真木和泉 - みる会図書館


検索対象: 西郷隆盛 第12巻
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1. 西郷隆盛 第12巻

だから、とび出してきたのだ」 「脱藩はおまえ一人か ? 」 「そうだ。西郷におさえられて、誰もうごかぬ」 「西郷か : 「大久保のアヤツリ人形だと罵倒してやったら、そうかもしれぬと笑っていた。あの男、何を考えて いるのか、さつばりわからん」 「薩摩に中立してもらわぬことには、この戦争は苦しくなる。真木和泉守は西郷を信している。討幕 は長州と薩摩が手をにぎらねば不可能だと今でも主張している。西郷がいたら、薩摩はこっちの味方 : と言った。彼は西郷が島から帰ってきたことを知らんのだ」 「西郷はもうだめだと教えてやれ」 「そうはいかん。西郷が敵にまわったとわかっては、味方の士気に影響する」 「真木和泉守にあいたい」 「だめだ。天王山の山の上にの・ほっている。おまえはそこまでゆけないぜ。脱藩したと言っても薩摩 人だ。昨日も薩摩の密偵らしいのが斬られた」 桐野の顔色がかわった。その密偵をしのびこませたのは西郷だ、と喉まで出たが、ロには出せなか 「たしかに薩摩人だったか ? 」 「本人はそうは言わなかったが、まずまちがいなかろう」

2. 西郷隆盛 第12巻

中岡はむつつり顔で答えた。 「おれは薩摩の裏切りを知って、じっとしておれなくなったのだ。西郷という奴は、実にけしからん」 「ああ、西郷に望みをかけたのは、まちがいだった」 鷹司邸の庭は広い。行軍の途中では長蛇の大軍に見えた四百人の兵士も、庭の木立の中に散らばっ てしまうと、たいした数とも思えない。汗をふきながら梅干弁当にかじりついている姿は、早くも敗 残の兵に似て、頼りなげであった。 「敵は逆襲にうつっている」 久坂は品川に言った。「おまえは正門の土塀の内側に八幡隊を散開させろ。おれは真木和泉守と打 合せてくる」 あすまや 久坂は築山のかげの東亭で休息している真木和泉守のほうに駈け出して行った。 せいしんいっとうなにごとかならざらん 品川弥二郎は鳥帽子の紐をしめなおした。烏帽子には、「誠心一到、何事不成」と書いてあり、自 作の和歌二首が封じこめてあった。 あられふる 鹿島の神にいのりつつ すめらいくさ 皇戦にわれは来にしを わが君の 戦 67 第五章乱

3. 西郷隆盛 第12巻

は銃声が聞えているのに、門を守っているはずの越前兵の姿も、攻めているはずの長州兵の姿も見え この通りだけ、ひっそりと静まりかえって、犬の子一匹歩いていないのだ。 どうしたことかと俊斎が首をかしげた途端に、火薬のはじける音がし、耳もとの空気が裂けた。鷹 司邸の土塀の上から斜めにうちおろしてきた小銃弾であった。俊斎はあわてて道の砂の七に身を伏せ て叫んだ。 「敵は邸内にいるそ。塀の根元にかくれろ ! 」 つるべうちの銃弾が俊斎の背中をかすめて、道の上に土煙を立てた。「怪我するな、伏せたまま退 却だ ! 」 鷹司邸を占領した長州軍の主力は、真木和泉守、久坂玄瑞、入江九一にひきいられた浪士隊であっ た。今日の一挙にすべてをかけた決死の部隊である。 久坂と入江は前日のうちに天龍寺を出発して邸内に潜入していた。鷹司公父子と召使たちを避難さ せてから、御所の近くの町裏にひそんでいた浪士たちを動員して、裏門から武器と弾薬をはこびこん だ。夜明けとともに到着した真木和泉守の指揮する本隊は、堺町御門を攻撃すると見せかけて、同じ く裏門から邸内になだれこんだ。越前兵は背後に塀のあつい要塞が出現したことに胆をつぶし、御門 の扉をあけはなしたままお花畑の方向に逃げ出してしまったのだ。 俊斎の見たのは、越前兵の反撃のはじまる前の不気味な沈黙の一瞬であった。

4. 西郷隆盛 第12巻

「そうか、ごくろうであった」 えぼし 斥候隊長がひきあげると、入れかわりに伊地知正治がはいってきた。烏帽子陣羽織の下から鎧の胸 当をのそかせて、不自由な足を手槍でささえながら、 「伏見街道の敵は福原越後の手勢らしい。大垣の藩兵はよく戦った。福原越後は手傷をうけ、敗兵を まとめて退却した。福原隊にかわった兵数不明の小部隊が竹田街道をのぼってきて、丹波橋で彦根の 兵に食いとめられている。いま聞えている砲声がそれらしい」 西郷は言った。 「まだ、あわてることはなさそうだな」 こくししなの 「のんきなことを言ってはいかん。天龍寺には家老国司信濃と来島又兵衛の本隊がいる。国司は三十 三歳の働きざかり、来島は鬼の又兵衛とうたわれる猛将だ。その上に、久坂玄瑞と真木和泉守のひき いる浪士隊がいる。こいつらは暴れるそ。油断は禁物だ」 西郷は眉のあいだに深い皺をよせて、 「久坂、真木とも戦わねばならぬのか。和泉守は勤皇一途の老人、久坂は吉田松陰門下、長州随一の 俊秀だ。つらいな」 「それが戦争だ。すでに勅命が下った以上は、昨日の友も撃たねばならぬ」 昨夜の宮中の深夜会議で決定した次のような勅書は薩摩屋敷にも伝達されていた。 たん 『長州脱藩士らの挙動さしせまり、すでに戦端を開くの由相聞ゅ。総督以下在京諸藩らカをつくして 征伐、いよいよ朝権を輝やかすべきこと』 49 第四章禁門戦争

5. 西郷隆盛 第12巻

「総崩れだ。来島又兵衛は戦死。おまえの言ったとおり、総大将のくせに走りまわりすぎて、狙い ・ : 国司信濃も負傷したらしい。軍旗をおきざりにして逃げて行っ ちされた。おれもあぶなかった。 税所篤は目を見ひらき、うれしそうに、 「大勝利ですね ! 」 「いや、まだ鷹司関白邸の敵がのこっている。久坂玄瑞と真木和泉守だ。こいつらは手ごわいぞ。お れは行かねばならぬ。新八、税所を頼んだそ」 「先生、あなたも軍医所まで来てください」 「それほどの傷じゃない」 西郷は白布を取出し、自分で右足をしばって、また馬に乗った。 「おまえは早く税所をはこべ」 村田は叫んた。 「先生、狙いうちされるような真似はやめてください」 「うん、気をつける」 西郷は真顔で答えた。「どうも本物の戦争は、太平記で読んだのとは勝手がちがうようだな」 65 第四章禁門戦争

6. 西郷隆盛 第12巻

「え、鳥居は長州の流れ弾だと言ったようだが : 「わたしは真木和泉守の忠勇隊にいたのです」 西郷は首をかしげたが、、 へつに警戒する様子も見せない。中岡はいまいましそうにつづけた。 「わたしはこの戦争は儚観するつもりでいたが、薩摩が出兵すると聞いて、がまんできなくなり、土 佐の同志たちとともに長州軍に参加したのです。 : 西郷さん、あなたは取りかえしのつかぬことを してしまったようだ。いたし どんなつもりで会津、一橋とむすんで長州の正面の敵になったのか、 今夜はそれをうかがいに来たのです」 「薩摩は出兵を最後までことわりつづけてきた。しかし、勅命が下りました」 「その勅命を書かせたのは、どこの誰です ? 」 「中岡さん、言葉をつつしむがよい。主上をこれほどにまで長州嫌いにしてしまったのは長州自身た。 わたしは長州の宮門攻撃の意図が明らかになるまでは、長州と戦う気はなかった。あなたは長州の御 所砲撃を正しいと思っているのか ? 」 「暴挙です。だが、やむをえなかった」 「長州は暴挙の責任をとらねばならぬのです」 「待ってください。わたしは今後の日本を背負って立つものは薩長両藩だと信じている。両藩をつな ぐ鎖は、西郷さん、あなただと信じていた。そのあなたが先頭に立って長州をたたいたのでは、もう 取りか、ズしがっかない」

7. 西郷隆盛 第12巻

第五章乱戦 品川弥二郎が八幡隊をひきいて堺町御門に到着したのは、夜も明けはなたれた後であった。天王山 の陣屋を出発したのは真夜中であったが、途中真木和泉守の「忠勇隊」と合流するためにいろいろと 手間どったのだ。中岡慎太郎は土佐脱藩の同志たちとともに、「忠勇隊」に加わっていた。 蛤御門方面は激戦の最中であった。一時退却した堺町御門の越前軍は再び守備についていた。品川 弥二郎はこの門を攻めず、鷹司関白邸の裏門から邸内に人った。先に潜入していた久坂玄瑞の指示に したがったのだ。越前軍は敵の意外な行動におどろき、御門の守りをすてて、一時後退した。 邸内の先発隊士は総勢四百にあまる救援隊をむかえて勇み立ったが、隊長久坂玄瑞の顔色は暗かっ た。品川弥二郎が弓をさしあげて挨拶しても笑顔を見せす、 「どうやら間にあったようだが、ただちに出撃しなければ、手おくれになる。兵は疲労していない 「大丈夫だと思います」 久坂は中岡慎太郎を見て、 「やあ、あんたも来てくれたのか」 カ ? 」

8. 西郷隆盛 第12巻

まきいすみのかみ 「ぜひあってみたい。大人物だそうだな。真木和泉守などは、もし西郷が京都にいるなら、薩摩は勤 皇派の味方だ。長州と結んで会津を討つにちがいないと言っていたが : 「おれには関係のない話だ。おれは品川弥二郎にあいたい。大阪であえるなら、今夜、これから出か ける」 「待て、待て」 中岡慎太郎はからかうような笑い声をひびかせて、「明日になったら、伏見あたりであえるさ。今夜 はゆっくり、この美人と飲んで寝ろ。おれにも別れを惜しみたい女はいるさ。では、行くぜ。いずれ や、どこかであおう」 戦場で・ : : ・い 中岡慎太郎は肩をゆすって出て行った。 飲めない酒をむりに飲んだせいか、苦しい夢を見た。真っ黒な金棒で肋骨をつきくだかれる夢にう なされて、桐野利秋は目をさました。 雨戸のすきまから、金色の槍のように突出ている真夏の光。それがかすかにゆらいで見えるのは加 茂川の水の反射だろう。頭の芯がきりきりと痛む。べっとりと脂汗が全身をぬらしていた。 うす闇の中で手をのばしてみた。同じ寝床にいたはずの照香がいない。はっとしたが、女は先に起一 き出すものと気がついて、また目をつぶった。 あたりはしんと静まりかえっていた。先斗町はまだ眠っている。色町というものは、夜が昼で、昼 19 第章川 風

9. 西郷隆盛 第12巻

第六章アームストロング砲 なぎ 瀬戸内海は今日も美しい凪であった。波も眠り、島も眠り、船もまた眠りながら動いている。 品川弥二郎は千石船の船底に寝ころんで、天井板にゆれる波の反射を放心した目つきでながめてい あじがわぐち た。大阪の安治川口を出帆すると、食事もわすれて死人のように眠りとおした。食欲らしいものが出 てきたのは二日目の朝で、船が尼崎港を出た後であった。無事に生きていることが不思議であった。 来島又兵衛も久坂玄瑞も死んだ。入江九一も寺島忠三郎も死んだ。桂小五郎は生死不明のまま行衛 がしれない。真木和泉守は鷹司邸を脱出して天王山まで落ちのびたが、「帝都を去るに忍びず、死して 至尊を護る」と書きのこして割腹した。みんな長い同志であり、先輩であった。 弥二郎自身は浪士隊三十人ほどをひきまとめて鷹司邸を脱出したが、銃弾のとびかう下を夢中でかス けぬけて、気がついた時には、ただ一人、折れた刀をさげて、淀川べりを歩いていた。前もうしろも一 ひる ア 難民の群れであった。猛暑七月の午下り、焦熱地獄の亡者の一人になったような気がした。 ふりかえると、京都の空は火と煙の龍巻であった。あとで判明したことだが、鷹司邸を焼きつくし六 た猛火は丸太町から竹屋町にひろがり、三条河原町の長州屋敷から発した火の手と合流し、火は烈風 を呼んで八方にひろがり、三日一一一晩燃えつづけて京都の大半を焼きつくし、焼失家屋四万三千戸、キ

10. 西郷隆盛 第12巻

見物しろ。えい、胸くそわるい腰抜けがよくもそろったものだ」 爆発した火山のように暴言の火をまきちらし、席をけって退場してしまった。社務所を取りまいて 軍議の成行きを見守っていた兵士たちは、拍手と歓声でこの正義派の老将をむかえた。 来島又兵衛の頑固と一徹は全長州に鳴りひびいている。胆力でも武術でも若い者に負けぬと高言し、 忠義と至誠にこりかたまった第一流の武将だと自ら信じ、鬼来島とよばれることをよろこんでいる。 その粗豪と稚気が兵士と浪士のあいだに人気があるが、政治と軍略に関しては何も知らぬ憂傑である。 すふまさのすけ 三田尻港を出る時、長州第一の政治家と言われた家老周布政之輔の内命をうけた高杉晋作が彼の出 陣をひきとめにやってきたが、 「おまえら、青書生どもに戦争の事がわかるか。おまえらは聖賢の書とかいう無用のものを読みすぎ しのたま し - 」う . て、而して後という言葉しか知らぬ。なんでもかんでも、子日わく、而して後だ。おれたち軍人はま ず戦うのだ。くされ儒者の青書生はひっこんでおれ ! 」 と、笑いとばして出陣した。 争 軍事が政治に勝ったのだ。軍事が政治を支配すれば、国はほろびる。男山八幡宮の会議でも、同じ 戦 ことがおこった。久坂玄瑞が真木和泉守に向って、 「あなたの御意見は ? 」 とたずねると、一座の最年長者で、勤皇無二の聞えの高い老神官は膝を正して、「来島翁に賛成です」四 第 と答えた。この一言ですべてが決してしまった。 顔面蒼白となった久坂玄瑞は何事も言わず、同志入江九一とともに宝寺の本営にひきあげたが、途