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検索対象: 西郷隆盛 第13巻
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1. 西郷隆盛 第13巻

叫郷は首をふって、 「いかに幕閣が無知無謀でも、あれほどの人物を : : : きっと大切にされていることであろう」 「いや、そうも一一一一口えません。海舟先生が神戸海軍練習所を首になったのは、薩摩のみか長州の青年ま で入学を許し、禁門戦争後も退学させす、かえって優遇し、まるで諸藩の激派の養成所みたいなもの にしたというのが理由でした」 西郷は笑って、 「それには、坂本君、塾頭としてのあんたの責任もあるのではないかな」 「あるかもしれません」 竜馬は頭をかいてみせて、「しかし、僕はどこまでも海舟先生の方針にしたがっただけです。先生は あの海軍練習所に、薩摩、長州、土佐、越前、宇和島、佐賀をはじめ、諸雄藩の青年を集め、雄藩連 合の基礎をつくり、幕府の海軍ではなく、日本海軍を創成するつもりたったのです」 西郷はうなすいたが、何も言わなかった。 竜馬はつづけた。 おぐりこうずけのすけ 「それでは幕府のためにならぬので海舟先生は首になり、今は小栗上野介が所長になっていますが あの男は危険です。フランスのロッシュ公使と手をにぎって策謀しているが、全く何をやり出すかわ からぬ。今の幕閣の中では、最も油断のできない人物です」

2. 西郷隆盛 第13巻

「勝先生のおられたころの海軍練習所は楽しかったなあ。幕府親藩も譜代も外様も、海舟先生の眼 中にはなかった。なあ、お竜、おまえもお・ほえているたろうが、あのころの練習所には長州の杜小五 郎氏もたびたび遊びに来られた」 お竜はうなすいて、「対馬の御家老大島友之允さまとごいっしょに : 西郷はちょっと顔色を動かして、 「桂さんは海舟先生と何を話された ? 」 竜馬が答えた。 「もちろん、海軍創設のことです」 「長州海軍の : 「とんでもない。 日本海軍の創建です。海舟先生も桂さんも、幕府の立場や長州の利益などは全く超琴 越しています。 : 対馬の大島さんのいる時には、朝鮮のことがいつも問題になって : : : 」 「なに、朝饉 ? 」 月 「晴れた日には、対馬から朝鮮が見えるそうです。朝鮮では李太王の父大院君というのが実権をにぎ 章 : この人物は半島の猛虎とよばれている一種の傑物だそうですが、対馬を属領視し、日本を二 軽蔑しているばかりか、固く鎖国主義をとり、キリスト教徒を虐殺し、フランス艦隊を砲撃し、これ 3 を撃退したとかで、今や得意と権勢の絶頂にあるそうです、 とざま

3. 西郷隆盛 第13巻

、幕府は自ら墓穴を掘る。 「やがて諸藩にも見はなされ、 いけません」 「おもしろい芝居なら、見物してもよかろう」 「いけません。僕にはあなたと大久保さんの胸中はだいたい推察できます。 : : : 薩摩はこの際、しば らく薩南にひきこもり、国力を充実させるために、もつばら富国強兵の策を行い、時機を待って再び 中央に押し出し : : : 」 「よくしゃべる御仁だ」 「はつはつは、勝海舟先生の弟子ですから、舌がまわります。いけませんか ? 」 「いや、聞こう」 「時機を待って中央に押し出し、薩摩独力で朝権を回復、国威を海外にかがやかせる回天の大業を実 : だが、それはいけません。もし長州がつぶれるのを待って、薩摩の 行しようと考えておられる。 独力でやったら、薩摩幕府ができてしまう」 「。はか , なこと ! 」 西郷は甲板椅子の上で身をおこし、「坂本さん、あんたは海舟先生の高弟だ。私も海舟先生の言葉 はしかとお。ほえている。私と大久保の考えていることはどこまでも先生の言われた一君万民の共和政 治、雄藩連合だ。薩摩の独力で幕府を倒し、回天の大業が実現できようなどとは夢にも思っていない」 坂本竜馬は大げさにうなすいてみせて、 「なるにど、なる幗ど。こいつは僕の読みが浅かった。そこまで考えておられようとは : しかし、西郷さん、高見の見物は 。おを

4. 西郷隆盛 第13巻

「桂先生、すでに昨夜、伊藤俊輔が申上げたとおり、坂本君の同志中岡慎太郎君が薩摩に行っていま す。西郷をひき出して、あなたと高杉晋作さんに会わせようというのです。 : : : 坂本君は中岡君と入 れちがいに西郷の旨をうけて下関にやって来たのですが : : : 」 坂本がひきとって、 「太宰府で薩摩と筑前の同志たちと会い、中岡の伝言を聞きました。中岡は西郷吉之助をつれて、ま もなく下関にやって来ます」 桂小五郎は鋭く坂本をにらみつけて、 「無用のことだ。君も中岡君も、なんでそのような、さし出がましい : : : 余計なことをする ? 」 坂本竜馬はたじろがなかった。桂の言葉をかねて予期していたように、 たけちはんべいたすいざん 「雄藩連合による討幕は、わが師武市半平太瑞山先生の持論であります。だが、悲しいかな、わが土 佐藩は俗論党の支配するところとなり、武市先生はじめ正論派はことごとくしりぞけられてしまいま した。武市先生は入獄中でありますが、おそらく斬られるでしよう。 雄藩連合は先生の御遺策になる かもしれません。 : この志をつぐものは、脱藩によって逮捕投獄をまぬかれたわれわれの任務だと 信しています」 雄弁である。三十歳になったばかりの竜馬の精気が全身から発して桂にせまる。 「わが土佐藩には、残念ながら、ここ当分、ル 義藩勤皇の望みはない。したがって、雄藩連合に加入の 97 第六章燕

5. 西郷隆盛 第13巻

第四章雌伏 野村靖が品川にたずねた。 たじま - しかし、桂さんがどうして但馬に ? : 但馬のどこだ ? 」 「出石という町だ」 品川は答えて、「伊藤、おぬしはもう対馬にも朝鮮にもわたる必要はない。幾松さんが広戸甚助とい っしょに但馬まで先生を迎えに行くことになった」 伊藤が答えぬ前に、野村靖が黄色い声をはりあげた。 「よく生きておられたものだな。天は長州を見捨てたまわぬそ。さあ、祝盃だ」 伏 「野村、声が高い」 大村益次郎がたしなめた。「おれと伊藤は潜伏中だということを忘れてもらいたくない」 「祝盃をあげよう、みんなで桂先生に手紙を書こう」 章 伊藤俊輔がとりなすように言った。「桂先生が帰れば、高杉さんもきっと帰ってくる。そうなれば、四 長州正義党万々才たー ・ : しかし、藩庁や諸隊の連中には、また極秘だ。野村、おたがいに気をつ けよ、つ」

6. 西郷隆盛 第13巻

「それがどうして : ・・ : 」 「ひとつだけ気がついたことがあるが、ロに出すべきではなかろう」 西郷の表情は苦しげであった。 坂本は気軽に、 「僕になら話してもいいでしよう。桂氏の極密御独折の手紙も、あなたには見せましたよ」 西郷はしばらく沈黙していたが、 : 性格のせいか ? 」 「君の師匠の海舟先生は、なぜ幕閣の連中とそりが合わぬ ? 「ちがいますね。海舟先生は幕府のためには考えぬ。常に日本全体のために考えているので : : : 」 「そこではないかな。桂氏もまだ長州のことに執してはいるが、すでにそこからぬけ出しているとこ ろがある。だから、話もできた」 「なるほど、久光公は薩摩一本槍。 : : : その点は土佐の殿様も御同様ですね。おかげで、僕や中岡は 「御領主としてはいたしかたがないとも一一一口える。われわれを脱藩者にしないところが、久光公の偉い ところだが、御領主と武士だけが薩摩ではない、百姓がおり、町人がいることを忘れてはならぬ。そ れと四辺にせまる外敵 : : : 」 「それを考えれば、暮閣における海舟先生の立場、久光公に対する私の立場もわかるはず」 「なるにど ! 」 2 242

7. 西郷隆盛 第13巻

伊藤俊輔はあわてて、 「そ、そんな意味で言ったのではありません。先生が御無事に帰って下さったことは神明の加護 : ひとり長州のためのみならす、皇国の将来のため、これほどむ強いことはありません」 「神明の加護か」 桂は苦笑して、直蔵をふりかえり、二人にひきあわせて、「その神明はここにいる。甚助、直蔵御兄 弟、父上喜七殿、妹スミ子 : : : 出石町の広戸一族のおかげで、どうやら生きのびることができた。し かも広戸甚助君は大阪で私の身替りとなり、幕吏に捕えられたらしい。果して無事でいるかどうか 「いや、先生、その広戸甚助君はもう下関に着いています」 伊藤俊輔の明い声であった。「いま、品川弥二郎がここにつれて来ます」 桂は直蔵と顔を見合せた。二人とも、しばらく言うべき言葉を見つけかねているようであったが、 やがて直蔵が大声を出した。 「先生、私が言ったとおりでしよう。兄貴はちょっとやそっとで死ぬやつではありません ! 」 桂はうなすいたが、ひとりごとのように、 「人の命というものは不思議なものだ。捨てようと思っても捨てられず、生きのびたいと思っても、 いつどこで消えてしまうかもしれぬ。久坂玄瑞、入江九一 : : : おしい同志たちを殺した。 : : : 生の中

8. 西郷隆盛 第13巻

そこへ折よく薩摩の軍船が着いたという。 女中に手紙を持たせて、誰でもいいから大将らしいのに 渡してくれと頼むと、やがてあらわれたのが黒田清隆であった。桐野より二つ下の青年で、西郷門下 の暴れ者の一人である。半西洋風の軍装の上に派手な陣羽織を着て、金飾りのある大刀をさしている ところを見ると、すでに一方の部将なのであろう。 「おはん、まだ生きていたか。長州で死んだという噂じゃったが : 「ひどい目に会ったが、。 こらんのとおり、生きるたけは生きている」 「難病らしいな」 「いや、ただの腹くだしだ。下痢はとまったが、まだ動けぬ。 : : : 実は西郷先生に会いたくて、ここ まで来たのだが : 「会えばいいじゃないか。動けぬのなら、蔵屋敷まではこんでやろう」 「そうはいかぬ。おれは脱藩者だ」 「ばかぬかせ。おはんは西郷さんの命令で長州に潜入し、それつきり行衛不明と聞いていた」 まるでこだわっていない顔であった。 桐野は寝床の上に起きなおって、 「話せば長くなるが、とにかくおれは当分藩邸には顔を出せぬ。西郷先生がおれを許してくれるかど一 うか。いや、それよりも、黒田、ここに手紙がある。先生にとどけてくれぬか」 「何の手紙だ ? 」 「今は長州と薩摩が固く手をにぎる時だ。おれはその橋になろうと苦労して来たが : 18 ] 第十章秋

9. 西郷隆盛 第13巻

「言わでものこと ! 」 野村は心得顔に答えて、「それにしても、品川、桂先生はどうしてそんなに長く但馬に身をひそめら れていたのだ。早く帰ってくればいいのに」 「但馬は遠い」 「いや、京都には近い」 たんば 「あいだに鬼の住む丹波の大江山がある : : : というよりも、実は京都に近いだけに幕吏の目がきびし はまぐり・こもん 、桂先生は苦労なされた。蛤御門の敗戦以来、全くのつん。ほ桟敷におかれた形で、京都の政情はも ちろん、長州征伐のことも風のたよりに聞いただけ、うつかり同志に手紙を書くこともできない。幾 松さんにさえ先生は居所を知らせなかった」 「慎重居士だからな」 野村靖が言った。「真重すぎたよ、昔から」 「野村、言葉をつつしむがよい」 大村益次郎がくぼんだ目を底光りさせて、「桂氏はかけがえのない人物だ。御無事で何より。品 桂氏のその後の消息をうかがいたいものだ」 「甚助から聞いた話を、そのままお伝えしましよう」 品川が語ったところによるとーー・桂小五郎は蛤御門の戦いのときは有栖川宮邸にひそんで采配をふ るっていた。因州藩と密約し、攻撃開始と同時に内応することになっていたが、因州藩は形勢の不利 を察したのか、長州軍の砲弾が御所の中に落下したのを理由に、長州叛逆と見て、密約を破棄した。 ありすがわ

10. 西郷隆盛 第13巻

「ちがう、ちがう。夢にも知らなかった、対馬だとは・ 「桂先生が御無事だという話だけは、湯田の温泉で聞いた。但馬の塩屋で対馬藩の御用商人だと称す る男からな。 : おっと、待てよ」 品川は立上がり、縁がわに出て二階座敷をうかがいながら、「あの部屋の中で大島友之允殿と話して いるのは、その但馬の塩屋広戸甚助だ。まちがいない。やつばり、桂は対馬だぞ ! 」 「そいつはありがたい」 伊藤は心からうれしそうに、「桂先生が御無事だとわかれば、おれも大村も逃げ出さずにすむ。高杉 : ちょうど、、。 さんもきっと帰ってくる。 おれはどうせ対馬にわたるつもりだった。便船は一両 日中に出る。大島殿と幾松さんのお供をして、おれが桂先生をお迎えに行こう」 「待て、待て。あわてるな。その前に、大島殿と塩屋甚助に会ってくる」 「おれも行こうか」 「いや、おぬしはまだ面識がない。おれは三人とも知っている。ひとりで行ったほうが話がしよい」峡 そこへ同志の大村益次郎と野村靖が庭づたいにやって来るのが見えた。二人とも人目をしのぶ町人 姿である。 海 「おお、ちょうど、、 ししところに来てくれた」 品川弥二郎はせかせかと庭下駄をつつかけながら大村と野村に、「おぬしら、ここでしばらく伊藤と三 飲んでいてくれ。吉報があるかもしれんそ」 そのままとび出して行った。