正助 - みる会図書館


検索対象: 西郷隆盛 第3巻
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1. 西郷隆盛 第3巻

時勢の波に押し流されたまま自減ですな」 だが、そのくらいなことは、私にもわかっているつもりだ」 「相変らず激しいな。 かんと ) 「では、どうして奸党一掃を決行しないのです。ぐずぐずしていては、こっちの方が一掃されてしま いますぜ」 「それも考えている」 学者というのは考えるのが商売 : : : だが、先生、あんたは学者だ 「へん、考えているだけでしよう。 そうしょ ) かん が、腰に刀を差している以上は武士でしよう。 壮士腰間三尺の剣、腰の刀が伊達でないのなら、やる べきときには、すばりとやってもらいたいものです」 「斬れというのか ? 」 「まあ、そこらでしような」 鮫島正助は灰吹きを。ほんと鳴らして、煙草の煙を斜めに吹く。関勇助は正助の血走った瞳を、じっ と見かえしていたが、 「正助、お前の言葉は耳に痛い。しかし、われわれとても、この一年間を無為にすごしたわけではな : お前がこうして私に直言してくれるように、われわれもまた殿様に向って中上げることだけ は申上げた」 「へえ、中上げましたかね」 「正助、言葉をつつしめ。お前は士籍を削られたとはいえ、生れは武士だ。精神もまた武士にちがい : 武士にとって、君命がいかに重く、忠義がいかに大切であるか、知らないわけではなかろ

2. 西郷隆盛 第3巻

「正助、もうしし 、、。そんな意見は若い者の前で吐け。西郷や有馬や大久保が何と答えるか。お前の耳 で聞いて来るがいし」 「ああ、聞きに行きますとも : : はるばる薩摩のはてまで帰って来て、こんな意気地のない話を聞か されようとは思わなかった。老人や学者先生の意見はもうたくさん ! 話は若い者とするにかぎりま すよ」 「そうはゆかぬ。今では若い者たちも、お前ほどには昻奮していないようだ」 「昻奮 ? : へつへつへ、さかりのついた犬じゃあるまいし。 ・ : あんたがたの方が、睾丸をぬか れた犬のように気がぬけてるんですよ」 「相変らずロの汚い男だ」勇助は苦笑して、「だが、お前の怒る気持もわかる。お前も永い間の同志だ。 いっさいを捨てて東奔西走、われわれのためにつくしてくれている。永く国をあけて久しぶりで帰っ て来た目には、今のわれわれの態度が意気地なしと見えることだろう。だが、しかし : : : そうだ、こ れを読んでもらおう。これを読めば、お前の気持もいくらか静まるかもしれぬ」 勇助は立上って、床の間の手文庫の底から一綴りの書類を取出し、うやうやしく押しいただいて、 正助の前においた。 「なんです、こりゃあ ? 」 「膝を正して読め。殿様の御親論書だ」 「えっ ? こいつはいけねえ ! 」正助はあわててすわりなおして、「拝見していいのですかい ? 」 「読むがいし 。正本は伊東才蔵にかえした。これは写しの方で、同志たちに回覧したものだ」

3. 西郷隆盛 第3巻

二人の間には気まずい沈黙がつづく。 きせる 正助はしきりに煙管を鳴らし、いろいろと煙を吹きあげていたが、 「いったいあんた方は、本気であんな上申書を書いたのですかね。 ・計画が粗漏だったなどと今さ ららしくいうが、水戸を通じて幕府に訴えるなど、そんなことを殿様が許すはずのないことは、はじ めからわかっているではありませんか。 : できないと知りつつ、願い出れば殿様もいくらか考えな おすだろう : ・ : というつもりではなかったのですかい ? 」 「いや、僕はできると信じていた」 「西郷さん、あんたは幾歳です ? 」 吉之助はキラリと目を光らせて正助をにらんだが、思いなおして、静かに答えた。 「二十七です」 「それにしては考えが若すぎる」正助は煙草の煙の中で、唇をゆがめ、「天下を動かそうと思ったら、 もっと考えを大きく持つのですな。殿様に叱られて、小さくなるだけが男の芸ではありませんぜ。時 には、逆に殿様をおどかすくらいの策略と胆っ玉がなければ天下の志士とはいえません」 「策略では、人を動かせぬ」 「相変らず坊主臭いことをいう。策略がいやなら、胆っ玉で行きましよう。ど、、 ナししち、殿様をただこ わがっているその精神がいけない。殿様だって、将軍様だって、もっと高いところから見れば武士の

4. 西郷隆盛 第3巻

「そうですかい。あまりおどかさないでくださいよ。殿の御親筆だとなると、うかつに開いては、目 がつぶれますからね」 親論書は半紙十数枚にわたる長文のものであった。 正助が唸ったり、首をひねったりしながら読んでいる間、関勇助は両手を膝に、身じろぎ一つせず、 正座していた。 「昨夜中認め、わけて不文乱筆に候えども、舌代までに申達し候。この意味とくと相含み、勇助等へ 程よく申し聞かすべく候。それとも、ほかに尤ものわけも候わば、何ケ度も承るべく候事』 終りの部分を声を立てて読み上げて、正助は、 : これじゃあ、若 「これだけの長い手紙を殿様御自身でお書きになったとすれば、大したものだ。 い者もおとなしくならないわけには行きませんな。 ・ : 当国は昔より隼人と唱え、人気勇壮比類なく 候えども、第一の堪忍は薄き方にて候間、堪忍の二字第一に心掛くべく候。漢の韓信も恥を忍んでこ そ、世に美名を挙げ申し候、か : : : ふうん」 の 尺 「われわれの上申書の箇条に一々くわしくお答えになっておられる。読みながら、冷汗の出るところ 間 も多かった」 腰 : だが、どんなもんでしよう。殿様のお言葉は一々御尤も至極だが、 「だいぶ叱られておりますな。 つまるところは堪忍堪忍、待て待て家来どもということになりますね。とんだ鷺坂伴内だ」 五 第 「正助 ! 」 「へつ、殿様を伴内にたとえたわけじゃありませんがね。いったい、あなた方家来どもは、いつまで

5. 西郷隆盛 第3巻

「だが、お前の方から申し出てくれたとなれば問題はない ・ : ところで、昨夜は何を考えたかな・ 何を考えて急に決心したのか、ひとっ聞かせてもらおうか」 吉之助はぼっと頬を赤らめて、しばらく黙りこんでいたが、やがて思いきった口調で答えた。 「鮫島正助の話を聞いて、恥ずかしくなったのです。 : 一家の事情や一身の都合を考えてぐずぐず している時ではないことがわかりました」 「ほう、お前も正助に火をつけられた組か ? 」 「私は鮫島の自由な立場をうらやましいと思いました。いっさいを捨てて大義のためにつくす態度に は感服しました」 「鮫島は何といった ? 」 「各藩の志士は、名を捨て家を捨てて、ぞくそくと江戸や京都に集っていると申しました。脱藩の覚 悟で大義のためにつくすものがなくては、薩摩は救われぬとも申しました。言葉の調子は相変らず皮 肉でしたが、彼の真剣な気持は、私にもよくわかります」 言下に答えられて、吉之助はなんだか気のぬけたような思いである。茫然と立ちすくんでいると、 勇助は先に立って座敷にあがり、 「決心がついたのは何よりだ。実は伊東才蔵から返事があ 0 て、お前をお供に加えることについて、 重役の内諾を得たといって来たが、お前はだいぶ迷っている様子だったので、知らせるのをひかえて いたのだ」 100

6. 西郷隆盛 第3巻

待つつもりなのですかい ? 」 つぎの日の夕方、鮫島正助は下加冾屋町に姿を現した。どこに宿をとったのであろう、筆の荷物だ けもっているが、道中差をはずした丸腰で、新しい足袋に雪駄のすっきりした町人風であった。 まず、大久保市蔵の家に行ったが、留守。つぎに、西郷吉之助の家にまわると、吉之助自身が玄関 に出て来て、 「やあ、鮫島さんか。これはめずらしい。どうぞ、どうそ : : : 」 と、先に立って、奥の部屋に案内した。町人に対する態度ではなく、同志として先輩として充分の 敬意をこめた態度であった。 「いっ帰られた ? 」 「昨日。・ : ・ : 関勇助、有馬一郎諸先生のところをまわって来ましたが、国許の様子も一向さつばりし ないようですな」 吉之助は無言でうなずく。 「なにしろ大変な御親論書が出たものですね」正助は皮肉な口調で、「わが党は、ここ当分、手も足も 出なくなった形じゃありませんか」 「あなたはもう読まれたのか」 「読まされましたよ」

7. 西郷隆盛 第3巻

第六章水上坂 鮫島正助は、木枯のように来て、木枯のように去って行った。 いや、それは木枯というよりも野火であったかもしれぬ。彼にあったものはすべて、冷たい皮肉と 激越な放言に心を吹き荒されたが、同時に心の枯草に火をつけられて、野火のように燃え上るものを 胸底に感じた。 吉之助もその一人であった。彼は正助が風のように去って行ったその晩、ほとんど眠れなかった。 薄い蒲団の裾で、冷えわたる足先をもみ合せながら、東の窓が白むころまで目をさましていた。二番 鶏が鳴くと、間もなく妻のお俊がそっと起き出す気配がした。吉之助は床の上に起きなおって、 「お俊、もうそんな時刻か ? 」 あなたはどうして ? 」 「うん、眠れなかった」 「どこか、お身体でも : : : 」 あんどん : お俊、ちょっと行燈に灯を入れてくれ。話がある」 不思議そうに首をかしげたが、お俊はすなおに台所の方に行き、埋火を附け木に移して来た。行燈 95 第六章水上坂

8. 西郷隆盛 第3巻

美貌の若侍であった。 すれちがいかけて、若侍は軽いおどろきの声をあげて立止った・ 「おう、お前は ! 」 あぎんど 「へい、筆の商人でございます」 ・高輪の藩邸・ : : こ 「いや、たしかに、どこかであった。江戸かな ? ・ : : 「はい、江戸にもまいったことがございます。どうそごひいきに : : : 今日は関先生のところへ品物を い、ごめんください」 持ってうかがうところでございます。先生は御在宅でございましような。へ 面を伏せたまま、さっさと駆け出してしまった。若侍はその後姿をしばらく見送っていたが、 ・ : それとも京都だったか ? 」 「怪しい奴だ。どこであったかな。江戸か ? 行商人は後もふりかえらず、坂道をのぼって関勇助の裏庭の柴折戸を開け、のそのそと入りこんで 行った。 「へい、今日は」 の 主の勇助は縁側近く持ち出した机によって、書類らしいものを開いているところであった。きっと尺 なって顔をあげ、 「何者だ ! 」 章 「へい、長崎の筆屋でござい」 五 第 「おう、お前は鮫島 ! 」 「なあに、筆屋の正助でございますよ」 おもて さめじま

9. 西郷隆盛 第3巻

ず に僕 か途派カ そ に う 疑 い は よ ね 。問 て 有 は イ夋 士 ば 話 圧 う も へ久 の は し 冫こ 斎之倒 来村す も す熱も し 対 の光 か な と 。れ で情湧 る 俊 は助 しれす 気 さ し ら の の が斎 、ぬ 君 は れ が と く が長 て か に ぬ る 。斬 。深 行 実 は ね子 に い つ づ引 いき 出 数 之 奸そ 慮 明 動 / 打 う ま よ を 。ま け き が助 日 を う り 世 な を 途 日 か か 中 ず の決信 の 決 だ謀 でけ て な も 子 っ 行 た も 心 念 ら は だ て に と か し、 と 。葉 すす 行出 れ ら も選 と 殿 国 か し い湧 許申様 っ発 る れ て ら を て つ ん ば て す い聞 う た の 上 に し だ と げ と 深 ま 同 お る る か て と い の斉 古て 目 今 う 聞の 考 て い と 方 彬、 い く だ す ん 考は た 夜 と か葉 者 ぐ カ : ち 密 る の る り の に と 軽決方 に 消 、碇 に 圭 は ら な し 檄 わ 出 挙 が藩山 心 を て と れ す 文し 、を て そ と を正政将 て い変 た使 俊し 知 の曹 を と し ん し ら葉 き 書 だ者 斎 ま な つ い前 る ん 第十一章 193 巨 盃

10. 西郷隆盛 第3巻

「いっ帰った ? 」 「今帰って来たばかりですよ。 帰ってみて、おどろきましたね、まったく。い やしくも関勇助大 先生とあろうものが、いまだにこんな谷の奥の百姓屋にくすぶっていようとはー : へつへつへ、 ものがしら 私はね、さだめし先生は今ごろ、物頭か町方奉行くらいには取り立てられ、堂々と町の真ん中に居を いかりやま かまえて、碇山や島津豊後の一派を押えていることだと、楽しみにして帰って来たんですがね」 「鮫島、それは皮肉か ? 」 「皮肉どころかー それはそれとして、ちょいと上らせてもらいますかな。へ い、ごめんなさい」 荷物を縁側におき、庭石の上の下駄をつかんで井戸端に行って、ジャアジャアと足を洗いはじめた。 その間に、勇助は机の上の書類を片づけ、下男を呼んで火鉢に燠を盛らせて、席をつくる。鮫島正 助は坐りもあえず、せきこんだ口調で、 「いったい、御赦免のことはどうなっているのですかね。御襲封以来、もう三年ですよ。まだ一人も 許されたものがないとは、殿様も殿様だが、あなた方はいったい何をしているのです。少しはその方 の努力もしているのですかい ? 」 「しているつもりだ。ー大久保市蔵など、この六月に謹慎を解かれて、記録所に出仕している」 おぎのえらぶじま 「親父の方はまだ沖永良部島でしよう」 「いずれそのうちに呼びかえされる」 「いずれそのうちで、三年たちましたよ。筑前にいる脱藩組にもあって来ましたがね、四人とも、も うお許しが来そうなものと首を長くして待っています」 ぶんご おぎ