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検索対象: 西郷隆盛 第20巻
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1. 西郷隆盛 第20巻

ふってみて、 「フランス土産には、まにあわなかったようだな。おれは芋焼酎で歓迎の意を表しよう」 大山が、 「桐野さん、あんたは下戸ではなかったのか」 「薩摩の百姓になってから、芋焼酎にも強くなった」 と、手酌で一口だけ飲み、「ところで、大山、先生は上京を承諾されたか」 「いやいや、まるで岩根のように動かぬ。そう簡単には動かせぬとは覚悟して来たが : 「おまえの口説き方が下手なのだろう」 村田がひきとって、 「大山はまだ口説いてもおらん。よほど気のすすまぬ御使者らしい の教授になれと口説いていたところだ」 桐野は肩をいからして、 産 「そりゃあ、いかん。今が上京の絶好期だ、とおれは思う。 ・ : 台湾征討は失敗だ。北京交渉もうまス くいくはずはない。いまに大久保は尻つぼを巻いて帰ってくるそ。 : : : 木戸はつむじをまげて、鳥尾 フ や三浦の少将連をひきつれて長州に帰ってしまったし : 吉之助がジロリとにらんだが、桐野はかまわずにつづけた。 第 「おまけに久光老公がまた駄々をこねはじめた。大久保と大隈を首にして、一切の洋風を排除し、宮 中の服制も閣議の様式もすべて王朝時代の古式にもどせと言い出した。 ・ : 久光老公は左大臣の位で、 ・ : おれの方から大山に私学校

2. 西郷隆盛 第20巻

治問題に心を奪われてはならぬ。政治のごたごたは大久保、吉井、伊地知などの大先輩にまかせておⅧ け。ほかに黒田清隆もおれば、松方正義もいる。おまえらは、やがて黄海と南支那海、ポセット湾と ウラジオストック沖で起こる海戦にそなえなければならぬ」 山本はびつくりしたように目を見はったが、隼太は不平そうに口をとがらせて、 「ただ、それだけでいいのでしようか」 「いいのだ。おまえらは兵学寮卒業の前に世界周航に出るのだろう」 「は亠め」 「まず世界をまわって来い。その土産話の方をおれは待っている。 : : : 気が屈した時には、″人を相手 とせす、天を相手にせよ〃と自分に言い聞かせるがよい。天を相手にして己れをつくし、人をとがめ ず、わが誠の足らざるところを己れにたずねるのだ。道はおのすから開ける」 二青年はしばらく顔を見合せていたが、山本が、 「隼太、兵学寮に帰るか」 「おれはいやだ。あんな腐れきった東京は二度と見たくない。 っても役に立たぬと思っておられるのだ」 吉之助は微笑して、 「困った奴だな。隼太、どうしても東京に帰りたくなかったら、山本を京都あたりまで送って行け。 途中、よく話合って、それでも意見が別れたら、おまえだけ帰ってくるがよい。おれは日本海軍の大 切な卵が学業を廃することには同意しないそ。これだけは、よくおぼえておけ」 みやげ ・ : 先生は、おれごときが鹿児島に残

3. 西郷隆盛 第20巻

「ところで、ヨーロ ツ。 ( の印象は ? 」 「さあ、それは : : 一口ではつくせません」 「そうでしようね。実はわたくし、休暇をとって、ちょっとイギリスに帰ってきます。アーネスト・ サトーも帰国中ですから、どこかで会えるでしよう。 ・ : もちろん、すぐに帰ってきます。わたくし はもう半分は日本人ですから」 「奥さんと坊っちゃんはお元気ですか」 「日本のサムライの娘は妻として全く中し分ない。息子は健康そのものです。いちど、家に遊びに来 てください。 : あなたは、このまま鹿児島に残りますか」 「それはまだきめておりません。兄の彦八と弟の誠之助は、大久保の政府に義理を立てることはない、 このまま残れと中しますが、吉之助小父は早く東京に帰って、陸軍卿山県有朋と協力して陸軍を建て なおせとすすめます」 「そのためには、西郷さん自身が上京するのが早道ではないですか」 「そのとおりですが、吉之助は自分は病人だ、しばらく遊ばせておいてくれと申します。ウィリス先ス ン 生、吉之助はほんとうに病気なのでしようか」 フ 章 第 医師はしばらく考えていたが、 「病気でないとは申せませぬ。ドクトル・ホフマンの診断のとおり、肥満症のほかに南島から持って幻

4. 西郷隆盛 第20巻

これは手ごわい。まるで道学先生の説教を聞いているようなものだ、と林は顔をしかめ、さらに一 歩だけ突っこんでみた。 「先生は誰にも告げず、ただ一人で帰国されたということになっておりますが、薩摩人で帰国した者 はすでに七百人を越え、その数は日々に増えつつあるというではありませんか。これに加うる在郷の 青年たちで先生を慕う者は万を越えるでしよう。先生が再び廟堂に立たないとすれば、帰国した者の 仕官は道は絶え、万に及ぶ青年子弟の出世の道もまた絶たれることになります」 西郷の顔に苦渋の色が浮かんだ。 「それには、わたしも困っている。わたし自身は再び廟堂の殿様になる気はない。帰国もわたし一人 のことですましたいと思った。吉井にも伊地知にも、薩摩人の引きとめ方を頼んでおいたが、桐野、 篠原をはじめ、みな勝手に帰ってきたのだ」 「帰るのが当然です。私も板垣先生がやめたと聞いて、外務大丞を辞職しました」 「そう、しばらく休んで、頭を冷やし、おのれをふりかえるのも悪いことではないが : 「私のことですか」 「いや、桐野たちのことだ。あれらはまだ若いのだから、いずれそのうちにお上のお召しがあるだろ 五年後か十年後かは知らぬが、日本には必ず外患が起る」 れても、弁明の道はあるまい」 117 第五章人間虎豹の群

5. 西郷隆盛 第20巻

桂久武は心配そうに、 「おぬし、まだ気づいておらぬようだな」 吉之助は首をふって、 「篠原はもともと重厚の質だ。桐野も昔の人斬り半次郎ではない。地位がの。ほるにつれて、それにふ さわしい読書にもはげんだので、もう無学を笑いものにされることもない。昨日も、ヨーロッ 帰った村田新八を同道して、ここに来てくれたが : 「桐野利秋が好漢であることは、おれもよく知っている。ただし、三つ子の魂百まで。生来の荒武者 振りはなかなか抜けぬ。おぬしが山野にかくれて人に会わず、全国各地からの有志者の応対を桐野に まかせておくのは・ 「おれが会えば、西郷党ができるおそれがある。徒党は国の禍いのもとだ」 「桐野はおぬしほどには唐ってはいない。あいつの話はいつも景気がよすぎる。明日にも大軍をひき いて、都に攻めのぼりそうな話し方をする。それがそのまま各地にったわって、西郷はいまにも大乱 人 を起こしそうな風説になる」 愛 天 「風説がどうでも、おれ自身が動かねばよかろう」 「そうはいかぬ。今回も、おぬしは林有造には会ったが、江藤の門弟山中一郎には会わなかった。山 章 中は桐野に会って、西郷は立つものと信じて佐賀に帰った。それが江藤の性急な挙兵の一因をなした ~ ( と一一一一口うものもいる」 「それは :

6. 西郷隆盛 第20巻

事を歴任したが、征韓論破裂の際に、近衛の少尉であった末弟の誠之助とともに辞官帰国してしまっ貶 た。次弟の巌がもし洋行中でなかったら、必ずいっしょに連れて帰ったにちがいないと言われている 硬骨の熱血漢である。 その彦八が、帰国以来、胸部の痛みを訴えて、病床につくようになった。本人はたいしたことはな いとがんばって、医者にも見せぬが、久しぶりに会った巌は、そのおとろえかたの激しさにおどろき、 ただの病気ではないと見てとった。 吉之助は首をかしげて、 「このごろ、さつばり顔を見せぬと思っていたが、そんなにひどいのか」 「咳は出ませんから肺病ではないようですが、 : 悪化しないうちにドクトル・ウィリスに見てもら おうと思っております」 「ウィリスは外科だそ」 「いや、手術でなおる内臓の病気もあるそうです」 英国東洋艦隊付の軍医ウィリアム・ウィリスは、伏見鳥羽の戦の際に、大山巌がアーネスト・ ーに頼んで借受けてきた名医である。西郷従道をはじめ多数の重傷者が彼の手術で命を取りとめた。 その後の北越戦争にも会津戦争にも、ウィリスは従軍をつづけた。大山巌が若松城の大手門で重傷を うけた時には、ウィリスの直接の執刀はうけなかったが、彼の門弟たちのいる野戦病院のおかげで助 かった。 維新後は、一時東京医学校の校長になったが、政府の方針がドイツ医学に変ったので辞職したのを、

7. 西郷隆盛 第20巻

ている。 「税所、おまえは学者だ。薩摩平田学の大先輩だ。おれが逃げ出す気持はわかってくれると思ってい 「おれとても、政治が俗事であることくらいは知っている。しかし、ただの俗事ではない。政治は公 事で国事だ。国の安危と人民の福利を思えば、堺県令などという俗務もおろそかにできぬとがまんし ている」 「おれも三年間がまんした」 「もうすこしがまんしてもらいたかった。おまえには徳がある。誰もおまえを政府から追い出そうな どとは考えていまい。 : おまえが薩摩に帰って、もう出て来ないとなったら、東京はがらあきにな るそ。少なくとも薩摩出身の武官の大半が帰国してしまう」 「そうさせないために、おれはひとりで逃げ出してきたのだ」 群 「ひとりですむと思っているのか。桐野、篠原、逸見、別府晋介をはじめ血の気の多い連中が、おま の 豹 えのいない東京にじっとしているものか」 虎 「いや、軍人どもには、あくまでふみとどまって皇都を守護せよといましめてある。文官どもも動揺間 せぬように吉井幸輔、伊地知正治、川村純義、弟の従道によく頼んでおいた」 章 「そう註文どおりにはいくまい。おまえが職を辞しても東京のどこかにおれば、吉井や伊地知の説得五 も効く。いなければだめだ。 : : : 警保寮や海軍の連中も動揺するそ。村田新八や大山巌は外遊中だが、 これも西郷勇退と聞いたら、とんで帰ってくる。いよいよとなったら、このおれとても怪しいそ。西

8. 西郷隆盛 第20巻

大隈は首をふって、 「という確証はなし 、。だが、佐賀が全く無関係だとも言えぬ。火の手はもう上がっている。そこへお ぬしが飛びこむのは、それこそ飛んで火に入る夏の虫だ」 「この江藤を虫だというのか」 「ちがう、ちがう。おぬしが佐賀に帰ったら、猛火をさらにかき立てて、おぬしもろとも焼き殺そう と目論んでいる恐るべき男が政府部内にいる」 「ふふん、おぬしは大久保利通という男を買いかぶりすぎている。それとも、おぬしは世間のうわさ おおとも くろぬし どおり、大久保の芋蔓につながり、やがて次の天下を狙う大伴の黒主か」 大隈重信は厚い唇を曲げて、 「おれの薩摩芋ぎらいを知らぬおぬしではなかろう」 江藤は胸をはって、 「大久保という男は、薩摩あっての参議内務卿だ。その薩摩の実力者は、すべて西郷について国に帰 ってしまった。 : 今の大久保は脚をもがれた蟹、一介の俗吏にすぎぬ。維新の大理想も大陸経営の 大目的も忘れはてた門前の小僧だ ! 」 「おどろいたな。こりゃあ、たいした自信だ」 さすがの大隈も、この放言にはあきれ顔で沈黙してしまった。 その翌々日、江藤新平は横浜から出航したのである。

9. 西郷隆盛 第20巻

とかには会わぬ。応対は桐野とおまえにまかせる」 林有造の西郷訪間は、これで二度目である。前回は民選議院と愛国公党の組織について、参加と署 名を求めに来たのだが、 「趣旨は大いに結構だが、おれの出る幕ではなかろう。人にはそれぞれ道がある。おれはおれの行く 道を考えている。板垣君もおのれの信ずる道を進んでもら、こ、 しオし」とことわった。板垣はこの返事で だいぶ気を悪くしたようだが、直接行動派の林には気に入った。これはおもしろい、西郷はきっと何 かやる、議会だ政党だなどという廻り道は考えていないようだ、と自分流に解釈した。 今回も板垣の伝言というのは、半ばは口実であった。″愛国公党への参加をもういちど懇請してく れ〃と板垣に頼まれて、″やってみましよう〃とひきうけたが、西郷が承知するとは思っていなかった。 林は海老原や永岡の一党と相談して、西郷の心底をたたき、挙兵の意志があるかどうかをたしかめた いと考えた。途中、江藤と同船し、神戸で岩倉遭難の報を聞いたことが、彼の持って生れた反骨にひ びき、″これは望みがあるそ。ここまで情勢が進んたら、西郷もじっとしてはおれまい。西郷が動かな ければ、桐野、篠原、別府、逸見などの側近を動かすという方法もある〃。 林有造が武村の西郷を訪ねたのは、二十日の午前であった。よく晴れて、風がなく、桜島の噴煙も まっすぐに立ちの・ほっていた。西郷は裏庭に犬を集め奄美大島から呼びよせた庶子の菊次郎を加えた 四人の子供たちと遊んでいた。 林はすぐに書斎をかねた裏座敷に通された。西郷は着物の裾の枯草をはらい、妻のさし出す羽織を 着て、縁側から上がってきた。 112

10. 西郷隆盛 第20巻

ことはできませぬ。辞職して故山に帰るつもりであります」 低く沈んだ声であったが、これは板垣と副島の耳にも聞えた。三条と岩倉は顔色を変えたが、西郷 は言い捨てて控えの間の方に姿を消した。板垣、副島、江藤、後藤が小走りにそのあとを追う。 征韓派の参議五人がおのすから控えの間に集まった。 後藤象二郎が、 「今日は陛下の賜餐があると聞いたが、まだ出ていないようだな」 制服の給仕掛がかしこまって答えた。 「賜餐は夕刻でございます」 「ふふ、夕刻まで堂々めぐりの議論がつづくのか。ご苦労な話だ。おれの弁当を持って来い」 参議たちはそれそれ弁当をはこばせて、すすまぬ箸をとった。西郷の弁当は例によってゴマ塩に梅 鬲島種臣がその握り飯を横目でながめながら、弁当とは関係のないことを言っ 干の握り飯であった。リ 「西郷さん、あんたは辞職すると申されたな」 「そのつもりだ」 「あんたは破れると思っておられるのか」 「破れたら辞めるよりほかはない。退くは天の道なり」 「それは老子の言葉だが、すこしちがうようだな。功遂げて身退くは天の道なり。あんた、功成り名 遂げたと思っているのか」 45 第二章征韓論破裂