか取り残されていたが、その中の一つがむ 0 くりと起きあが 0 た。全 身、血と埃にまみれていたが、右足を打たれているだけで、まだ元気な負傷兵であった。四条通りは 焼けのこっていた。負傷兵は足をひきずりながら祇園神社の方向に歩いて行ったが、途中で思い出し たように横道にそれ、小路の奥の鳥居大炊左衛門の屋敷の門をたたいた。鳥居は薩摩の分家佐土原藩 士で京都に留学中の医学生であった。 玄関に立った血まみれの武士を見て、鳥居大炊左衛門は大声をあげた。 とうして : : : あっ、負傷しているな」 「おお、中岡君。いったい、 ' 中岡慎太郎と鳥居は中沼塾の同窓であった。中岡は肩をゆすって笑ってみせた。 「とんだとばっちりだよ。戦争見物に出かけて、薩摩軍の奮戦ぶりに見とれていたら、長州軍の流れ 弾にやられた。さっきまでその橋下に寝ていたのだが、中沼塾まで帰るつもりで歩き出したら、傷の 痛みで動けなくなった。きみの家を思い出したので : : : 」 「さっそく手当してあげよう。さあ、あがりたまえ」 鳥居はすこしも怪しまず、親切に傷の手当をして、 おおいざえもん おおいざえもん 73 第五章乱戦

9. 西郷隆盛 第12巻

その夜おそく、長州の敗兵が再び嵯峨の天龍寺に結集しつつあるという情報が薩摩の本営にとどい た。西郷吉之助は小松帯刀に兵二百をつけて追討させた。小松は夜明けを待って天龍寺をおそったが、 すでに長州兵の姿はなかった。寺僧をとらえて、寺の中を捜索すると、兵糧米六百五十俵、モルチル 「たいした傷じゃない。三日もすれば、歩ける」 「ありがたい。助かった」 「おれのほうも、きみが来てくれたので助かった。実は朝からの戦争で、うちの召使たちはみんな逃 げ出してしまった。薩摩屋敷の怪我人を見舞いに行きたいのだが、留守番がない。きみがここにいて くれれば、おれはちょっと錦小路まで行ってきたいのだが : しいとも、留守番はひきうけた。薩摩屋敷の怪我人は多いのか ? 」 「いや、たいした数ではないらしいが、西郷さんも負傷したと聞いたのでね」 「なに、西郷が ? 」 鳥居は中岡の顔色には気がっかず、 「かすり傷らしい。手当はもう終ったろうが、お見舞いだけはしたいので : : : 」 「かすり傷か」 中岡慎太郎は唇をゆがめて、「おれも歩けるようになったら、見舞いに行く。そう西郷さんに伝えて おいてくれ」 たてわき

10. 西郷隆盛 第12巻

「え、鳥居は長州の流れ弾だと言ったようだが : 「わたしは真木和泉守の忠勇隊にいたのです」 西郷は首をかしげたが、、 へつに警戒する様子も見せない。中岡はいまいましそうにつづけた。 「わたしはこの戦争は儚観するつもりでいたが、薩摩が出兵すると聞いて、がまんできなくなり、土 佐の同志たちとともに長州軍に参加したのです。 : 西郷さん、あなたは取りかえしのつかぬことを してしまったようだ。いたし どんなつもりで会津、一橋とむすんで長州の正面の敵になったのか、 今夜はそれをうかがいに来たのです」 「薩摩は出兵を最後までことわりつづけてきた。しかし、勅命が下りました」 「その勅命を書かせたのは、どこの誰です ? 」 「中岡さん、言葉をつつしむがよい。主上をこれほどにまで長州嫌いにしてしまったのは長州自身た。 わたしは長州の宮門攻撃の意図が明らかになるまでは、長州と戦う気はなかった。あなたは長州の御 所砲撃を正しいと思っているのか ? 」 「暴挙です。だが、やむをえなかった」 「長州は暴挙の責任をとらねばならぬのです」 「待ってください。わたしは今後の日本を背負って立つものは薩長両藩だと信じている。両藩をつな ぐ鎖は、西郷さん、あなただと信じていた。そのあなたが先頭に立って長州をたたいたのでは、もう 取りか、ズしがっかない」