御所 - みる会図書館


検索対象: 西郷隆盛 第16巻
47件見つかりました。

1. 西郷隆盛 第16巻

所を固める勢いでございます。わが藩の分担の公家門もおさえられました。このままでは、おそらく 慶喜公の参内もくいとめられ、戦乱は今タ中にも勃発いたすでございましよう」 らいさんよう 容堂は腰をさぐって、朱塗りの瓢箪を取出し、後藤の前に投げ出した。頼山陽の遺品とったえられ る愛用の丹瓢であった。 「象二郎、酒をいれろ ! 」 けんびし 「酒は剣菱。用意してあるな」 「ございますこ 「御所には酒らしい酒もなかろう。剣菱をつめて参内する」 「かしこまりました」 行列はやっと出発した。随員は後藤象二郎、神山左多衛、福岡孝悌。家老深尾鼎のひきいる別撰隊 一個小隊が警護した。 河原町から寺町通りにさしかかった時、臼砲をひいた洋式装備の一隊に行きあった。藩旗はかかげ ていないが、薩摩らしい。土佐老公の参内と見てとったのか、道をゆずって東の溝ぎわに停止したが、 臼砲の砲ロは容堂の駕籠に向いていた。土佐の隊士たちはあわてて駕籠のまわりに集まった。 「なにごとだ ? 」 「いえ、何でもございませぬ」 家老の深尾は答えたが、駕籠の中の容堂は事情を察したようである。歯ぎしりとうなり声が聞えた。 たんびよう かご ひょうたん ぼつばっ かなえ みそ

2. 西郷隆盛 第16巻

やっと腰をあけた山内容堂が河原町藩邸に到着したのは、正午をすぎた時刻であった。 待ちくたびれた後藤象二郎が、 「殿、宮中の形勢は重大でございます。たたちに御参内のほどを」 「ばかな ! 余はここで一杯やる。おまえもっきあえ。飲めぬロではあるまい」 「私は昨夜より今朝にかけて、三度宮中にまいり、 越前、尾張の二侯と対談し、また諸藩邸をまわっ て、重臣たちを説きました。すべて、わが藩と同論でございます」 「ふふ、薩摩も同論と申すか ? 」 「つまり、敵は薩摩だけでございます。殿が参内なされて一気に押し切れば、薩摩の陰謀は木っ葉微 じん 「では、なおさら、いそぐことはない。飲め ! 」 「薩摩の大久保は宮中に入って岩倉、中御門両卿と協力し、西郷は外にあり、三千の兵力をもって御 「河原町でお待ちすることになっております。実は、島津侯もすでに御参内 : : : 」 「あの小僧に何ができる ? おやじの久光が大芋なら、あいつはただの小芋だ。余が腰をあげないか ぎり、御前会議の幕もあがらぬわい」 「お言葉のとおり、諸侯の望み、宮中の望み、天下の望みは、すべて殿の上にかかっております。も いや、そろそろ、お腰を上けてもよろしい時刻かと存じまする」 49 第三章小御所会議

3. 西郷隆盛 第16巻

会津番所が薩摩の兵士に取りまかれたのは、それから二十分もたたなかった。猪狩には、あっとい う間の出来事に思われた。藩旗がひるがえり、銃剣がひらめき、少年鼓笛隊が奏楽し、士官たちの白 と赤の飾り毛が雪をはねかえす。いつのまに出兵を準備したのか。神速とはこのことであろう。 やがて、唐御門の扉がとざされ、銃剣をつけた薩兵が守衛に立って、御所への出入りの道を断ち切 組頭の小池勝吉がとんで帰ってきた。 いどころごもん 「御台所御門も日の御門も薩摩にやられた。乾御門には砲兵隊が進出している。悪謀公卿の家元岩倉、 なかみかど 中御門両卿も参内した。 ・ : 実に容易ならざる陰謀だ」 「おお、向うから来るのは芸州兵ではありませんか。薩摩だけではなかったのですな」 「どうもわからん。蛤御門の本隊には、藩公から何のお指図もないという」 「このまま手をこまぬいていていいのでしようか。唐御門警衛はわが藩の責任です」 「しかし、この人数ではな」 二十名たらずの会津番所の番士に対して、薩摩兵は百人以上、しかも洋式の完全武装であった。 小池勝吉は歯ぎしりして、 「どうやら薩摩にしてやられた。容易ならぬことだ。まことに容易ならぬ : : : 」 「私は動きませぬ。ここを死場所ときめました」 「おたがいに会津武士だ。このままひきさがると思っているのか、薩摩の芋侍どもめ ! 」

4. 西郷隆盛 第16巻

岩倉邸の広間は、たけり立った浪士たちでわきかえっていた。 「尾州の丹羽のやっ、出兵の時刻をまちがえるとは、何というあわて者だ」 「いや、明らかな裏切りだ。御三家ともあれば、勤皇はロにしても、幕府が大切。きっと二条城と通 謀しているにちがいない」 「ここまで来て大事が破れるとは ! 」 「戦争だ、戦争だ ! 」 「おい、おれの刀はどこだ ? こうなれば斬って斬りまくり、みごと死んでみせるそ」 「幸いにこの屋敷は御所に近い。まことにいい死場所を得た」 太刀の目釘をしめす者、槍をとって玄関の方にかけ出して行く者、銃を抱いてうずくまる者ーーオ でに戦争がはしまったようなぎであった。 しろはふたえ わせ 岩倉具視が静かにはいって来た。白羽二重の袷に錦の袴をはいているが、頭は丸い入道姿である。 うしろに、朱塗りの酒桶を両手にさげた西川与三と酒の肴の膳をささげた侍女三人が従っていた。 「やあ、諸君、ます飲んでいただこう」 公卿らしくない大声で、「尾張の出兵で、とんだことになったようたが、また事が終ったわけではな : 成敗は天なり、死生は命なりという言葉もある。いやしくも天に恥じざる心をもって、地に 恥じざる事を謀ったわれわれである。ここで死んでも、思いのこすことはない」 さかおけ さかな

5. 西郷隆盛 第16巻

きまったそうではないか。だれがきめた ? ・余は病後の身だ。大阪で休息したかった。だが、も し一日おくれたら、薩摩のひとり舞台だ。無理をしてかけつけたのだそ」 「おかげで、間にあいました。天下のためにも、御安着を心からお祝い申しあげます」 んだ 「ばかな ! 余の入京は薩摩の膳立てした御前会議に間にあうためではない。たたきつぶすため 「はつ、おそれいります。私どもといたしましては、大久保、西郷が五日と申すのを八日にのばし、 ただやす さらに中山忠能卿を動かして九日にのばしたのでございます。とても、これ以上は 「延ばせぬとわかったら、なぜたたきつぶさぬ ? その力がおまえにも後藤象二郎にもなかった。 ・ : ふふふ、余はいい家来をもったものだ」 「おそれいります」 「薩摩の陰謀を読めぬおまえらではあるまい。島津の腹には、名を王政復古にかり、武力をもって天 下に号令せんとする野望以外に何物もない。 : 今日の宮中会議の議題は何だ ? 」 「はつ、明日の御所の警衛計画、三条、岩倉卿以下の復職と毛利侯父子の赦免と承りました。詳細は いずれ後藤象二郎が御報告申上げるはず : : : 」 「聞くまでもない。聞きたくもないぞ。酒だ。酒が冷えた。この寒空に、余に冷酒をすすめるつもり 小姓も侍女もふるえ上がっている。 福岡は平伏したまま、顔をあげることができなかった。うつかり言葉をかえしたら、冷えた酒を頭

6. 西郷隆盛 第16巻

大久保は顔をあげて、 しん 「岩倉卿も三条卿もお公卿さんだ。強そうに見えても、芯は弱、。 そばにひきつけて、手綱をしめて つばり出して来い ! 」 おかぬことには、どこにとんで行くかもしれぬ。岩下、首に縄をつけても、引 そのころ、西郷吉之助は藩邸の一室で、長州の井上聞多の訪問をうけていた。 「わが藩の軍議の結論です。御一見下さい」 井上は一通の書面をさし出した。鳥羽、伏見の線を突破された場合の対策であった。 「御所警衛中の長州軍は、御遷座が決定したら、ただちに供奉すること。 西之宮を守る三藩の兵は、有馬より丹波方面に引き揚げる。 伏見警衛の長州兵は、ひとまず天竜寺へ退却集合する。 高野山の鷲尾隆聚の兵はすみやかに大和より宇治、伏見に至り、薩長軍に協力する。 ていはく 兵庫碇泊の軍艦は至急西に退避させること」 すべて最悪の場合を予想した敗戦対策であった。 事態はそこまで切迫している。緒戦の敗北を覚悟することなしには戦えない一戦であった。 吉之助は書面を井上にかえして、 「私としては異論はない。御幼少の天子に、後醍醐天皇にもまさる御苦労をおかけするのは、臣下と あんぐう ふがい してまことに腑甲斐ないことであるが、いずれ行宮の地から討幕の詔勅を発すれば、必す回復の機が ぐぶ なわ 164

7. 西郷隆盛 第16巻

ランス式軍装の一隊が出没しているのを見た。しらべてみると、幕府歩兵奉行竹中丹後守の手の者ら しいという。 竹中はまだ大阪城にいるはずだ。その部隊の一部が伏見に姿を現したとなれば、ただご とではない。 大山巌は馳せかえって、西郷吉之助に報告し、 「大徳寺の砲隊をただちに出動させようと思いますが、いかがでしよう」 大山の砲隊の一部は紫野大徳寺に屯営していた。 「あわてない方がよかろう」 吉之助は答えた。「伏見には、中原猶介の第一砲隊をやってある」 「はあ、そのほかに長州兵も土佐兵もいました。しかし、土佐は全く当てになりません」 「おまえの砲隊は御所を守るために残してある。万一、伏見口が突破されたら、乾御門を守って応戦 : この方 し、そのあいだに、おそれ多いが、陛下を丹波路から山陰方面にお落し奉らねばならぬ。 が重大事だ」 「伏見ロは突破されるでしようか ? 」 「幕軍は一万五千。わが軍は五千と号しているが、おまえも知ってのとおり、使える兵は薩長合せて 二千五百はあるまい。芸州も土佐も当てにならぬ。伊地知正治も、それで苦労している。・ : : 伊地知 に会って、指揮をあおぐがよい。伏見に行けとは言わぬだろう」 かんたん その翌日の今日である。吉之助にとっては、うつかり酔っぱらってはおれぬ元旦であった。 大久保利通が藩邸に姿を現したのは、夜に入ってからであった。彼は朝賀の席で吉之助と別れた後、 馬 3 第七章逆 流

8. 西郷隆盛 第16巻

吉之助は公家門から入って、御所の庭の雪をふみ、非蔵人口まで行った。 岩下方平は待ちかねて、じりじりしていた。 「どうもいかん。このままで評決ということになったら、慶喜は参内、会津、桑名は御赦免というこ とになってしまう」 とうしたらいいのか。岩倉卿はあ 青ざめた唇で会議の模様を報告して、「大久保も策がっきた形だ。。 んたの意見を聞きたいと言っている」 吉之助は会議の経過について、二つ三つ質問した。しばらく考えていたが、 「岩倉卿に申上げてくれ。正論を守ってよくがんばってくださった、薩摩軍は健在だ、土佐軍はまだ 配置についていない、夜明けまでには長州軍も入京するであろうと : 「そ、それだけか ? 」 この機を逸したら、皇運挽回の望みは去る、弁論の時はす議 「ここまで来たら、もはや策も略もない 所 ぎた。事を決するには短刀一本あれば足る。 そうお伝えしろ ! 」 ゆっくりと背中を向け、庭の雪の中にゆるぎ出て行った。その後姿が、岩下方平には、いつもの二 倍ほどの大きさに感じられた。雪に反射する篝火のせいだけではなかった。 岩下は公卿の控えの間にひきかえして、岩倉具視をさがし、西郷の言葉を伝えた。岩倉は中御門経第 すしさかな 之とともに、賜餐の折詰めの鮓を肴に盃をなめていたが、その盃をおいて、 しさん ひくろうど はんかい

9. 西郷隆盛 第16巻

吉之助は庭に出て、屋敷の中をひとまわりしてみた。 兵舎になっている長屋の方はひっそりと静まりかえっている。庭の篝火は消してあった。闇の中に くみ、り , もん 粉雪にぬれて大砲がうずくまっているが、警備する砲手たちは無言。表門は固くとざされ、耳門と裏 門から出入りする斥候らしい黒い影も口数がすくない。 ときどき聞える軍馬のいななきが緊張感を高 める。藩邸全体が闇の中で獲物を待つ一頭の猛虎を思わせた。 おもや いわしたまさひら 吉之助は満足して、軍議の開かれる母屋の広間に行った。家老岩下方平、総参謀伊地知正、武器 ゅうすけ 糧食奉行吉井幸輔、砲兵隊司令中原猶介、歩兵一番隊長鈴木武五郎などが集まっていた。大久保利通 の姿は見えない。長州藩を代表して品川弥二郎が出席するはずだが、それもまだであった。 彼らを待っためであろう、茶を飲みながら雑談がはずんでいた。 若い隊長の鈴木武五郎が吉之助の顔を見るなり、末席から進み出て、 「先生、お待ちしていました。お願いがあります」 出 「戦闘は御所のまわりだけでは終らないと思います。蛤御門の会津兵を撃減するのは一小隊もあれば章 十分です。全軍はただちに二条城に向う。二条城攻略の先鋒はぜひともわが第一番隊にお命じくださ第 し」 た方がよいぞ」 かがり・び

10. 西郷隆盛 第16巻

山内容堂の笑い声がひびきわたった。勝ちほこった高笑いであった。 : 小御所の会議でも、 「はつはつは、岩倉卿、な・せだまっておられる。何とか中されたらどうだ ? 余は申しあげた。お公卿さんは政治には不向きだ、建武中興においても、坊城卿の策謀が大事をあや まった。 : お公卿さんのやることはいつも奇妙だ。かの織田信長の没後にも、主殺しの明智光秀に 将軍の位を授けている。道義と名分をわすれた乱臣賊子でも、勝てば将軍になれるのか、勝てば ! 」 そで 公卿の列がざわめき立った。そのざわめきの中から、岩倉具視が立上がった。袖をはらって、帯の あいだに右手を入れ、まっすぐに山内容堂の席につき進んだ。 次の間の後藤象二郎がとびあがった。岩倉の懐中には、大久保の贈った短銃がひそめられているこ とを、彼は知っていた。とび出して行って、容堂を背にして両手をひろげ、 : なにをなさる ! 」 「岩倉卿、な : 岩倉が答えない先に、中山忠能と中御門経之がかけよって、両側から岩倉の腕をかかえた。 負けすに立上がった容堂は春嶽と福岡孝悌におさえられた。三条実美も走りよって来て、両手を肩 しんせき にかけて、おし据えた。三条家と山内家とは近い親戚である。 容堂はおさえられながら、荒れつづけた。 「岩倉卿、そなたも徳川慶喜の勤皇と恭順は認めたはすだ。慶喜人京に賛成したはすた。今に及んで 1 伐とは・ 岩倉はひきすられながらも、 「大軍をひきいて武装上京せよとは申さなかった。皇居警護の兵に対して発砲せよとは言わなかった 174