伊藤俊輔 - みる会図書館


検索対象: 西郷隆盛 第13巻
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1. 西郷隆盛 第13巻

「長崎を留守にするわけにはいかぬ。ュニオン号がいっ帰って来ないともかぎらぬし : : : 」 「帰るものか。早くとも、あと二十日はかかる。おれはぜひ鹿児島を見て来たい」 伊藤は首をふって、 「実は、国許で桂先生と高杉さんがこまっているという噂を聞いた。家老の山田宇右衛門殿と藩庁と の交渉に手ぬかりがあって、今度のことは桂先生の独断専行だと文句をつける連中がでてきた」 「だれが何と言おうと、銃器と軍艦は絶対に必要だ。ちゃんと持って帰れば、文句などけしとんでし まう。 : とにかく、おれは薩摩に行ってくる。留守はたのむぜ」 小松帯刀といっしょの船で、井上は出かけてしまった。 その留守中、上海からの飛脚船が浜崎屋太平治の手紙を持って来た。銃器は手に入りそうだが、数 が多いので集めるのに手間がかかる。帰航は八月の末になるものと思ってくれと書いてあった。 桂小五郎からも手紙が来た。藩庁と海軍局員は銃器購入には異議はないが、ユニオン号購入には反 対している。この前長崎で買った船が全く実戦の役に立たなかったので、今度も井上、伊藤ごとき素 とんないかものをつかまされるかもしれぬ。なぜ専門家の海軍局員を派遣し 人にまかせておいては、。 なかったのか、というのが反対の理由であった。 間に立った家老の山田宇右衛門は気をくさらせて萩にひっこんでしまった。自分も逃げ出したいと ころだが、乗りかけた船、最後まで責任をとるから、予定を変えることなくがんばってくれ、と激励 してあった。 何と返事を書いていいか、伊藤がこまっているところへ、鹿児島の井上から手紙が来た。大いに歓 はぎ 128

2. 西郷隆盛 第13巻

「もしこの取引きに薩摩が名儀を借してくれれば、薩摩は信義を守ったことになる。西郷に対する桂 さんの怒りもとけ、その他の薩摩ぎらいの頑固派もおいおい考えなおして、貴公らの薩長連合も二歩 も三歩も前進する。一石二鳥とはこのことだな」 中岡慎太郎が感心して、 「さすがはロンドン帰りだ。うまいことを考える」 「これがディ。フロマシーーーー外交というものだ」 伊藤は得意げに鼻をうごかして、「おたがいに学問はしておくものだ。しかし、この件はどこまでも 西郷の一諾によって実現したということにしなければ効果がない。だから、貴公らに京都に急行して もらいたいのた」 坂本と中岡はうなずいた。 伊藤は念をおした。 「くどいようだが、これはどこまでも秘密。今の長州人にとっては、薩摩は親の仇以上だ。その名儀 を借りることが海軍局や諸隊の頑物に知られたら、桂さんも高杉さんも、井上も僕も命が三つあって もたりなくなる」 中岡がたずねた。 「奇兵隊の山県狂介あたりが、まだがんばっているのか」 114

3. 西郷隆盛 第13巻

に死があり、死の中に生がある。おれは近ごろ、そんな禅坊主みたいなことを考えるようになった。 に、本物の死がやってくるまで、死んだつもりで働くことだな」 大村、伊藤、おたがい そして、思い出したようにたすねた。 「高杉晋作の消息はまたわからぬか ? 」 伊藤が答えた。 讃岐にいることだけはわかっています。・ : ・ : きっと、そのうちにふらりと帰ってきます。そ んな男です」 「そんな男とは、どんな男だ ? 」 「先生に似ているのです。本人はいつでも死ぬつもりでいながら、なかなか死なぬ。あっと思うまに 燕のように身をひるがえして姿をくらまし、重大な時には、必す帰って来る」 「重大な時か」 「まさに重大な時です ! 」 大村益次郎が静かに答えた。「長州にとっても死活の時です。いま、土佐の中岡慎太郎が薩摩に行っ ています。中岡は西郷吉之助をつれてきて、あなたに会わせると言っていますが」 桂の目がきらりと光った。 「なに、西郷一 ? 」 「そう。中岡の同志坂本竜馬も、西郷を説くために薩摩に行っているそうです」 桂小五郎の目に剣気が走った。 89 第六章燕

4. 西郷隆盛 第13巻

「僕はその間題にはロを出さないことにしております。僕は在京中、薩摩の藩邸にかくまわれていた こともあり、薩摩人とは特に親しくしていましたので、蛤御門における薩摩の背信行為は、他の者の 十倍もはらわたにこたえました。しかし : : : 」 「しかし、なんだ ? 」 「過去はともあれ、坂本、中岡両君の意見は正論だと考えます」 「くそっ、おまえもか ! 」 「はい、正「は正亠というよりほかはありませぬ」 桂はいまいましげに大村益次郎に向い 「おぬしは長老だ。よもや、この少年どもと同論ではあるまい」 「意見はさしひかえます」 大村は用心深く答えた。「正直に申せば、この問題についての私の考えは、すだきまっておりませぬ」 桂はもう一度伊藤をにらみつけて、 「おい、ロンドン帰りの新知識、何か言ってみろ ! 」 伊藤は決然として顔をあげた。 「中しましよう。僕は井上や高杉さんと同じく、長州独立論で、下関開港論です」 「なに、長州独立 ? 」 「手短かには説明できません。だれも僕たちの意見は認めてくれません。そのために井上は斬られ、 高杉さんは亡命し、僕は対馬から朝鮮に逃げ出そうとしていたところを品川君にひきとめられて : 91 第六章燕

5. 西郷隆盛 第13巻

「うん、しかし、まさか朝鮮まではな」 「伊藤は朝鮮からロンドンに逃げるつもりだったのですよ」 品川はひとりではしゃぎながら、「だが、もうその必要はない。桂さんが帰ってくれば、そのうちに 高杉さんも必ず帰る。高杉が大阪から城崎温泉のほうに出かけたというのも、実は桂さんをさがしに 行ったのではなかったかな。 : この二人がそろえば、諸隊も鎮静するし、藩政府のごたごたもおさ まり、藩論は一定する。あとは挙藩一致、幕軍を迎え討つだけのことだ」 大村益次郎はニコリともせずに、不機嫌につぶやいた。 「そうなってもらいたいものだ」 品川は気にもかけず、 「さあ、みんなで桂先生に帰国をすすめる手紙を書こう。それを幾松ねえさんに持たせて、広戸甚助 といっしょに但馬に行ってもらう。 いや、象かーー・象をも しい使者じゃないか。女の髪は牛をも つなぐ。慎重居士の桂先生も必ずひきずられて帰ってくる」 だれも答えなかった。 品川はつづけた。 「桂さんは実は帰りたくてうずうずしているんだ。いくら長州の藩情がもたついていても、但馬にい るよりも危険はすくない。われわれが生きているかぎり、桂さんを殺すなどというまねはさせぬ。 : さお、伊藤、手紙の文案をつくれ。おぬし、筆まめだ」 第四章雌伏

6. 西郷隆盛 第13巻

母屋の二階の手すり越しに、二人の年増女が肩をならべて港の方をながめていた。どっちも美人だ。 ほそおもて ひとりは小柄で愛嬌のある丸顔、もうひとりは細面で、すらりとして色が白く、どこかあかぬけて素 人ばなれしている。 「湯田で桐野が見たのは、やつばり幾松さんだったのだな」 品川がつぶやいた。「おれが見たのは、大島友之允殿の御妻女たったのか」 このひとりごとの意味は伊藤には通しなかった。 「おれはその幾松さんとかを知らぬが、どっちのほうだ ? 」 「背の高い、色白のほうだ。京の水でみがきこまれている」 「ふうん、おぬし、京美人にもてたそうだな。言いかわした女もいるそうじゃないか。名前は何と言 : 大島殿は対馬藩の御家老だ。それが幾松をつれて帰国 「よけいなことだ。それどころじゃない。 するというのは : 品川はあごに手をあてて、「さては桂小五郎は対馬にかくれておられたのか ! 」 おどろいたのは伊藤のほうであった。眉をつりあげて、 「なに、桂先生が対馬に ? 」 「そうとしか考えられぬ」 「やつ。はり御無事たったのだな」 「まだ、とにけるつもりか。おぬしが対馬にわたるのは、桂先生に会いに行くのたらう」

7. 西郷隆盛 第13巻

くざなぎえんせぎ 「四国にわたって、讃岐の日柳燕石のところへ身をよせたことまではわかっている」 「くさなぎ ? 」 「実はバクチ打ちの親分だが、漢詩もっくる学者で、わが党の同志だ。彼にかくまってもらって、お うのさんをつれて道後の温泉などに遊んだことまではわかっている。燕石の子分が一度だけ手紙を持 ってきた。 : だが、幕吏も抜け目はない。燕石の家を襲って主人を捕えた。だが、高杉さんはうま 一く逃けた。出没自在、そこまでは高杉流だが、そのあとがわからぬ。大阪から但馬あたりまで行った という噂も聞いた。とにかく無事なことはたしからしい。そのうちに、またひょっこり姿をあらわす 」ろ、つ」 「待て、伊藤 ! 」 「あの女を見ろ ! 」 品川弥二郎は船宿の庭越しに母屋の二階を見つめていた。 伊藤がたすねた。 「女がどうした ? 」 「あの女た。おぬし、紙園の幾松を知らぬか ? 」 「知らぬ。京美人のことは、おぬしのようにはくわしくない」 「幾松というのは桂小五郎先生のれこだ」 品川は右手の小指を立ててみせて、「その幾松さんがいる。たしかに、まちがいない」 さぬき 55 第三章海峡

8. 西郷隆盛 第13巻

かった。広戸甚助の話で但馬方面だとは察していたが、その後、甚助もあらわれないし、果して今も 但馬にいるかどうか不明である。甚助を探して、幾松を但馬に送るのも一法だが、それはかえって桂 の所在を幕吏に教える結果になるかも知れぬ。 といっても、幾松をこのまま京都においておくこともできない。見廻組小頭の面子をつぶしたとあ っては、。 とんな仕返しをうけるかもしれぬ。 大島は参政師ロと相談の上、ちょうど帰国の予定があったので、幾松を妻の知合いということにし て、長州までつれて行くことにした。もしかすると、桂小五郎は山口に帰っているかもしれない。 だが、この目算もはずれた。桂が帰国していないばかりか、長州の政情は混沌として、高杉晋作の 行衛さえもわからぬ。この上は、幾松を対馬までつれて行き、玄海の孤島にしばらくかくまっておく よりほかはない、と考えているところへ、思いがけなく広戸甚助が船宿にやってきたので、はじめて 桂の消息がわかった。そればかりか、品川弥二郎までがとびこんできたので、長州の藩情もわかり、 同志との連絡もついて、大島も愁眉をひらいた。 「さあ、これで桂さんを呼びかえすことができるぞ ! 」 品川は得意げに一座の顔を見まわして、「おい、伊藤、おぬしも朝鮮まで行かずにすんだ」 伊藤は微笑した。 大村益次郎は首をかしげ、 「品川君、それは何の話だ ? 」 「あなたも朝鮮あたりまで逃げ出すつもりだったのでしよう。 大村さん」 めんっ

9. 西郷隆盛 第13巻

「ラウダーはイギリスの応援は武力援助のことじゃなに貿易の振興はのぞんでいるが、領土的野心 はないと逃げた」 「ふうん」 ークスという・取・ 命全権 「ラウダーは言ったよ。近いうちに、オールコック公使に代って、 公使がやってくる。これは偉い男で、特に東洋に関しては、比類のない経験と識見を持っている。こ ークスとよく話し合って、長州を独立国とし、下関を開港して、大いに西洋諸国と交際したら、 西洋にいるのも同然、なにも高い金と長い時間をかけて洋行する必要はない」 「おぬしの意見か ? 」 「ラウダーとグラス ーの言葉だ」 ークスという人物は信頼できるのか ? 」 品川は熱心にたすねた。彼も伊藤と同しように若く、また二十代である。こんな話にはすぐ膝を乗 出す。 「相当な豪傑らしい」 伊藤は答えた。「ラウダーの話によると、子供のころ、アモイにいる姉をたよってイギリスからやっ て来て、支那語をおぼえた。例の阿片戦争の時には、十四歳で通訳官になって活躍した。安政三年の アロー号事件の際には、すでにアモイの領事になっていた。英仏連合軍が広東を占領すると、彼は広 ベキン 東民政長官に任ぜられて怪腕をふるった。連合軍が北京に向って進撃を開始すると、じっとしている あへん カントン 0 、

10. 西郷隆盛 第13巻

( ・伊藤さん、今度は大丈夫でしような。このは私の船が下関で打ち沈められて、びどい目に会いま したぜ」 伊藤は笑いながら答えた。 「僕は外国応接掛だから、ユ = オン号のほうは保証するが、胡蝶丸までには責任は持てんよ。なにし ろ薩摩の藩旗は長州人の恨みの的だ」 「桑原桑原、下関の砲台が見えたら、私は逃げ出すかもしれません。あとはよろしくお願いしますよ。 船底のミネー銃だけは無事に長州におろしてもらいたいものですな」 八月二十六日、 = = オン号は下関に着いた。すこしおくれて、胡蝶丸も入港した。 桂小五郎が前原一誠を従えて = = オン号に乗りこんできた。大久保が来なかったことを知って、 「またか ! 実は藩公もお待ちになっていた。大久保氏に賜わる太刀と鍔を用意して来たが、無駄に よっこよ 明らかに不信と失望の色を見せたが、「しかし、グラバーが来てくれたことは好都合た。初対面た。 ひきあわせてくれ」 桂はグラバーに今回の骨折りを謝し、代金のことは責任をもっから心配はいらぬ、今後ともよろし く頼むとあいさっし、そのあとで、井上を甲板の船具のかげによび出して、小声で命令した。 二隻とも、す 0 に港を出ろ。おれもこの船にのこる。前原が下船して、海軍局の奴らをおさ える。この港においておくと、何がおこるかわからぬ」 「なんで、いった、 132