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検索対象: 西郷隆盛 第16巻
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1. 西郷隆盛 第16巻

ランス式軍装の一隊が出没しているのを見た。しらべてみると、幕府歩兵奉行竹中丹後守の手の者ら しいという。 竹中はまだ大阪城にいるはずだ。その部隊の一部が伏見に姿を現したとなれば、ただご とではない。 大山巌は馳せかえって、西郷吉之助に報告し、 「大徳寺の砲隊をただちに出動させようと思いますが、いかがでしよう」 大山の砲隊の一部は紫野大徳寺に屯営していた。 「あわてない方がよかろう」 吉之助は答えた。「伏見には、中原猶介の第一砲隊をやってある」 「はあ、そのほかに長州兵も土佐兵もいました。しかし、土佐は全く当てになりません」 「おまえの砲隊は御所を守るために残してある。万一、伏見口が突破されたら、乾御門を守って応戦 : この方 し、そのあいだに、おそれ多いが、陛下を丹波路から山陰方面にお落し奉らねばならぬ。 が重大事だ」 「伏見ロは突破されるでしようか ? 」 「幕軍は一万五千。わが軍は五千と号しているが、おまえも知ってのとおり、使える兵は薩長合せて 二千五百はあるまい。芸州も土佐も当てにならぬ。伊地知正治も、それで苦労している。・ : : 伊地知 に会って、指揮をあおぐがよい。伏見に行けとは言わぬだろう」 かんたん その翌日の今日である。吉之助にとっては、うつかり酔っぱらってはおれぬ元旦であった。 大久保利通が藩邸に姿を現したのは、夜に入ってからであった。彼は朝賀の席で吉之助と別れた後、 馬 3 第七章逆 流

2. 西郷隆盛 第16巻

盃の包囲攻撃をうけた。相国寺に滞陣中の長州軍の幹部たちもやって来た。みんな元気がよかった。 吉之助としては、酔ってはならぬ新年であったが、さされた盃はうけねばならなかった。 若い隊長たちの話題の中心は、大阪城の徳川慶喜がいつ出撃上京して来るかであった。慶喜には、 それほどの決断も勇気もなかろうと言う者が多かった。 「しかし、土佐の動きが怪しい。土佐はひそかに大阪城と連絡して、薩摩と長州を孤立させようと企 てている」 と、憤慨する者もあった。慶喜上京が実現したら、まっ先に裏切るのは土佐であろう。 長州の井上聞多が傷だらけの顔を真っ赤にして、 「それも結構。もし山内容堂が裏切ったら、徳川八百万石に加えて土佐二十三万石をちょうだいする だけだ」 と、どなったので大笑いになった。新年らしい大言壮語だ。 吉之助も笑ったが、何も言わなかった。慶喜が提出した『挙正退奸』の上表は、岩倉具視がにぎり つぶしているので、慶喜の真意は吉之助にもわからない。しかし、昨三十日の午後、幕兵の一部が伏 見に到着して、怪しい動きを見せはじめたという報告は、大山巌から受けとっていた。 二十七歳になった大山巌は軍賦役見習に昇進して、二番砲隊長に任命されていた。大晦日の朝、兵 ていはく 庫碇泊中の春日丸に赴任する友人を送って伏見まで出かけたのであるが、伏見奉行所のまわりに、フ おおみそか 152

3. 西郷隆盛 第16巻

さんけい なりあきら 賀茂の社に参詣し、はるかに斉彬公の霊を拝した。つづいて、大久保利通、岩下方平とともに藩主島 津忠義にしたがって、御所の朝賀の式に参列して、御簾の中の新帝のお姿を拝し、その帰りを三条実 美邸にまわった。 三条実美は暮の二十七日に九州から帰って来たばかりである。西郷信吾と大山巌が春日丸に乗組ん で、太宰府まで迎えに行った。 かえらじと思い定めし家路にも かえるは君のめぐみなりけり り・ゅ要ノみ、よノ 入洛参内は五年ぶりであった。追放と流寓のあいだに、 この青年公卿も三十一歳の壮齢に成長して 潔癖な三条実美はかねて岩倉具視の老獪をにくみ、奸物として敵視していたので、二人の仲を懸念 する者もあったが、四十三歳の岩倉は、帰京の翌日、進んで三条邸を訪ねて、実美の無事入京を祝 0 流 ひがしくみちとみ さねおみ た。同じ席に、正親町実愛、東久世通橲、西郷吉之助のほかに、長州から随行して来た広沢真臣と井 もんた 逆 上聞多もいて、この和解を喜んだ。 時局の切迫は、すべてのこだわりを洗い流して、二人の仇敵を握手させたのだ。人物の不足になや章 第 んでいた朝廷は、三条以下五卿の帰還によって大きく補強されたわけである。 三条邸の年賀を終って藩邸にかえって来た吉之助は、待ちかまえていた諸隊の若い隊長から屠蘇の じゅらく みす

4. 西郷隆盛 第16巻

九鬼は紀伊半島の端にある小さな港だ。江戸の騒ぎがここまで伝わっているとは考えられないが、 いずれ敵地と覚悟しなければならぬ。副艦長の伊地知八郎は上陸する乗組員たちに薩摩の船だとさと られるような言動は一切っつしむように厳命した。 「ここまで来れば、兵庫港までは一昼夜だが、修理に手間がかかりそうだ。機関もやられている。正 月はこの港ですごすものと思ってもらいたい」 気の短い伊牟田尚平が、 「正月というのは松の内三日のことか、それとも月いつ。よ、 「どっちとも言えぬ」 「とても待てぬ。京都では、もう戦争になっているかもしれん。一刻も早くかけつけねば・ 「おはん、全く元気だな」 「知れたこと。平素のきたえ方がちがうわい」 たしかに伊牟田は元気であった。相楽総三も水原二郎も海には弱く、船底に寝たまま半死半生の態 であったが、伊牟田だけは、山伏の修業をしている上に、島流しの経験もあり、日本全国をとび歩い て旅なれているというのか、嵐にも波にも負けず、船員たちをどなりつけて、ここまでたどりついた。驪 「とにかく、おまえは船の修理をいそげ。おれは陸に上がって対策を考える」 章 伊牟田は相楽、水原以下の浪士隊をひきつれて港の船宿に行き、久しぶりの畳の上で、飯を食い 酒飲んだ。 伊牟田は主張した。 ごロ

5. 西郷隆盛 第16巻

伊東が言った。 「まだ使ったことのないアメリカ軽砲が四門あります。接近すれば、役に立つでしよう」 「相楽、同志を集めろ。斬りこむそ ! 合一言葉は仁と義 ! 」 決死隊命令が全艦に伝えられた。歓声があがる。瀕死の翔鳳は息をふきかえしたように見えた。う ずまくタ闇の中で身ぶるいして船首を回天に向けた。 逆襲に気がついて回天が急停止した瞬間、翔鳳のアメリカ軽砲が火を吹いた。四門の軽砲は発射と 同時に破裂してしまったが、そのうちの二弾が命中して、回天は大混乱におちいった。 斬り込み隊を避けて急回転したので、犬が猫に追われて逃げ出した形になった。そのすきに、翔脣 は艦首を伊豆半島に向けた。 海上はすでに夜の色で、百メートルはなれると、たがいに艦影を見定めることができない。 品川冲の海戦で大損傷をうけた翔鳳丸が、糸州熊野浦の九鬼港に着いたのは、十二月二十九日の夜 であった。焼討の日から五日目である。 藩旗もかかげず、船印もない、 ぼろぼろの船になっていた。回天丸の砲弾を二十発以上もうけた上 、三日つづきの暴風に巻きこまれ、八丈島沖までおし流された。船腹にあけられた穴は伊豆の子浦 で応急の手当をしたが、速力はわすかに六ノット、もともと横波に弱い船だったので、沈没しなかっ たのが、ただ不思議である。 ひんし 144

6. 西郷隆盛 第16巻

回天はさかんに撃ってくる。幸いに命中弾はなかった。黒煙をはいているが、蒸気がまだ十分でな いらしく、すぐには追跡して来なかった。成臨の方は最初の一発だけで、あとは亞になってしまった。 うつかり撃てば、翔鳳をとび越えて同士討ちになる。おまけに汽罐修理中のいざり船で、動こうにも 動けない 翔鳳は敵艦のあいだをすりぬけて、無事脱出かと思えたが、安心するのは早すぎた。神奈川沖にさ しかからぬ先に、追いぬかれた。回天は排水量七百トン、四百馬力。すべて翔鳳の二倍以上だ。備砲 「回天は四百馬力だ。ぐすぐずしていると、退路をふさがれて撃沈されてしまう」 よいよ、はさみ討ちである。 成臨丸も撃ちはじめた。い 相楽総三が言った。 「艦長、出航してくたさい」 「出てもよろしいと申されるか ? 」 相楽は海上を指さして、 「他の二艘はもうひきかえしています。まにあわなかったら、海上を神奈川、横須賀方面に落ちのび るように打ちあわせてあるのです」 「いさ 1J よいことだ。 : とにかく、この場を切りぬけましよう」 翔鳳は動き出した。 142

7. 西郷隆盛 第16巻

「あとの二艘は、ひどくおくれていますな。まにあえばよいが」 はしけふね まにあわぬかもしれぬ。海軍所の太鼓は鳴りつづけている。御浜御殿の方から、何艘かの艀舟が出 てきて、回天丸に近づいて行くのが見えた。 伊地知八郎は伊牟田の手から望遠鏡をうばって、その方を偵察していたが 「艦長旗を立てている。艦長が乗りこんだら、砲撃がはじまるそ」 「やあ、相楽総三だ ! 」 伊牟田がうれしそうに叫んだ。 「水原二郎もいる。 : みな、うまくやったな」 げんそく 浪士団を乗せた漁船がやっと翔鳳丸の舷側についた。歓声があがった。舷梯をかけの・ほって来る浪 士たちの顔は煤と硝煙で真っ黒であった。着物の胸や袴のすそを血でよごしているものもいる。相楽 総三と水原二郎は負傷者を送り上けて、最後に梯子をのぼって来た。 伊牟田尚平は二人の手をとり、肩をたたいて、何か言おうとするのだが、言葉が見つからぬ。その 時、砲声がとどろきわたった。回天丸が撃ちはじめた。 第一弾は翔鳳丸のマストをはるかにとび越えて、御殿山の沖合に落ちた。第二弾は照準が低すぎて、邸 回天丸に近づく幕府側の艀舟のすぐそばに落ち、一丈あまりも海水をはねあげた。 章 「ふふ、あいつら、自分の艦長を殺すつもりか」 第 伊地知は笑ったが、「伊牟田さん、残念たが、あとの二艘を待つわけにはいかん」 「そんな、ばかなことが : すす げんてい

8. 西郷隆盛 第16巻

「碇をあげろ ! 」 副艦長の伊地知が命令した。回天丸が碇をあげはじめたことに気がついたからだ。成臨丸は動けな いが、砲ロだけはこちらに向けている。まもなく撃って来ると覚悟しなければならぬ。 三艘の漁船のうち一艘だけが近づいて来た。三十人あまり、こ。ほれ落ちそうに乗りこんでいるが、 同じような軍装をしているので、脱出者の顔は判別がっかぬ。 伊牟田がつぶやいた。 ・負傷者もいるらしい」 「どいつも真っ黒な顔をしている。 そう オ冫いま火を入れたのでは、蒸気があがるまでには一時間はかかる。そのうちに日も暮れよう」 伊牟田は陸の方に目をやって、 : まさか皆殺しなどということは : 「それにしても、おそいな。無事に脱出できたかどうか。 「待て、待て」 「待ちすぎた ! 」 「いや、その望遠鏡を貸せ。鮫洲の浜から小舟が出たようだ」 「来たか 伊牟田は伊地知に渡さす、自分で望遠鏡をのそきこんで、「二隻 : : : 三隻だ。 : : : 味方だそ ! 」 と、おどり上がった。 凵 0

9. 西郷隆盛 第16巻

「幕艦の乗組員はまだ陸にいるというわけか。奇妙 焼討がはじまって、もう六時間以上がすぎ、そろ そろ日暮だというのに、乗船の太鼓が鳴りつづけて いるところを見ると、幕府の陸軍と海軍は全く連絡 かんりん ~ る がなかったということになる。幕艦回天丸と成臨丸 は、翔鳳丸を前後からはさんで、ほんの二、三百メ ートルの近距離に碇泊していた。これでは脱出組が 、、乗りこんで来ても、無事出航の望みはなさそうだ。し かし、海軍所の太鼓が乗組員を呼び集めているのは、 敵の戦闘準備はまだととのっていない証拠である。 「咸臨丸は修理中で、汽罐を取りはずしてある。 ざり船だよ」 伊地知副艦長は笑った。「動けるのは回天丸だけ邸 だが、艦長は陸しているらしい。御浜御殿で評定 中というところかな。せいぜい小田原評定をやって六 もらいたいものだ」 、オ「おい、回天が煙をはきはじめたそ」 かいてんまる 一口

10. 西郷隆盛 第16巻

品川御台場の近くに碇泊している翔鳳丸の甲板で、伊牟田尚平は望遠鏡を手からはなさす、陸の方 をにらみつづけていた。 三田屋敷はまだ燃えている。朝の七時ころに聞えはじめた砲声は二時間たらすでおさまったが、火 の手はそのころからはげしくなった。次第に品川方面に飛び火して行く。おそらく浪士団が脱出した ために、戦場が西に移り、その兵火または放火が煙を吹きあげているのであろう。土蔵相模で名高い ゅ第丿か ~ ~ 、ない 品川の遊廓街と思える一角も燃えはじめた。 すす 副艦長の伊地知八郎が船橋をの・ほって来た。油と煤で顔と両手を真っ黒にしていた。 「さて、どうやら汽罐の蒸気もあがったし、大砲の用意もととのったが、どういうことになるのかな あ。艦長はまだ帰って来ないし : : : 」 艦長の白石弥右衛門は昨夜上陸して三田屋敷にとまり、脱出できす、留守添役柴山良介、目付役児 玉雄一郎などとともに捕えられたのであるが、それは伊地知も伊牟田も知らぬことだ。篠崎彦十郎と 関太郎の戦死も、もちろん知らなかった。 「また太鼓だ」 伊牟田は幕府海軍所のある御浜御殿の方向をいまいましげににらみながら、「気色のわるい葬式太 鼓め」 「あれは、上陸中の者は至急乗船せよという合図ですが : : : 」 きかん ていはく [ 38