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検索対象: 西郷隆盛 第2巻
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1. 西郷隆盛 第2巻

とりなす》よ ) ) に、 「何から申上げていいか私にはわからぬ。七之丞の気の立っているのも無理はないと思って下さい どこまで広がることかーーー・多分、七之丞も私も、早 : この事件は、とてもこのままではすまない。 晩、近藤殿と同じ運命に立ち到らせられるのではないかと思っています」 「もしも、幸いに生き残れば、諸君と力をあわせて今後の対策も考えたいが、今からあわててはかえ って醜い。諸君が駆けつけてくれた気持はよくわかるが、今夜のところは、黙ってお帰り下さい。 ・ : 近藤殿の屋敷に行き、私のところに来たということが、碇山一派の耳に入ったら、ただそれだけで 。無駄な犠牲は出したくない、同志は一人でも多く残しておきた 諸君の身の上にまで禍いが及ぶ・ : 、と近藤殿も申されました」 大久保市蔵は、うなずいて、 ・ : 七之丞殿にも、どうそ悪しからずお伝え下さい」吉之助をふりか 「お騒がせして相すみません。 えって、「さあ、西郷、行こう」 そこへ、七之丞がふたたび奥から姿をあらわした。 「待ってくれ。さっきは僕が悪かった。あやまる ! 」 「いえ、私こそ : : : 」 吉之助も頭を下げた。七之丞は二人の前に坐って、 「ぜひ聞いておいてもらいたい。処罰の口実は、わが党の同志が会合して政事を誹議し、藩政府の類

2. 西郷隆盛 第2巻

雪の解けた道は、夜に入って吹きはじめた寒風に再びかたく凍っていた。兄も無言、弟も無言、凍 った闇の中に、下駄の音をむなしくひびかせて、村野の屋敷まで帰って来ると、玄関側の小部屋に二 人の若者が、身体を固くして坐っていた。西郷吉之助と大久保市蔵であった。 「さっきから、お帰りをお待ちしておりました」市蔵がいった。「実は、近藤様のお屋敷に参上した のでありますが、取込みの最中とて、面会を断られ : : : 先まわりをして、待たせていただいたのであ りますこ 「それは、ようこそ。 : しかし、今夜は、何も話したくない。また、改めて : : : 」 だが、吉之助は性急に、 「村野様、どうそ、お聞かせ下さい われわれはどうしたらよいのか。いったい六名の方々はな んの罪名で : : : 」 「西郷君 ! 」七之丞が怒り声で叫んだ。「罪名とはなんだ ? 六名の方々には罪はない。すべて白雪雪 の如く清浄潔白な人々だ」 白 「七之丞、ひかえろ ! 」兄の伝之丞がたしなめた。 章 「こんなときに議論をしてはいけない。 ・ : 西郷君は、決してそんなつもりでいったのではない。わ三 ざわざ、ここに駈けつけてくれた気持を、ありがたいと思わねばならぬ」 七之丞は答えず、むつつりした顔つきで、そのまま奥に入ってしまった。伝之丞は二人に向って、

3. 西郷隆盛 第2巻

三月の半ばすぎに、樺山喜兵衛が自殺し、その母のカヤが捕えられて入牢を仰せつけられた。 喜兵衛の実弟木村仲之丞が、座敷牢を破って逃走し、行衛をくらましたからである。脱走をすすめた のは、兄の喜兵衛であり、破獄用の鋸を与えたのは、母のカヤであった。 藩庁はただちに捕吏の一隊を急派したが、仲之丞を捕えることはできなかった。加治木をへて、 の国境を越えたということだけはわかった。行先は筑前であろうと推察された。 なりひろ 筑前には斉彬の大叔父黒田斉溥がいる。彼のもとには、先に脱走した井上出雲守が庇護されている はずだ。木村仲之丞は、故高崎、山田の命令をうけ、井上と共に脱走をはかり、果さずして自宅禁錮 に処せられていたのを、母と兄がおのれの身を犠牲にして、わが子わが弟を逃したのである。 こも 1 」も がえ 仲之丞は肉親に累を及ばすことをおそれて、脱走を肯んじなかったが、兄と母が交々すすめた。 ( 近く大事件が起る。江戸詰家老の島津壱岐殿も召喚された。帰国の上は切腹だという話だ。このま まにしていては、お前も殺される。死ぬのはやすいが、死ぬことだけでは、主家の大事は救われぬ。 後はわれわれが引受けたから、早く行け ! ) しようよう 仲之丞が無事に国境を越えた頃、兄は従容と腹を切り、母親は微笑して縄目を受けた。 喜兵衛のいった「大事件」は、三月二十七日にいよいよその全貌をあらわした。何事か起るとは、 せいさん かねて城下のものの誰しもが察していたことであったが、それは人々の予想を越えた残酷で凄惨な事章 件であった。生者が罰せられただけでなく、死者が罰せられたのである。 しかも、死者がもっと もむごたらしく ! 墓があばかれ、死屍が引きずり出され、その死骸が磔にされ、鋸引きにされ はりつけ

4. 西郷隆盛 第2巻

話は、いずれ事情が落着き、先の見透しがついた後で : : : 」 吉之助は両手をついて、七之丞の方に向い こおりがた 「吉井様、ただ今のお言葉は、決して忘れませぬ。私も微役を勤めながら、郡方で村々をまわり、百 姓の困窮のさまは目の底が痛むほど見せられております。百姓のためにも、あなた様のお言葉は、こ のなくありがたいと思いました」 「わかってくれるか ! 」 「わかります。いずれ、機がありましたら、改めておうかがいして : : : 」 力すぐに暗い顔になって、「今ご 「ああ、ぜひ来てくれ ! 」七之丞ははじめて嬉しそうに笑った。 : 、 ろは、近藤様も冷たい死骸であろう」 すでに深更であった。門の外は、残雪を吹きかためる冬の夜の烈風である。肩をならべて、下加治 屋町の方向を急ぎながら、 「おい、市蔵、吉井七之丞というのは、激しいな。なかなか立派だ ! 」 「うん、兄の伝之丞もいい。落着いている」 「二人とも殺される組か ? 」 「そうらしい。兄の方は若殿様の隠密だという噂があるし、弟の方は近藤隆左衛門殿の無二の腹心だ といわれている。お由良、碇山の一味が見逃すはずはない」 「眦旧しい ! 」 「まったく、惜しい ! 」

5. 西郷隆盛 第2巻

相談の瑕なく、高崎と山田の専断ながら、御承知を乞う、と書いてあった・ 「まず適当の処置と考えます」 と、兄弟は答えた。 隆左衛門が思い出したようにたすねた。 「七之丞殿、あなたはお幾つでしたかな」 「二十四であります」 私としては、井上出雲守よりも、七之丞殿に脱藩を 「惜しいな ! 若木の花は散らしたくない。 すすめたいところだ」 」こ、し反こ威儀を正した親族の者が二人入って来て、隆左衛門に何か耳打ちし 七之丞が答えない前冫ネ月冫 隆左衛門はうなずいて親族のものをつぎの間にさがらせ、膝を正して、兄弟にいった。 「もはや、時間です。 : どうそ、お引き取り下さい」 若い七之丞は自分をおさえきれず、頬を伝う涙を流れるままにまかせて、 「近藤様、このまま死んでは大死 : : : 」 「いやいや、切腹の命令を受けたときには、死んでも死にきれぬ気がしたが、今は覚悟もきまりまし た。一時の賊名はいずれ睛れる時も来るだろう。 ・ : 江戸にのぼった竹内と岩崎の両人のことも気に 、カ、刀ソつ、【刀 いや、もう何もいうまい。万事は君たち御兄弟にお願いする。では、これにて」 隣室には、すでに切腹の用意が整っているらしい。家族や親族も詰めかけている様子。

6. 西郷隆盛 第2巻

「われわれが生きているかぎり、必す : : : 」若い七之丞は、そう しいかけて気がっき、「だが、近藤 しよけい 様、われわれとしても、早晩処刑はまぬがれぬのではないでしようか ? あなたや山田様や高崎 様よりも、むしろわれわれの方が直接事に当っているのですから : : : 」 「いやいや、同志は一人でも生き残った方がいい」近藤隆左衛門は首をふった。「残された仕事は多 いのだ。自ら名乗って出る必要はない」 吉井七之丞は声を上ずらせて、 「同志の中に裏切者がいるとすれば、事件はもっともっと拡大します。私はもう覚悟しています。兄 上にも覚悟していただかねばならぬと思います」 伝之丞は静かにうなすいた。 隆左衛門は押しとどめて、 「いやいや、君たち御兄弟に累を及ぼしては、私は死んでも死にきれない」 こんばく 「いえ、私は : ・ : たとえ身は死んでも心は死なず、魂魄とどまって、雷神となり、奸婦奸賊一人残さ ずつかみ殺してやります」 「これはまた激しい」 笑い声の出るべき場合であったが、言 唯も笑うものはなかった。 若い七之丞は拳をふるわせながら、 かんじようしよう 「その昔、菅丞相は雷となって時平を撃ち殺したと申します。私の誠忠と気魄が菅公に劣るかどう か、死によって試してみます」

7. 西郷隆盛 第2巻

: いかにも、われわれは現在の藩政を認めぬ。これほどの悪政はない 覆を企てたという点にある。 と思っている。君たちも知ってのとおり、今年の秋は近年にも珍しい飢饉であった。にもかかわらず、 平年通りの年貢上納を仰せつけられた。諸郷の百姓はうちつづく不作と重税で疲れ果てている。 ・ : 君上ただ独り安楽にて、士民飢渇 こんな状態があと二、三年もつづいたら、いったいどうなる ! 心ある士が集って、政事 に泣くありさまは、聖語の教えにももとり、すなわち騒乱破国の因だ。 を誹議するのは当然ではないか ! 」 「七之丞、もういし」 兄がたしなめたが、弟は頑固に首をふって、声をはげまし、 「兄上、いわせて下さい。天道にそむき、人道にもとる悪政を改革して、士民欣躍の世をもたらそう と願うことが、なぜいけないのだ。 ・ : それを不逞の陰謀と断じて、正義の士を殺すとは : くり 1 」と 「やめろ、七之丞 ! この場に及んで、繰言は見苦しい ! 」 「兄上、あなたは : 「わかりきったことを繰り返せば、すなわち繰言だ」伝之丞は、いきり立っ弟の肩を静かにおさえ雪 て、「お前のいうことは正しい。一言一句、まちがいない。だが、それは両君の前で、今さら説明す るまでもないことだ。 両君とも、かねてからのわれわれの同志だ」 章 第 「こんどの事件の性質はよくわかっておられる。だからこそ、わざわざこうして駆けつけてくれたの だ」といって二人の方に向き、「先刻も申上げたとおり、今夜はこれでお引き取り下さい。くわしい きんやく きかっ

8. 西郷隆盛 第2巻

彼の手に護符と密書を渡し、ほっと一息つきながら、返事を待っているところへ、今日の昼、伊東 がわざわざ浅草の宿を訪ねて来てくれたのであるが、それを亭主に怪しまれた。 あんかん まさか敵方の手先だとは思えぬが、跡までつけられた上は、安閑としているわけにはゆかぬ。豊後 屋を引き払い、この宿に引越して来たのである。 間もなく、福崎七之丞もやって来た。 どこか病身らしい、静かな人柄の若侍であった。近藤隆左衛門や村野伝之丞と同じく、ながく高輪 の藩邸にいて斉彬の側近に仕え、おだやかな性格が幸いしてか、左遷を免れて今は小納戸頭をつとめ ている。斉彬の旨を受けて、しばしば薩摩にも帰り、国許の同志との連絡にあたっているのはこの人 であった。 上座に招ぜられて、初対面の挨拶が終ると、福崎七之丞は静かにいった。 「御持参の品々は、たしかに若殿にお渡しいたしました。ーー・護符については、この上なくお喜び、 さっそく、御自身の居間と盛之進君の御寝所にお供えの御様子でした。 : : : 密書については、返事は 直接鹿児島の方に書き送る : : : 御両君にはくれぐれもよろしく伝えよとのお言葉でございました」 二人は畳に両手をついて、 「お蔭をもちまして、私どもも無事に任務を果し、お礼の申しようもございません」 「いや、お礼はこちらから。 ついては、御両君をねぎらうために、何かお手元の品をとのお言葉 でしたが、密使のお役目柄、それも時期を待った方がよかろう、両君のお名前は決して忘れぬと申さ れました」

9. 西郷隆盛 第2巻

の両名が謹慎を命ぜられた。 十七日には 物頭赤山靱負 広敷横目野村喜八郎 蔵方目附吉井七之丞 の三名が同じく謹慎に処せられた。赤山靱負は家中第一の名門、ほかの二人も家格役柄ともに低い方 ではない。家格と役柄とを問わず、検挙の手は延びて行った。江戸詰家老島津壱岐も狙われていると いう噂がとんだ。 十九日には 自宅禁錮 謹慎 宗門方書役肱岡五郎太 郡見廻山内作次郎 地方検行松元一左衛門 無役木村仲之丞 和田仁十郎 神職井上出雲守 外出徘徊禁止 一口

10. 西郷隆盛 第2巻

第一章刺客行 それから、十日ほどすぎた八月五日の夜。竹内伴右衛門の姿は、ふたたび村野伝之丞の屋敷にあら われた。 主人の伝之丞が自ら玄関まで出て来て、 「これは、ようこそ。 おひとりか ? 」 「はい、白尾伝右衛門が所用のためおくれましたので、あとで岩崎専吉が同道してまいることになっ ております」 「いろいろお骨折りありがとう。 さあ、どうそ、さっきから皆様お待ちかねだ」 奥の書院には酒肴の用意がととの 0 ており、三人の先客が待 0 ていた。町奉行近藤隆左衛門、鉄砲行 奉行山田一郎左衛門、船奉行高崎五郎右衛門 いずれも正義党の中心人物と見なされている人々で客 刺 ある。 竹内は末席にかしこまって、うやうやしく頭をさげた。 第 「高崎殿ははじめてでございましたな」白髪頭の品のいい山田一郎左衛門が物なれた調子で引きあわ せた。「かねて、お話の竹内殿です。国学に通じ、蘭学にもくわしく、特に国学においては、平田篤胤