大阪城 - みる会図書館


検索対象: 西郷隆盛 第15巻
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1. 西郷隆盛 第15巻

「長崎で志願したよ」 陽気な返事であった。「実は桂小五郎の命令で、大阪と京都方面の形勢を見るために来たのだが、こ こまで来てみると、長州軍と芸州軍が先まわりしているしゃないか。おどろいたよ」 「君は自分の藩の出兵を知らなかったのか ? 」 「こんなに早いとは思わなかった。長崎で遊んでいたのでね。桂も僕に命令を出した時には、知らな かったのだろう」 「それで、君はどうする ? 」 「実は西の宮まで行って、従軍を希望したのだが、隊長にことわられた」 「なぜだ ? 」 「僕には、ほかの任務があるそうだ。たとえば、外国係。君と同し外交官だ。 が残念だよ」 「君は長州と薩摩が勝っと思うか ? 」 「勝つよ」 こうぜん 伊藤は昻然と答えた。「ただし、長びくね。徳川の領地は八百万石、全国にひろがっている。これを ミカドの手に奪いかえすためには、長期戦を覚悟しなければならぬ。まず、兵庫が激戦の地になり、 つづいて大阪城の争奪戦がはじまるだろう。イギリス公使館は大阪城の裏手にあるそうじゃないか。 早く避難しないと危険だそ」 「おどかしてもためだ」 ・ : 京都で戦えないの 217 第十一章虚と実と

2. 西郷隆盛 第15巻

どこに御移しまいらせるつもりであるか」 しまいらせるという非常の事態も生じかねない。 大久保は答えた。 へきえん 「場合によっては、山中僻遠の地にしりそき、天険に拠るということも考えられるが、われらとして は、開戦と同時に大阪を攻略する計画であるから、むしろ進んで大阪城に御遷座あって、征討軍を指 揮あそばされることになりましよう」 「それは緒戦に勝利した時のこと。最悪の場合を考えておく必要がある。大阪城攻略がそれほど容易 だとは考えられぬ。幕府はフランスと結び、軍艦と軍隊を借りても大阪城を死守するおそれが十分に ある。万一、そのような場合には、主上は僻遠の地に御潜行という事態もおこりかねない」 「まことにもっともな御心配。勝敗は予測しがたいものであるが、しかし、勤皇諸藩は長薩一一藩だけ ではない。万一敗戦の場合は、それら諸藩のいずれかへ主上の御遷座を願い、我らは楠正成千早城の 決意をもって再挙をはかるべきでありましよう。何よりも肝要なことは、ます長州と薩摩が不退転の 決意をもって立上がることであります」 断乎とした返答であった。 慎重な木戸孝允はなおいろいろと細部にわたって質問する。大久保利通はことごとくこれに答えて、 列座の政府員を見わたし、 「どうそ御腹蔵なく御教示をたまわりたい」

3. 西郷隆盛 第15巻

ークス公使とキング提督は、兵庫の開港準備を視察するために出かけて行った。サトーとミッド フォードは大阪にのこされた。 「もうじきクリスマスだぜ。われわれも息抜きがしたいね」 、ツドフォードが言いだした。 「どこかおもしろいところはないか」 サトーはうれしそうにうなすいて、 「長法寺では夜の冒険をやったね。あの手で行くか」 この春の大阪滞在中には、若い二人は寺の土塀の破れ目からぬけ出して、酒と女のある灯の赤い町 に出かけたものだ。 「今度はうまく行きそうにないね」 、、ツドフォードは顔をしかめて、「大阪城が近すぎる。夜の警戒は厳重らしいそ」 「昼間はどうだ」 「へえ、君は昼間も遊べる場所を知っているのか」 「知らないね」 「いっそ兵庫まで行ってみるか。情報集めだと言えば、カミナリ公使も文句は言うまい。案外な掘出 しものがあるかもしれない」 181 第十章大阪の町

4. 西郷隆盛 第15巻

「大阪はすでに薩長土三藩の兵によって占領されたそうです。兵力は合せて二万 : : : 」 「大阪城が占領されたのですか ? 」 「さて、それは : 「それも風説ではありませんか」 「しかし、大阪市中が武装した兵士で蜂の巣のようになっていることは事実 : : : らしいです。外国公 使たちは近く大阪に集まるのでしよう」 「集まります。大阪と兵庫の開港がきまりましたからね」 「外国人が大阪に行くのはたいへん危険だと申しました。蜂の巣の中にとびこむようなもので : : : 」 「だれが申したのですか」 「さあ、それは : : : サトーさん、かんべんしてくださいよ。私はあなたがたの身を案じて報告に来た だけですよ。トモダチですからね」 「はいたいへんありがたく思います。すぐにパ ークス公使に報告しましよう」 「前将軍と先帝の暗殺説は取消します。その点の責任は持てません」 よくわかりました。たぶん、お酒の責任でしよう」 ークス公使は笑い出した。 公使館に出勤して、報告すると、 「大阪が蜂の巣か。結構だな。サトー君、君とミッドフォードは大阪に先発しろ。イギリス人は日本璋 第 の蜂などこわがっていないことを見せてやるのだ」

5. 西郷隆盛 第15巻

伊藤俊輔があまりに元気すぎるので、サトーは水をかけてやりたくなった。 「しかし、 ークス公使は君たちを兵庫と大阪から追いはらうつもりでいるそ。気をつけた方がいい 「僕たちを、なぜ ? 」 「居留地を保護するための当然の所置だ。それに、君はさっき、大阪城とイギリス公使館を焼きはら うと言ったではないか」 「そんなばかなことは言わぬ。戦火はイギリス公使館にも及ぶかもしれぬと言ったのだ」 「イギリス公使館は江戸でも焼かれた。また焼かれるのはごめんだよ」 サトーはニャリと笑ってみせて、「パ ークス公使は幕府の軍隊を全部、大阪付近から退去させると言 っている」 「それはありがたい」 「喜ぶのは早い。薩摩と長州軍にも退去を要求する。要求がいれられなければ、イギリス派遣軍と連 合艦隊を相手に戦う覚悟をするがよい」 ね」 ークス公使はいそがない方がいいね。新政府の成立まで待てば、万事うまく行く」 「開港は内乱とは関係ない。居留地の安全は兵庫奉行に保証させる」 「兵庫奉行など、開戦と同時に追放だ。だれもやらなければ、この僕が追放してみせる」 218

6. 西郷隆盛 第15巻

第十章大阪の町 軍艦ラットラー号が、通訳官サトーとミッドフォードの一行を乗せて大阪に到着したのは十二月二 日の朝であった。日本人がまだ用いている大陰暦によれば、慶応三年十一月七日。 サトーに与えられた最初の仕事は、公使館員の宿舎と護衛隊の兵舎を見つけることであった。この 春に借りた長法寺の仮公使館は寺院側の都合で使用できなくなっていた。無理に借りても、せますぎ た。公使が横浜から連れてくるはずの騎馬護衛隊と第九連隊の分遣隊たけでも百名を越す。兵営を増 築できる広い敷地のある大邸宅をさがす必要があった。 、刀 天保山の波止場に向うポートの中で、ミッドフォード。、 「一週間以内に兵舎までつくれというのは無理だね。いっそ大阪城を占領してしまうか」 サトーも笑って、 「ロッシュ公使もそう思っているだろう」 「しかし、兵庫の開港祝いに出席するだけなら、兵営まで用意する必要はない。キング提督の艦隊が 来るのたから、宿舎は海の上で十分じゃないか」 ミッドフォードは日本に来てまだ一年にならない。そのわりには日本語は サトーは答えなかった。 166

7. 西郷隆盛 第15巻

てきたのを見ると、をそり、髪をととのえて、家老らしい姿にな「ていた。 「京都はだいぶ荒模様らしいな。慶喜さん、なかなかやるじゃないか」 吉之助はうなすいて、 ちじまさはる ・ : 会津、紀州の藩士と 「そう、吉井幸輔と伊地知正治だけでは、手がまわりかねると言って来た。 新選組があばれている。御所と薩摩藩邸に放火して、鳳輦を大阪城に移し奉り、江戸から大兵を呼び よせて、われわれの上京をくいとめると公言している者もいるとか」 「宮中も動揺しているらしいな。早く行ってやらないことには、慶喜と後藤象二郎に巻きかえされて しまう」 「出発は明後日た」 小松は目をつぶって足の痛みをこらえていたが、 「大阪に着いたら、君と大久保は特に身辺に気をつけてくれ」 「いまさら、何のことだ ? 」 「いや、大阪までわれわれを追いかけて来た連中は、君たちの上京を手ぐすねひいて待ちかまえてい るだろう。くれぐれも気をつけてもらいたい」 「はつはつは、今度は三千の精兵をつれて行く。長州も千や二千は出すだろう。これには会津も新選 : ・それよりも国もとの方が心配だ。俗論の一党は、いまだにおれたち三人を刺 組も手は出せまい すの斬るのとさわいでいる。おれと大久保は京都に行ってしまえばかえって安全だが、刺客は必ず君 をねらう。まだやって来ないか ? 」 ほうれん 152

8. 西郷隆盛 第15巻

吉井幸輔は形勢の非を知りつつも、対策の立てようがなかった。討幕の密勅は下ったが、密勅であ るから公表することはできない。慶喜の大政奉還は即日勅許されたが、朝廷の公卿たちは返上された 政権をどう運用していいかわからす、ただ当惑の姿である。軍事と財政の実権は依然として二条城に あり、慶喜とその幕僚は、それみたことかと、公卿の無能を嘲笑しているかのように見える。 ある晩、岩倉具視と中岡慎太郎が薩摩屋敷に忍んできた。 「どうやら慶喜と後藤象二郎にしてやられたようだ」 ぎんり めったに弱音をはかぬ岩倉の声がふるえていた。「禁裡に放火し、薩摩屋敷を焼討ちせよという陰謀 がある。紀州藩の三浦休太郎などが先頭に立って、会津、桑名の兵を煽動しているらしい。徳川恩顧 の兵を大阪城に集めて、薩摩と長州の上京をくいとめる。二条城の老中どもは江戸の幕軍と軍艦を呼 びよせ、大阪を救援するように慶喜に催促しているそうだ」 「まさか、そこまでは」 伊地知は言ったが、岩倉と中岡はロをそろえて、ただの噂と聞き流せない証拠があるとくりかえし の 吉井幸輔は、なだめ役にまわった。 ふぐたいてん 大 「会津と桑名がわれわれを不倶戴天の敵と憎んでいるのは当然でしよう。御所放火はまさかと思いま すが、薩邸焼打ちはやりかねない。われわれを挑発して、何とか悪名を着せるつもりですな。その手章 第 に乗ったら元も子もない」 中岡慎太郎が、

9. 西郷隆盛 第15巻

「ます町奉行所に行こう。奉行はおとなしい紳士だ。大英帝国の官吏には喜んで協力してくれるよ」 天保山の波止場は兵士たちであふれていた。雑多な様式の小銃をかつぎ、ものものしい日本刀を腰 にさした雑多な軍隊である。ポートから上陸する通訳官と海兵隊をにらな目にあらわな敵意があった。 以前の平和な商業都市の面影は全くなくなっていた。 サトーとミッドフォードは海兵隊に守られて、市街の中央部にある町奉行所を訪問した。奉行はサ ーの要求をこころよくいれてーー少なくとも表面だけは丁重な態度で、いくつかの候補地を案内し てくれた。 大阪城のすぐうしろにある大きな武家屋敷が、サトーの気に入った。城に付属している建物らしか った。この春、パークス公使が徳川慶喜を訪問した時には、老中首席の板倉勝静が住んでいたという。 建物も調度もほとんど荒れていず、庭も広く、兵舎の増築可能な空き地もあった。城に近いから、将 軍や老中たちと会見の際、ロッシュ公使の機先を制するのにも便利だ。パークス公使は喜ぶにちがい ここにきめて、サトーは町奉行に改築と増築のことを頼んだ。奉行は快諾した。外国人の要求とあ らば、いやでも快諾したふりをしなければならぬ苦しい立場である。 まだ日没までには時間があった。 「さて、お次ぎは何だい ? 」

10. 西郷隆盛 第15巻

加宮藤三はサトーの顔を見るなり、「いよいよ内乱ですな」 すこし酔っている。酒のにおいがした。サトーはこの自発的な情報提供者を二階の寝室に案内して、 新しいウイスキーの封を切った。 洋酒好きの男は三杯目のグラスで首筋まで真っ赤になり、とんでもないことをしゃべりはじめた。 「前将軍家茂公が大阪城内で急死したのは、慶喜の毒殺によることが判明しました。これは先帝孝明 天皇の暗殺とも関係がある。天皇暗殺の下手人は岩倉具視と薩摩の西郷と大久保だそうです」 「どうして、そんなこと、あなたにわかりましたか ? 」 「もつばら、そういう噂です」 「ああ、ウワサですか、なるほど」 「大阪と京都のたしかな筋から伝わって来たのです」 加宮はウイスキーの四杯目を飲みほして、「江戸の旗本のあいだに秘密廻状がまわりました。徳川家 げきぶん に誠忠の士は、ただちに武装して向島の某所に集合せよ、という檄文です。 : : : 慶喜は最初から徳川 家をほろぼすつもりで将軍になったのだ、そのために、岩倉一派の悪謀公卿と通謀し、家茂公と先帝 陛下を毒殺し奉り、薩長土とはかって大政奉還という大芝居をうち、自分だけいい子になるつもりで : 」と大きなしやっくりをして、「ひどい話ですな、サトーさん」 「あなたは、そのウワサを信じているのですか ? 」 「わが庄内藩士の大部分は信じています」 「あなた自身は ? 」 114