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検索対象: 西郷隆盛 第17巻
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1. 西郷隆盛 第17巻

第八章逆 四月も終りに近づいたある日、山県有朋が訪ねて来た。 よいよ京都に帰ることになりましたので、ちょ 0 と御挨に」 「いろいろお世話になりました。い ・ : 実は、私も上京することになっている。太政官に出頭を命じられたのだ」 「ほう、それは。 「召喚ですか」 「そう。江戸のことがいろいろと京都に伝わって、西郷にはまかせておけぬということになったらし 吉之助は苦笑しながら、「たしかに治安は日に日に悪化している。京都が心配するのも無理はない 「状勢の悪化は江戸と関東だけではないようです。越後、米沢方面に会津の兵が押出して来て、北陸 道先鋒軍の手におえなくなったので、至急援軍を送らねばならぬ。あんたの上京も、その話ではあり ませんか ? 」 「どうだかな」 「くわしいことはまだわからぬが、会津、桑名の兵に幕府歩兵隊と水戸藩の脱走兵が加わり、長岡藩 と米沢藩をおどかしたので、一度は帰順した北越十一藩が寝返ったらしいのです」 150

2. 西郷隆盛 第17巻

「京都では、もっとひどいぞ。慶喜びいきの越前春嶽はひ っこんだが、例の後藤象二郎がいるし、肥前の鍋島藩から そえじまたねおみおおくましげのふ は江藤新平、副島種臣、大隈重信などという若僧が押し出 して来て、これが長州の井上馨や伊藤博文などと手をつな ぎ、何やかやとうるさいことだ。薩摩が勢いにまかせて、 横暴をきわめると攻撃する」 「悪評はなるべく薩摩がひきうけることだな。一人が悪者 になれば、万事まるくおさまる」 「いちばん手におえないのは、お公卿さんと宮中の女官ど もだ。無知にして無能、旧態依然、禁令もきかぬし、説得 の方法もない。今度の大阪行幸も旧弊公卿と女官どもの反 対で、あやうく取消しになるところだった。まるで京都が つぶれてしまうような大騒ぎで : : : 」 「腐った旧都はつぶしてしまうつもりではなかったの カ ? 」 「そう、おれは大阪遷都論だった」 大久保はようやく笑って、「今は江戸遷都論だ。新日本の 首都は江戸のほかにない。実は : : : 」と声をひそめて、 117 第六章寛典

3. 西郷隆盛 第17巻

「益次郎、薩摩と長州は別々の場所で戦っているそうではないか。それでよろしいのか ? 」 「かえって結構でしよう。薩軍は黒門ロ、長州軍は団子坂方面から進撃しました。敵は正面と側面を 最強の部隊につかれた形になっておりますから、結着は早いでしよう」 「益次郎、おまえの言う結着というのが、さつばり : 三人の隊長が、ロをそろえて、 「やあ、火だ ! 」 「森がもえるそ ! 」 「結着だ、結着だ ! 」 三条実美は不審顔で、 「何を騒いでいる ? 」 大村益次郎はニャリと笑って、懐中時計をひき出し、 「二時三十分。勝ちましたな」 黒門ロはついに破れた。木柵は砲弾で打ちくだかれ、番小屋は燃えている。薩軍を先頭に、藤堂と けち 囚州の兵が死体と負傷兵を蹴散らして山内になだれこんで来た。 天野八郎は本営に隊長たちを集め、残兵三百を三手にわけて最後の突出を計画していた。何として も、日没まで持ちこたえなければならぬ。 222

4. 西郷隆盛 第17巻

「なるほど、それなら、筋はとおる」 「おうたがいになったのか ? 」 : だが、この際の 「そりゃあ、うたがうよ。伊勢守は軍事総裁のおれに何も言わなかったからな。 ことだ。おれの知らぬことがいろいろ起っても、おかしくはない。難局打開の道をもとめて、みんな 苦しんでいる」 「いちばんお苦しみになっているのは、上様です。本日、お目にかかって、それがわかりました。上 様恭順の真意は、日本の安泰のほかにはありません。上様は自分の命乞いのために私を駿府に派遣す るのではない。討幕の朝命が下った上は、もはや生命はないものと覚悟なされております」 「見事な御心境だ。おれも知っている」 「私は上様恭順の赤心を官軍参謀にったえるために駿府にまいります。だが、大任すぎる。然るべき 人の助言を聞きたいと思い 二、三の重臣に会ってみましたが、いずれも愚物、語るにたりません。 ・先生は胆略ある人物と聞いておりますので、御腹中をうけたまわりたいと思い、ぶしつけをもか えりみず、参上いたしたのであります」 「ははあ、胆と略か。なるほどね」 勝海舟は笑った。庭の花をながめながら、「そんなものは、おれにはないよ。、、 こっちから聞きたいようなものだ」 章 しし考えがあるなら、第 虎

5. 西郷隆盛 第17巻

「えい、くそっ、たたき殺してくれるそ ! 」 酔った飯田竹之助が階段をかけおりて行った。 「待て、飯田、場所がわるい」 そう言いながら、山県も刀をつかんでとび出した。野村三千三もつづいた。いずれも血気の奇兵隊 士だ。 だが、とび出してみると、道路の群集は消えて、タ焼けの中で葉桜だけが風にゆれていた。 「けつ、逃げ足の早いドブネズミどもめ」 飯田は肩で風を切りながら、 「犬の子一匹いないじゃないか」 「赤犬なら、そこにいるそ」 野村が大声で笑ったとたんに、銃声がひびいた。飯田が拳銃をぶつばなしたのだ。もちろん、あた らなかったが、赤犬は悲鳴をあげて、天水桶のかげに逃げこんだ。 「あっはつは、愉快愉快 ! 」 「さあ、これでよかろう。座敷にかえって飲みなおしだ」 酔っぱらった三人が肩をくんで栄喜楼の二階によろめきこむのとほとんど同時に、フランス軍装の 士官が銃隊を従えて乗りこんで来た。 「幕府乳虎隊伍長柴田謙之丞」 職名と名を名乗って、「市中において泥酔発砲とは言語道断。本陣まで御同行ありたい」 おけ 139 第 - し章動

6. 西郷隆盛 第17巻

「しかし、なかなか勇ましいではありませんか」 「会ってやろう。呼んで来い。アームストロング砲のお礼は言ってやらねばなるまい」 「あれで全軍を指揮しているつもりでしようが、前線に出てくるところは、江戸城におさまっている 連中よりもましですな」 江戸城にのこった諸藩の武家参謀と隊長たちは、西の丸の溜りの間に集って、上野と本郷の戦場か ら早馬で注進される戦況報告に一喜一憂していた。三条実美も午前中はしげしげと顔を出していたが、 攻撃がはかどらす、諸藩の死傷者も少なくないことを知ると、眉根を暗くして、有栖川宮と公卿参謀 たちのいる奥の間にひきこもってしまった。 「この調子では、夜に入りそうだな」 「敵は夜まで持ちこたえて突出する作戦にちがいない。江戸中が火の海になるそ」 「江戸城奪還がやつらの望みだ。日が暮れたら、伏兵が八方に蜂起する。海江田参謀、榎本の脱走艦 隊が品月冫、 ーこ近づきつつあるというではないか」 「ばかな、それは誤報だ」 「木梨参謀、彰義隊は日のくれぬうちにかたづけると高言したのは、あんたの藩の大先生でしたな」 「まだ日は高い。あわてることはなかろう」 「大村はどうした ? 」 たま 220

7. 西郷隆盛 第17巻

「余計なお世話だ」 「こいつ、栗のイガみたいなやつだな」 ・ : 江戸の官軍は腐りはてて、もう役に立たぬ。おれは京都から新征討軍を引きっ 「何とでもいえ。 ばんかい れてくる。酔っぱらい隊長や居眠り参謀にまかせておいては、この頽勢は挽回できぬ ! 」 ながちつきょ なべしまかんそう 江藤新平は佐賀藩の勤皇激派で、つい最近まで藩主鍋島閑叟によって永蟄居を命ぜられていた。形 おおきたかまさ 勢の急変により、同志の副島種臣、大木喬任らとともに許されて出京したのが、三条実美の内命をう け、江戸探索のために出張していたのである。 怒り毛を立てた ( リネズミのようなこの男の目には、江戸の状勢と西郷吉之助の方針のすべてが気 に入らないようであった。 江藤を門の外まで送って、益満が部屋にひきかえしてみると、吉之助は床柱の前に横になっていび きをかいていた 「先生、先生、かぜをひきますよ」 ゆりおこすと、目をこすりながら起きあがって、 : お客さんはどうなされた ? 」 「やあ、こりゃあ、どうも。 「火の中の栗みたいにはじき出て行きました。明日は京都にかえって、三条卿に復命すると申しまし 147 第七章動

8. 西郷隆盛 第17巻

益満はタ陽のたまった庭を背にして坐っていたが、山岡の不審顔をながめて、ニャリと笑った。 西郷は礼儀正しい男だ、いつもお辞儀は長い、裏を考えることはない。 「軍事総裁勝海舟の添書を持参いたしました」 山岡は乾いた声で言い、懐中していた封書を西郷の膝の前におしやった。肩がふるえている。 「拝見いたす」 西郷は手紙を読み終ると、静かにとじて、軍服の胸におさめ、 「御令兄は高橋伊勢守殿か。 ・ : 前将軍家御内命の趣旨をうけたまわりましよう、山岡先生」 西郷は十歳下の山岡を先生と呼んだ。からかっているのではない。 山岡はちょっとたじろいだようだが、こだわらなかった。 「西郷先生、まずお聞きいたしたい。 このたびの御征討の趣旨は、事の是非を論ぜす進撃することで 1 しょ , つ、刀 ? 」 いけないそ、と益満は思った。これは詰問である。山岡はいきなり喧嘩をふつかけるつもりか。喧 嘩になったのでは、ここまで来た苦労は水の泡だ。 果して、西郷は答えなかった。だまって山岡を見つめている。どちらも六尺を越えた、三十貫近い 巨漢だ。巨体と巨体のあいだで、すでに火花が散りはじめている。 益満は息がつまりそうになって来た。

9. 西郷隆盛 第17巻

争 戦 野 戦闘が終り、官軍の兵士が江戸城に向って引きあげを開始したころ、江戸の町々も雨の中で静かに章 暮れはじめた。何事もなかったかのような町の表情であった。傷ついたのは上野周辺だけで、無事に十 第 残った大江戸は吹流しの鯉のように、恐怖も憎悪も怨恨も飲みこんで吐き出し、早くもきれいさつば りと忘れ去ったように見えた。 「隊長、それはちがいます。旗本隊もよく戦いました。根本中堂が焼けおちた時には、手負いの者は 火の中にとびこみ、僕の目の前で刺しちがえて死んだ者もありました。決して腰抜けではありません」 「そうか、失言は取消す」 天野八郎は明るく笑って、「旗本隊の生き残りも、ここで待っことにしよう。彰義隊と合せて百人に なったら、出発だ ! 」 新井が、 「天野、どこへ行くつもりだ ? 」 「江戸にひきかえす。会津行きは、そのあとでよかろう」 立上がって、隊士たちを見まわし、「諸君、説をなす一部の者は、彰義隊は法親王を強制し奉ったと いうが、それはちがう。薩長の野心に対して、御自らの意志で戦われたのだ。法親王は御無事だ。東 おんもと 北の地でわれらをお待ちになる。われらはこの江戸で、いまひと働きして、法親王の御許にはせ参じ ようそ ! 」

10. 西郷隆盛 第17巻

「桐野、おまえには、いちばん攻めにくい場所をひきうけてもらうそ。さしあたり、黒門口かな」 桐野はまぶしそうな目つきをしてだまりこんだ。戦争のきらいな男ではない。 海江田は吉之助をにらみつけて、 「勝利は人の和にあることくらいは、おれも知っている。長州の顔を立ててやれというのもわかる。 : しかし、大村は戦略のことは何一つおれたちに知らせない。ただ従えと言っているのた」 「大村には十二分の勝算があるにちがいない。まかせることだ。まかせた以上は、戦略の詳細など聞 く必要はない」 海江田は桐野と顔を見合せていたが、やがて向きなおって、 「全くおかしな人だよ、あんたは。おれたちは大村の福助に従う気はないが、あんたには従うよ」 吉之助は笑った。 「次の参謀会議冫。 こよ、おれも出る。日取りがきまったら、教えてもらおう」 参謀会議は五月十二日に江戸城の大広間で開かれた。会議ぎらいの西郷吉之助も出席し、公卿参謀 も武家参謀もすべて顔をそろえたが、これは会議というよりも、大村益次郎の作戦意見を聞き、その 命令をうけるための集りであった。 大村は江戸の地図をひろげて、舶来の木筆 ( 鉛筆 ) でしるしをつけながら、諸藩の参謀に攻撃の部署 を指示した。 189 第十章霖