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検索対象: 西郷隆盛 第9巻
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1. 西郷隆盛 第9巻

」くらく がさっさと先に死んで行く。 : ・西郷、お前にしろ、俺にしろ、極楽には縁の遠い、死にそこないの ・こう 業つく張りに生れついて来ているらしいな」 「ふうむ」 と唸ったが、吉之助はあらたまった調子で俊斎に向い、「雄助、次左衛門のことは、まったく : : : ま ことに有難いことであった」 そう言って、頭を下げた。 「いやあ、どうも。こっちは死におくれた兄貴で、おかげ様で、評判がわるくてならぬ」 俊斎は頭をかいて見せた。 「さて、まいりましようか」 吉次郎にうながされて一同は立上った。吉之助は編笠をかむりなおし、吉次郎と肩をならべて歩き ながら、 「留守中、まことに : : : 苦労をかけた」 「いや、兄さんがお元気なのが何よりです」 「お婆さんはお達者か」 父母のない家に、ただ一人生き残っている老祖母のことを言ったのである。 「お丈夫です。なにしろ老体のことで、この冬がどうかと心配しているのですが、兄さんが帰るとい う話を大久保さんが知らせてくれてから急に元気になって若返っています。あってあげて下さい。子 供のように喜びますよ」 192

2. 西郷隆盛 第9巻

「一緒でしよう。二人とも藩外に追放されるのですから」 「誰がいったいそんな処分に附したのだ ? 」 「それはお察しがつくでしよう」 「大久保か」 「まあ、そこらでしよう」 「大久保はしかし、平野と秘密にあって、いろいろと懇談していた模様だったが」 「何を懇談したか知らぬが、二人が大久保の手によって檻禁されていたことは事実です。私も美玉も 城下で伊牟田にあおうといろいろ苦労したが、絶対にあわせてもらえなかった。柴山愛次郎さんも平 野氏にあおうとしたが許されなかった。あなたはあえましたか」 「まだあわぬ。大久保は都合のつき次第あわせると言ったが : 「あわせると言っておいて、あなたにも知らせず、追放してしまうのはどうしたわけでしよう。平野 氏は非常にあなたにあいたがっていたそうではありませんか」 「よし」 と叫んで、新七は手に持った箒を息子の幹太郎の手に渡し、「先に帰っておれ。お父さんは後で行 二人きりになると、新七は言った。 「俺も伊集院に行こう。どうしても平野にあわねばならぬ。今から行こう」 「そうですな。美玉の手紙では、二人とも明日の朝か昼過ぎに伊集院に着くことになっています。わ 134

3. 西郷隆盛 第9巻

「好い人です。りつばな先輩です。だが、どちらもおとなしすぎる」 「有村俊斎さんは : 「ふふん」 柴山愛次郎は芯から軽蔑したように鼻を鳴らして、「あの男については何も言いたくない。雄助、次 左衛門兄弟の兄だからな。弟たちはりつばでした」 「そんなふうに言われると、わが党には一人も人物がいないということになるが : と言いかけて、森山新蔵ははっと気がついた。柴山が誰を讃めようとして、ほかの者をけなしてい たのかがわかった。 「すると、あんたは : と言って、柴山の瞳をしっと見つめた。 「そうです、僕はそれを言いたかったのだ」 柴山は坐りなおして、森山父子の顔をかわるがわる見つめ、「ほかに誰がいなくとも、わが党には西 郷吉之助がいる。われわれはどうあっても西郷さんに島から帰ってもらわねばならぬ。僕が今日やっ実 の て来たのは、その相談のためです。森山さん、霧島山の山霊が僕に教えてくれたのは、西郷を呼びか えせという、その事だったのです」 章 第 森山新蔵はぶるっと身ぶるいした。西郷召還を霧島の山霊のお告げだという柴山の言い方に鬼気が

4. 西郷隆盛 第9巻

有馬新七はすぐに身仕度をして城下に出て、上の園の伊地知正治を誘い、向う岸の大久保市蔵の屋 敷を訪ねた。 タ風のうすら寒い時刻であった。この時刻なら役所もひけているから、留守をくわされる心配もな かろう。 「えつ、あなたが」 と、柴山は目をみはった。 「そう、われわれだけでいくら議論してみてもはじまらぬ。本人にあうのが一番早い。一緒に行こう」 「僕はいやです」 柴山は首をふった。「大久保は隙のない男です。あっても巧みに言いくるめられるのが目に見えて います」 「では、俺ひとりで行こう」 「伊地知さんをつれて行ってはどうだ」 田中謙助が言った。「二人は大久保にとって先輩だ。先輩二人を前においては、いくら大久保でも嘘 はつけまい」 「うん、それもよかろう」 と言って、有馬新七は立上った。

5. 西郷隆盛 第9巻

と、児玉は答えた。 西郷召還のことである。大久保はどうかして吉之助に一日も早く帰ってもらいたいと思っている。 西郷召還はもう藩の輿論になっていると言っても、 しいが、大久保は大久保の立場から、真剣に召還の 運動をすすめている。だが、久光は必要な場合には飛脚船で呼びもどすからあわてるには及ばぬと逃 げている。ある時、西郷留守宅の困窮ぶりを上申したら、さっそく藩主と久光の名前で金二十五両を 内密に下賜してくれた。この調子なら大丈夫だと安心していると、それつきり話はすすます、ずるす ると月日がたってしまった。。 とうしたわけかと、児玉に探索を頼んでおいたのである。 「いろいろ原因を考えてみたが、久光公御自身も中山尚之介も西郷のことはよく知らんし、召還の必 要を君たちほど痛切に感じる理由をもっていない。そこへ君や誠忠組の諸君が西郷西郷とあまりうる さく繰り返すので、かえって逆の効果を生じて、久光公も意地になってしまったらしい形跡がある。 ここに柴山愛次郎の上書を持って来たが、まあちょっと読んで見給え」 児玉雄一郎はそう言って懐中して来た封書をひろげて見せた。 『菊池源吾儀、いわゆる俊傑の士にて、御先代様御親用あらせられ、御趣意のほど細大となく承知仕 り候ものと申伝うることに御座候。それほどの人物に候えば、大事の御用をも仰せつけられ、かっ御 先代様の御趣意をも御聴取遊ばされたきものに御座候間、この節お召帰し御座ありたく、さよう御座 候えば、この節に至り、ますます御先代様御志業御継承御座なされ候御趣意顕然の布置仕り候。よほ ど御実益もあらせらるる御儀と想察仕り候。島津左衛門一党の面々も、この人物に深く信服致し、右 の御処置かねて念願致し奉り居り候。

6. 西郷隆盛 第9巻

酒に酔いつぶれていぎたなく寝てしまったものもいたが、柴山愛次郎、橋ロ壮介、田中謙助、村田新 八をはじめ、西郷信吾、大山巌などの熱心組は膝をくずさず、俊斎の帰りを待ちかまえていて、口々 に叫び立てた。 とうだった」 「有寸、。 「返答はあったか」 「出兵する気か、しない気か」 出かける時の元気はどこへやら、俊斎の返事は自信がなかった。 「返答は大久保がする。俺は大久保と同意見だ」 「大久保さんも帰って来たのか」 と、柴山が尋ねた。 「そう、一緒に帰って来た。今ここへ来る。まず大久保の話を聞け」 俊斎はそう言って、部屋の隅に身を避けた。 大久保市蔵は風のように入って来た。冷酷な横顔であった。胸を張って、ずいと正座に坐り、 「報告する。ただいま、児玉雄一郎を通じて、君公御内々の御返事をいただいたが、上京は当分御延 期となった。児玉の力をもっても、われわれの力をもってしても、どうすることもできない」 たちまち一座にざわめきが起った。 「延期ではなかろう。中止であろう」 「児玉と中山の小細工にひっかかったのだ」

7. 西郷隆盛 第9巻

そうもう の機会と存じ奉り、草莽の賤臣共、僣踰の罪過を恐れ奉らず、一同必死を以って懇願奉り候』 自分を草莽の微臣と意識すれば、心は一筋に上御一人につながる。 だが、不幸にして、この上奏案には反響がなかった。あるいは中途で消えてしまったのかもしれぬ。 河内介は上奏案を懐にしてただちに中山邸に伺候し、忠能卿に執奏のことを頼んだが、忠能卿はす でに和宮御降嫁の御供頭に任ぜられていたので、御降嫁取止めを願う上奏案の執奏を承知しなかっ 河内介は、この上は若い忠愛卿の手をわすらわすよりほかはないと考え、自宅に御徴行を乞うてさ かんな酒宴を開き、その席で是枝を引合せ、奏案執奏のことを頼んだ。忠愛卿はとくと読んだ上、何 分の返答をしようと答えて、奏案を懐に収めた。 数日後、是枝は河内介に伴われて中山邸に伺候した。忠愛卿はただちに両人に引見し、「奏案は熟 読した。さっそく、権典侍の手を経て御内覧に供え奉ることにしよう」と言った。 ただひろ 翌日、忠愛卿のとりなしによって、是枝は近衛忠烈公に内藹を許された。その後、忠愛卿とは二、 ざっしよう 三度酒席を共にして、大いに語り合った。数日後、唐橋大納言の雑掌がお使者として田中家に来て、 是枝に薄墨の宣旨を賜わった。 はやとのすけ 「従六位下に叙し、隼人介に任ず」 という思いがけない御沙汰であった。 128

8. 西郷隆盛 第9巻

吉之助はずけずけと答えた。「まだ評定中というのならともなく、進発と決定してしまっているのだ から、策の施しようもない」 「そう言われては困る。君に投け出されたのでは、せつかく帰ってもらった甲斐がない」 「意見はもう述べてしまった。こんどの進発計画は準備不足の一言で尽きる。粗漏杜撰、強いて行お うとすれば、かならず事を破る」 「西郷さん」 小松帯刀が遠慮がちに口を切った。「さっきからの御意見をうかがっていて、私もはじめて目が開い たような気がする点が多々あります。なんと中しても、われわれは若輩すぎます。経験も浅いし、中 央の情勢にも暗い。あるいは、この際としては進発延期が最も賢明な策かもしれません。 : しかし、・ それを私の口から久光公に申上けても、とてもお聞き入れにはならないでしよう。中山にしても、今 の調子では、あなたの意見を素直に久光公に取次ぐ見込みはない。ひとつ、あなたから久光公に直接 に中上げることにしてみてはいかがでしよう」 「御面謁のことは、極力、私の方で取りはからいます。あなたの意見を直接に聞かれたら、久光公の お考えも変るかもしれません」 誠意のこもった言い方であった。 「そう、それもたしかに一法だ」 大久保はうれしそうに膝をたたいて、「西郷、久光公にあうか」 すさん

9. 西郷隆盛 第9巻

第十章直 翌る日の夜、吉之助は大久保市蔵に伴われて、小松帯刀の屋敷に出かけた。 きいり 小松は二十五歳の若い家老である。喜入の領主肝付主殿の三男で、永吉の領主小松家を襲いだ。斉 彬の下ではながくお側小姓をつとめ、忠義の代になって、当番頭に任ぜられた。大久保が小松を知る ようになったのは次のような事情による。 ある日、奈良原繁がやって来て、自分の組頭の小松帯刀という男は、門閥家の子弟に似合わす骨の ある奴らしい。ひとったたいて見てはどうだ、と言った。大久保は島津左衛門に失望し、誰かこれに かわる門閥家を同志に引き入れようと考えていた時だったので、さっそく中山尚之介と有村俊斎をさ とろ そって小松の屋敷を訪ねた。小松は大久保の巧みな話術に誘われて、その本心を吐露した。若いだけ 、小松も激しい改革意見を胸に蓄えていた。特に京都出兵問題に関しては、これは故斉彬公の御意 志であるから、自分は公の薫陶をうけた者の一人として、出来得るかぎりの努力をおしまないつもり だと言った。ほとんど夜を徹して語り合って、小松は大久保の同志になったのである。 家老の列に加わったのは昨年の五月で、これは主として中山尚之介が久光にすすめ、帯刀の実父肝 付主殿の賛同を得て実現したことで、すなわち大久保によって計画された藩政府乗取り準備の一つで 198

10. 西郷隆盛 第9巻

「て ) ) か」 「自分は御当主忠義公の家来だから、どこまでも忠義公を立てたいと思っている。だが、時の勢いで 実権はかならず久光公に移る。いやすでに移っている。久光公をかるく見ては、とんだ目にあうそ。 久光公も本気だ。君も本気で久光公と取組んで見ろ。西郷のことなど後まわしでいいではないか。御 久光公には久光公の御信念がある」 進発の期日も久光公におまかせしていい。 「わかった ! 」 しいことを言ってくれた。枝葉のことは何もかも後まわしでいい。俺は久光公 大久保は叫んだ。「、 と共に戦う。久光公を正面に押し立てて戦うのだ。大山、わかるか。俺の心は今夜決ったそ」 「うん、お前がその決心なら、俺も従おう」 と、大山格之助は答えた。 「島津左衛門一派の正体もよくわかった。西郷は何というかしらぬが、俺は彼らと戦うぞ。彼らは不 用物だ。俺たちの正面の邪魔者だ」 そこへ案内も乞わずに、ぬっと入って来た男がある。頭から、湯気の立ちそうに気負い立った有村し 俊斎であった。 章 四 第 「どうした、どうした。三人とも何を不景気な顔をつき合せているのだ」 俊斎は突ったったまま怒鳴り立てた。「みんな森山の家で待ちくたびれているのに、いつまで小田原