大久保利通 - みる会図書館


検索対象: 西郷隆盛 第15巻
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1. 西郷隆盛 第15巻

ゃぶれたらまたはれ 廊下をふみならし、踊りながら、西郷信吾がとびこんで来た。部屋にはいっても、まだふらふらと 踊りつづけている。 吉之助は目を見はって、 「信吾、なんの真似だ ? 」 「これで助かったんだよ、兄さん」 べたりと畳に尻をおとして、肩で息をつき、「岩倉邸を出たとたんに、見廻組か新選組にちがいない 五人組にあとをつけられて、もうだめかとあきらめかけたところへ、踊りの連中が寺町通をやってき たんだ。おれも大久保さんもそいつにまぎれこんで : : : ああ、エイジャナイカ、エイジャナイカ」 ばかなやつだ。 : 大久保はどうした ? 」 「まだ踊るつもりか。 「ここにいる」 大久保利通が静かにはいってきた。乱れた様子は見せす、吉之助の前にすわったが、さすがに青ざ めていた。目だけが熱病人めいて怪しく光っている。 「ごくろうだったな」 吉之助が言った。「おまえも踊ったのか」 大久保はそれには答えず、信吾と巌の顔をにらむように見て、 「席をはずしてもらおう。重大な話だ」 229 第十二章丹

2. 西郷隆盛 第15巻

行なう。 ・ 2 西郷隆盛・大久保利通、後藤象二郎を訪ね、王制復古を 2 1 月オーストリア日 発令する計画に同意を得る。 ンガリー帝国成立 貶・ 7 中山忠能・正親町三条実愛・中御門経之・岩倉具視・大 久保利通ら、後藤象二郎と折衝し、王制復古の期日を 9 日と定 める。 ・ 7 兵庫開港・大阪開市 255

3. 西郷隆盛 第15巻

「中山卿はひそかに使いの者を岩倉邸に送りましたが、岩倉卿もうかつには出歩けませぬ」 大久保はつづけた。「岩倉卿は代理として末子八千丸殿を中山邸につかわしました。八千丸殿はま あげまき だ総角の少年であります。中山卿は少年の肌着の背に密勅と宣旨を縫いこみ、寺町の岩倉邸に送りか えしました。剣の刃をわたるとはこのことでございましよう」 「岩倉邸も警戒もまた厳重であったと察するが」 「もちろんのことでございます。ただし、岩倉卿は入京を許されていたというものの、月に一回、一 日 晩だけに制限されていましたので、卿の在宅は所司代も新選組も知らなかったようでございます。岩 倉卿は私と長州の広沢真臣を呼び、勅書を賜りました」 の 「それからが大変でございます」 小松帯刀がひきと 0 て、「いかにして密勅を京都から運び出すか。西郷も大久保も幕吏につきまとわ章 れていますので、うかつには動けませぬ。私は近衛忠房邸に参上し、思いきり、西郷と大久保の悪口 を申しました」 大久保利通が答えた。 せんし 「中山卿も岩倉卿も必死、命がけでございました。討幕の密勅と同時に、毛利父子赦免の宣旨も発せ られましたが、中山卿はこれを薩長両藩士に伝達することができませぬ。形勢を察してか、新選組の 隊士どもが、昼夜を問わず、中山邸を警戒していたからでございます」

4. 西郷隆盛 第15巻

これから出発するのでは、入京は十日すぎになる」 大久保は持前の冷静さを取りもどしたようだ。声が低くなり、両眼が人をおびやかす凄気に似た光 を発しはじめた。これが本来の大久保利通である。 「土佐はもはや敵と思わねばならぬ。容堂の入京はおそいほどいし」 大久保は断言した。「今、後藤象二郎がかげで何をやっているか、君にも察しがつくだろう。彼は徳 川慶喜側近くの永井尚志と結び、宮中の二条関白、朝彦親王と通じて、越前と尾張の切りくすしにか 御老 かっている。それのみか、中山忠能卿、正親町三条卿を脅迫している。お公卿さんたちは弱い。 : 一日のばせば、一日だけ形勢はわれ 体の中山卿と元来臆病な正親町卿は早くも腰くだけの形だ。 われに不利になる。後藤はそれをねらっているのだ。その手に乗ってなるものか ! 」 「どうする ? 」 「容堂と土佐一千の藩兵が到着する前に事を決するのだ。明日になったら、二人で後藤をおどかしに 行こ、つ」 「おどかす ? 」 「目下のところ、土佐藩邸には百名の兵もいない。後藤は丸裸も同然だ。即時出兵を要求したら、あ わてることたろう」 大久保は冷たく笑って、「もちろん、ただのおどかしではない。後藤の弁舌に土佐の武力がともなわ二 ない先に、ぜひ大号令は渙発されなければならぬ」 「待て、大久保。おれは土佐の藩兵が必ずわれわれの敵となるとは思っていない。兵士の中には、板 239 第十章丹

5. 西郷隆盛 第15巻

後藤の舌は、二条城ばかりか、御所の奥にまでとどいたらしい。討幕派の同志と信じていた正親町三 条卿を巻きこみ、ついに新帝の外祖父たる中山忠能卿まで動かした。この筋が動揺したのでは、新帝 とのつながりは断たれてしまう。さすがの大久保利通も少なからずあわて、岩倉具視をはげまして形 ・はんかい 勢の挽回に寝食をわすれている。今夜も、大久保は岩倉卿とどこかで会っているはずたが : 廊下で人の気配がした。重くて荒々しい若侍の足音だ。 「信吾か ? 」 大久保の家に連絡に出した弟の信吾だと思ったのだ。 「巌です」 声も体格もよく似た従弟の大山巌であった。砲兵士官の軍装のまま、敷居ぎわに両手をついて、 「もうお寝みかと思いましたが」 吉之助は首をかしげて、 「もうそんな時刻か」 「いえ、まだ九時ですが」 「おまえこそ寝たらどうだ。明日の調練は早いそ」 「寝ようと思っていたら、また伊地知さんがとびこんできて、たたきおこされたのです」 あばたのある、まんまるな顔が真っ赤に上気していた。 223 第十二章丹楓

6. 西郷隆盛 第15巻

「酒どころではない」 大久保利通がはねかえした。 「八日に延期したのだから、至急、計画変更の対策を立てねばならぬ。これで失礼する」 後藤象二郎はニャリと笑って、 「岩倉邸にまいられるのだな」 「方々をまわらねばならぬ。さあ、西郷、行こう」 後藤は福岡とともに玄関まで送って出て、 「岩倉卿との会談の結果はお知らせ下さるだろうな。話が逆転して、土佐は除け者などということに なったら、一大事だ」 「いずれにせよ、今晩中に報告いたそう」 大久保と西郷は出て行 0 た。門の外には大山巌にひきいられた完全武装の銃隊が待 0 ていた。 「どうする ? 」 吉之助は答えた。 「ハ付と、 ) 」 「これで、きまった」 後藤は手をたたいて、「さあ、福岡、酒だ、酒だ。王政復古の大号令渙発の前祝いだ ! 」

7. 西郷隆盛 第15巻

矛盾しない。両藩は二つの異る道を歩いているように見えるが、目的は同じ王政復古だ。時間をおけ ば、同じ一つの道であったことがわかるだろう」 「果して一つの道であるかどうか。僕は大政奉還論は公武合体の変形であり、結果として幕府の延命 策に利用されるばかりだと見ている」 大久保は断言した。 坂本竜馬が乗り出して、 「そうはっきりと割り切れるかな。日本に内乱をおこすことなく王政復古を実現し得たら、これに越 したことはない。長崎で長州の桂小五郎、伊藤俊輔の両君に会ったが、僕の意見に同感してくれた」 大久保は冷たく笑って、 「ただ同感するだけなら、お安い御用た。われわれも同感する」 「これは、きびしい。僕としても、二条城の将軍が土佐の提案を受入れるかどうかという点について は自信がない。もしことわったら、その時こそ、土佐も堂々と慶喜の罪を鳴らして挙兵にふみ切るこ とができるのだ」 「ずいぶん、まわり道をなさるお人だ。坂本君、薩摩と長州を結びつけてくれたのは君ではなかった 「しかし、その後の状勢を見ると、薩摩と長州が独走すれば、フランスの思う壺にはまるだけた。ナ ポレオン三世は資金と武器だけでなく、陸、海軍を幕府に貸そうと言っている」 大久保利通はきらりと目を光らせて、 力」

8. 西郷隆盛 第15巻

と中岡慎太郎などが最初の岩倉村グルー。フとなった。 『叢裡鳴虫』と『皇国合同策』は藤井兄弟の手で小松帯刀と大久保利通にとどけられ、やがて島津久 光の目にふれて、久光を感動させた。岩倉具視の触手はついに薩摩の中心部にとどいた。 岩倉村の隠れ家の雨戸は、今日もしまっていた。今にも雪になりそうな空模様のせいではない。家 にこもっている時にも、留守を装って表戸も雨戸も内側から固くとざされる。その用心深さが、幾度 となく岩倉具視の命を救った。 野良着姿の西川与三が家の横手の雑木林からとび出して来て、表戸をたたいた。たたき方が合図に ひげ ふるあわせ なっている。戸は内側から細目に開かれ、綿のはみ出た古袷の上に破れた被布を着た岩倉具視が鬚の のびた顔だけ出した。 「与三、逃げた方がいいか ? 」 「へへ、大丈夫。新選組ではございません。薩摩の大久保様と : : : もう一人は顔は存じませぬが、こ月 と れも薩摩でございましよう。二人とも馬で : : : 」 花 岩倉は大久保から贈られた拳銃をふところにおさめて、 章 「雨戸をあけろ、与三」 第 「いえ、中御門様の御別荘の方にまいられました。ここは目をつけられています」 「そうだったな。 : : : すぐに出かける。与三、例の物を忘れるな」

9. 西郷隆盛 第15巻

こそ : : : 」 いや、もっと飲め。今夜はおれたちの壮行会だ。おれたちは江戸に行く。 「やめろ、伊牟田 ! 江戸八百八町をこの手でかきまわし、大政奉還は策士の小策にすぎないことを思い知らせてやる。 : というわけでしたね、西郷先生 ? 」 吉之助はうなずいた。 沈黙をつづけていた小島四郎が、こまねいた腕をほどいて、 「よくわかりました。喜んで江戸にまいります。もうひとつだけおうかがいしたい。先ほど、先生は 浪士の心は浪士だけが知っていると申されましたが、あれは ? 」 「さて、むずかしい御質問だ。 : 私も浪士のつもりでいた。・ : 力いつのまにか藩の重役などという 肩書がついて、腰から下におかしな根が生え、身動きがとれなくなった。ここらで腰のまわりの根を 切りはらい、もういちど浪士の心にかえらねば、天下の事は行われぬと思っているのだが : 「やあ、たいへんお待たせした」 おおくぼとしみち おかみに案内されて、大久保利通が入ってきた。 しきぶとん 大久保は吉之助の横の敷蒲団にゆったりとすわり、一座を見まわして、軽く頭を下げ、 「おくれて相すまぬ。もうお話はすんだようだな」 「すみました」

10. 西郷隆盛 第15巻

後藤は雄弁をふるった。 「政権奉還の後は、朝廷におかせられても、諸事御改革の上、再び将軍慶喜公を新政府の首席におく であろう。歴代の朝廷と徳川家の関係を見れば、そうなるのが当然で、大政奉還によって、将軍は大 義名分を正すと同時に、改めて天下の実権をにぎることができるのである」 また、 「もし幕府が、この大策の実行をためらうならば、野心ある雄藩は朝廷を動かし、討幕の勅命を取り つけるであろう。ひとたび勅命が下ったら、もう手おくれだ。幕府に忠誠なわが土佐藩でさえも勅命 に抗することはできない。その時になって、あわてても、ただ内戦のもとを開くだけである。東照神 ちんじ 君家康公の威霊に対し奉り、申しわけないと言っただけではすまぬ大椿事が起るであろう」 永井尚志はよくわかったと言い、近藤勇も重々しくうなずいた。 たかさぎいたろう 後藤はさらに敵の本陣である薩摩の内部にまで触手をのばした。久光の側近高崎猪太郎が大久保、 西郷の武断主義に不満をもっていると聞くと、ひそかに彼を説いて同調させ、さらに温厚な家老小松 帯刀の説伏を試みた。人の、 「まこと しい小松は後藤の雄弁と「大条理」には面と向って抗弁できない。 に結構な御意見」と言葉をにごすだけであった。西郷吉之助は「土佐がやりたければ、おやりになる がよかろう」とだけ言って、多くを語ろうとしなかった。 ただ、大久保利通だけが断乎として反対した。この男には、小松帯刀のような弱気なところや、西 郷吉之助のように漠として捕えにくいところがない。敵は大久保と岩倉具視だ。この二人の結び目を 突きくずせば、勝ちはこっちのものである。