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検索対象: 西郷隆盛 第19巻
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1. 西郷隆盛 第19巻

「なんとも複雑で怪奇ですな。井上の奴は大隈と喧嘩したようだし : : : 」 「井上に会ったか。政治はもうあきらめたと言ったろう。・おれもあきらめた。明日にも国に帰りたい と思っている」 「とんでもない ! 」 「東京にいても何もすることはない。外遊中にも大使一行はおれを除け者あっかいにしたし、帰って みれば、留守参議たちはおれの言うことにまるで耳を借そうとしない。彼らがおれを信じないのだか ら、おれも彼らを信じない。 これ以上無駄骨を折る義理はないのだ」 「そ、それは困ります」 「たれが困るのだ。おまえか。 : ふふふ、おまえには岩倉と大久保がついている。おれがいなくな った方が気楽だろう」 「どうして、そんなことを : : : 」 「おれが泣きごとを並べていると思うのか。七月の末に帰国して以来、おれは東京中を走りまわって ' 三条卿はもちろん、参議たちにことごとく会った。おれの方から訪問したのた。板垣、江藤、大隈、 大木からはじめて、青山の奥にいる西郷まで会いに行った。もちろん大久保にも副島にも会った。 : このままでは、日本はポーランド亡国の二の舞だ、ロシアに征服されたポーランドの人民は停車場 に群がって、旅行者のおれに銭を乞う乞食になっていた、日本の大臣参議たちが、やれ征韓論だ、や れ台湾討伐だと目の色を変えて、内政の整備と国力の充実を忘れたら、国民は乞食になってしまうと ? 54

2. 西郷隆盛 第19巻

病気を口実に自宅にひきこもったままだと申します。特に、西郷を韓国にやることには絶対に反対で 「ほう、征韓論の家元は木戸だと思っていたが」 「欧米に二年近くおれば、意見も変ります」 「そこで、そなたに頼むが、一刻も早く木戸に会ってくれぬか」 こぶん 「玄関ばらいをくうかもしれませんな。木戸さんは、わたしが大久保さんの乾分になったと誤解して 怒っているのです」 「木戸は神経家だが、それほど狭量な男ではなかろう。国家の大事の前に私情を殺すことのできぬ人 物ではない。現にわれわれの帰朝を祝う使者と手紙をくれた。まず、そなたがあやまればよいのだ」 「それはそうですな。会いに行きましよう」 伊藤博文はまだ三十三歳になったばかりで、旅疲れなどは感ぜぬ年齢であり体質である。岩倉に頼 まれると、その翌日から動きはじめた。ます親友の井上馨に会い、それから山田顕義、鳥尾小弥太、流 三浦梧楼などの長州派の軍人に会えば、様子がわかるだろうと考えた。井上馨は江藤新平と正面衝突潮 し、ついでに大隈重信にぶつつかって、大蔵省を辞めてしまい、向島の三井別荘にとぐろを巻いて昼逆 間から酒を浴びていた。 章 伊藤の顔を見るなり、 「何もかも減茶苦茶だ。おまえらの留守にろくなことは一つもなかったそ。今ごろ帰って来て、間に 合うものか。まあ、飲め」

3. 西郷隆盛 第19巻

民の恨みを買うばかりか、世界の笑いものになる〃という箇条はそのままあんたの意見たったとおぼ えているが」 「今でも、そう思っている」 「しかし、出兵論の火元はあんただと言う者が、この鹿児島にも多い」 「あんたもそう思っているのか、御家老」 「おれはずっと東京に出ていないので、耳に入ってくるのは噂だけだ。桐野がどう言った、篠原がこ : 噂たけではわからんので、あんたの本心を聞きたかった」 う一一一口ったとか 吉之助はひとりごとのように、 「朝鮮は気のどくな国だ。今は清国の属国だが、ロシアに狙われ、フランスとアメリカにも狙われて いる。日本が出兵したら、喜ぶのは西洋諸国た。ロシアは清国の弱体を見ぬいているから、保護を名 として大軍を出し、満州と朝鮮を占領してしまう」 「朝鮮征服には大軍はいらぬ、三個大隊あれば十分だ、と外務省あたりでは言っているそうではない : おれは伊地知正治に調べてもらったが、明国が朝 「あの連中には困っている。景気がよすぎる。 それに伴う水軍も出動している。海軍大輔 鮮を征服するために用いた兵力は五万以上たったという。 の勝海舟にも聞いてみたが、今の日本の海軍力では、韓国にさえ負ける、とてもロシアを相手の戦争 はできぬと笑っていた」 桂はおどろいて

4. 西郷隆盛 第19巻

も平野も地下の同志になってしまった。南の島に流されていたあいだに、有馬新七をはじめ多くの同 志が、久光老公の上意で斬り殺された。弟の従道も従弟の大山巌も危くやられるところだった。北越 と会津の戦争でも実に多くの死者が出た。その同志たちが墓の下からにらんでいると思うと、うつか り虎にも豹にも化けられぬ」 「むすかしいお話になりましたわね」 : 人間とは、虎、豹 「そう、まことにむすかしい。これから、どう生きたらいいのかと思うとな。 の群かもしれぬ。ほかに餌食がなくなると、お互いに食い合いをはじめる。いや、餌食を独り占めに するために、まず殺し合うのだ」 「まあ、こわい話私にはわかりません」 : 私はその後、彼らのこ 「相楽や伊牟田が斬られたのも、その殺し合いの犠牲たったかもしれぬ。 とを調べようとっとめてみたが、肝腎のところになると、うやむやになってしまう。殺した奴らが、 今を時めく大官になっているのでな」 と吉井をふりかえって、「おまえには、あの偽官軍事件の真相がわかるか」 吉井は手をふって、 「その話はやめろ。今さら死人を掘り起してもどうにもならん」 「佐和さん、あんたの益満もそのために自ら死に場所を求めたようなものだ。あんたが私を怨なのは 、もっともだ」 「もうお怨みしてはいないと、先ほども申上げました」 ↓ 36

5. 西郷隆盛 第19巻

払いだ。小松帯刀が生きていてくれたら、こんな時にはどんなに助かるかとっくづく思うよ」 吉之助の同志であった三人の家老のうち、病弱の小松帯刀は早世し、岩下方平は今は鹿児島にいず ' 残っているのは桂だけだが、その桂も久光ににらまれている。 「おれが帰って来たのが悪かったかな」 この 気持にちがいない 「そうでもなかろう。あんたから詫び証文をとったのだから、御老公、いい 前も話したとおり、大いに色気を出している。結局、上京ということになるたろうが、三条実美卿に 会いに行った奈良原繁の報告を待っているのではないかな。側近連は老公の御輿をかついで東京に押 しのぼり、西郷兄弟、大久保、吉井、伊地知、川村などを政府から追い出して、取って代ろうという 魂胆にちがいないが、さて、御注文どおりにいくかどうか。そうそう、高崎五六も近く上京するそう だ。昨日、こっそり、おれに会いに来た」 「高崎が ? 」 「あいつは老公のお気に入りだが、頑物の頑迷ぶりには、さすがにあきれている。あんたにすまぬと 言っていた。出発前に、あんたに会いに行くような口ぶりだったが」 「そのほかに何か ? 」 「あいつはロが固い。老公の悪口も告げロめいたことも言わなかった。ただ、老公が新年につくられ た歌は、お気持はわかるが、これじゃあ困ると苦笑していた。 新玉の年立ちしより冬深く なりにけらしな時わかぬ御代 151 第七章桜島山

6. 西郷隆盛 第19巻

まるで脅迫状に近いものであった。伊地知の説得も及ばなかったのだ。沸騰状態は元にもどった、 というより 1 も いっそう悪化している。 吉之助は起き上がり、井戸端に出て水をかぶり、服に着かえて参朝の支度をしているところへ、ま た来客であった。 取次ぎの柚木少年が、 「参議の板垣様であります。たいへん御立腹のように見えました」 板垣なら会わぬわけにはいかぬ。客間に通して会ってみると、この潔癖家の若い参議は近衛将校以 上に興奮していた。 「西郷さん、おれはここ数日間、司法省と外務省をまわって、山城屋事件と三谷事件を調べてみた。 どんかんおり 真相は想像以上であった。長州の軍人官吏どもと御用商人の醜関係はまさに貪官汚吏の見本というよ りほかはない。江藤や副島が怒るのはもっともた」 吉之助は苦しそうにうなすく。 牛 板垣はつづけた。 の 「おれも、これほどはらわたの煮えかえったことは近頃ない。あんたにも怒ってもらいたいのだ。と牲 もに立上がって醜吏を一掃すべき時が来た。江藤新平は第二維新と言ったが、おれもそう思う」 「板垣さん、実は今、鹿児島隊の連中がここに押しかけて来た」 第 「とても手がつけられぬ。もう、おれの言うことなどは聞きそうにない」

7. 西郷隆盛 第19巻

身におぼえのない罪ばかりだが、国の現状を思えば、うつかり爆発するわけにはいかん」 轟音がとどろいて、障子がふるえた。冬空をつらぬいて、きのこ型の噴煙がむくむくと立ちの。ほる のが見えた。 桂は苦笑して、 「あんたの代りに、桜島が爆発してくれたそ。ふふ、今のあんたには桜島がうらやましかろう」 吉之助は無言のまま、盛りあがる煙の柱をながめていたが、やがてふりかえって、 「御家老」 「もう家老じゃない」 「あんたはどう思うか。在県の士族たちはあの頑物に同調するたろうか。老公が爆発すれば、士族も 爆発するか」 ・ : しかし、それはたたの不 「そりゃあ、不平不満はある。東京に出た連中が出世しすぎたからな。 、うつかり殿様に同調したら、久留米藩の 平だ。爆発とまではいくまい。まだチョンマゲは切らぬが 二の舞だとあきらめている連中が多い」 久米藩主有馬頼成は新政府に対して久光流の不満を抱き、元家老の水野正臣、藩士小河真文など 桜 とともに、長州奇兵隊の大楽源太郎、富永有隣の一党を庇護したために、反乱計画に関係ありと認め られ、小河は斬首、水野は終身禁錮、藩主自身も閉門に処せられた。つい昨年末の事件であった。 吉之助はうなすいて、 「おれも薩摩士族に久留米藩の二の舞はやってもらいたくないと願っている。無用の儀牲をさけるたⅡ

8. 西郷隆盛 第19巻

「きっと今日明日中に来るでしよう。副島外務卿を代表して、外務省の上野景範が近く太政官に重大 提案をするだろう、と従道さんは言っておりました」 「従道は出兵論について何か言ったか」 「いや、牛肉の話ばかりしておりました。太っちょの兄貴が牛肉を食っていいのなら、おれも食うこ とにしよう、西洋医学とは便利なものだなどと、うまくはぐらかして : : : 」 「あいつらしいな」 「先生の前ですが、どうも従道さんの近ごろの態度は気にくわん。いやに老成ぶった大官顔、政治家 顔をする。三十になるやならすで陸軍少将などになったものだから、荷が勝ちすぎて腰がのびんのだ ろう、と桐野は笑っていたが、僕もそう思います。こんな重大問題をはぐらかすのはけしからん。物 ははっきり言ってもらいたいものです」 杣木少年が入って来て、すき焼の用意ができましたと告げた。 吉之助はふりかえらすに、 「煮えたら持って来い。その前に酒を : : : 」 「ここで煮るのではありませんか」 「煮えてからでいい」 吉之助はしばらく考えこんでいたが、 「晋介、困ったことになったな」 182

9. 西郷隆盛 第19巻

ってくるまで、なんとか引延ばして閣議は開かせぬつもりた」 伊藤は自信なさそうに、 「西郷との仲を考えると、大久保さんが動いてくれるかどうか、この二人は一心同体の兄弟のような もので : : : 」 岩倉は決然として、 「ます、やってみることだ。国を思う心においては、この岩倉も西郷吉之助に決して劣らぬ。日本の 危機を救うために、西郷の韓国行きをやめさせるのだ ! 」 木戸孝允の病状が急に悪化したのは、それから十日ほどの後であった。麹町にいると、訪問客が多 すぎる。客に会えば興奮して長話になるので、ますます不眠症がひどくなる。転地よりほかはないと 医師にすすめられて、その気になり、染井の別荘に行き、玄関で馬車を降りようとした途端に左足が流 きかなくなって、その場に倒れた。 その翌日の午後、急報を受けた伊藤博文が駆けつけた時には、別荘は見舞客でご 0 たがえしていた。逆 京都の名妓で今は参議夫人の幾松が玄関にいて、群がる客を取りさばいていた。 章 「ホフマン先生の御診断では、左足の関節だけで、他に異状はないとのことでございます。ただ、た十 第 いへん脳の神経とかがっかれているそうで、しばらくどなたさまにもお目にかからない方がよろしい とのこと、 ・ : 先刻も侍従長の河瀬様がわざわざお見舞くださいましたが、枕元だけでお引取り願い

10. 西郷隆盛 第19巻

「あれが西郷の本心だ。昨夜も井上に妙なことを言ったが、留守中は厄介なことになりそうだ」 渋沢は驚いて、 「ただの冗談ですよ。薩摩人はよくあんなことを言いたがります」 「いや、冗談の中にも本心はのそく。西郷と板垣のまわりには、田舎者の頑迷固陋者流が集まってい る。不平不満のほかには何の能力も持ち合わせていない連中に、鬼のいぬ間の洗濯を始められたら、 どういうことになるか」 この人にはうつかり冗談も言えぬ、と渋沢栄一は思ったが、ロではさりげなく、 「鬼どもが何をしようと、閣下と井上さんが大蔵省をにぎっているのですから、大丈夫でしよう」 「いや、井上も癖の多すぎる男た。長くはっきあえぬかもしれぬ」 馬車は走り出した。 大隈は執念深くつづけた。 「しかし、条約改正は木戸や大久保だけではどうにもならぬ。あれらに外交のことがわかるはすはな 。今に吠え面かいて帰ってくるそ」 火 「しかし、その時には閣下と井上さんが代って出かけることになっていると聞きましたが・ の 「そういう約東になっているが、果して守られるかどうか。最初から、おれに委せればよかったの海 章 第 「私もそう思っております」 「一番手つ取り早いのは、あの船がひっくりかえってしまうことた。吾輩のは冗談とはちがうそ」 づら