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検索対象: 西郷隆盛 第8巻
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1. 西郷隆盛 第8巻

「ふうん、腹が立つかな。腹が立っ間はまだ娑婆っ気が残っているのだ。俺は近ごろは腹も立たなく よっこ。 : おっと、聞き忘れた。いったいお前は、何の咎で島流しになったのだ」 「それを聞くな」 「なぜ聞いてはいけない。まさか盗みや人殺しをしたわけではあるまい。やつばり島津豊後一派の差 がね 金だろう」 「さあ、それだけだとも言えない」 「そんなに複雑な理由なのか。俺のは簡単明瞭だ。あまりに簡単すぎて馬鹿馬鹿しくてならぬ。他人 の通帳にちょいと判をついただけで、島流しだと来やがった。あきれて物がいえん」 「まほ、 ) 」 「昌平黌の留学生に池田某という奴がいたのを覚えているか」 「知らん」 「知らんのが当り前だ。取るにたらん虫けら野郎だ。藩の留学生の中でも鼻つまみの奴だった。こせ けち こせした胡麻すり野郎で、おまけに無類の吝ん坊と来ている。学資はたつぶり送ってもらっているく おんばう からすがね せに、友達の交際は溝さらいの隠亡野郎の烏金婆ほどに汚ならしい。そればかりなら因果な生れつき とまあ許せもしようが、命ぜられもしないのに藩庁の密偵の役を買って出て、藩邸の若い連中の行状 を細大もらさず、留守居役に密告する。 ・ : 学生仲間だけではなく、学生監督たる俺の行動まで、ど こで酒を飲んで、どこで水戸組の同志とあって何をしたと、犬のようにかぎまわる」 「ふうん、そんな男がわが藩にもいるか」 どぶ とが 105 第七章民謡

2. 西郷隆盛 第8巻

から西郷を護るためにはどんなことでもしようと決心していた」 「それがいかんのだ ! 」 「なぜだ ! 」 「お家大事の藩庁の役人に助けられたのでは道が減びる。同志の友情に頼って一人生きながらえても 道が減びる」 「道とは何だ ? 」 「皇道唯一、唯一無二の勤皇の道だ ! 」 「わかった。わかっている」 大久保市蔵はいまいましげに唇をかむ。伊地知はその姿を見上げながら、 ちよとっ 「西郷はお前にくらべれば感情的な男だ。お前の目から見れば歯がゆいところもあり、猪突軽率に見 えるところもあろう。だが、西郷はお前にくらべれば純粋だそ。まっすぐにただ一筋に歩いている。 小策は大義を亡ぼすことを知っている男だ。大義とともに生き、大義とともに死ぬことを知っている 男だ。大義の示す道をまっすぐに歩き通して倒れれば、身は亡びても大義は生きる」 いつでも脱藩突出の用 「在藩の誠忠組の同志は、京都にいた西郷や有馬新七や俺や吉井のところへ、 意ができているとくり返し、くり返し報告して来た。それを信じて、西郷も有馬も回天の大策を立て一 ぶんご にいろするが たのだ。 : だが、藩へ帰ってみると、どうだ。脱藩突出どころか、島津豊後や新納駿河の因循策に 完全に振りまわされ、押さえつけられて、どいつもこいつも紙袋をかむされた猫のように、天朝への 27 第章夜見がえり

3. 西郷隆盛 第8巻

「重野は私が来ることを知っていましたかな」 「いえ、御存じないでしよう。早速、お知らせしようと思っておりますが」 「はあ、ひとっそうお願いしたいものですな」 「きっと喜んで飛んで来られることでしよう。さて、私はここで失礼いたします。まだ役所の方の用 事が少々残っておりますので。 : 二、三日中にあらためて竜郷の方におうかがい致します」 「それは御丁寧に」 「それから、書類によりますと、あなたは流罪というわけではありませんから、どうそ御自由になさ れていただきたい。扶持米も在番役から差上げることになっております。とは申せ、島役人の中には わからすやもおりますこととて、思わぬ御不自由をかけぬとも限らす、そのような折には、私まで仰 言って下されば、出来るだけのことを致します。ではまた、いずれ : : : 」 すたすたともと来た道を引っ返して行った。 思わぬめぐり合せに、心の雲を吹きはらわれ、足も軽くなった思いで吉之助は道をいそいだ。半里 島 と歩かぬ先に、もう竜郷の村であった。 の こんじよう なるほど、軒下から魚の釣れそうな村である。海沿いに細長く延びた百戸あまりの漁村。海の紺青樹 と山の緑の間に浮上った小島のようであった。対岸には岬の青松白砂が手にとるように迫り、裏山の ひざくらいろ 章 山懐には、何の花か緋桜色に咲き乱れていた。 第

4. 西郷隆盛 第8巻

その歌を半紙に書きつけて、壁に貼りつけておいたら、ある日、木場伝内が来て、その意味をたず ねた。 吉之助は国許の新形勢をくわしく説明して、 「自分は久光公という人物をまるで知らなかったが、さすがは斉彬様と血を分けた御兄弟である。よ くもこれだけの大決心をなされた」 と一一一口った。 木場伝内も自分のことのように喜んで、 「では、いずれ近いうちに、斉彬様の御遣策のとおり、大兵を率いて京都へ御進発ということになる のですな」 「当然、その段取りになるであろう」 「あなたの御赦免もいよいよ、近づきましたな。おめでとう存じます」 吉之助は伝内の言葉をあえて否定せず、 「そうなるかもしれぬ」 と、率直に答えた。今、国許に帰ったら、思いきり働けるそと思った。久光公が三千の精兵を率い 射るてふ弦のひびきにて 消えぬる身をも呼びさましつつ 178

5. 西郷隆盛 第8巻

「竜佐運は銀の笄をさしていたろう。あれも支那服属の時代は金の笄を許されていたのだ。今では笄 だけではなく、島民はいっさい苗字を許されず、郷士待遇のものが僅かに一字姓を許されているだけ だ。つまり一般島民は人間並みに扱われていない。芋を食って砂糖を作る。作った砂糖を自分でなめ たら縛り首だ。これで島民の気持がいじけなかったら、どうかしている。 : : : 俺自身流刑人だから、 ひがんだ見方をしていると思うかもしれないが、まあ、お前自身の目でゆっくりと眺めてみることだ な。そのうちにきっと、憎むよりも愛すべき、責めるよりも憐れむべき島民だということが、わかっ て来るだろうよ」 「こんな歌があるよ。 ( わめやこの島に 親はるじおらぬ わぬかなしやしゆるちゅど わ親はるじ 意味は、わたしやこの島に親もなければ身寄りもない。わたしを可愛がってくれる人こそ、親でも あり、身寄りでもある : : : という意味だ」 「なるほど」 「女の歌で、つまり恋の歌だな。だが、俺には、男女にかかわらず、島人全体の嘆きを歌った歌に聞 える。まったくこの島の住民たちは、よるべもない悲しい身の上だ。誰でもいい、本当に慈悲の心を こうがい るけいにん 122

6. 西郷隆盛 第8巻

( そうですか、今後は気をつけましよう ) という返事であったから、自分の食べ料だけは残しておくつもりだろうと安心していたところへ ' この報告である。 「本当に一俵もないのか」 「ありませんな。先生は三日も前から寝たきりらしいが、旦那はそれに気がっかなかったのか」 「知らなかった。雨戸が閉まっているので、釣に行ったか、それとも名瀬の木場伝内様のところへで も遊びに出かけられたのかと思っていた」 「わしも、この三、四日、畑の仕事がいそがしくて、御無沙汰していたのじゃ」 くりや 「とにかく、先生のところへ行こう。このままにしてはおけぬ。 ・ : ああ、家の厨に米の洗ったのが あるから、それで粥をつくって、あとで持って来い」 「かしこまりました」 佐民が行ってみると、誰か先客があって、吉之助は寝床の上に起き上って、その人と対談していた。大 「おお、佐民さん、来てくれたか」 の 振りかえった顔は重野安繹であった。 島 「先生が御病気だと、勇気老人から聞きましたので、お見舞いにまいったところです」 と、佐民はその場をつくろった。 第 「病気どころか」 重野は首をふって、「西郷は死ぬつもりなのだ。月照和尚の後を追って、冥土に行くのだと言ってい

7. 西郷隆盛 第8巻

「はあ、よく覚えておりますな」 「連れて行ってくれるか。小鳥撃ちだけでは、これが夜泣きをするからな」 と、腕をさすってみせた。 隣の部屋では愛加那が茶の用意をしている。勇気はそれと吉之助の上機嫌な姿を見較べて、くすり と独り笑いをした。 「何がおかしい」 ナしふ格がちがいますので 「いえ、なに : : : 先生が腕の自をなさるのがおかしい。小鳥と猪では、ど : 「猪狩は鹿児島でもなかなか盛んだそ」 「へえ、この前は猪はまだ撃ったことがないと申されたようだが : 「はつはつは、その通りだ。猪狩には二、三度行ったことがあるが、まだ一度も撃ちあてたことはな い。だからぜひ撃ってみたいと言っているのだ」 「よろしい。御案内しましよう。最初は夜待ちがいいでしよう」 「夜待ちとは ? 」 「夜の猪撃ちでさあ。ネタに出て来る猪を待っていて、とんとやる。これなら小人数でもやれます。 昼の猪狩は勢子や犬を集めて大仕掛けでやらねばならぬので、すぐというわけにはまいりませぬ」 「そうか。もちろん、その夜待ちの方でいい。ネタというのは何だね」 当それそれ、何も知らないくせに、腕が夜泣きもないもんだ。ネタというのは、猪が夜中に砂を浴び 160

8. 西郷隆盛 第8巻

たいと、あとで口惜しがったが、沖には大きな黒船がひかえていたし、ごまめの歯ぎしり、棚の達磨 で、手も足も出ませんでした」 かわなみ 「せめて、汾陽さんの大砲でも出来ていたらなあ」 と、佐運は嘆く。 「汾陽の大砲というと ? 」 重野がたずねた。 「はあ、この村では大砲を造りかけたことがあります。イギリスが島を貸せと言って来たすぐ後でし たが、鹿児島から汾陽次郎右衛門様が隊長となり、二隻の大船に手勢を積み乗せ、この島にやって来 られました。その時、島の銅を採って、大砲を造ろうということになり、私たちもお手伝いをして、 笠利湾のまわりの山々を掘りました。 : 石は出たが、炉にかけてみると、銅の含み方がたらず、大 砲の鋳造はそのままお流れになってしまったのでありますが : : : 」 「その話はどこかで聞いたような気がする」 吉之助は言った。「しかし、大砲を造ろうとした場所が、この竜郷村だとは知らなかった」 「はあ、この村でしたよ。 ・ : あの大砲さえあったら、二度目に来た異人どもは追っぱらえたかもし れません」 「二度も来ましたか」 「まいりましたよ。すぐ翌る年の春の末ころ、またやって来ました」 佐運が答えた。「こんどの方が前年よりも傍若無人で、鉄砲を持って島に押上ると、二た手に分れ 115 第七章民謡

9. 西郷隆盛 第8巻

「五両 ? そんな金が : 吉之助は不審顔である。 大久保にしても俊斎にしても、五両はおろか、一両の金さえ余裕のある身分ではない。同志たちの 暮し向きの苦しさは、誰よりも吉之助がよく知っていた。 俊斎は答えた。 「また森山棠園に出してもらったのです」 「おお、そうだったか」 棠園森山新蔵は富裕な町人の出であるが、国学に養われて、その子の新五左衛門とともに、かねて から勤皇組の有力な同志である。 すおう 「僕と大久保が平野氏の追放を知ったのは、二十日の夕暮でした。烏帽子に素袍をつけた竈祓、の神 主みたいな男が、藩庁の護卒にまもられて城下を出て行ったという噂を聞いたので、てつきり平野氏 にちがいないと思った。何のつもりか平野氏は、城下を離れるまでの街中を、ひょうひょうと笛を火 きつづけていたそうです。これなら、人の耳にも目にもっく。おそらく自分の追放をわれわれに知ら せるつもりだったのかもしれぬ。なかなか人をくった頓智を働かせる男ですよ」 「なるほど」 「僕と大久保はすぐさま原田屋に駆けつけたが、果して平野氏はいない。後で聞いた話だが、その日 かまどはら、

10. 西郷隆盛 第8巻

家柄もない蛮島の夷狄同様にされてしまった」 「明朝及び琉球王への服属の記憶を抹殺してしまうための非常手段だと弁解する者もあるが、奪うよ りも与えることをなぜ考えなかったのか。歴史と伝統を抹殺するよりも、これを復興してやることの 方が、まことの政治の道にかなう。南方諸島とわが大和朝廷の関係は、明朝や清朝よりもずっと古い のだ」 吉之助は熱心に聞耳を立てている。重野はつづけて、 「俺の知っているだけでも、推古天皇の二十四年、元正天皇の養老四年、聖武天皇の神亀四年に、南 島人が朝貢し、それそれ位階を授けられたと記録にある。推古朝といえば今から千三百年も前のこと だ。南島が支那に服属したのは正平年間のことらしいから、せいぜい五百年前の話だ。日本への帰属 の方が八百年も古い。系図を焼くというような姑息で陰険な手段をとるよりも、この歴史上の大事実 : 一事が万事、この調子の狭量 を教えて、正しい系図を復興してやることを考えた方がよかった。 な悪政が島全体をおおっているから、南島人が薩摩人を怖れ、疑い、なかなか心を許さないのも当然 といわなければならぬ」 みけん 無言のまま聞いている吉之助の眉間の皺がだんだん深くなる。 121 第七章民謡