二階 - みる会図書館


検索対象: 西郷隆盛 第13巻
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1. 西郷隆盛 第13巻

「こだわる。但馬の塩屋は対馬の家老 : : : 何といったか・ 「大島友之允」 「その大島殿のお伴をしてきたのではなかったのか ? 」 「いや、そんな気配はなかった。ただひどく先をいそいでいた」 いくまっ 「ロロⅡ、 思い出したそ。さっきの二階の女は大島殿の奥方じゃない。桂小五郎先生の幾松だ」 「なにを、ばかな : 品川弥二郎は笑ってみせたが、さすがに顔色を変えた。 祇園芸者の幾松は桂小五郎の愛人ーーというよりも、すでに妻である。若い品川弥二郎には同じ紙 ぼんとちょう 園に政千代、桐野利秋には先斗町の照香がいたが、桂と幾松の仲はもう惚れたはれたの色事ではない。 そんな生臭さはとっくの昔に越えていることを桂に身近かな仲間は知っている。 はまぐり′」もん たかっかさ 蛤御門の敗戦の後、鷹司関白邸から姿を消した桂小五郎がます身をかくしたのは幾松の屋形であっ たという噂は品川の耳にも入っていた。だが、その後の二人の消息はたれも知らぬ。その幾松が対馬 藩の家老とともに湯田にやってきたとすれば : 「あっ、ちがう ! 」 すまん ! 」 桐野がだしぬけに叫んた。「幾松さんじゃない。おれの思いすごしだった。品川、 河原屋の二階廊下に、着換えをすませ、化粧をととのえた女が、大島友之允によりそうようにして 立っていた。座敷の障子もあけはなされているが、そのほかに人のいる様子もない。 品川は盃をとりあげて、

2. 西郷隆盛 第13巻

それでも警戒して表からは入らず、勝手口の戸をたたくと、すぐに返事があって、お竜の声で、 「どなたさまで ? 」 「おれだ。いま帰った」 「まあ、あなた ! 」 お竜は竜馬の手をとってひき入れると、手早く雨戸のかけ木をしめて、「よう御無事で ! 」 「はつはつは、死ぬまでは生きているさ」 さすがに声を上ずらせて、「お竜、上首尾たそ ! 」 あがりかまちに腰をおろすと、お竜はたらいに湯をはこび、かがみこんで竜馬のわらじの紐をとき はじめた。手がふるえている。赤い耳たぶと美しいはえぎわが匂いわたるようだ。 「三吉慎蔵は ? 」 「はい、二階でお待ちかねです」 「おかみは ? 」 : まさかこんな時刻にお帰りになるとは知りませんでしたので、あとで私もいただいて ' 「お風呂。 お風呂もおとすつもりでした」 「ゆっくりはいれ。おれは風呂よりも酒だ。三吉と飲む。上々の首尾を祝ってな」 同じことをくりかえした。思いきり自慢をしてみたい気持であった。 お竜は足袋をぬがした竜馬の足の指のあいだを丹念に洗っている。 「 , もう、 夜道で汗も出なかった。着換えは二階にはこんでくれ。酒もな」

3. 西郷隆盛 第13巻

「気付かれたかな」 「寝こみを襲うはすだったが : 原口は声をはげまして、 「うるさい。とびこんでひっとらえろ。おい、 ら、兵助、その方、先陣だ ! 」 「へえ、あっしは、その : : : 」 えび 海老腰になって後しざりした。 原口は叱咜するが、だれもとび出そうとするも のはない。 お登勢は笑いたくなった。まるで芝居の伴内み たいな、こんな臆病な捕つ手は見たこともない。 / しかし、早く二階の二人に知らせなければ : 不穏な気配は風呂場の中にもったわってきた。 これは、ただごとではない。 お竜はためらわす湯ふねからとび出して、ぬれ たからだに浴衣をひっかけ、帯は片手に持ったま 228

4. 西郷隆盛 第13巻

桐野が片膝を立てかけるのを品川弥一一郎がおさえた。 「桐野、もっと中岡さんの意見を聞こう」 「意見はこれだけだ」 中岡は徴笑して、「あとは実行だ。幸い長州には桂小五郎、高杉晋作という人物が生きのこっている。 こまったてわき 薩摩には西郷と小松帯刀。 : : : 大久保という人物はおれにはまだ正体がっかめんがな。西郷、小松、 桂、高杉という人物を一堂に会せしめることができれば、天下のことは期せずして成る」 「ふん、桂と高杉はまだ帰っていないそ」 「はつはつは、たとえ彼らがいなくとも、この席だけでも、長州の品川弥二郎、薩摩の桐野利秋、土 佐の中岡慎太郎がいる。若き人材は今や諸藩から雲のごとく輩出しつつある」 「おだてても、その手には乗らんそ」 桐野は照れながらはねかえした。「天下の大勢もいいが、おぬし、もっと足もとに気をつけろ。この 宿の裏二階には幕府の隠密がしのびこんでいる」 中岡慎太郎はとぼけ顔で、 「ほう、それはうかつ。気がっかなかったな」 「三日ほど前から、裏二階にひそんでいる商人だ」 中岡は天井をふりあおいで哄笑し上。 マ 7 第五章港の雨

5. 西郷隆盛 第13巻

河原屋の二階の裏廊下に湯上り姿の女が立っていた。 若くはないが、美しい。この土地の女ではない。遠目で顔かたちは定かでないが、姿に都の香りー ぽんとちょう ーとでも言いたいものがただよっていた。桐野利秋はこの温泉でわかれた先斗町芸者の照香を思い出 し、同時に、どこかで見たような : : と思った。 品川弥二郎はいまいましそうに鼻をならして、 「ふふん、隠密を斬ったあとは、女か。すこし道楽がすぎるそ、桐野」 「ちがう。あの女、おぬし、どこかで見たと思わぬか」 品川は興味なさそうに青田越しにちらりと目を走らせただけで、 「女なら、湯田にはいくらでもいる。ほしければ、呼べよ。遠慮はいらぬ」 「いや、よく見ろ。この土地の女ではない。たしかに見た、京都のどこかで : : : 」 「なにつ ? 」 品川が目をあげた時には、二階の女の姿は消えていた。それといれちがいに、小ぶとりの恰幅のい 、袴はつけていないが、紋服を着て、身仕舞いも正しい中年の武士が障子のかげからあらわれた。 食後らしく、ロにくわえた爪揚子を手すりごしに青田の方にすて、珍しげにあたりの景色をながめて 「どこかの御大身らしいが」

6. 西郷隆盛 第13巻

「しかし、明日は京都に入って、ぜひとも西郷さんに会わねばならぬ」 「そんなにおいそぎにならすとも : : : 」 : だが、そうもいかないのが男の道た。 「おれだって、たまにはゆっくりしたい。 だ、中岡慎太郎はここに立寄らなかったか」 いえ、まだでございます。あの人もいそがしいかたですね」 「そうだな。かけまわる点では、おれよりも素早い。長州でも会いそこねた。しかし、あいつは潜行 の名人だ。もう京都に入っているかもしれぬ。もしあとで来るようなことがあったら、おれは京都の 薩摩屋敷にいると伝えてくれ」 ししかしこまりました。 : それよりも、どうそ一杯。あたしもいただきます」 小舟の櫓の音が聞える。また日暮れには遠いが、雨戸をとざして空き間に見せかけた二階座敷は夜 の色であった。 京都までの道中もまず無事であった。伏見町奉行の捕つ手らしい二人組があとをつけてきたが、二 本松の薩摩藩邸に近づくと、こそこそと姿を消した。 西郷に会うと、竜馬はいきなりたすねた。 「外艦はなぜおとなしく退散したのですか ? 」 「おとなしくとは言えぬ」 ・ : ああ、そう 177 第十一章秋風

7. 西郷隆盛 第13巻

母屋の二階の手すり越しに、二人の年増女が肩をならべて港の方をながめていた。どっちも美人だ。 ほそおもて ひとりは小柄で愛嬌のある丸顔、もうひとりは細面で、すらりとして色が白く、どこかあかぬけて素 人ばなれしている。 「湯田で桐野が見たのは、やつばり幾松さんだったのだな」 品川がつぶやいた。「おれが見たのは、大島友之允殿の御妻女たったのか」 このひとりごとの意味は伊藤には通しなかった。 「おれはその幾松さんとかを知らぬが、どっちのほうだ ? 」 「背の高い、色白のほうだ。京の水でみがきこまれている」 「ふうん、おぬし、京美人にもてたそうだな。言いかわした女もいるそうじゃないか。名前は何と言 : 大島殿は対馬藩の御家老だ。それが幾松をつれて帰国 「よけいなことだ。それどころじゃない。 するというのは : 品川はあごに手をあてて、「さては桂小五郎は対馬にかくれておられたのか ! 」 おどろいたのは伊藤のほうであった。眉をつりあげて、 「なに、桂先生が対馬に ? 」 「そうとしか考えられぬ」 「やつ。はり御無事たったのだな」 「まだ、とにけるつもりか。おぬしが対馬にわたるのは、桂先生に会いに行くのたらう」

8. 西郷隆盛 第13巻

「いや、外に出てもらおう。おまえさんには、めいわくはかけぬ」 なおいけない。だが、出ないわけにはいかぬ。気丈な後家のお登勢は心配顔の政吉に目くばせし、 襟もとをかきあわせながら、春寒の風の中に出た。 相手はひとりではなかった。道をうずめて、捕つ手の一隊がーー三十人ほどだったが、お登勢の目 には百人あまりに見えた。うしろ鉢巻、ガンドウ提灯に抜き身の槍を照して勢ぞろいしていた。 これも顔見知りの上役人の前にひきすられて行った。お登勢は腰をひくくし、声だけは神妙に、 「これは、原口さま、いったい何事で : : : 」 奉行所小頭の原口はガンドウ提灯をお登勢の顔につきつけて、 「ありていに中せ。その方の二階に怪しき武士が二人いる。まちがいないな」 かくすわけにはいかぬ。 ーしたしかにお泊りでございますが、べつに怪しいかたでは : 「何藩の士だ ? 」 「薩摩でございます」 「ふん、いま何をしている、寝たか ? 」 「いえ、起きて、お話をなさっているご様子で : : : 」 「なにつ、また起きている ? 」 小頭は左右をふりかえった。捕つ手のあいだにざわめきがおこった。 「手ごわいそ」 227 第十四章春の嵐

9. 西郷隆盛 第13巻

第噬章港の雨 幾松は、その翌日の夜あけ前に、連名の手紙を肌着に縫いこみ、旅姿もかいいしく、広戸甚ど ともに出発して行った。途中、どんな事がおこるかもしれぬ。無事に但馬にたどりついたとしても、 桂小五郎といっしょに長州にひきかえしてくるまでには、一月かそれ以上の苦しい旅になることであ ろう。 そして、十日ほどすぎた。雨になりそうなタ暮れ、海峡の両側に灯の色がにじみはじめたころ、品 川弥二郎は稲荷町のせまい軒並みのあいだに歩きこんだ。三歩ほど前を、桐野利秋が蝋鞘の太刀にそ りをうたせ、あごを四角にし、肩をいからせて歩いて行く。 どぶ 稲荷町はこの港で名高い色町だ。脂粉の香と溝のにおいがたちこめている。妓楼にあがるのが目的 でなく、この一廓を通りぬけたその先に用事があるのだが、ここを通りぬけるのは、遊びの経験がな いとはいえぬ二人にも、やつばり後めたい。桐野の四角ばった姿はそのせいであろう。まだ時刻が早 いので呼びこみの仲居の声は聞えないが、品川も桐野にならって、からだを固くし、足を早めた。 稲荷町のはずれの船着場のすぐそばに、平野屋という旅籠があった。昨年の暮れに立ったばかりの 二階屋で、まだ格子の紅がらの色も新しい 71 第五章港の雨

10. 西郷隆盛 第13巻

「ちがう、ちがう。夢にも知らなかった、対馬だとは・ 「桂先生が御無事だという話だけは、湯田の温泉で聞いた。但馬の塩屋で対馬藩の御用商人だと称す る男からな。 : おっと、待てよ」 品川は立上がり、縁がわに出て二階座敷をうかがいながら、「あの部屋の中で大島友之允殿と話して いるのは、その但馬の塩屋広戸甚助だ。まちがいない。やつばり、桂は対馬だぞ ! 」 「そいつはありがたい」 伊藤は心からうれしそうに、「桂先生が御無事だとわかれば、おれも大村も逃げ出さずにすむ。高杉 : ちょうど、、。 さんもきっと帰ってくる。 おれはどうせ対馬にわたるつもりだった。便船は一両 日中に出る。大島殿と幾松さんのお供をして、おれが桂先生をお迎えに行こう」 「待て、待て。あわてるな。その前に、大島殿と塩屋甚助に会ってくる」 「おれも行こうか」 「いや、おぬしはまだ面識がない。おれは三人とも知っている。ひとりで行ったほうが話がしよい」峡 そこへ同志の大村益次郎と野村靖が庭づたいにやって来るのが見えた。二人とも人目をしのぶ町人 姿である。 海 「おお、ちょうど、、 ししところに来てくれた」 品川弥二郎はせかせかと庭下駄をつつかけながら大村と野村に、「おぬしら、ここでしばらく伊藤と三 飲んでいてくれ。吉報があるかもしれんそ」 そのままとび出して行った。