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検索対象: 西郷隆盛 第19巻
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1. 西郷隆盛 第19巻

「あれが西郷の本心だ。昨夜も井上に妙なことを言ったが、留守中は厄介なことになりそうだ」 渋沢は驚いて、 「ただの冗談ですよ。薩摩人はよくあんなことを言いたがります」 「いや、冗談の中にも本心はのそく。西郷と板垣のまわりには、田舎者の頑迷固陋者流が集まってい る。不平不満のほかには何の能力も持ち合わせていない連中に、鬼のいぬ間の洗濯を始められたら、 どういうことになるか」 この人にはうつかり冗談も言えぬ、と渋沢栄一は思ったが、ロではさりげなく、 「鬼どもが何をしようと、閣下と井上さんが大蔵省をにぎっているのですから、大丈夫でしよう」 「いや、井上も癖の多すぎる男た。長くはっきあえぬかもしれぬ」 馬車は走り出した。 大隈は執念深くつづけた。 「しかし、条約改正は木戸や大久保だけではどうにもならぬ。あれらに外交のことがわかるはすはな 。今に吠え面かいて帰ってくるそ」 火 「しかし、その時には閣下と井上さんが代って出かけることになっていると聞きましたが・ の 「そういう約東になっているが、果して守られるかどうか。最初から、おれに委せればよかったの海 章 第 「私もそう思っております」 「一番手つ取り早いのは、あの船がひっくりかえってしまうことた。吾輩のは冗談とはちがうそ」 づら

2. 西郷隆盛 第19巻

たが、旅行は気楽たった。行く先々で待たせられるばかりで、暇がありすぎてな。日本に帰って来て、 急にいそがしくなって驚いている」 大久保の現職は、大蔵卿である。当時の大蔵省は内務省の仕事も兼ねた政府中の政府というべき大 官庁で、大隈重信が大久保を代理して万事を取り仕切っていたが、彼と並んで井上馨という難物がい て、これが渋沢栄一を従えて財政の中枢をにぎっているので、大隈の思うようにはならない。しかも、 井上と大商人たちとの不透明極まる関係は司法卿江藤新平の狙うところとなり、数々の醜聞を引き起 し、新聞沙汰にもなったので、大隈はわが身を守るために、井上と渋沢の辞職を見送った。″築地梁 山泊〃が崩壊しただけでなく、国の財政が空白状態になり、各省の暗闘と抗争は今や発火寸前と言っ ても過言ではなかった。 「全く手のつけようがない」 大久保は大きな溜息をついてみせて、 「井上がひっこんだのは政府にとって幸いかもしれぬが、大隈も江藤も癖のつよい男だ。同藩の出身 : 大隈は大蔵省の政務をおれに返すと言っているが、この でありながら、大と猿ほど仲がわるい 有様では受取りようもない。あれやこれやで、病気見舞もおくれたという次第だ」 床の間の大型の置時計が午後の三時を打った。 吉之助は、はっと気がついたように、 202

3. 西郷隆盛 第19巻

ぬしの意見に賛成だ。木戸、大久保、西郷に、財政通の井上が加われば、なんとかなるさ。 巌はもう飲んでいるかもしれぬ」 「こいつ、少しは、おれの気持にもなってくれ」 「だから、飲もうと言っているのだ。さあ、台所に行こう。この家の女中には。 ( リの夜鷹美人よりも 上等の美形がそろっているそ」 豪雨は降りつづいていた。風も衰えをみせない 。旧暦の七月は台風の季節である。 客間では、主人の木戸を中心に、大久保、西郷、井上の会談がつづいていた。論議は主として木戸 と大久保のあいだで行なわれ、西郷は聞き役、井上は調停役という形であったが、問題の重大さが座 敷の空気を重苦しく暑苦しくしていた。台風のせいだけではない。 藩を廃し、領地、兵力、財政、租税の権を朝廷に集中するという原則に異論はない。大久保も山県 も井上も、今日の会談の開かれる前によく動きまわって、互いに意見の調整をはかっている。腰の重県・ 置 い西郷も一度ならず大久保と会い、木戸を訪問した。 藩 - 残っているのは、まず時機と方法の問題、土佐と佐賀、つまり板垣退助と大隈重信に知らせるべき廃 かどうか、岩倉具視と三条実美にもまだ何も話してないが、彼らをつんぼ棧敷においたまま決行して章・ 木戸は進即行論を唱えた。薩摩と長州が手を結んだ上は、やろうと思えば明日にもやれる、ただい ・ : 大山

4. 西郷隆盛 第19巻

かんしやく 井上の額には大きな青筋が浮き上がっていた。彼の癇癪は有名である。このままでは爆発する。 腕組みをほどいて、西郷が言った。 「大久保、やめろ。水滸伝の話を聞きに来たのではない。もっと木戸さんの話を聞かねばならぬ」 今日の木戸孝允の態度には、彼の性格の弱点である愚痴つぼさは現れていなかった。維新前の剣客 志士、現在の長州を代表する政治家の自信と責任感が輝き出ていた。 「まず、この席に岩倉卿をお呼びしなかった理由を申上げる。私はすでに一カ月ほど前に、廃藩につ いて岩倉卿を打診してみた。意外にも、岩倉大納言は反対なされた。少なくとも尚早論であった。あ れほどの達識と気魄の持主が、薩長土肥に気がねなされている。やつばりお公卿さんなのだ」 井上馨がたずねた。 「それはどういう意味だ ? 」 「お公卿さんは徳川三百年間、いや、鎌倉以来七百年間、自力で行動されたことがない。自分で武力 を持ったことがないから、いつも武家の力に頼っていた。今度も雄藩の武力と財力に頼らぬかぎり何 : だから、県 事もなし得ない、と思いこんでおられる。藩をつぶすことは朝廷をつぶすことに見える。 置 岩倉卿をお呼びしなかったのだ」 井上が、 章 「お公卿さんよりも、殿様の方が問題なのではないかな」 木戸はうなずいて、 「そのとおり。薩摩の久光公、土佐の容堂公、どっちも大変な殿様だ。うつかり廃藩などと言い出し

5. 西郷隆盛 第19巻

し、そのためには土佐の板垣と佐賀の大隈を再び参議に登用すべきだ、もちろん大久保にも参議にな蛯 ってもらわねばならぬ、と主張した。 大久保は反対した。木戸の即行論は実は大隈起用のための口実ではないか、と警戒しているのだ。 「井上君の前だが、この際、大隈を起用したのでは、せつかくの官制改革が元の木阿弥になってしま 御承知のとおり、西郷も僕も参議は木戸君一人にすべきだと主張した。木戸君がどうしてもいや だと言うので、西郷に出てもらったのだ。参議を二人だけにしぼって、まだ一月もたっていない。 こでまた参議をふやしたら、朝令暮改、朝廷の威信は地に落ちるどころか政府は八岐の大蛇ならぬ五 頭の蛇となって、互いに噛み合い、呑み合い、自滅してしまう。特に大隈という奸物は : : : 」 井上聲がさえぎって、 「大久保さんも西郷さんも、よほど大隈がおきらいらしいが、奸物というほどの男ではないな。やる ことにちょっと派手すぎる点もあるが、財政と外交の手腕においては、彼の右に出る者はまずない。 ークス公使も大隈には一目おいているほどだ」 大久保が冷たく笑って、 りようさんばく 「井上さん、あんたは梁山泊の仲間だ」 「そのとおり。僕は大隈の隣に住んで、彼の人柄と志はよく知っている。梁山泊というのは、ただの 流賊と暴徒の溜り場ではない。水滸伝では、王家の回復を望な義賊侠盗ということになっている」 「義賊侠盗を自称しても、賊は賊、盗は盗だ」 「これはひどい。僕も泥棒の仲間たと言われるのか」 0 、

6. 西郷隆盛 第19巻

広間でもタ食の膳が配られて、酒が始まっていた。だが、酔っている者はいない。大隈と板垣の起 用が決定して、議論は一応おさまったが、まだ問題が残っていた。 井上は西郷を相手にしゃべっていた。 よいよ発令となったら、お公卿さんは目をま 「まあ、これで話の根本はきまったようなものだが、い わすし、殿様は御立腹なさる。天下大乱の恐れがないとは決して一一一口えない。その責任は : : : 」 西郷はゆっくりと答えた。 : しかし、兵を動かすのには軍費が要る」 「責任は私が持つ。 「そりゃあ、大蔵省の仕事だ。金は私と大隈が引受けましよう」 と答えたが、自信があったわけではない。当時の大蔵省には軍費にまわす金は一文もなかった、と 井上はあとで告白している。 木戸が西郷にたすねた。 「ところで、この間題は一両日中に太政官に持ち出して公卿と殿様たちを説得しなければならぬが、 「えつ、どうして ? 」 「一介の書生になって、フランスに留学したい。肩書は邪魔になる」 「あとで、あとで。 ・ : そんな重大事は酒席では話せぬ」 「いや、ここで聞いてください。広間に行くのは、そのあとでいいでしよう」

7. 西郷隆盛 第19巻

にでもなる」 三九郎は髪をそり、乞食坊主に変装して逃亡し、首をつなぐことができた。 しかし、戦乱のごたごたの中で、商人三九郎は再び首を持ち上げた。野村三千三のひそかな後援が あったにちがいないが、やがて大総督府の御用達から兵部省・陸軍省の御用達となって、山県有朋と つながりができた。大蔵省には同しく長州の井上馨がいる。井上は商人″庇護〃の名人だ。陸軍省と 大蔵省の公金が相当多量に三九郎に流れて、三谷商店は一時は三井組、小野組をしのぐ勢いであった。 江藤新平はこれも怪しいとにらんで調査を命じた。果して、ここにも黒い穴があいていた。陸軍省 の公金三十万両あまりがこげついて回収できず、山県は井上と渋沢栄一に相談の上、破産した三谷商 店の債務を三井組に肩代りさせることによって一時の急を切抜けたことが判明して、長州派の汚職の 動かぬ証拠がまた一つふえた。 江藤は薩摩人と土佐人は単純で、長州人は狡猾だと見ていた。ます薩摩、土佐と手を結んだふりを してこれを煽動し、長州をたたけば、やがて薩長土をひとまとめにして打倒できると考えた。 この計画は図に当ったように見えた。在京の薩摩出身の近衛兵は三千人いる。これが煮え立って沸 騰し、近衛都督山県有朋の罷免を要求しはじめたのだから、ちょっとした内乱状態になった。土佐人 も怒った。参議板垣退助は不正と腐敗を許さぬ清廉な潔癖家であり、司法大輔福岡孝悌は土佐の名家 の出で、育ちのいい理想家であったから、一歩も退くな、と江藤を激励する。 腹背に敵を受けた山県は進退に窮して、横浜の山城屋和助のもとに急使を出して因果をふくめた。 和助は笑って、

8. 西郷隆盛 第19巻

伊藤が井上を片隅に連れて行って、酒をついでやりながら、 「おぬし、また悪い癖を出したな。これじゃあ、留守中が思いやられる。悪い評判がますます悪くなる」 「なに、おれの評判か」 「ああ、悪い 、悪い。知らぬはおぬしばかりだ」 「くそっ、きさままで、おれを : : : 」 「おれはおぬしの苦心と潔白はよく知っている。しかし、世間はうるさい。おぬしが近ごろ三井組の 別荘から役所に通っていることまで、とやかく言う。 : おれと木戸さんが帰るまで、頼む、つつし んでくれよ」 「何を、こいっ ! 」 西郷吉之助は板垣退助を相手に飲みながら、井上の狂態をにがにがしそうににらんでいたが、村田 新八をさしまねいて、 「おい、この盃を、あの三井の番頭さんに差上げてくれ」 板垣がよろこんで、大声を出した。 「あっはつは、こりや、 。三井の番頭さんは大出来だ」 火 の 海 章 全権使節団を乗せた″アメリカ号〃は千五百馬力、四千五百五十トン、船室四十六。当時としては第 第一級の飛脚船であった。三条実美が送別の辞で、″行けや、海に火輪を転し、陸に汽車を走らせ〃

9. 西郷隆盛 第19巻

吉之助は顔色を動かしかけたが、自分を抑えたようであった。 「あのロの大きな男には、言いたいことを言わせておけばよい。おれが韓国に行くのは死場所を求め るためではなく、日本の活路を開くためであることは、大久保も山県もわかってくれた」 「おれもわかっているつもりだが・ 「知己は多くを必要とせぬ。あんたと大久保と山県の三人がわかってくれただけでも、安心して出発 できる。大隈とか井上とか、政治と金儲けを味噌糞にしている連中が何を言い、どんな臭い息を吐き 妝らそうと、おれの決心は変らぬ」 この一言で西郷の覚悟のほどがわかった。大隈や井上馨の商人と密着しすぎた財政方針に、最初に 攻撃の火の手をあげたのは板垣退助であるから、板垣としては、これ以上、西郷をひきとめる言葉も 口実も見出せなかった。 板垣が沈黙したのを見て、西郷はつづけた。 「何度も言ったが、軍事のことはあんたにまかせる。おれが失敗したら、あんたの考えどおり、出兵 なさるがよい。その前に一つだけ頼みがある。三条実美を固めておいてもらいたい」 板垣は不思議そうに、 「三条卿なら、あんたに賛成したはすだ。これ以上説くこともないと思うが : 「三条卿は正直で公平な人だ。育ちのいいところは、岩倉などとはだいぶちがう。おのれを虚しゅう 222

10. 西郷隆盛 第19巻

八つ当りである。荒れる井上に調子を合せながら、伊藤も飲んだ。 「木戸さんには会っているだろうな」 「ふふん、ときどきは会うが、例によってうるさい小言ばかり。あの失望落胆ぶりでは、今に本当に 神経病になるそ」 「おれは、これから会いに行こうと思っているところだ」 「会って、何をする ? 」 「岩倉卿も帰ってきたのだから、元気を出して、大いに働いてもらわねばならぬ」 「よせよせ、無駄だ。麕守政府は金城鉄壁。大久保でさえも手も足も出ず、名所旧跡めぐりの巡礼に なってしまった。江藤、副島、後藤などの奸物と板垣という猪武者が、西郷という豪傑気取りの大馬・ 鹿者をかつぎ上げて、勝手放題をやっている。今に沈む。日本丸は沈んでしまうそ」 井上の話は、だんだん愚痴に近くなってきた。 「江藤の奴は、とうとうおれを罪人にしてしまった。逮捕するとぬかしやがった。大隈の奴はうまく 伊藤は盃を受けて、 ナしふちがうようだな」 「外国で聞いたのと、内で見るのとは、ど : パリやロンドンの女郎を買っておった。 「あたりまえだ。おまえはおれの苦労をよそに見て、 んた、あご鬚などはやしやがって、それだけがヨーロッパみやげか ! 」 . よ 24 ど