吉之助は伊地知正治のだしぬけな訪問をうけた。正月の休暇をとって骨やすめに帰郷したのだと言 ったが、大阪で大久保が木戸を相手に何かやっていることは、吉之助の耳にも入っていた。伊地知が 大久保の内命をうけて、吉之助の心底を打診し、旧藩士と私学校党の動静をさぐるために帰国したこ とは、聞かずとも察せられた。しかし、伊地知は永年の同志であり親友である吉之助に対して、かり そめにも密偵めいた態度はとらなかった。最初から万事を打ちあけて、こだわりのない話をした。 「木戸というのは全く手におえぬ婆さんだな。大阪まで出るには出て来たが、いくら大久保の爺さん が頭をさげても、東京に出ようとは言わぬ」 当時の政府部内では、木戸を″婆さん〃、大久保を″爺さん〃と呼んでいた。男性的と女性的の差 はあるが、どっちも頑固なうるさ型である点で変りはない。 「毎日のように碁をうっては盃をかわしているが、会談の方はさつばり進まぬ。これじゃあ、まるで 十年前の薩長連合と同じだ。あの時にもおまえと大久保は、木戸を京都まで呼び出したが、半月近く も宴会ばかりくりかえしていて、坂本竜馬がとび出してくるまでは、肝腎の話には一言もふれなかっ : どうだ、おまえ、この際、坂本竜馬の役をひきうけてくれる気はないか」 大久保は正月十四日、五代と吉井をともなって有馬温泉に行き、中山から伊丹にまわり、堺の市村 B 別荘で囲碁と遊猟を試みるなど、閑日月を楽しむふうを装った。 そのあいだに伊藤博文が大阪に着いた。正月も終りの二十三日であった。
あろう、というのが世間のうわさでもあり、政府筋の観測でもあった。 この林有造と江藤新平が同じニ、ーヨーク号に乗合せているのはただの偶然ではなかろう、と政府 の密偵ならずとも疑いたいところであるが、必すしもそうでないことが間もなく判明した。 びん 船が観音崎と剣崎の鼻をまわり、外洋の波に押されて次第にゆれはじめたころ、鼻下に美髯をたく わえた中年の洋服紳士が林の船室にとびこんできた。大げさな慎重さでドアをしめ、薩摩なまりの塩 辛声をひそめるようにして、 「おい、下等船室の珍客はまさしく江藤新平閣下た。おれのこの目でたしかめてきた」 洋服紳士の名は海老原穆と言い、薩摩出身の元軍人である。維新戦争では大山綱良の軍に従って秋 田方面で戦い、明治四年には桐野利秋に従って上京し、近衛の大尉に昇進した。やがて、軍職を辞し て愛知県の地方官に転出したが、西郷隆盛のド野とともに辞めてしまって、今は″天ドの浪人〃と自 称している。 とし 齢は林有造よりひとまわりほど上の四十代で、よく飲みよく遊ぶ豪傑型である。すでに酒気をおび ているらしく、肉付きのいい頬と大きな鼻の頭を赤くしている。 「いやしくも前参議司法卿ともあろう御人が、さしたる供もつれす、ペンキくさい下等船室に身をひ そめてござる。おかしいと思わぬか」 林はうなずいて、
が事をかまえてくる時までは、私には薩摩の山野で遊ばせておいていただきたいものです」 「その方、何歳になった ? 」 「四十と八歳になりました」 「まだ引退は早すぎるそ。余は佐賀の乱がおさまったら、その方をともなって上京すると、三条公に 約東した」 「勝手ながら、それも御辞退させていただきます」 「ふん、その方は昨年末であったか、上京をすすめに来た三条公の使者に対して、馬鹿じゃなかろう かと放言したそうだな。余に対しても、同じことを言うつもりか」 「あなたさまに対しては、まだそのようなことは申上けておりませぬ」 「こいつめ ! 」 しかし、久光は安心したようである。上京のことはともかく、西郷が江藤に呼応して立っ心配はな さそうだ。 「吉之助、余はその方がうらやましいそ」 「何のことでございますか」 「余も本心を一言えば、ここらでひっこみたい。東京はいやだ。開化一筋の大久保・木戸一派の洋風家 どもには、とてもついて行けぬ。くたびれたな。 : その方のように、勝手につむじを曲げて引退で ~ きる立場がうらやましい」 「このまま鹿児島におとどまりになったらいかがでしよう。狩にでも釣にでも、お供いたします」 149 第ハ章敬天愛人
「わからん。あんたの心境が、さつばりわからん。そんな禅坊主のたわごとみたいなものを江藤氏に 伝えても : 「心境といえるかどうか知らぬが、昨夜つくった詩のようなものがある。読んで下さるか」 「おもしろい。拝見しましよう」 西郷は立上がって、床の間の片隅から作詩帖をさがし出してきて、林の前にひろげた。詩句は、 白髪衰顔意とする所に非ず 壮心剣を横えて勲なきを愧ず 百千の窮鬼吾れ何そおそれん 脱出す人間虎豹の群 群 その翌々日、林有造、永岡久茂、山中一郎の一行は鹿児島をたって、長崎に向うために茂木の港ま の で行った。 虎 港の船宿に、山中一郎の顔見知りの佐賀の商人が泊りあわせていた。佐賀城下の様子をたすねると、間 人 「いや、もう大変な騒ぎで、まるで戦争です。たれが征韓党で、だれが憂国党で、どれが県庁組なの 章 五 か、私どもにはさつばりわかりません」 「江藤先生は ? 」 「佐賀にはおられぬようです」
「五十日くらいなら、待てぬこともあるまい」 江藤新平が、 「五十日がすぎれば、大久保参議は大使派遣に賛成なさるという意味か」 「賛否いずれにせよ、確答が得られる。おそらく賛成なさるとわたしは思っているが : 副島はそう言って、大久保の方を見たが、大久保は答えなかった。 「いかん、絶対にいかん ! 」 西郷がどなった。「すでに延せるだけ延した。これ以上延す理由はどこにもない ! 」 再び、沈黙が支配した。西郷の怒りのはげしさがひしひしと感じられた。 副島種臣が言った。 「西郷さんは立腹しておられる。しかし、決して我意を押通そうとなされているのではないと思う。 もっと話し合えば、おのずから了解も生れるでしよう。そろそろ昼飯の時刻、いったん休憩して 「その前に決をとっていただきたい」 破 論 江藤が切りかえした。「本来なら、本日の閣議は無用のものです。すでに前回の閣議で決定したこと 韓 を蒸しかえしただけた。岩倉卿と大久保参議の反対論も充分に聞きました。太政大臣、どうそ採決し征 章 ていただきたい」 第 三条実美は自信のない目つきで、西郷と大久保を見た。どっちも何も言わぬ。三条は懐中時計のふ たを開けて、
わりましよう」 というロ上である。 厄介なことになったぞと思いながら、応接室に通した。西郷は明らかに怒っていた。大きな目が燃 えている。つまらぬ策謀はやめろとどなりたいのを、わすかにおさえているようだ。 「途中、三条卿にもお目にかかって来ました。わたしを除いた会議を開きたいとのことでしたが、断 じて承服できませぬ」 「いや、それは正式の閣議の前に、参議一同の意見をまとめておきたいという、ただそれだけのこと 「意見の相違は、わたしの目の前で堂々と討論していただきたい」 「わたしも大久保も長い旅行から帰って来たばかりで、遣韓大使問題については、まだ留守参議たち と正式に討議したことがない。すでに御承知であろうが、わたしも大久保も木戸も、そなたを大使と することについては、いろいろと疑問を解いておかねば、話が進まぬ」 「遣韓大使のことは国家の公事であり、今日の閣議はその最後の決定の場であります。わたし一個の 進退に関する私事であるならば、遠慮して場をはすすことも考えられるが、国家の公事について欠席 裁判も同様の策謀を行うとは : 「そ、そんなつもりは決して : : : 」 「決してないと申されるのならば、それでよろしい。ここで議論するよりも、閣議の席上で申上げよ う。もし大久保がわたしの欠席を望んだというのなら、大久保に対しても言いたいことがある。
ただの出兵論ではない。死を覚悟して大使になるというのは無茶だが、これはもう信仰のようなもの だ。議論して論破できるものではなかろう」 「西郷は、わたしが引受けます」 「まほ、つ」 「議論よりも覚悟の問題です。相手が死を覚悟しているのなら、こっちも同じ覚悟で対するよりほか : しかし、わたしが反対すれば、西郷はほかの誰が反対したよりも怒ります。意 はござりませぬ。 地にもなります」 「もう怒っているのではないか。われらの動きを察して、意地をはりはじめているのではないか。ど うも、そんな気がする」 「西郷は激しやすい男です。特に、相手が策を弄したと見ると、前後を忘れて暴言を吐く癖がありま す。悪い癖だと知っていながら、自分を制することができなくなるのです」 「なずかしい男だ。三条をはじめ参議たちは西郷を恐れている」 こ御任命雲 : どうぞ、わたしといっしょに外務卿の副島を参議冫 , 「西郷に対しては小細工は禁物です。 れ ください」 流 岩倉はおどろいて、 「副島は征韓論の火元ではないか、彼を一枚加えろというのは : 「それが正攻法です。どこまでも公正な処置をとった上で、堂々と戦うべきです。征韓派にも充分発 ・ : わたしは西郷を窮地に立たせたくない。彼の手足をもぎ取るような小策は弄したく 言させたい。
「土佐の兵隊とは、おれも会津以来のおなじみだ。また韓国で会えるかな」 会津城攻略の主力は板垣を総参謀とする土佐兵で、薩摩からは桐野の部隊が参加した。 「だが、晋介、征韓の先陣は今度は土佐にはゆずらぬぞ。先鋒軍総参謀はこの桐野様だ」 「あわてるなよ。先生は兵隊はつれて行かぬ。随行は土佐からは北村重頼中佐、薩摩からは別府晋介 大尉殿だけと決定している」 「先に行った奴らは殺されてしまう。あとで出陣なさるのはこの桐野少将閣下だ。板垣参議や江藤参 議では、戦争の役には立たぬわい」 別府晋介は馬に一鞭くれて、 「お先に御免。今日の先陣もおれだ ! 」 別荘に着いてみると、西郷吉之助は奥座敷の縁側で、熊吉と柚木少年を相手に荷造りの最中であっ 晋介は庭先から声をかけた。 「先生、もう荷造りですか」 桐野が晋介の肩越しに、 「いよいよ韓国行きですな。お手伝いしましよう」 吉之助はふりかえったが、不機嫌な声で、 「手伝ってもらうほどの荷物じゃよ、。 オし日本橋まで帰るだけだ」 「へえ、韓国行きは取りやめですか」
「こいつ、おれが何のために、こんな外国の山の中まで来たのか、まだわからぬのか」 「三条、岩倉両公には、おれから手紙を書く。せつかく来たのだから、あんたもゆっくりして行って ください」 大山巌は五月のはじめに吉井といっしょに山を下ってパリに行き、今は帰国したくないという手紙 を書いた。 「さりながら、是非帰朝致さず候ては相すまざる思召しならば、恐れいり候えども一筆の伝信を賜り たく候」 とつけ加えて、まさか帰れとはいって来ないだろうと高をくくっていたのであるが、それに対する 返事は、西郷従道の強引な台湾出兵と、列国外交団の干渉、対清関係の切迫を告げた三条直筆の書簡、 つづいて、電報による帰朝命令であった。 命令にはそむけない。しぶしぶながら旅装をととのえて、マルセイユから船に乗り、横浜についた のは十月の始めであった。 吉之助はキラリと目を光らして、 「なに、命令 ? 誰の命令だ。大久保か」 「ちがいます。三条、岩倉両公の電報で。 : : : 最初に両公の手紙持参でやって来たのは吉井のおやじ たったので、一度はことわったのですが : : : 」 199 第八章フランス土産
「それは、閣下の佐賀行きを見張っているのでしよう」 冬の日は短い。横浜を出航したのは正午すぎであったが、城ヶ島をまわって外洋に出ると、海は夜 の色に変りはじめた。南西の風をまともにうけて、船の動揺もはげしくなった。 林有造の船室には、酒も食物も十分に用意されていた。海老原が横浜の南京町から買いこんできた 洋酒、支那酒、塩漬の肉から罐詰類までそろっている。 「どれにいたしましよう。イギリスのウエスケもフランスのブランもあります」 海老原がすすめると、江藤は首をふって、 「日本の酒はないのか」 「もちろん、あります。林君が土佐の銘酒を持参しております」 「それをいただこう。洋酒ぎらいというわけでないが、やはり日本酒の方が舌に合う。 : そうそう、船 の 下の船室に香月経五郎と山中一郎という洋行帰りがいる。香月はオックスフォード大学、山中はパリ逆 反 大学の留学生だから、ウイスキーもブランデーもお手のものだ」 章 「呼んでまいりましようか」 四 第 「いや、あとでよろしい。その前に、話を聞こう。土佐と薩摩の両名士が吾輩をこの船室に拉致した のは、ただ酒を飲ませてくれるためではあるまい」 る一 らち