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検索対象: 西郷隆盛 第19巻
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1. 西郷隆盛 第19巻

「すべて、私どもの留守中にきまったことです。あなたのお帰りもおそすぎました。騎虎の勢いと申 しますが、虎が走っているのですから、虎に乗った西郷はひきかえすことはできません」 「虎というのは軍人どものことだな」 「そうです、薩摩だけではない。土佐の軍人、佐賀の軍人、いや、全国の士族が暴走しはじめており ます」 「大久保さん ! 」 伊藤博文が、プランデーのグラスをテーブルにたたきつけるようにおいて、甲高い声で叫んだ。 「虎も虎に乗った男も破減の淵に向って突進している。この暴走をくいとめることができなければ、 日本は減びる。僕は今日、病床の木戸さんに会って来ましたが、木戸はこの難局を処理できる者はあ なたのほかにない、外遊中はいろいろとあなたを怒らせたようだが、自分の至らなかった点は両手を ついて幾重にもあやまる、ぜひ立上がって西郷の暴挙を : : : 」 大久保は険しい目つきになって、 「伊藤、君は暴挙と言ったな」 「言いました」 「君は西郷という男を知らぬ」 「しかし、征韓論はだれの目から見ても暴挙そのものです」 「ちがう、西郷は征韓論を唱えているのではないそ」 267 第十二章逆潮流

2. 西郷隆盛 第19巻

「犯罪の検挙は軍人のやることではない。司法権を無視して軍人の職権を濫用することは絶対に許さ 江藤の目的が山県の擁護でなかったことは言うまでもない。彼はもしできることなら長閥と薩閥を 同時に倒したかった。法理論で桐野の一党を抑えると同時に、腹心の司法大丞島本仲道を陸軍省に乗 りこませて公然の調査を始めた。 近衛の薩派軍人と司法省の江藤派の同時攻撃を受けて、山県は窮地に立った。急電を発して山城屋 和助をパリから呼びもどして、事情の切迫を告け、官金の返納を迫った。 和助は答えた。 「おぬしにこれほどの迷惑をかけようとは思わなかったな。おれのパリ遊興は吉原や島原の遊びとた リの富豪令嬢がおれの いして変りはない。薩派の密偵どもが針小棒大に報告しただけだ。ふふん、パ 嫁になってくれたら、セーヌ川がさかさに流れる。なに、金はすぐに返すよ」 7 返せるのか」 「商用に接待と遊興がっきものであることは日本もヨーロッパも同じだ。おれは外商と直接の取引契 約を結んで来た。やがてマルセーユ港から船が横浜に着けば、六十万両を百万両にしても返せるのだ」 「しかし、それまでは待てん。騒ぎが大きくなりすぎた」 「現金だけが金じゃない。手形を書こう」 「何のことだ」 「相変らず商売のことにはあきめくらだな。何カ月後に支払うという手形を入れておけば、現金で支

3. 西郷隆盛 第19巻

戸孝允は自ら燃えっきたかのように見えたが、野火は八方に飛び火しつつ燃えひろがった。 軍人だけではなかった。外務省もまたはげしく燃え上がって、一時はここが火元と見えるほどであ 0 た。最初の外務卿は沢宣嘉。こ 0 若い公卿は三条実美とともに長州に亡命した " 七卿の一人であ 、やがて長州から脱走して平野国臣と但馬生野で討幕の兵をあげた前歴を持っている 彼は部下の外務大丞佐田白芽、同少録森山茂らを朝鮮事情探索のために派遣した。肩書はただの外 務属官にすぎないが、佐田は旧久留米藩士で、蛤御門の一戦に破れて割腹した真木和泉守の門人、森 山は旧大和藩士で天誅組の生残りである。どちらも尊攘志士の熱血を内にたぎらせていた。 明治二年十一月、両人はアメリカ船に乗ってます長崎に行き、漁船を雇って対馬を経て釜山に上陸 したが、韓国官吏は傲然として日本の国書を拒絶する従来の態度を改めす、外務属官如きは相手にし ないと突っぱねた。当然、両人は前にまして激烈な即時出兵論者となって帰国した。三年三月、まず 佐田白芽は次のように上書した。 『わが皇国を一つの大城と見れば、北海道、呂宋 ( フィリビン ) 、琉球、満清、朝鮮はすべて皇国の藩 屏である。北海道はすでに開拓をはしめた。満清とは交わるべし、朝鮮は伐つべし。呂宋と琉球は手 に唾して取るべし。 : 四年前、フランスは朝鮮を攻め、ロシアもひそかにその動静をうかがい、ア メリカもまた攻伐の志あり。 ・ : 皇国もしこの好機会を失いて、これを欧米人に与うれば、実にわが 唇を失いて、わが歯必す寒し。 : よろしく三十個大隊を出し、京城を占領し、韓国王を虜にすべし』 森山茂もまた同じ趣旨を上書して、即時出兵の必要を強調した。 沢宣嘉は病気のため辞職し、慎重な岩倉具視が代って外務卿になっていたが、外務権大丞には沢に ↓ 58

4. 西郷隆盛 第19巻

文も取らすにばらまいた金だけでも数万両を越えたと言われ、それに伴って兵部省からの借入れもふ くれ上がってついに六十四万九千両に達した。ここまで来れば明らかな腐敗であり、公金私消である。 しかも、″士族の商法〃の法則がやがて作用しはじめた。軍需品の納入だけなら損をする心配はな かったのだが、生糸貿易は世界の商人を相手の駆引きであるから、武士の胆力だけでは間にあわす、 生糸相場の大暴落によって大穴をあけてしまった。だが、奇兵隊士野村三千三は退却するかわりに突 撃した。自らヨーロッパに出かけて外国商人と直接の取引契約を結べば、この難関は突破できると考 えて、フランス国パリの都に向って横浜を出帆した。 そして、半年たたぬうちに、 パリ公使館の鮫島尚信とロンドン公使館の寺島宗則から外務卿副島種 臣宛に届いた報告は次のようなものであった。 『日本の紳士にして、野村三千三なるもの、多く世人の知らざる人物なるに、当地における豪遊は目 ざましきものあり。有名なる巴里のホテルに宿泊し、しばしば劇場に遊んで、一流の女優に戯れ、ま た競馬に万金を一擲して、しばしば敗れ、近日は巴里一富豪の金髪美人と婚約を結ぶとの噂あり。彼 が巴里に来着してより、費消したる金額すでに数十万円に達せるは事実なり』 報告者の鮫島も寺島も薩摩人であることに注意する必要がある。 当時の パリには、若い西園寺公望もいて、中江兆民、光明寺三郎などを相棒に盛んに遊んでいた。 と言っても、小劇場の女優やカフェーの私娼を相手の小遊蕩にすぎなかったのが、公使館から実兄の 徳大寺宮内卿や岩倉具視に内報された西園寺行状記は、右の報告におとらぬものであった。 野村三千三も″商用のための遊興〃として大いに弁明したいところであろうが、薩派の軍人たちは

5. 西郷隆盛 第19巻

山城屋和助はその日のうちに、すべての帳簿類と長州派の軍人たちの借用証書を焼捨て、約東どお り翌日は陸軍省に出頭した。 「ちょいと応接室を借してもらうぜ。掃除はできているようだな」 内側から鍵をかけ、 誉れたる越後の雪と消ゆる身の、ながらえてこそはずかしき今日。 という辞世を残して割腹自殺した。ます奇兵隊士らしい最期であった。 しかし、それで火の手がしずまったわけではない。山城屋の割腹は長州派の罪を認めた形になり、 かえって火に油がそそがれた。 薩派軍人の沸騰はおさまらず、江藤新平の追及はますます厳しく、土佐派も同調して、険悪な情勢牛 の こよっこ。 この上は、西郷吉之助に助けを求めるよりほかはなかった。山県としては、自分の軽率と失敗は認 めるが、不正や汚職と呼ばるべきものではないと自信していた。これを理解してくれて、近衛兵の沸章 脇を鎮め、江藤を抑え、板垣の怒りをなだめる力のある者は西郷だけだ。 四国丸亀の宿で山県の急信を受取った西郷は、事の重大さに驚いたが、御巡幸の途中から帰京する四 「覚悟はできているよ。山県が腹を切るか、おれが切るかと言われたら、おれが切るのが順序た。どっ ちにせよ、山県には迷惑はかけぬ。明日は陸軍省に出頭する。応接室の掃除でもしておけ、と伝えろ」

6. 西郷隆盛 第19巻

「あなたは、さっき西郷は虎に乗ろうとしていると申された。暴走する虎の背中からひきおろしてや ることは、西郷を助けることになるのではありませんか」 「伊藤、男が命をかけた仕事を妨げられたら、何をするか。妨げる奴を斬る」 「それはそうです」 「おれが今、正面に立ちふさがったら、西郷はおれを殺す。たとい殺さないとしても、西郷を追い落 して、おれだけが政府に残るわけにはいかぬ。生死いずれにせよ、刺しちがえなければならぬのだ」 せいき 大久保の目は青光りに光り、全身に凄気がただよった。 伊藤は気押されながらも、はねかえした。 : 及ばずな 「一死を覚悟しなければならぬのは、あなただけではありますまい。岩倉卿も木戸も、 がら、この伊藤も、西郷という巨眼巨驅の頑物と戦う以上、一身の安否は論外においております」 大久保は、伊藤をにらみつけたが、何も言わなかった。伊藤は必死につづけた。 「恐るべきは西郷自身よりも、彼を乗せた虎の方です。薩摩にも長州にも、土佐にも佐賀にも征韓派流 の軍人がおります。軍人のみならす、常職を解かれた全国四十万の士族はすべて虎だ。西郷をひきお潮 少なくとも四十万の猛虎がかみついてくる。その危険を覚悟して、日本の危機を救うろせば、ために、逆 われわれは西郷の韓国行きをくいとめなければならないのです」 章 岩倉具視が膝をたたいて、 十 第 「伊藤、よく言った。わたしも、そう思う」

7. 西郷隆盛 第19巻

若い伊藤博文は麹町の木戸孝允の屋敷に馬車を走らせた。木戸に会うのは気が重かったが、そんな ことにこだわっている時ではない。まだ帰国したばかりで、よくはわからぬが、伊藤は生来の鋭い勘 を働かせて容易ならぬ事態が発展しつつあることを直感していた。 洋行中、木戸は大久保と何かにつけて意見が合わず、ことごとに衝突し、しまいには互いにロもき かなくなってしまった。性格の差もあった。木戸が女性的なら、大久保は極めて男性的であり、木戸 が湿っているなら、大久保は乾いている。その底には、文久元治以来の長州と薩摩との宿命的ともい うべき対立感情がくすぶっている。木戸は薩摩人をいまだに信用していない。西郷も大久保もひとま とめにして嫌っている。木戸の目には、薩摩人はすべて陰謀的な権力主義者で、権力のためには昨日 「よし、大隈にも会ってみよう」 「よせよせ、ばかばかしい」 伊藤は他のことをたすねた。 「長州派の軍人はどうだ。例えば、山田、鳥尾、三浦・ 「はつはつは、木戸とおれが奇兵隊の暴れ者どもを全部鎮圧したから、長州の軍人には薩摩や土佐の ような屑はおらん。怪しいのは西郷と仲のよすぎる山県ぐらいなものだ」 「よしよし、おれは木戸さんに会ってくる。おまえはここで飲んでいろ。いすれ必ず迎えに来るから ? 50

8. 西郷隆盛 第19巻

山城屋和助と長州派軍人との金銭関係をひそかに調査していたのは薩派の陸軍少佐種田政明であっ た。彼は後に陸軍少将に栄進して熊本鎮台司令官となり、神風連反乱の際に首を取られた人物だが、 当時は木梨精一郎の部下として会計の実務を担当していたので、何もかも筒抜けであった。調べ得た ことは薩派軍人の元締ともいうべき陸軍少将桐野利秋に報告して時機を狙っていたところへ、 おける和助御乱行の報告が来た。陸軍大輔近衛都督山県有朋中将を失脚させて、長州派の陸軍省独占 を打破する絶好の機会だ。桐野はまだ熊本鎮台に赴任せず、東京にいたが、持前の直情ぶりを発揮し て、本気で怒った。 「パリの豪遊など枝葉のことだ。問題は官金濫貸による腐敗である。奸商をして徒らに巨利を貪らし める犯罪を許しておいたら、陸軍は崩壊する」 の 近衛隊長野津道貫少佐、山地元治少佐が、陸軍省に押しかけて山県を詰問したが、らちがあかない。 桐野はますます激怒して、 「よし、こうなったら、兵隊を出して横浜の山城屋を封鎖してしまえ。おれが許す。山県が文句を言章 第 ったら叩き殺してしまえ」 軍隊出動を引留めたのは司法卿江藤新平であった。 長州派による兵部省独占を打破する機会を狙っていた。敵は山県である。山県という大魚は、パ丿 ロンドンにまで張りめぐらされていた薩派の網にかかった

9. 西郷隆盛 第19巻

第五章犠牲の牛 山城屋和助の前身は長州奇兵隊の幹部野村三千三である。初めは僧侶だ 0 たが軍人となり、維新後 は、官吏になるのを嫌 0 て貿易商にな 0 たのだから、経歴も変 0 ている。豪放というか無鉄砲という か、彰義隊戦争の直前に、同僚の山県有朋、木梨精一郎らと吉原に登楼し、酔 0 て白昼ビストルを乱 射して、市中見廻組に捕えられるなどという失敗もや 0 たが、北越戦争では同じ向う見ずの勇猛ぶり を発揮して、大いに戦功を立てた。彼が生糸商店を横浜に開いた時、山県は兵部大輔、木梨は会計局 長であ「た。この二人に頼って、山城屋和助は兵部省御用商人となり、法螺半分の雄弁をふるって貿 易の利を説き、官金五十万両の借出しに成功した。 山県も木梨もたしかに軽率であ 0 たが、そのころは政府発行の紙幣が大暴落して、各省は対策に困牛 の っていた時だ 0 たので、生糸貿易によ 0 て二倍三倍にして返すと法螺を吹かれれば、貸す気にもな 0 たのであろう。 最初は好調であ 0 た。山城屋は大いに発展し、多量の軍需品を兵部省に納入して、巨利を博すると章 同時に、山県の兵制改革にも貢献した。しかし、金は魔物である。奇兵隊出身の大富豪の出現は、長州第 派の軍人たちにと 0 ては都合がよすぎた。金に困ると、和助に借りに行く。和助も気前よく貸す。証

10. 西郷隆盛 第19巻

小艦隊を撃退したことに慢心して、西洋与しやすしと思いこんでいる。まことに危険だ。西洋諸国の一 国でも本腰になったら、京城は一日で占領される。しかも韓国の減亡はただちに日本の減亡に通じる」 「よかろう、それで」 吉之助は言った。「あんたは北京に行って何をなさる」 「朝鮮は清国の領土ではないという言質を、清国政府から取ってきます。それから台湾も : : : 」 吉之助は微笑して、 「副島さん、あんたは台湾まで取ってしまうおつもりか。恐しい人だ」 「はつはつは、台湾を取るか取らぬかは、故島津斉彬公にお聞きなさるがよい。おれは軍人ではない から、出兵の時機や方法については、あんたや板垣さんや伊地知さんにまかせるよりほかはない」 「大山綱良は台湾占領論、桐野利秋は朝鮮征伐論で、今にもとび出しかねない勢いだ。軍人どもにま かせたら、何をしでかすかわからぬ」 「私の受けた勅旨には、琉球を保護するために台湾問題を処理せよとだけ仰せられている。出兵せよ というお言葉はない。しかし、万一の場合のために道を開いておくのが外交だと思っております。琉 球を守るために台湾に出兵せざるを得ないという事態が起った時、清国に文句を言わせす、西洋列国 にも干渉の口実を与えないことが必要でしよう」 「そのとおり」 「朝鮮についても同様。ロシアは当分出て来ないとわたしは見ているが、もし清国が山海関と鴨緑江 を越えて大軍を動かしたら、厄介なことになる。幸い、今回の北京には同治皇帝の婚礼で、各国の大 くみ