中山忠能 - みる会図書館


検索対象: 西郷隆盛 第15巻
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1. 西郷隆盛 第15巻

「しかし、君は彼らと同論だと言ったではないか」 「大久保はおれをおどかした。おれはおどかされたふりをした。それだけのことだ。 : : : 今に見てお れ、薩摩の芋ども、したたか報いをうけるそ」 「芝居はこれからだ。おまえはすぐに越前藩邸に行け。 : : : 春嶽公に申上げろ。岩倉、大久保の筋か ら何か言って来るかもしれぬが、万事は容堂御老公上京まで待っていただきたいと : 「大久保は待つだろうか ? 」 「待たせてみせる。おれはこれから中山忠能卿に会いに行く。御前会議の期日は中山卿によってきま るのだ。八日を十日にのばすことも不可能ではない」 「中山卿は口説けても、岩倉という入道は難物だそ」 「その難物にも、おれが会う」 「会えるか。大久保と鉢合せするそ」 「はつはつは、おまえは正直者だよ。おれは大久保に案内させて岩倉卿に会いに行く。会うも会わぬ もないしゃないか」 「御老公入京の前に、あまり動きすぎるのも : : : 」 「ふふふ、まかせておけと言ったら。御老公のことはこの後藤象二郎にまかせておけばいいのだ ! 」 〈丹楓の巻終〉 252

2. 西郷隆盛 第15巻

行なう。 ・ 2 西郷隆盛・大久保利通、後藤象二郎を訪ね、王制復古を 2 1 月オーストリア日 発令する計画に同意を得る。 ンガリー帝国成立 貶・ 7 中山忠能・正親町三条実愛・中御門経之・岩倉具視・大 久保利通ら、後藤象二郎と折衝し、王制復古の期日を 9 日と定 める。 ・ 7 兵庫開港・大阪開市 255

3. 西郷隆盛 第15巻

こまで漕ぎつけるまでには、 小松、大久保と三人で、言葉につくせぬ苦労をしたのだ。 三人が密勅を奉じて帰藩したのは、先月の末、十月の二十六日であった。鹿児島に着くと、自宅に も立寄らす、旅装のまま登城して、久光と忠義に拝謁した。人払いを願って、藩主父子と家臣三人だ けの会談であった。 久光にとっても、勅命は意外であったらしい。まさかそこまではと思っていたようであった。 ちよくじよう 服を改めて忠義とともに座についたが、勅諚を拝する前に、三人にたずねた。 「勅命とあれば、藩の運命を賭し、一身をかけて、お受けしなければならぬ。幕府包囲のただ中で、 密勅の降下は、さそかし苦心したことと察するが、ますその経緯を聞かせてもらおう」 小松帯刀が代表して答えた。 「岩倉具視卿と大久保の苦心が実ったのでございます。宮中では、中御門経之、正親町三条実愛両卿 が力をあわせ、中山忠能大納言が密奏して勅許を得ました。事は全く秘密に行われ、二条摂政さえも かのう これを知りませぬ。岩倉卿の達見と果断、中山卿の誠忠が、聡明にして無私なる新帝の嘉納されると ころとなったのでございます」 「密勅はわが藩と長州のみと申したな」 「さようでございます。目下のところ、土佐も芸州も腰がきまっておりませぬ。もしこのことが二条 城の徳川慶喜にもれたら、偽勅あっかいにされて、いかなる事態に立ちいたるかもしれませぬ」 「よくも無事にその方らの手に渡ったものだ」 久光はまだ多少の疑いをのこしているようである。 146

4. 西郷隆盛 第15巻

これから出発するのでは、入京は十日すぎになる」 大久保は持前の冷静さを取りもどしたようだ。声が低くなり、両眼が人をおびやかす凄気に似た光 を発しはじめた。これが本来の大久保利通である。 「土佐はもはや敵と思わねばならぬ。容堂の入京はおそいほどいし」 大久保は断言した。「今、後藤象二郎がかげで何をやっているか、君にも察しがつくだろう。彼は徳 川慶喜側近くの永井尚志と結び、宮中の二条関白、朝彦親王と通じて、越前と尾張の切りくすしにか 御老 かっている。それのみか、中山忠能卿、正親町三条卿を脅迫している。お公卿さんたちは弱い。 : 一日のばせば、一日だけ形勢はわれ 体の中山卿と元来臆病な正親町卿は早くも腰くだけの形だ。 われに不利になる。後藤はそれをねらっているのだ。その手に乗ってなるものか ! 」 「どうする ? 」 「容堂と土佐一千の藩兵が到着する前に事を決するのだ。明日になったら、二人で後藤をおどかしに 行こ、つ」 「おどかす ? 」 「目下のところ、土佐藩邸には百名の兵もいない。後藤は丸裸も同然だ。即時出兵を要求したら、あ わてることたろう」 大久保は冷たく笑って、「もちろん、ただのおどかしではない。後藤の弁舌に土佐の武力がともなわ二 ない先に、ぜひ大号令は渙発されなければならぬ」 「待て、大久保。おれは土佐の藩兵が必ずわれわれの敵となるとは思っていない。兵士の中には、板 239 第十章丹

5. 西郷隆盛 第15巻

ので熟読したが、あれでは幕府の息の根はとまら ぬ。公議会をおこし、郡県制度にかえすことには 私も同意するが、慶喜を公議会の議長または太政 もくあみ 大臣にしたのでは、もとの木阿弥、幕府はたちま ち息を吹きかえす」 中御門経之がうなずいて、 「いかにも、私もそう思う。征夷大将軍徳川慶喜 ちゅうりく を討伐し、会津、桑名を誅戮せざるかぎり、断し て王政復古の実はあがらぬ」 岩倉は微笑して、 「それ、中御門卿とは、このような恐しいことを 中す御仁だ」 中御門経之は笑わす、 「中山忠能卿は建武中興の度にならって官職を 制定しようと申されたが、岩倉卿も私もそれでは まだ不足と思った。すべからく神武建国の宏謨に 艾もとづき、雄大なる新制度を創建すべしと考え、 その起案を学者玉松操に命じてある」 ・こじん こうぼ

6. 西郷隆盛 第15巻

吉之助は答えない。坐りなおし、腕組みをして考えこんでいる。膝頭がかすかにふるえていた。 大久保はつづけた。 「西郷、ここだけの話だが、実は宮中の強硬派であった中山忠能卿、大原三位卿も動揺している。芸 つじしようそう ・・ま 州藩も怪しくなった。家老の辻将曹が出兵はしばらく延期すべきではないかと中入れて来た。 ごまごしていると、慶喜と後藤象二郎に足もとをさらわれるそ」 吉之助が低い声でたすねた。 「しかし、勅命降下の見込みは・ 「必すしも絶望ではない。岩倉具視という人物がいる」 「岩倉か」 「そうだ」 「後藤象二郎はどうする」 「まさか斬るわけにはいくまい」 大久保は冷たく微笑して、「当分勝手にやらせておくことだ。武力を用いず、血も流さす、この難局 を打開できると思うのは夢の夢。 : : : 虫がよすぎる」 おおはらさんみ

7. 西郷隆盛 第15巻

たり。しかるに中葉以降、幕府大柄を掌握し、文武分岐し、天下の大勢、古代とは一変し、朝廷は全 ろうしゅう く虚器を擁せらるるの姿にて、万民は上に天子あるを知らざるの陋習と相成り、愧すべく、歎すべき のはなはだしきものに候』 つづく数行は、幕府の腐敗と失敗を痛撃して、次のように結んであった。 たいじ びんらん 『かかる名分紊乱の制度をもって、万国と御対峙は相成りがたきのみならず、皇国内の人心において おりあい も、また片時も居合っきがたく、内外実に容易ならざる危急の御大事、切迫の御時節なるをもって、 征夷大将軍を廃止せられ、大いに政体制度を御革新あらせられ、皇国の大基礎を確立せられたく、非 常の御英断をもって、すみやかに朝命降下相成り候よう願い奉り中候 読み終って、品川弥二郎は改めて岩倉具視の方を見た。岩倉は中御門のすすめる薄茶を静かに味っ たんく ているところであった。姿も服装も変っていないが、五尺に足りぬ短軅から、何物かが輝き出ている はち ように感じられた。灰色のサナギの殼の中に、美しい蝶の姿がすけて見える。いや、蝶ではない。蜂 かっちゅ ) かもしれぬ。甲胄に似た頭と鋭い剣。恐るべき公卿だ。 ( それを見抜けなかったおれは、まだまだ青二才だな ) 品川は、二十五歳という自分の齢の頼りなさを改めて思い知らされた気持がした。 「これを主上のお手もとに差上げるのでございますか ? 」 「もちろんのこと。中山忠能卿はわれわれの同志だ。主上の外祖父として常に側近にあり、厚い御信 いや、御説明などいたさずとも、この文章は必 望をうけている。中山卿より御説明中上げれば、 ず御理解下さるにちがいない」 たいへい ふんき たん

8. 西郷隆盛 第15巻

二人の若侍は不平そうに顔を見合せたが、一礼して出て行った。 吉之助は鉄瓶に手をかけて、 「茶でも入れよう」 「いや、あとでいい」 「 ) てうか。聞こ、つ」 と膝を正した。 大久保が言った。 「十二月五日だ」 「決定したか」 「一日のばせば、一日だけ敵は立ちなおり、味方はくずれる。二条城の永井尚志と梅沢孫太郎が中山 忠能卿と正親町三条卿をおどかしに行った。フランス帰りの渋沢栄一という男は武力弾圧を慶喜にす : これ以上、絶対にのばせぬ ! 」 すめているという。 王政復古の大号令渙発の話であった。大久保はその期日を岩倉具視と相談して来たのた。 相国寺の時鐘が、また鳴りはじめた。 大久保は帯のあいだから、イギリス製の懐中時計をとり出して、 「九時半か。 : : : 道理で、ひどく冷えこんできた。すこし酒がほしい。国の芋焼酎がいしな」 てつびん かんばっ 230

9. 西郷隆盛 第15巻

「だんだん物騒になって来るな」 ようだんす 吉之助は大久保が用篁笥の底に拳銃を大切そうにしまいこむのを見て、苦笑しながら、「この分では、 なかやまただやす いずれ中山忠能卿にも献呈しなければなるまい」 「君もあまり出歩かないほうが無事た。今日も村田新八が心配していた」 「ああ、なるべくひっこんでいる : : : というよりも、おれは殿様やお公卿さん相手のかけひきが、つ くづくいやになって来た」 「はつはつは、また癖が出たな。だが、君はそれでいいのた。お公卿さんや殿様のお相手は僕にまか せて、戦争が始まるまでは、じっとしていろ」 「何もしなくていいのか」 しいと 1 も」 「それは、ありがたい」 吉之助は素直に頭をさげた。大久保は三十九歳、吉之助は二つ上の四十一歳だが、こんなときには、 年の順序が逆になったように見える。 大久保は苦笑して、 「礼を言われてはこまる。君には軍事という重大な仕事がある。最後に物を言うのは武力だ」 「調練は一日も休んでいない。長州はもう動き出したらしいな」

10. 西郷隆盛 第15巻

後藤の舌は、二条城ばかりか、御所の奥にまでとどいたらしい。討幕派の同志と信じていた正親町三 条卿を巻きこみ、ついに新帝の外祖父たる中山忠能卿まで動かした。この筋が動揺したのでは、新帝 とのつながりは断たれてしまう。さすがの大久保利通も少なからずあわて、岩倉具視をはげまして形 ・はんかい 勢の挽回に寝食をわすれている。今夜も、大久保は岩倉卿とどこかで会っているはずたが : 廊下で人の気配がした。重くて荒々しい若侍の足音だ。 「信吾か ? 」 大久保の家に連絡に出した弟の信吾だと思ったのだ。 「巌です」 声も体格もよく似た従弟の大山巌であった。砲兵士官の軍装のまま、敷居ぎわに両手をついて、 「もうお寝みかと思いましたが」 吉之助は首をかしげて、 「もうそんな時刻か」 「いえ、まだ九時ですが」 「おまえこそ寝たらどうだ。明日の調練は早いそ」 「寝ようと思っていたら、また伊地知さんがとびこんできて、たたきおこされたのです」 あばたのある、まんまるな顔が真っ赤に上気していた。 223 第十二章丹楓