頼三樹三郎 - みる会図書館


検索対象: 西郷隆盛 第6巻
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1. 西郷隆盛 第6巻

出京早々、ほとんど間髪をいれず、出鼻をたたかれたわけであゑ主膳はこの文章の起草者を梅田 雲浜だとにらんだ。目明し文吉の報告によれば、その夜、投書してまわった浪士風の一味は、薩摩屋 敷に逃げこんだということである。梁川星厳、頼三樹三郎、池内陶所、春日潜庵など「悪謀儒者」仲 間のうち、薩摩と一番関係深いのは梅田雲浜である。 : この証 「ます梅田あたりからはじめて、五、六人も縛り上げれば、悪謀の証拠は山ほど挙がる。 拠を突きつければ、公卿では近衛、三条、久我、中山。大名では水戸、尾張、越前、長州、薩摩、こ とごとく足元をさらってたたき落すことができるのだ」 半ば一人言のように言って、主膳は銀煙管を鳴らす。島田左近は目を見張ったまま答える言葉もな いと言いたげな顔つきである。長野主膳の手腕には信頼しているが、話が少し大きすぎる気がする。 浪士や儒者を縛ることは、近く上京する新所司代酒井若狭守にも出来ようが、公卿と雄藩に手をつけ ることま、 をいかに井伊大老の権力を以ってしても不可能ではなかろうか、と京都育ちの彼には危ぶま れる。 「黒星三つか」 主膳はつづけた。「投げ文が一つ、西郷某を江戸にやったことが二つ、水戸への密勅が三つ。しかも うかっ 鵜飼幸吉と日下部伊三次の出発を三日たってもまだ知らなかったとは、島田、お互いに迂濶だったな」 「三つの黒星は六つにして返上しなければならぬ」 「しかにも ! 」 1 ↓ 0

2. 西郷隆盛 第6巻

越前、左脚は遠く南にのびて、筑前、肥後、薩摩を踏まえているといわれる。鯰にしてもよほどの大鉢 鯰である。 たとえば、このたび関東に下された勅諚、『仮条約は違勅なり。御三家の一人、もしくは大老を上京 せしむべし』という断乎たる勅命は星巌の発案に成ったもので、久我大納一一一口、青蓮院宮を通じて、天 聴に達し、御嘉納を経たものだといわれている。これも、近ごろ頓に激しさを加えた星巌の行動から 推せば、かならずしも根のない噂ではないらしい むせるような草いきれ、加茂川の水も湯気立ちそうな真昼時。今日も朝から「鴨沂小隠」には人の かすがせんあん 出入りがあわただしかった。僧月照と春日潜庵は朝方の風の涼しい時刻に来て、すぐに帰って行った らいみぎさふろうだいがく が、間もなく頼三樹三郎が大楽源太郎を従えて乗込んで来た。 ぎおん 三樹三郎は祇園の朝がえりだと言って、すでに酒気を帯びていた。星巌夫人の紅蘭女史に叱られな がら、子供のように酒をねだって、源太郎と二人、肩肌ぬぎになってねばっている。 かんかんがくがく 例によって、侃々諤々の議論であるが、星巌は卓によって如意棒をもてあそびながら川を眺め、も う聞きあきたよと言いたげな表情である。 「居士、老竜居士 ! 」 三樹三郎は膝をたたいて叫ぶ。「あんたは彦根に住んたことがありましたね」 「ないよ」 「いや、あった。確かにあったはすだ。彦根にはあなたの弟子は多い。家老岡本黄石の家に住んだこ とがあるでしよう」 とみ

3. 西郷隆盛 第6巻

「うるさい男だな、住んだことはない。ただ遊びに行っただけだ。かれこれ十年ほども前 「なんとかして、彦根城の図面は手に入りませんか」 「攻める気か」 「もちろんです」 三樹三郎は肩を怒らせてカむ。 「丘 ( はどこにいる」 「どこにでもいますよ。なあ、大楽、老竜居士さえ腰をあげてくれれば、今日中にでも三百 : 五百の兵があつまります」 ひげ 星巌は静かに鬚をなぜ、奥歯の抜けたロの奥で一人言のようにつぶやく 「五百ではたりぬ。二千 : : : 少くとも千五百」 三樹三郎は聞きとがめて、 はくろうしゃ 「老竜先生、何と仰せられる。博浪沙の一撃は張子房ただ一人で決行した。陳勝呉広がその挙兵に当 かぶん って、兵の多少を論じたことは寡聞にして僕はまだ知らぬ」 大楽源太郎も進み出て、 「元禄の死士はわずかに四十七人。大楠公は千にたらざる兵をもって関東百万の大兵を撃破しました。 彦根城襲撃の一挙は必すしも必勝を期しませぬ。皇権回復の前哨戦として、天下を激せしむればたる一一 のであります。私は五百人どころか、百人で充分すぎるとさえ思っています。彦根城頭に斃るる百人 の死士は、やがて日本六十余州に百万の勤皇の軍を呼び起すでしよう」 たお 35 第章赤鬼

4. 西郷隆盛 第6巻

「ごめんあそばせ。そんなつもりで申したのではございませんのに・ 「ふふ」 主膳は喉の奥で笑って、「さて、久しぶりだ。何を御馳走しようかな」 「私はもう結構」 「一はうこ 「なたのお顔を見ただけで、ここが一杯ですの」 と、胸に手をあてて娘のようなしなを作る。主膳は顔をそらして、 「月が出ている。四日月か」 きようたい かす江は自分の嬌態をたしなめられたことに気がついたのであろう、居すまいを正して、真顔にな 「酒井様は今日御着京。もうおあいになりましたか ? 」 「酒井には桑名であった」 「桑名で ? 」 「彦根から桑名まで出迎えたのだ。あってみたが、・ とうも頼りない殿様た。 : : : 着京次第、梁川星巌、 猟 梅田雲浜、頼三樹三郎、池内陶所、春日潜庵、少くともこの五人は即時に逮捕しなければならぬと一 = 〔 章 ってやったのだが、確たる証拠を見た上で、などと生ぬるい返事だった」 「相手は浪人儒者ではないか。京都所司代ともあろうものが、何を遠慮することがいろう。証拠はこ

5. 西郷隆盛 第6巻

「えつ、頼先生もやられましたか ? 」 と、俊斎が叫ぶ。 「いや、三樹三郎は例の短銃を持って、その場からとび出して行ったが、とても警戒がきびしくて近 寄れないと帰って来た。ひどく昻奮して、こんどは俺の番だとどなるので、取りしすめるのに困りま した」 一同は顔を見合せた。誰も言葉を発するものがない。来るべきものが来たという感しではあるが、 少し早すぎた。弾圧が開始されるにしても、間部着京の後だろう、また十日あまりの余裕があるから、 、と思っていたのである。不意討ちであった。立上らぬ先に横面をは そのあいだに対策を講ずればいし られた気持であった。 伊地知正治がかすれた声でたすねた。 「では、今のところ、逮捕されたのは、雲浜先生一人ですね」 「そう、今のところ、ほかの者は無事のようです」 さしがね 「一人だけというのはおかしい。酒井所司代の差金だとすると : ・雲浜先生はもとは酒井家の家臣、 その縁故をたどって時局に関する激しい直言を上書したという噂があるから、それが酒井を怒らせて、 こんな結果になったのではないだろうか ? 」 「とい ) っ・と ? 」 「つまり、雲浜先生の逮捕は酒井若狭守との個人的な関係から来たので、これをもってただちに弾圧 の開始だと見るのは少し思いすごしではないかとも考えられるが : 192

6. 西郷隆盛 第6巻

客は島田左近であった。 なま 部屋の中の艶めいた空気にも気がっかぬげに、そわそわと落ちつかぬ腰つきで、かず江のすすめる 座蒲団に坐って、 「長野、すこし急がなければならぬそ。どうも、浪士たちの動きが怪しい」 「ふうん」 「鷹司家を頼って、水戸の連中がだいぶ入りこんで来ている様子だ。鷹司家の小林良典が鵜飼吉左衛 門父子と手をつないで、しきりにとびまわっている」 「そうらしいな」 「梅田雲浜と頼三樹三郎のところには、長州の書生どもが泊りこんでいる。久坂玄瑞をはじめ、例の 吉田松陰の弟子たちが、相当上京して来たらしい。それに、今そこで文吉にあったら : : : 」 「文吉 ? 」 「そう、君にあいたいと言って、この家の前をうろうろしていた」 人 主膳はかず江の方をふりかえって、 「また尾けられたな。油断ならない奴だ。ああ、いや」 猟 思い返したらしく、島田の方に、「文吉がどうした ? 」 「君にぜひ報告したいことがあるというのだ。二、三日前から例の薩摩の西郷吉之助がまた柳小路の八 鍵屋に姿をあらわして、しきりにとびまわっているという。鍵屋には薩摩だけではなく、筑前か肥後 の藩士らしいのが二、三人泊っているそうだ」

7. 西郷隆盛 第6巻

いそいそと側に寄ろうとするのを、主膳は軽くはずして、 「水戸はもうつぶれた。次は京都だ ! 」 「ここに宇津木から手紙が来ている。あとで読むがよい」 主膳の自信はかならずしも女を喜ばせるための技巧ではなかった。 彼は九条関白をかならず復職させることができると信じている。たとえ辞表は受理されても、関白 を正式に更迭するためには、幕府の承認を要する。この承認を延ばせばいいのだ。酒井忠義の腰は弱 いが、関白更迭に関する回答を延期させることだけは承知させておいた。そのあいだに悪謀の根源た る儒者浪士ならびに公卿の諸太夫をたたきつければ、九条関白はおのずから元の位に還るにちがいな それでも駄目なら、最後の手段として、鷹司、近衛、三条の三卿に隠居謹慎を命する。場合によっ ては、青蓮院宮あたりまで手をのばしてもいし 。あとの責任は自分が持つ。 「かず江、もっと注げ。お前も飲むのだ」 : うれしゅうございます」 「俺は憎い ! 浪人儒者どもが憎い。星巌は死んだが、まだ雲浜も頼三樹三郎も潜庵も : : : 月照とい う坊主も残っている。今にみろ。今に見ておれ ! 」 こうてつ 169 第八章猟人

8. 西郷隆盛 第6巻

なるみ 「目明し文吉につきまとわれ、鳴海の松並木に先まわりされて、とんだ活劇を演じて来たところです」 「やつばりそうでしたか。 : : : 実はあなたが出発された後、梅田先生が月照和尚にあわれて、あなた の話を聞き、それは危い、長野主膳が上京して来ている以上は、きっと追手をかけるにちがいない、 誰かに跡を追わせなければということになって、私がその役を買って出たのです。 : : : しかし、御虹 事でなにより、 : べつにお怪我も : 「いや、大丈夫でした。 : それにしても、長野主膳という奴、どうして、こんなに早い手廻しがで きるのでしようか。私が出発したことを知っているのは、月照和尚のほかにはいないはすだが : 「よほど広い網を張っているのですね。 ・ : 京都では、梅田先生も頼三樹三郎先生も、長野を斬って しまわねば事は運ばぬと申しておられるが : 「斬るべきでしよう」 「長州の久坂や大楽は見つけ次第斬るといっていますが、まるで風のような奴で、京都に着いたとい うことはわかっても、どこにどうかくれているのか見当がっかぬ。ただ、彼の悪謀の結果だけが次か ら次にあらわれて、われわれの仕事をくつがえして行くだけなのです。思いがけない場所から横槍が 出て、その時はじめて、これも長野の仕業だったかと気のつくような有様 : : : 」 「ますます斬らなければならぬ」 「お言葉のとおり。だが、まあそれは京都の同志が引きうけてくれるでしよう。あなたとしては、近三 衛公の密書を江戸に届けるのが仕事。 : : : 密書は無事でしような」 「無事です」

9. 西郷隆盛 第6巻

霜おきまさる袖の浦波」 俊斎がぶッと吹き出した。 うふツ、秋の方があきれて風邪をひきやしない 「はつはつは、その顔で : : : 身にしむ秋の風寒み : 力」 話は尽きなかったが、徹夜にはならなかった。有馬新七は疲れていたし、お互いに酒よりも大切な仕 事を持っ身の上であるから、身体を大切にしようと、一同は適当な時間に酒宴を切りあげて床についた。 翌る日の未明に起きて、吉之助は手紙を書き、使いの者に持たせて月照に届けさせた。すると返事 のかわりに、月照自身があわただしく鍵屋に姿を現した。 月照の目は赤くはれあがっていた。いつものにこやかな微笑はロ辺に漂っていたが、この人として は珍しく態度に落着きがなか 0 た。有馬新七との久しぶりの挨拶も終らないうちに、月照は少しうわ ずったかすれ声で吉之助に言った。 うんびん 記 「御存じか、昨夜、梅田雲浜がやられた」 「よこッ 「伏見奉行所内藤豊後守の手の者が二百名あまりも梅田の寓居を取りかこみ : : : 」 「二百名 ? 」 「私が見たわけではない。二百名あまりというのは町の噂だが、しかし、梅田が捕えられたことは事十 実です。昨夜は梁川星巌の追悼会で、われわれは老竜庵に集ま 0 ていたところ、その席上に急報が入 って大騒ぎになった。頼三樹三郎も : : : 」

10. 西郷隆盛 第6巻

かず江は、胡瓜もみの小皿に箸をつけようとする主膳の手をおさえて、「の生身が入っているよ うでございます」 : はつはつは、コロリか」 「はい、老竜庵の悪党が死んだのも、鱧がもとでしたとか : 老竜庵主人梁川星巌は昨日、九月三日、焉として逝いた。死期近づくと知るや、男子は婦女の手 こうらん に死せずと言い、妻紅蘭女史を別室にしりぞけ、床の上に正座し、同志の頼三樹三郎、門人の江馬天 きようわらペ 江に前後をまもられて瞑目した。死因は流行のコロリ病だと、すでに噂は京童のあいだに伝わって 「奴め、いい時に死んだ」 「ほんと ) っこ。 冫いっそ悪謀家ども、ひとり残らずコロリと死んでくれたら、さそせいせいすることで ございましよう」 「そうじゃないしし冫 、時こ死んだ仕合せ者だと言っているのだ。もう十日も生きていたら、俺の手で ざら 殺してやった。 ・ : 四条河原に生き晒し、それとも江戸に送って小塚っ原の獄門台に首を乗せて : : : 」 おろおろするかす江を尻目にかけて、主膳は箸をとり、鱧の胡瓜もみを汁も残さず食べてしまった。 猟・ 「まあ、あなた : 章 「星巌は鱧に負け、コロリに負けた。長野主膳は負けないそ。もし負けたなら : : : はつはつは、それ八 までの話だ」 眉根が青みわたっている。男の目の光に射すくめられて、かず江はかすかに身ぶるいした。 きうり ん