従道 - みる会図書館


検索対象: 西郷隆盛 第20巻
54件見つかりました。

1. 西郷隆盛 第20巻

の危急に金は惜しまぬ」 「地獄の沙汰も金次第か」 「地獄で仏と言え」 「大隈大菩薩様だ ! 」 : 大久県さんもおれが説得する」 「よし、ニューヨ 1 ク号は必ず買い取ってみせる。 従道は大きな目から大粒の涙をこばしながら・ 「ありがたい、助かったそ。 ・ : すぐに出航していいか。日進、孟春、明光、三邦 : : : 」 「全部、大参議の到着前に出航させてしまえ。これが既成事実というものだ。ニューヨーク号は必ず あとで送る。 : ただし、従道、おぬしはここに残るのだそ」 「おれだけが、どうして : : : 」 「大久保さんがへそを曲げたら、恐しい。ちょいとばかり叱られるのは我慢しろ。叱られ仲間に野津 少将も残しておけ。あれも薩摩だ。兵隊と軍艦の指揮は谷干城と赤松良則で結構間に合う」 「わかった。おぬしに従う。何でも言うとおりにする。おかげで内乱が救われた」 「そうたな。実はおれにも、外交団よりも兵隊の反乱の方が恐しかった」 五月二日、谷、赤松両参軍は、日進、孟春、明光、三邦の四艦船に三千の兵員を満載して、勇しく 出航した。パ ークス公使は「これらのポロ船は李鴻章の清国艦隊にとっては絶好の餌食だ。日本人の七 自惚れと思い上がりは笑止千万というよりほかはない」と友人にあてて手紙に書いたが、日本にとっ て幸いなことに、清国びいきの。ハークスの予言はあたらず、やがて全艦船は無事に台湾社寮港に着く。

2. 西郷隆盛 第20巻

この論調にひきずられて、その他の外字新聞も攻撃記事をのせはじめたので、外交団は騒然となり、 イタリア、ロシア、スペイン公使が相次いで外務省に抗議文をつきつけ、ついにビン ( ム公使も抗議 の波に巻きこまれてしまった。 ビンハムの抗議文が外務省にとどいたのは四月十九日であった。 「清国政府より台湾出兵異論なしとの正式の文書が届くまでは、米船ニューヨーク号、並びにル・ジ ャンドル将軍、カッセル少佐、ワッソンの三名が、貴国の軍隊と共に台湾に赴くこと御差止めありた し。この段願上げ候」 ークス公使の策謀は見事に功を奏した。わが政府の当惑と狼狽が目に見えるようた。すでに西郷 従道も大隈重信も長崎にいる。長崎には三千人の兵士が集結し、ニ「一 1 ヨーク号も軍需品を満載して 入港しているはずだ。大久保はまだ佐賀にいるから、おそらく西郷従道と直接連絡して進発の準備を 進めているにちがいない。 ただちに緊急閣議が開かれたが、この形勢逆転を前にして強硬論を吐き得る者は一人もいなかった。 木戸孝允はすでに辞表を提出し、山県有朋をはじめ長州派の軍人はすべて出兵に反対である。参議伊勝 藤博文はイギリスを恐れ、開拓使長官黒田清隆はロシアを恐れている。頼みの綱の米国公使の腰がく者 だけて敵方にまわったのであるから、不屈豪胆で聞えた岩倉具視も手のほどこしようがなかった。 取敢えす長崎の「蕃地事務総局」にあてて出兵延期の急電を打ち、金井権少内史に三条太政大臣の七 直書を持たせて急派した。 大隈は三条の直書を一読すると、蒼白となり、やがてまっ赤になった。驚きよりも怒りの方が強か

3. 西郷隆盛 第20巻

東京芝浦の波止場には、大倉組その他の商社が集めた食糧と軍需品が山のように積まれ、沖合に停 、泊しているニュ ーヨーク号とヨークシャー号にはしけ舟が往来し、盛んな積荷が行われていた。 すこしはなれた品川沖冫を こよ、日進、孟春以下の軍艦が汽罐に火を入れて、出航の用意を整えている。 木戸孝允欠席のまま、閣議は開かれて出兵に決定、すでに勅書も下された。 西郷従道は陸軍中将に進級して「台湾征討都督」となり、陸軍少将谷干城と海軍少将赤松良則がそ れそれ参軍に任命された。土佐人の谷干城を推薦したのは大久保であった。谷は板垣退助と戦友の間 柄たが最近の政治的意見は必ずしも板垣と一致していない。土佐派の軍人対策としては妙案である。 赤松良則は旧幕臣で、榎本武揚らと同じオランダ麕学組だ。これも幕臣対策を考慮した人選と言える。 せず、いつも対等に渡り合 0 て来たという自信を持 0 ている。生来の冒険家ともいうべき一面もあり、新 押しも強く、政治的投機心にも富んでいる。財政家としても、井上馨とは正反対の積極派で、征台く らいで″国費を傾けつくす〃ほど、日本経済は弱体ではないと楽観して、「台湾蛮地事務局長官」を自 ら進んで引受けた。 西郷従道の方は薩派軍人の動きをよく知っている。鹿児島在住の士族と元軍人は兄の隆盛が押えて くれるが、政府軍に残った現役の軍人はとてもこのままではおさまらない。その上、自分は兄隆盛を 裏切った不肖の弟という悪評にさらされている。軍の統制と同時に、兄への義理、一身の名誉回復の ためにも、成敗を度外において征台論の先頭に立たねばならぬ立場にあった。

4. 西郷隆盛 第20巻

「あんたも日清開戦には賛成ではないでしよう」 「とんでもない話だ」 「まあ、李鴻章をはじめ清国側も馬鹿ではないし、大久保も必死ですから、うまくまとめて帰ってく るのではないかと私は見ていますが、しかし、万一ということがある。私は留学はあきらめ、山県を 助けて陸軍を固めようと決心しました」 「ぜひ頼む ! 」 「今日中に出発するつもりですが、何か東京で欲しいものはありませんか」 「福沢諭吉がまた新著を出したそうだが : 「お安い御用です。すぐに送ります」 吉之助はちょっとはにかんだような顔をして、 「それから犬の首玉がほしい」 「首玉 ? 」 「首輪だよ。みんな古くなってな。 「はつはつは、それもお安い御用です」 それから一月あまりたった或る日、まだ台湾にいるはずの西郷従道が武村にやってきた。吉之助に とっては、思いがけぬ訪問であった。 : 横浜あたりを探したら、舶来の上等品があるのではないかな」

5. 西郷隆盛 第20巻

気 台湾征討計画は、この年の始めころから、大久 保、大隈、西郷従道の手によって、ひそかに準備 が進められていた。秘密に事を運んだのは、英国 公使パークスを主導とする外交団の干渉をおそれ たからである。しかも、この計画の最初は、二年 前、明治五年の秋、当時の外務卿副島種臣と米国 公使デロングの合作ともいうべきものであったの だから、話は複雑微妙と言わざるを得ない。 デロングはパ 1 クス公使にくらべれば、はるか に″親日的〃な外交官であった。岩倉大使団の渡 米には、わざわざワシントンまで同行して、何く れと世話をしている。副島とは親友ともいうべき 間柄で、征台計画には最初から賛成で、台湾事情 にくわしいル・ジャンドル ( 李仙得 ) 将軍を推薦し たのは彼であった。米国汽船ニューヨーク号と英 て現れた。 [ 72

6. 西郷隆盛 第20巻

吉之助は従道にたずねた。 「おまえ、いつまで鹿児島にいるつもりか。どうせ長くはおれないだろうが : 「明日にも出発せねばなりません。本来なら来れないところを、むりにやって来たのだからな。あん たのほかには誰にも会わぬつもりです。せめて小兵衛の顔だけは見て行きたいが」 「あいつは桐野といっしょに田舎まわりをしている。あと十日あまりは帰って来まい」 「小兵衛に会えぬのは残念だが、桐野がいないのはありがたい。あいつは苦手だ。会えば必ずかみつ してくる」 吉之助は苦笑して、 「しかし、篠原や村田新八には会って行った方がよかろう」 「村田はまあ話がわかるだろうが、篠原はどうかな。あいつらは、いつまでもおれを茶坊主あっかい ' 大久保の手先あっかいにしている」 「今はそれほどではなかろう。おれに代って私学校を抑えてくれているのは篠原だ。よく勉強もして ' 大局に目をそそいでいる」 「そうかな」 「おれが手紙を書こう。今日中に篠原にとどけておく。 供たちに台湾の手柄話でも聞かせてやってくれ」 : おまえは今夜はここでゆっくりして、子 ? 32

7. 西郷隆盛 第20巻

「もっと生きのいい返事をしろ。現政府は四分五裂するおそれがあるが、絶対にそうさせてはならぬ。 R よしカ 川路、ここ数日が勝負の山だ。 : 軍人と官員の動揺は、この大久保が抑える。おまえには 帝都の治安をまかせる ! 」 「はつ、光栄であります。誓って御信頼に・ 「西郷が東京を出たとすれば、途中必ず大阪に立寄る。すぐに大阪に連絡せよ。西郷は怒りやすい よく気をつけて決して不礼のないように鹿児島まで送りかえすのだ」 「はつ、かしこまりました」 西郷吉之助はまだ東京に残っていた。小梅村の越後屋喜左衛門の別荘に、沼の底の鯉のように身を ひそめていた。 隅田川岸で熊吉を小網町に帰す時、 「おまえは、いつでも引きはらえるように手はすをしておいてくれ」 「えつ、どこに引越すので : : : 」 ・ : 支度のできるまで、小梅村の越後屋の寮にもぐってい 「もう東京には用はない。鹿児島に帰る。 よ、つ」 「へい、あの寮なら、従道さんも知りませんな。大久保さんも気がっかぬでしよう」 「もう誰にも会いたくないのだ」

8. 西郷隆盛 第20巻

「そうか、あんたがそう言ったと知れば、大久保もよろこぶ。 苦労していることだろう」 「そうかな」 「そうだよ。征台の役が評判のわるいことくらいは、おれもよく知っている。木戸は辞職したし、長 州派は全部反対側にまわり、東京ではこんな歌まではやっているそうだ。 ″君の仰せをよそにして、帆かけた船は出ずるそえ、 あれ民が泣く、民の声、都に名所 ( 名将 ) はないかいな〃 ふふん、つまりおれが勅命を無視して出兵したと皮肉っているのだが、大久保はこの責任はすべて 自分でひきうけると言っている。 : 兄さん、あんたはまだ現職の陸軍大将だ。日本中の人気と期待 を集めている。東京に出て大久保を助けてやる気はないか」 弟 吉之助はしばらく従道の顔を見つめていたが、 AJ 「信吾、もっと大久保を信用してやったらどうだ」 「えつ、何のことですか」 「大山巌も三条公の内命だといっておれをひつばり出しにきた。おれは出る気がないので、ことわっ九 たが、こんどはおまえがやってきた。 : ばかな話だ」 「・はかを一はひい J い」 : 大久保はもう東京に帰っているが、

9. 西郷隆盛 第20巻

とは日本のために幸いであったかもしれぬ」 「それならば政府に残って、大久保やおれたちを助けてくれたら : : : 」 「そうはいかん。いずれ近い将来に、ロシアは必ず南下してくる。野に下って、その時に備えること も必要だ。 : 今度のことでよくわかったが、おれは廟堂の政治にはよくよく向いていない男らしい 政治は大久保にまかせておくべきだ。おれが辞めても、吉井も伊地知も松方も残るし : : : 」 「しかし、桐野、篠原をはじめ軍人たちはみな辞表を出して : : : 」 「なに、伊地知も川村も従道も大山巌も軍人だ。軍人の大部分は残る。薩摩と土佐のあばれ者がひっ こめば、軍人だらけの東京もすこしは静かになろう」 黒田は涙声になって、 「あんたにそう言われると、おれの立場はますます苦しくなるばかりだ」 「自分の胸のうちよりも、日本のこと、アジアのこと、世界のことを考えるのだな」 西郷はそう言いながら手をのばして竿をあげた。糸には浮子はついていたが、鉤も餌もなかった。 黒田はおどろいて、 「やあ、あんたは太公望を気取っていたのか」 「ち一、が、つ、ち、が、つ」 吉之助は笑いながら首をふって、 「この池には小ブナが群れていて餌をつけると釣れすぎて休むひまもない。保養にならぬので、餌を はずしておいたのだ」

10. 西郷隆盛 第20巻

従道は左の腕に粗末な鉄の輪をはめていた。ときどき手首までずりおちてくるので、そのたびに肱 のあたりまですり上げる。 「妙なものをつけているな」 吉之助がたずねると、 「生蕃の酋長がくれたものだ。腕にはめてから継ぎ目を鋳つぶしてあるから一生はずせぬ。その代り、 おれは台湾に行けば、いつでも大酋長になれるぞ」 「おまえ、それほど善政をしいたのか」 「いや、最初の戦闘で牡丹社の大酋長父子を殺してしまったし、善政をしくひまもなかったが、兵隊 ・ : 生蕃は首狩りで有名だが、最初に首狩りをやったのはわが軍の方 の乱暴だけは厳重に取締った。 。こ。これには弱ったよ」 弟 「ふうん」 「戦死した生蕃十二人の首を青竹にしばりつけて意気揚々と引揚げてきたのだから、こっちの方が野 兄 蕃人だ。関ヶ原の戦争とはちがうぞ、ときびしくしかりとばして、酋長をはじめ蛮民の戦死者の遣骸 章 を叮重に埋葬したので、それから帰順者が多くなった。おれは帰順酋長たちといっしょに大酒を飲ん九 だので、おかげでマラリアにもかからず、兄弟の誓いの鉄輪をいただいたという次第だ」 「はつはつは、それはよかった」