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検索対象: 西郷隆盛 第15巻
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1. 西郷隆盛 第15巻

「首領は、この前お話した相楽総三こと小島四郎ですよ。薩摩人では、伊牟田尚平、益満休之助など の暴れ者が盛んに動いている : : : というところまでは、町奉行所にも庄内藩にもわかっているのです が、目下のところ、うつかり手を出せませんね」 中井弘がウイスキーのグラスをおいて、 「サトーさん、僕の見るところでは、首領は京都にいる。怪盗竜造寺浪右衛門こと西郷吉之助」 「どうして、それわかりますか」 「土佐藩では、もつばら評判だ。天下公然の秘密かもしれぬ。土佐にも浪右衛門一味と見なされる板 垣退助という男がいるのでね」 サトーは早く西郷吉之助に会ってみたくなった。大阪まで行けば会えるだろう。 ラットラー号の出帆にまにあうように、サトーは旅装をととのえた。 ド少尉の警備隊といっしょに横浜に先発していた。 サトーは秘書の野口をつれて横浜海岸通のイギリス領事館に行き、領事のガワルに会った。 密 「どうでしよう。大阪に着くころには、戦争が起っているのではないですかね」 章 「まだ、その気配はない」 七 ( ーが長崎からやって来た。途中、兵庫に寄港したが、別に不穏第 領事は答えた。「昨日の便船でグラ ' な動きはなかったそうだ」 、ツドフォードはモーアラン

2. 西郷隆盛 第15巻

意味ですか ? 」 「それ、どういう 「英語に訳さなくとも、おわかりでしよう。旗本も御家人も、禄を半分お借り上けということで、収 入が半減しております。旗本の二男、三男坊の無の生活になれた奴らで、別手組に人るのはいやだ し、新徴組はなおさら御免という連中がちょいと勤皇浪士の真似をしてみたくなる気持はわかります ね。私ども幕臣の立場から見れば、世も末と言うべきところですが・ 加宮藤三が思い出したようにたすねた。 「サトーさん、アメリカ絵描きのワーグマンさんは、あなたのお友達でしたね」 「はい、たいへんトモダチです」 チャールス・ワーグマンはイギリス系のアメリカ人で、横浜の英字新聞に挿絵をかいている。 クス公使に従って大阪に行き、サトーといっしょに東海道の冒険旅行を楽しんだこともある。近ごろ は、西洋画を学ぶ日本人の弟子も何人かできたという。 「ワーグマン、何かしましたか ? 」 こばやしきょちか 「ワーグマンさんの弟子に小林清親、川村清雄などという連中がいますね」 「はい、わたくし、よく知りませんが」 「そう、あなたは知らないでしよう。知らなくてもいいのですよ」 章 「ワーグマンの弟子、強盗の仲間ですか ? 」 第 加宮は笑って、 「とんでもない。小林も川村も僕の友人でしてね。いっしょに、ときどき横浜の南京町などに遊びに

3. 西郷隆盛 第15巻

「私も、法律のこと、よく知りません」 サトーは、この奇妙な男に好意を感じはじめたので、正直に答えた。「専門外ですよ。議員になろう と思ったこともありません。こまりましたね」 「しかし : : : 」 「そう、調べれば、わかります。公使館には、法律の専門家もいます。 いますか」 「長くはおれません」 「土佐にかえるのですか」 「いや、大阪か京都で、後藤に会うことになっています」 「私、近いうちに大阪に行きます。会えますね。それまでに調べておきましよう」 「結構です。たいへん、ありがたい。ぜひお願いします」 中井はうれしそうに何度も頭をさげて、「サトーさん、今夜、おひまはありませんか。お近づきのし るしに一献さしあげたいのですが。 ・柳橋の水光亭がお気に召したそうですね」 サトーは赤くなった。 「それ、たれに聞きましたか」 「加宮藤三。横浜のイギリス一番館に遊びに来ていました。グ ーの店です。はつはつは、あの男、 西洋にも行かないくせに、まるで西洋人気取りで、 : おかしなやつですよ」 「たいへん、おもしろい人です」 : あなた、いつまで江戸に 124

4. 西郷隆盛 第15巻

サトーは急に腹が立って来た。 いやな男だ、とぼけたふりをして、自分をからかっている。向 うがそのつもりなら、こっちも切り札を出してやろう。 「西郷さん、あなたは軍艦と兵隊をひきいて来たそうですが、その数を教えていただきますか」 と 西郷は即座に答えた。 と 「船は四隻、兵は三千」 「癶州は ? 」 章 「一千と称しているが、実は約六百。しかし、まだ朝廷のお許しが出ていないので、上京はできない。に 第 兵庫に待機させてあります」 この男は何もかくしていない。 兵力と長州軍の兵庫待機のことは、サト ーの手に入れた情報と一致 二人きりになると、サトーは切りこんた。 「モンブランは薩摩の軍事顧問ですか ? 」 「さあ、何の顧問かきめていないが、なかなかの人物ですな」 「政治顧問のようですね、さっきのお話の様子では」 西郷は答えた。 「長崎や横浜のイギリス人は、フランス人を料理人や床屋に使っているそうた。しかし、薩摩として は、フランスの大名を料理人に使うわけにもまいりますまい」

5. 西郷隆盛 第15巻

を一 0 : あなた、そんなことを言っても まーノ「幕府の命脈 ? よろしいのですか ? 」 「あなたの前なら、かまわないでしよう。しかし、英 字新聞には出さないでくださいよ。ワーグマンさんの ~ ハ日漫画にかかれたら、私の首がとぶ」 「薩邸浪士団は士気厳正だという噂もある」 柳河春三がすわりなおして、「厳重な内規があるそう です。一つ幕府をくる者、二つ浪士を妨害する者、 三つ唐物商法を営な者、それ以外のものに手を出して はならぬときめられているとか」 「それはどういう意味ですか。もっと説明してくださ し」 「幕府をたすくる者というのは御用商人のこと、浪士盗 ~ " を一を妨害するというのは、別手組や撒兵組、それから加 宮君には悪いが庄内藩の新徴組、新整組などのこと、怪 章 ~ 唐物商はおわかりでしよう」 「貿易商人のことですね」 「左様、横浜居留地に出入りする連中は、た、ぶおど と ) ぶつ

6. 西郷隆盛 第15巻

上達したが、この国の政治の内情には不案内だ。徳川慶喜の努力で兵庫開港は勅許されたが、それで 平和が来るわけではない。朝廷と幕府の対立はかえって激化したと見るべきである。京都に内乱がお これば、必す大阪に波及サる。いや、発火点は大阪かもしれぬ。 ークス公使の軍事的配慮は、この 動乱に対処するためのものだが、それをミッドフォードに説明してもわかるまい 「徳川慶喜は大阪にいるのかい ? 」 「いや、京都らしい」 サトーは答えた。「二条城というもう一つの城にね」 「公使は京都まで行くつもりか ? 」 「もしできればね。しかし、京都に行くのには、横浜の二個連隊を全部持って来ても不足だ。おそら く慶喜を大阪に呼び出すことになるだろう」 「また公使は幕府の老中どもをどなりつけるのだね。通訳官は苦労する。せ。すこしお手やわらかに願 えないものか」 「それを公使の前で言えるかい ? 」 の 「一一一一口う乂はないよ」 大 ミッドフォードは肩をすくめて、「老中のかわりに、 「それよりも、大阪の町は諸藩の武装した兵士で蜂の巣のようになっているそうだ。気をつけること章 第 「その蜂の巣の中で仮公使館をさがすのか。つらいね」 こっちがどなりつけられるだけのことさ」

7. 西郷隆盛 第15巻

第七章密使 横浜の領事館に便船のことを問合せてみると、軍艦ラットラー号が四日後に兵庫港に向って出帆す るという返事であった。 「それでも間にあうだろう」 ークス公使はサトーに言った。「フランス東洋艦隊の主力は香港あたりでまごまごしているらし ここしばらくはわがイギリスのひとり舞台た。 : : : 大阪に行ったら、至急、仮公使館を設営せよ。 兵営が必要だ。二個大隊くらいはつれて行かねばなるまい」 「かしこまりました」 出発までには時間がある。サトーはその翌日、モーアランド少尉の騎兵隊に護衛をたのみ、江戸の 市中を歩いてみた。町は意外に平静であった。加宮藤三が言ったような興奮と緊張は、少なくとも町 さんべい 民たちの表情にはあらわれていなかった。幕府の洋式軍隊撒兵組が、給料の遅配でさわいでいるとい うことであったが、これは京都の政変とは関係ないらしい 午後おそく、「高屋敷」に帰ってくると、後藤久二郎という名刺を持った男が待っていた。会ってみ ると、後藤象二郎の手紙を持参していて、土佐の密使だと自ら名乗ったが、言葉には明らかな薩摩な 0 、 118

8. 西郷隆盛 第15巻

「怪しいもんだよ」 ・・自由な貿易で・ : ・ : 」 「しかし、わがイギリスはフランスとはちがい・ 「そう、フランスとはちがい、幕府の内部には食いこんでいない。だが、薩摩と長州の内部には、ど うだかね。サトーさん、怒っちゃいけないよ。私がもしイギリス公使なら、同じことをやる。ただ幸 か不幸か日本人たから、食いこまれてはこまると思っているだけだ。ゃあ、寒ナマコが来たよ」 女中をしたがえた益満休之助が酒と料理をはこびこんで来た。 とうざん 今日の益満は袴も紋付も着ていない。唐棧の袷に黒襟のはんてんという全くの町人風であった。奇 妙な薩摩武士もあるものだ、とサトーはあきれた。 「こいつはしゃれた男でね」 勝海舟はテーブルの上に料理の皿をならべている益満休之助を横目でながめながら、おもしろそう に言う。「こんなやつが薩摩藩士なのだから、薩摩という藩は化物だよ」 れ サトーは益満の酌をうけて、 「はい、昨日、私の家に来てくれた時には、たいへんりつばなサムライでしたが : 「今日はり 0 ばな料理人だよ。この甘鯛はね、横浜の先あたりで釣上げたのを自分で一塩にしたのだ 第・ そうだ」 「はい、たいへん、おいしい魚ですね」

9. 西郷隆盛 第15巻

第十章大阪の町 軍艦ラットラー号が、通訳官サトーとミッドフォードの一行を乗せて大阪に到着したのは十二月二 日の朝であった。日本人がまだ用いている大陰暦によれば、慶応三年十一月七日。 サトーに与えられた最初の仕事は、公使館員の宿舎と護衛隊の兵舎を見つけることであった。この 春に借りた長法寺の仮公使館は寺院側の都合で使用できなくなっていた。無理に借りても、せますぎ た。公使が横浜から連れてくるはずの騎馬護衛隊と第九連隊の分遣隊たけでも百名を越す。兵営を増 築できる広い敷地のある大邸宅をさがす必要があった。 、刀 天保山の波止場に向うポートの中で、ミッドフォード。、 「一週間以内に兵舎までつくれというのは無理だね。いっそ大阪城を占領してしまうか」 サトーも笑って、 「ロッシュ公使もそう思っているだろう」 「しかし、兵庫の開港祝いに出席するだけなら、兵営まで用意する必要はない。キング提督の艦隊が 来るのたから、宿舎は海の上で十分じゃないか」 ミッドフォードは日本に来てまだ一年にならない。そのわりには日本語は サトーは答えなかった。 166

10. 西郷隆盛 第15巻

サトーは浜崎屋太平治を「黒ん坊酒場」につれて行った。 この酒場は一番館からほど遠くない路地の奥にある。ベルリの艦隊について来た黒人コックがその まま居ついて開業したという「伝説」があるが、現在の経営者は白人で、名前と看板の絵だけが黒ん使 坊であった。はじめは下級船員相手の荒つぼい酒場だったそうだが、今は店内も改装されて、商社員 や各国外交団の中の独身者たちゃ陸海軍の士官のあつまるちょっとした社交場であった。サトーの同密 僚シーポルトの父シーポルト博士も定連の一人だし、ロシアの貴族で革命家 2 ( クーニンも横浜滞在章 第 中は愛用したという話がのこっている。 昼間の酒場はすいていた。サトーは太平治をカウンターから遠い片隅につれて行き、ウイスキーと 「やあ、サトーさん、 いいところで会いました。助かりましたよ」 太平治はうれしそうに笑って、サトーの腕をつかんで店のそとにつれ出しながら、「昨日、兵庫から 着いたばかりですが : : : 」 ーと同じ船ですか」 「いや、ちがいます。実は、あなたに会いに、江戸まで行かねばならぬところでした」 「商売の用事ではありません。大阪で、吉井幸輔さんの手紙をあずかりましてね。至急、あなたにと どけろという御命令です」