中井弘 - みる会図書館


検索対象: 西郷隆盛 第15巻
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1. 西郷隆盛 第15巻

・ざがある」 「そのことわざ、シナにもありますね。しかし、イギリスはするい漁師ではありません。日本の開国 と通商を希望しているだけです。通商貿易はおたがいの利益になります」 「どうも、あんたにはかなわない」 後藤は笑ってみせて、「僕は喧嘩はしない。妥協というものを心得ているつもりだ。大久保の要求を まるごと飲なことにした」 「まるごと・ : : ・飲む ? 」 「全部そっくり、ここに飲みこんだ」 後藤は大きな腹をたたいてみせて、「薩摩の条件も大久保という男も、今は僕の腹の中におさまって いる」と、中井弘をふりかえり、「イギリス人にはこういう言い方は通用しないかね」 中井はと。ほけ顔で、 「なに、わかりますよ。サトー君はシナ通で日本通で、半分東洋人みたいな人物です。日本酒も日本 ムスメも大好物と来ている」 よくわかりますよ、中井さん」 サトーはニャリと笑って、上衣の内ポケットから飾りの美しい小型の拳銃を取出して、テー、フルの 上においた。 中井はちょっと顔色をうごかしたが、 「おや、これは勇ましい。決闘ですか ? 」 円 6

2. 西郷隆盛 第15巻

サトーは大政奉還文書を目で読みかえしながら、 「しかし、後藤さんの案は現状維持の間にあわせの改革ですね。幕府側をなだめることができても、 急進派は満足しないでしよう」 「ほう、あなたは武力討幕派ですか」 中井弘はおどろいてみせた。皮肉な目の色であった。 若いサトーは真顔で答えた。 「私は社会進化の原則をのべているだけです。いや、原則だけではありません。日本の状勢を見てい ると、保守派と急進派の武力衝突は避けられぬのではないでしようか」 中井弘は微笑して、 「イギリスにはクロムエル革命の先例がありましたね。しかし、日本はイギリスではありません。イ ギリスの流血革命を学ぶ義務はないと思いますがね」 「皮肉はやめましよう。薩摩と長州はほんとに土佐の方針に同意していると、あなたは思いますか」 これで満足するでしようか」 「今までのところ、障害も反対もおこっていません」 中井は英語で答えた。「将軍も朝廷も非常に協力的です。薩摩の西郷はすべてを土佐にまかせると 一 = ロいました」 120

3. 西郷隆盛 第15巻

長い。成立もしていない新政府のために運命を賭けたら、ただのアドベンチュラーになってしまう。 「イギリスの官吏には厳重な服務規定があります。もしあなたがイギリス官吏を雇いたいのなら、パ ークス公使に申しこむ、よろしいと思います」 「そうですか」 後藤象二郎はサトーの心底を敏感したようであった。 「僕はこれから京都に行かねばならぬが、いずれ下阪の機会に公使に会ってお話をうかがいましよう。 どうそパークスさんによろしくとお伝え下さい」 話は終った。中井弘が辞去するサトーを門前まで送って来た。 「中井さん、今晩、おひま、ありませんか」 「僕はいつでもひまですよ」 「、、、ツドフォードとラットラー号のノエル大尉が退屈しています。どこかで気晴ししたいのですが 中井弘はニャリと笑った。 「喜んで御案内しましよう。日が暮れたら、お迎えにまいります」 サトーは仮公使館にひきかえして、今日の会談の結果をくわしく。 ( ークス公使に報告した。 「それで、君の結論は ? 」 「後藤象二郎は土佐の政策に自信を持っています。薩摩を自由にコントロールできると思いこんでい るようですが、果して薩摩の反撃をうけとめることができるかどうか、これは疑問です」 199 第十一章虚と実と

4. 西郷隆盛 第15巻

うな気ちがい騒ぎであった。 別手組の隊長は護衛の人数をふやそうと言ったが、中井はことわった。 「この騒ぎがつづいているあいだは、交通も治安も安全だ。馬鹿踊りを楽しむ良民の中で、刀をふり まわすような野暮なやつはいないよ」 いつもの二人の護衛と中井弘に守られて、三人のイギリス人は仮公使館を出た。 踊りくるう群集をかきわけて進むのは大事業であった。しかし、踊り手も見物人も外国人には気が つかないようであった。まるで物の怪につかれたような目の色である。たた、別手組の護衛が乱暴に 群集をつきとばして道をあけさせるので、サトーはそのたびにはらはらした。 ュ / カ別にトラブルもおこらず、約三十分の後、目的地に着いた。盛り場の裏通りにある劇場のよ うに大きな料理屋であった。 まげ 小さな髷を頭にのせたおかみが玄関に出て来て、あやつり人形のように首をふり、ペコペコと中井 にあやまった。祭の連中に占領されて、どの部屋も満員だと言っているらしい 中井はどなった。 「けしからん。ちゃんと予約しておいたはすではないか」 「へえ、それがもう、無茶くちやでございまして」 その言葉を証明するように、踊り狂う若者の一団がグロテスクな人形をのせた轎をかついで玄関に一 おしこんできた。中で宴会していた客たちがとび出てぎて、両手をたたいて歓迎し、いっしょに踊り はしめた。踊りながら道にとび出し、そのまま姿を消した客も何組かあった。 こし 201 笋十章虚と実と

5. 西郷隆盛 第15巻

サトーは笑いたいのをがまんした。この話は江戸で中井弘からも聞いた。はっきりとことわったは ずだが、後藤象二郎はまた希望を捨てないのか。 「私は大英国女王政府の官吏です。他国の政府につかえること、できませんね」 「しかし、モンプランは・ 「あの男はただの国際的 adventurer—中井さん、これ、日本語で何と言いますか」 「そうですね。いい意味では冒険家」 中井はましめに答えた。「しかし、あなたの使った意味では、投機師、山師ですかね」 「はつはつは、山師か」 後藤は笑った。「そんな男は薩摩にはちょうど、 しいだろう。あの藩には、そのアドベンチュ何とかが そろっている。 : だが、僕がほしいのはアーネスト・ サトー氏た。承知してくだされば、お望みど おりの資格と報酬をさしあげます」 サトーは苦笑した。どんな高い地位を与えられても、日本人から俸給をもらう気はなかった。この 国に長く住む気持もない。 日本という箱庭のような国に興味は持っているが、まだ自分の人生の旅は 「われわれは外国人の政治顧問を雇いたいと考えている。薩摩はすでにモンブランというフランス貴 族を雇っているが、つまり、単なる技師ではなく、新政府のために政治的忠言を与えてくれる人 たとえば、あなたのような人がほしいのです」

6. 西郷隆盛 第15巻

まりがあり、しかもかなり正確な英語をしゃべる奇妙な男であった。 あとでわかったことだが、この男はイギリスに留学して、ヨーロッハ諸国をほとんどもれなく旅行 していた。本名は中井弘、桜州と号して漢詩などもっくる。もともと薩摩藩士で、若いころ脱藩して 江戸に出たが、すぐに捕えられて鹿児島に送りかえされたのを、再び脱藩して土佐に逃げた。後藤象 二郎の伯父吉田東洋がその才能を愛して、ひそかにイギリスに留学させた。後に出版された『西航日 誌』を見れば、この放浪癖もあるらしい詩人肌のサムライがいかに熱情をかたむけて西洋と世界の知 識の吸収につとめたかがわかる。 帰朝した時には、吉田東洋はすでに暗殺されていたが、中井弘は西洋新知識の顧問として山内容堂 と後藤象二郎に重宝がられた。後藤といっしょに、何度も長崎に出かけている。今度もイギリス公使 館への密使には最適任と認められて江戸に派遣されたらしい 中井は山内容堂が将軍慶喜に提出した大政奉還文書を全部持参していた。後藤象二郎の手紙は、自 分の運動の成功を誇って、 「これで日本は無用の内乱を回避し、国内の統一を完成して、文明への道を直進することができるで使 あろう」 と結んであった。 章 「たいへん楽観的な手紙ですね」 七 サトーは言った。「後藤さんの意見では、将軍は新政府の首脳となり、その地位は保証され、同時に第 必要な改革は全部行われることになっていますが、そううまくいきますかね。薩摩や長州の急進派が

7. 西郷隆盛 第15巻

中井弘は約東の時間に迎えに来た。大小はさしているが、紫色の頭巾で顔をつつんでいた。身分の ある武士の夜の外出用の服装であった。 ノエル大尉には、この覆面が珍しく、また不気味に見えたようである。 「われわれも覆面しなければならないのか。あまり危険な場所はごめんだね」 「これをかぶっていると、あたたかいし、偉そうに見えます」 中井は笑いながら、英語で答えた。「すぐ近くの盛り場にある日本料理屋に行くのですが、あなたが お望みなら、お貸ししますよ」 夕暮の町では、例の不可解なお祭がはじまっていた。サーカスの道化の大群を街路に追い出したよ 「やはり、武力衝突は起るか ? 」 「起ります。その場合、土佐がもし慶喜の側に立ったら、内乱は拡大し、長期化するのではないかと 考えられます」 「フランスを勝たせてはならぬ ! 幕府が勝っことはフランスが勝っことだ。薩摩の西郷はまた到着 しないか」 「はい、近日中 : : : 」 「西郷に会え」 「会います」 200

8. 西郷隆盛 第15巻

「中井さん、あなたは薩摩藩士で、土佐藩のために働いていますね。何かわけがあったのですか」 「なに、僕は忘恩の藩士でもかまわないから、全義の日本人になろうとしているたけです。つまり、 藩など、どうでもよろしい」 「西郷や大久保の方針に不満があるのではないですか」 「」一つい ) っ わけではない。彼らとても薩摩藩のせまいわくからは脱却している。ただ、後藤象二郎と いう男のスゲール : そんなところでしようね」 の大きさにほれた。 「後藤の方針の方を正しいと認めるのですね」 「そう。後藤の方針が通れば、内乱は避けられる。日本のため、これに越したことはありません。 : しかし、幕府にも、さっきの旗本たちのように熱狂派がいるし、薩摩と長州がどう出るか、それ は西郷が ~ 只者冫 」 5 こはいるまではわかりません」 「西郷はいっ来ますか」 「う、どこかに来ているのではないですかね」 しよう・カし 中井は皮肉に微笑して、「ノエル大尉、イギリス東洋艦隊は瀬戸内海の哨戒をなまけているようだね。 それとも、もう薩長連合艦隊をどこかで発見しましたか」 「軍の最高機密た。おれが知るものか」 ノエル大尉は「 易気にどなりかえした。「飲め、中井中尉 ! 」 「飲んでいますよ」 204

9. 西郷隆盛 第15巻

第十一章虚と実と 後藤久二郎という名刺を持った小柄な武士が仮公使館をたずねてぎた。 秘書の野口は首をかしげたが、サトーはすぐに思い出した。江戸で会った後藤象二郎の使者で、イ ギリス帰りの中井弘ーーー酒の席のおもしろい男だ。 中井は後藤の伝言をもって来ていた。 「後藤は昨夜、土佐から到着しましたが、明日にも上京しなければならぬので、代りにごあいさつに まいりました」 「そんなにいそがしければ、私の方から会いに行きます。いろいろ話したいこと、あります」 「それは大歓迎ですが、しかし : : : 」 「しかし、どうしましたか ? 」 「実は薩摩の大久保が土佐までやって来ましてね。後藤は出兵を約東させられてしまいました。出兵 しないと一一一口えば、薩摩と長州だけでやりかねない勢いだったのでね。 : : : 大久保はもう京都に行って います。こっちも早く上京しないと、先手をとられます。将棋の先手ですよ」 「あなた、元薩摩藩士でしたね。大久保というのは、どんな人物ですか ? 」 191 第十一章虚と実と

10. 西郷隆盛 第15巻

柳橋は雪になっこ。 小鈴がサト ーのためにコタッを用意してくれた。鈴の模様のついた美しい蒲団をかけてある。 「日本のサケはうまい。今夜は、特別にうまいですね」 サトーはうれしそうに何度もくりかえした。 中井弘はよく飲んだ。あびるような飲みつぶりである。 「あなた、豪傑。酒の英雄ですね」 サトーがおどろいてみせると、 「ヨーロツ。 ( で修業して来た上に、山内容堂公にきたえられたのでね。あの御老公にはかないません。 洋い力し 鯨海酔侯と号しています。鯨はホエールのことです」 章 「ははあ、酒の海を飲んで酔っぱらったクジラですね」 第 サトーは持参したウイスキーをあけて、中井にすすめ、加宮藤三にもすすめた。今夜の加宮はフロ ック「ートに山高帽、編上靴にコーモリ傘までさした舶来紳士姿でや 0 て来たのだが、ウイスキーは サトーさん、。せひっきあってください」 「加宮も呼びましよう。 にことわらなかった。しばらく柳橋にもごぶさたしている。芸者小鈴の人形めいた顔が目に ークス公使を喜ばせるためにも、この薩摩出身の土佐 浮んだ。情報集めといううまい口実もある。 藩の密使ともっとっきあう必要がある。