御所 - みる会図書館


検索対象: 西郷隆盛 第16巻
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1. 西郷隆盛 第16巻

気がついて、サトーは日本語でたずねてみた。 「将軍はなぜ京都から退却したのですか ? ・」 歩兵頭は憤然として、 「退却ではない。御所のまわりで銃火をまじえて、天皇の玉体に万一のことがあっては不となる。 将軍はそれを心配されたのだ」 「将軍は御所を守るのが任務でしよう。その任務、放棄することは、忠義ではありませんね」 「いや、ちがう」 窪田はくやしそうに弁解した。 「御所の警備をやめたのは、天皇の御命令だ」 「勅命ですか。勅命なら仕方ないですね。しかし、あなたたちは薩摩と戦うのでしよう。もし戦わな かったら、勇気ありませんね」 「そう、われわれ家臣たるものは、あくまで将軍を守る。大阪城を死守して、薩摩の陰謀を粉砕して ごらんに入れる ! 」 ラッパがなりひびき、太妓の音が聞えた。日本人たちはみな土下座した。急にあたりが静かになつ大 あおい た。橋の向うの道を、騎馬の一隊が近づいて来た。徳川慶喜の行列であった。慶喜は三つ葉葵の紋章雨 のある陣笠で顔をかくすようにして馬上にうなだれていた。頬はやつれ、目はもの悲しげであった。章 サトーは、この没落の貴人に対して帽子をぬぎ、頭を下げた。慶喜は気がっかぬ様子で通りすぎた第 いたくらかっしす が、あとにつづいた老中板倉勝静と二人の若年寄は明るい笑顔であいさつをかえした。会津容保と桑

2. 西郷隆盛 第16巻

すでに十時をすぎていた。西郷吉之助の指揮する薩軍が建礼、建春、宜秋の諸門を固め、岩倉具視絽 が衣冠東帯の正装で六年ぶりに参内したという報告は福岡孝悌の手もとにとどいていた。もはや一刻 の猶予もできない。土佐藩の警衛部署は宜秋鬥、南門、蛤御門、その他ということになっている。薩 軍はその中の宜秋門を占領した。やがて長州軍が入京すれ、は、蛤御門を固めるかもしれぬ。大酔した 容堂の相手をしていては、土佐藩は御所の警衛からしめ出されてしまう。 「殿、しばらくお暇を : ・・ : 」 「なに、なんと申した ? 」 「後藤象二郎と打合せのため : : : 」 「飲めー : どうやら眠くなって来たぞ。 : : : 飲めと言うたら飲むのだ ! 」 早くも酔いつぶれた容堂を侍女と小姓にまかせ、福岡孝悌は妙法院をとび出し、河原町藩邸に馬を たにたてき 乗りつけて、谷干城のひきいる大隊に即時出動を命した。独断であるが、致し方ない。後藤象二郎の 方針は、越前、尾張と協力して、二条城の慶喜のために参内の道を開くことである。後藤を助けるた めには、薩摩を牽制する兵力の急派が何よりも必要であった。 させん ふたたび妙法院にひきかえしてみると、山内容堂は目をさまして、お気に入りの参政寺村左膳を相 手に盃をかたむけていた。 「福岡か。長い小便たったな」 「はつ、おそれいります。河原町まで一走りしてまいりました」 「妙法院の抹香くさい便所では、おまえの物には間にあわぬか。 まっこ。 , : 象二郎はどうした ? 」

3. 西郷隆盛 第16巻

会議の席上で眠るかもしれぬぞ。象二郎、おまえは余に目をつぶれと申すのだな」 「とんでもございませぬ。決して、そのような : 「ばかなやつだ。岩倉、大久保ごときにおどかされて、おまえは : 容堂は唇からよだれをたらし、ごろりと横になってしまった。 春嶽が言った。 「後藤、そなたは岩倉卿に会い、今夜の会議は無事にすませたいと土佐も越前も申している、御意見 : と伝えるがよい」 「それでよろしゅうございましようか」 「それがそなたの方針であろう」 「おそれいりました」 「恐るべきは岩倉卿ではない。その背後にいるものだ」 「御明察 ! 」 恐るべきは大久保の・議論でもない。会議に召されながら出席せず、砲兵隊までひきいて御所の門を 固めている西郷吉之助という男だ。この男はおそろしい。容堂がこの上失態を重ねたら、無事に御所 から退出できるかどうか保証のかぎりでない。辻将曹も言ったとおり、土佐の藩兵はまだ蛤御門の守 りにもついていない。たしかに準備不足であった。 後藤は春嶽の前に両手をつき、 「では、そのように取りはからいます。御老公のことはよろしく」

4. 西郷隆盛 第16巻

春嶽は容堂の酔態を横目でながめて、 「この様子では、もう発言もできまい。その方がおたがいに幸いであろう」 73 第三章小御所会議

5. 西郷隆盛 第16巻

具定も立上がって、 「では、私も御所へ」 「ああ、そなたも、しつかりたのむそ。若い岩倉脚よ ! 」 25 第一章まわり舞台

6. 西郷隆盛 第16巻

かたすみ 庫裡の片隅で、夕飯がわりの握り飯をほおばりな がら、伊地知正治が言った。 「西郷のやつは、一族そろって前線に出て討死する つもりでいるのだから、気が楽だ。こっちはうつか り死ぬわけにもいかん。是が非でも勝ち戦さに持っ て行かねばならんのだから、参謀はつらいそ」 「あいつ、また死にいそぎの癖を出したらしいな」 吉井幸輔が苦笑しながら、「昨夜は、砲声の中を伏 見の前線まで、のこのこ出かけて行ったし、今日も 弾丸の下をくぐるつもりだろう。 : 蛤御門の一戦 にも、長州軍の正面にとび出して行って、鉄砲玉を 足にうけ、危く戦死するところだった。しかし、そ こが、あいつのいいところだ」 「岩下方平に聞いた話だが、小御所会議の時にも、 ひくみ あいつ、あぶない橋をわたった。岩下が御所の非蔵 人口に西郷を呼び出して対策をたずねたところ、こ へきれき うなれば霹靂の一手を用いるよりほかはないと岩倉 卿に申上げろと西郷が答えた。山内容堂を刺せとい ) ど

7. 西郷隆盛 第16巻

六番隊と日砲隊をひきいて鳥羽方面を救援してくれ。本営は東寺だ」 「それだけで間にあうかな」 「それだけしか出せぬのだ」 伊地知は隻眼を怪しく光らせて、「敵は京都の中にもいる。長州以外の諸藩は敵方にまわらぬまでも 味方にはなってくれまい」 「何とか開戦を避ける方法はよ、 吉井幸輔が言った。「慶喜の真意がわからぬ。これほど早く反撃して来ようとは思わなかった」 伊地知が答えた。 「うまく、先手を取られてしまった。伏見でくいとめることができれば幸いたが、 は、宮門までひきしりそき、敵に発砲させる手がある」 「それはならぬ ! 」 吉之助が重い声でいった。「御所を兵火にさらして、なんのための宮門警護だ ! 」 見 「それもそうだな。よし、なんとかして鳥羽、伏見の両街道で食いとめよう」 伏 出動命令が発せられ、部隊は出発しはじめた。兵力の半分は御所のまわりに残しておかねばならぬ羽 ので、苦戦が予想される。軍賦役と隊長たちの表情はくらかった。 日も高くなったころ、吉之助が相国寺門前の下宿に帰って来ると、軍装した信吾と小兵衛が待って 第 「兄さん、行ってまいります」 / し、刀」 : 場合によって

8. 西郷隆盛 第16巻

「えい、気色がわるい。休め、三条家て休息た」 三条家は山内家の親戚にあたる。その裏殿で小憩しているあいだに、福岡孝悌は丹瓢の酒をつめか えさせられた。 てらだてんせ人 清和院御門からはいって、蛤御門内の大榎のあたりまで進んだ時、留守居役の寺田典膳がかけつけ て来て、公家門が閉鎖されているから、開門の手続きの終るまでお待ちを願いたいと告げた。 容堂はどなった。 「かまわぬ。乗打ちせよ ! 」 「はつ、〈フしばらく。 : 御所でござりますれば : 行列はとまっていた。 「象二郎、まごまごするな。公家門はわが藩の警衛と申したではないか。山内容堂が通れぬはすはな 「はつ、そのようにいたします」 薩摩の藩兵がっきつける銃ロのあいだを、行列は進んで行った。 会 所 山内容堂が小御所西口の縁側から参入したのは、午後の四時であった。なんのつもりか、駕籠の中章 たび で足袋をぬぎ、はだしになっていた。縁に上がる時に太刀だけを侍臣にわたすのが慣例であるが、こ第 そばものがしらそぶえ の日の容堂は梨地金紋の短刀まではずして、側物頭の祖父江久作にわたし、丸腰になってしまった。 えのき

9. 西郷隆盛 第16巻

第一章まわり舞台 * * * * 9 第ニ章出陣 第三章小御所会議 第四章雨の大阪城 * 8 第五章隆火 * * * * 第六章薩邸焼討 第七章逆流 * きんき を旗の卷 * * * * 目次 -4

10. 西郷隆盛 第16巻

忠義は次の間の大久保の顔をうかがってから、 「私は岩倉前中将に賛成いたします。慶喜公が辞官と納地のことを実行しないかぎり、王政の基礎は 固まりませぬ」 つづいて、次の間の五藩の重臣たちが口々に発言しはじめたので小御所の中は騒然となった。容堂 と春嶽の意見を支持する声が圧倒的であった。芸州の家老辻将曹までが慶喜参内に賛成したので、反 対は薩摩一藩たけになってしまった。一対四である。 雪の日の日暮は早く、小御所の中はもう夜の色であった。侍従たちが紙燭をはこんできたが、そ の数は少なく、光も隅々まではとどかない。不安と焦燥の影法師が障子の上でのびたりちじんだりす る。 後藤象二郎は、うす闇の中で微笑した。彼にとっては、すべてが計算どおりに進行している。岩倉 と大久保の横車は通らず、薩摩は孤立した。中山忠能は明らかに動揺している。今ひと押しで勝利は 自分のものになる。 おおぎまちさんじようさねなるまでのこうじひろふさ 中山忠能が席をはなれて、正親町三条実愛と万里小路博房の方に行くのが見えた。几帳のかげに額議 所 をあつめて何か私語している。おそらく慶喜参内させようという妥協案の相談であろう。 だしぬけに岩倉具視の大声がひびきわたった。 「中山大納一一一口、御前会議でござるぞ。私語は許されませぬ。みだりに席をはなれるのはもってのほか章 第 忠能はあわてて自席にとひかえった。玉座の方に向って何か申し上げたようであったが、やがて立 B きちょう