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検索対象: 西郷隆盛 第16巻
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1. 西郷隆盛 第16巻

したが、慶喜公参内のことについては、一歩もゆずりませぬ」 「それがどうした ? 岩倉入道と大久保が何を申そうと、正論にはさからえぬ。おまえは余の主張を 正論でないと申すか ? 」 「とんでもございませぬ。殿の御発言は彼らにとって一大打撃」 と言って、声をひそめ、「陰謀公卿も薩摩も追いつめられたネズミのように歯をむき出しているだけ でございます」 「はつはつは、うまいことを・甲十こ 「ただし、窮鼠かえって猫をかむ。これ以上追いつめては、ネズミもかみついてくるでございましょ 「余に何をしろと申すのだ ? 」 この問いにまっすぐに答えたら、たいへんなことになる。「余はあやつり人形ではない」というのが さしず 容堂の口癖であり、家臣の指図がましい言葉を聞いたとたんに大暴君になる厄介な殿様だ。そこのけ ほうろく じめを心得なかったために、俸禄のみか命までも失った家臣はすくなくない。 会 後藤象二郎は心得すぎるほど心得ていた。そのおかげで、百五十石から千五百石まで立身すること所 ができたのだ。 章 「申上げることは何もございませぬ。私はただ報告にまいりましたので」 「うるさいな。御前会議が始ることくらい心得ている」 「申しわけないことでございますが、わが藩兵はまだ蛤御門の警備についておりませぬ」 きゅうそ

2. 西郷隆盛 第16巻

第三章小御所会議 ふくおかたかちか 山内容堂は朝から酒盃をはなさなかった。参政の福岡孝悌がいくらすすめても動こうとしない。 「余は病気だ。大病人だ。徳川慶喜も病人だから参内せぬ。余も参内は絶対におことわりだ。こら、 福岡、何をもっともらしい顔をしている。飲め ! 」 つぼ 「殿、尾張と越前はすでに出兵いたしました。わが藩の出兵がおくれれば、岩倉卿と大久保の思う壺。 薩摩のひとり舞台と存じます」 「勝手に踊らせておけ。余は薩摩のつくった田舎芝居の舞台では踊らぬ。象二郎を呼べ。大風呂敷め、 どこへ行った ? 」 「宮中でございます。尾張、越前、芸州の三侯は昨夜より泊りこみで、御老公の御出馬をお待ちかね議 所 「ふふふ、この雪空に、ご苦労なことだ。宮中では、うまい酒も飲めまい。かぜをひかぬようにと申 章 しったえておけ」 第 「殿、あまりおすごしになっては 「はつはつは、酒歴四十年の余に対して何を申す。飲め、飲め、おまえもかぜをひきたいのか」

3. 西郷隆盛 第16巻

まず、加宮藤三が、 - 」要ノれ・や ~ 、 《うせき 「御邸内に、江戸市中を劫掠し。乱暴狼藉をきわめた浪士が潜伏している。その者どもお引渡しねが ぎ、西郷吉之助殿の指揮下に入り、第二の任務につく。 ・ : 京都の集合所は東寺。 : 万一途中離散 して京都にのぼることのできなかった者は、身命を大切にして、適宜に潜伏し、征東軍が関東にくだ る報を得たら、ただちに合流、朝廷のため御奉公の実をあげてもらいたい ・ : あとで勘定係が軍資 金を分配する。全員、半年くらいの潜伏には十分な金額である」 もちろん、この演説は火の見櫓の上の二人には聞えなかった。 「堤、見取り図は ? 」 「できました」 「すぐに写しをつくり、諸藩にくばる」 「あっ、庄内藩の軍使が表玄関に来たようです」 「どれどれ、あの西洋服の男か。 : 妙な軍使だな」 加宮藤三は大玄関の前で篠崎彦十郎と関太郎に迎えられた。江川塾や勝海舟邸でたびたび会ってい る顔見知りの間柄だ。 談判は前置ぎなしに始った。 とうじ 闇第六章薩邸焼討

4. 西郷隆盛 第16巻

郎に伝えろと : 「はつはつは、だれがだれの血を流すのだ ? 」 へぎれき 「岩倉卿は短刀を世子公にお示しになり、霹靂の手を用いて事を一呼吸の間に決すると申された」 「刺すというのか、わが御老公を ! 」 「御想像におまかせする」 「ふふ、刺せるものなら、刺してみるがよい」 ようちゅう うんぬん 「御老公は大酔しておられる。幼冲の天子云々の不敬言もお吐きになった。 の先例はある。かの大化改新においては、蘇我の入鹿は : : : 」 「岩倉入道がそのようなことを : : : 」 「よほどの御決心と見うけられた、と世子公は申された」 「薩摩だな。岩倉入道をあやつったのは西郷吉之助であろう」 「長州軍もすでに山崎の関門を通過したという報告が入りました。あと数時間で薩摩と合流する。薩 の戦意のすさまじさと水ももらさぬ陣容は御承知のことと思う。これに対して、貴藩の軍兵は何を議 会 所 ためらってか、まだ蛤御門の警備にもついていない」 「それで芸州も薩摩に合流か ! 」 「岩倉卿はわが亡き後のことはよろしく頼むと世子公に申されたとか」 後藤象二郎は立上がった。 「どこへ ? 」 たいかのかいしん いるカ ぎやくしんちゅうりく ・ : 宮中にも逆臣誅戮

5. 西郷隆盛 第16巻

。頼もしい若者だと私は見ている。別室によばせるから、そなたから話して : : : 」 「まわりくどい。容堂に会う ! 」 「先に手を出したら、そなたの負けだ。短気をおこす齢でもなかろう。ます、浅野を呼ぼう。 下、そなたは大久保のそばに行き、後藤象二郎を監視してもらいたい」 「かしこまりました」 藩の重臣たちの控え室にかえってみると、大久保と後藤の議論はまだつづいていた。後藤は慶喜参 内を主張し、大久保はその必要なしとはねつける。後藤には大久保の主張が武力派の陰謀に見え、大 久保には後藤の議論が幕府擁護の俗論に聞える。原則の対立であるが、今はただの意地のはり合いと しか思えぬほどに話がこじれていた。 岩下方平はただ腕組みをして、二人の必死の論争を聞いているよりほかはなかった。 芸州藩の家老辻将曹が控え室に入って来た。顔色が変っている。何かあったな、と岩下方平も緊張議 所 辻は大久保と後藤の熱つぼい議論にしばらく耳をかたむけていたが、話の切れ目に、後藤に向って、 「ちょっと別室まで。 : ご相談がある」 声がかすれていた。 敏感な後藤象二郎は事の重大さを察したようである。大久保との議論をうち切って、辻のあとにし : 岩

6. 西郷隆盛 第16巻

御簾をとおして、若い天皇の着座されるお姿が見えた。 一同は平伏する。容堂も頭を下げた。 中山忠能が立上がって勅旨を読んだ。 「今より摂関幕府等を廃絶 : : : 仮りに総裁、議定、参与 しん の三職をおかれ : : : 諸事神武創業の始めにもとづき、縉 紳、武弁、堂上、地下の別なく、至当の公議をつくし : 旧来の汚習を洗い、尽忠報国の誠をもって : : : 」 山内容堂は半分も聞いていなかった。どうせ岩倉邸の 奥でつくられた美文だと思っていた。 新たに設けられる三職の中には、議定として自分の名 も連なっているが、そんなものを今さらありがたがって たまるものかー 「近年物価、格別騰貴 : : : 富者はますます富を重ね、貧議 会 ひっきよう ・ : 畢竟政令不正より致すとこ所 者はますます窘急に至り : ちぼうえんしぎきゅうへい ろ : : : 百事御一新の折りから : : : 知謀遠識救弊の策これ そうろう 章・ あり候者は、たれかれとなく申出ずべきこと」 イ忠能の朗読が終ると同時に、容堂は膝を乗り出した。第・ 「山内容堂、意見を申し上ける」 しん きん

7. 西郷隆盛 第16巻

「えい、気色がわるい。休め、三条家て休息た」 三条家は山内家の親戚にあたる。その裏殿で小憩しているあいだに、福岡孝悌は丹瓢の酒をつめか えさせられた。 てらだてんせ人 清和院御門からはいって、蛤御門内の大榎のあたりまで進んだ時、留守居役の寺田典膳がかけつけ て来て、公家門が閉鎖されているから、開門の手続きの終るまでお待ちを願いたいと告げた。 容堂はどなった。 「かまわぬ。乗打ちせよ ! 」 「はつ、〈フしばらく。 : 御所でござりますれば : 行列はとまっていた。 「象二郎、まごまごするな。公家門はわが藩の警衛と申したではないか。山内容堂が通れぬはすはな 「はつ、そのようにいたします」 薩摩の藩兵がっきつける銃ロのあいだを、行列は進んで行った。 会 所 山内容堂が小御所西口の縁側から参入したのは、午後の四時であった。なんのつもりか、駕籠の中章 たび で足袋をぬぎ、はだしになっていた。縁に上がる時に太刀だけを侍臣にわたすのが慣例であるが、こ第 そばものがしらそぶえ の日の容堂は梨地金紋の短刀まではずして、側物頭の祖父江久作にわたし、丸腰になってしまった。 えのき

8. 西郷隆盛 第16巻

燃えたぜ。みごとな火柱だった」 「しかし、もう消えた」 「それでいいのさ。大きなのろし火だ。江戸中に見えた。やがて、煙と天は大阪にも、京都にも : ・ 日本全国にひろがる」 「おだてるな。 : すんでしまえば、子供の火遊びみたいなものだ。 : 二の丸にしのびこんで、畳 をひっぺがし、焼け玉をしかけて来ただけのこと。 : おれは斬り死を覚悟していたが : ・ 「だれにも見つからなかったとは運がいいぜ」 ちょうちん 「見つかった、見廻りの夜警にな。 : : : 提灯をつきつけて何者だとぬかしたから、返事のかわりに短 銃を鼻先にひらめかせてやったら、横っとびにすっとんで、それつきり、ニャンとも言わぬ。あれが 江戸城の夜警なら、幕府もおしまいだ。夜警まで腐りはてて、猫の役にも立たぬ。 : 老中どもは、 失火だともみ消してしまうだろうな。こんなことなら、たしかに薩邸浪士の放火でござると落し文で もして来るのだった。ばかばかしい ! 」 「いやいや、いくらもみ消しても、煙はのこる。噂は町にひろがっている。町奉行所も庄内藩も動き 出した。 いま、三田屋敷に顔を出してきたが、篠崎彦十郎も柴山良介も、おれの手をにぎって、 伊牟田尚平によろしくと言った。三田屋敷が攻撃されるのも、ここ一両日中だ、戦争は江戸から始る、 それも伊牟田のおかげだと : 「くそおもしろくもない ! 」 伊牟田は犬歯をむき出して、 117 第五章怪 火

9. 西郷隆盛 第16巻

所を固める勢いでございます。わが藩の分担の公家門もおさえられました。このままでは、おそらく 慶喜公の参内もくいとめられ、戦乱は今タ中にも勃発いたすでございましよう」 らいさんよう 容堂は腰をさぐって、朱塗りの瓢箪を取出し、後藤の前に投げ出した。頼山陽の遺品とったえられ る愛用の丹瓢であった。 「象二郎、酒をいれろ ! 」 けんびし 「酒は剣菱。用意してあるな」 「ございますこ 「御所には酒らしい酒もなかろう。剣菱をつめて参内する」 「かしこまりました」 行列はやっと出発した。随員は後藤象二郎、神山左多衛、福岡孝悌。家老深尾鼎のひきいる別撰隊 一個小隊が警護した。 河原町から寺町通りにさしかかった時、臼砲をひいた洋式装備の一隊に行きあった。藩旗はかかげ ていないが、薩摩らしい。土佐老公の参内と見てとったのか、道をゆずって東の溝ぎわに停止したが、 臼砲の砲ロは容堂の駕籠に向いていた。土佐の隊士たちはあわてて駕籠のまわりに集まった。 「なにごとだ ? 」 「いえ、何でもございませぬ」 家老の深尾は答えたが、駕籠の中の容堂は事情を察したようである。歯ぎしりとうなり声が聞えた。 たんびよう かご ひょうたん ぼつばっ かなえ みそ

10. 西郷隆盛 第16巻

岩倉邸の広間は、たけり立った浪士たちでわきかえっていた。 「尾州の丹羽のやっ、出兵の時刻をまちがえるとは、何というあわて者だ」 「いや、明らかな裏切りだ。御三家ともあれば、勤皇はロにしても、幕府が大切。きっと二条城と通 謀しているにちがいない」 「ここまで来て大事が破れるとは ! 」 「戦争だ、戦争だ ! 」 「おい、おれの刀はどこだ ? こうなれば斬って斬りまくり、みごと死んでみせるそ」 「幸いにこの屋敷は御所に近い。まことにいい死場所を得た」 太刀の目釘をしめす者、槍をとって玄関の方にかけ出して行く者、銃を抱いてうずくまる者ーーオ でに戦争がはしまったようなぎであった。 しろはふたえ わせ 岩倉具視が静かにはいって来た。白羽二重の袷に錦の袴をはいているが、頭は丸い入道姿である。 うしろに、朱塗りの酒桶を両手にさげた西川与三と酒の肴の膳をささげた侍女三人が従っていた。 「やあ、諸君、ます飲んでいただこう」 公卿らしくない大声で、「尾張の出兵で、とんだことになったようたが、また事が終ったわけではな : 成敗は天なり、死生は命なりという言葉もある。いやしくも天に恥じざる心をもって、地に 恥じざる事を謀ったわれわれである。ここで死んでも、思いのこすことはない」 さかおけ さかな