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検索対象: 谷崎潤一郎全集 第15巻
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1. 谷崎潤一郎全集 第15巻

ら引き上げて來たサイダの接待に與ったりしたが、妙子はその間に泥と雨水の滲み透ったヴォイルの服を 脱いで體を拭き、板倉の注意で、彼の妹の銘仙の單衣を借りて着た。貞之助も亦、これまで跣足であった のが、そこを出る時に板倉の薩摩下駄を借りて穿いた。板倉は、もう庄吉もゐることだし大丈夫だからと、 貞之助が云ふのを押し切って、その邊までお送りしませうと又附いて來たが、田中を出はづれたあたりで 引き返して行ったのであった。 幸子は、何處かで妙子と行き違ひになったらしい奥畑が、恐らく後で又間ひ合せに來るのではないかと心 待ちにしてゐたが、その夜はとう / \ 現れないで、翌朝になって、代理として板倉を寄越した。聞けば昨 夜板倉が妙子を送って歸宅してから、や、暫くして啓坊が彼の家に訪ねて來、自分は今タ蘆屋の蒔岡の家 に寄せて貰ってこいさんの歸りを待ってゐたのだが、餘り遲いので、そこらまで迎へに行って見るつもり で國道を歩き出したら、つい此の邊まで來てしまった、出來れば野寄まで行って見たいのだけれども、も う眞っ暗になって來たし、これから先は往來が川になってゐるので、彼處をじゃぶ / , \ 渡って行くのも大 變であるから、君の所で様子を聞いたら分りはしないかと思って寄ってみた、と云ふことだったので、そ れなら安心なさって下さい、實はこれ / 、しか / \ ですと、板倉は朝からの一部始終を語った。それで啓 坊は、そしたら僕は眞っ直ぐに大阪へ歸る、屋の方へは、もう一度寄らなければ惡いのだけれども、様 中子を聞いて安心したからお寄りしないで歸ったと云ふことを、明日の朝でも君が行って傳へて欲しい、そ れにこいさんも今朝はどうしてをられるか、怪我はされなかったとしても風邪でも引いてをられはしない 細 か、僕の代りにお見舞をして來るやうにと云はれましたので伺ひました、と、さう云ふ口上なのであっ けい・ほん 327

2. 谷崎潤一郎全集 第15巻

細雪下卷 こんなことを話した。 自分はあのお方は大阪の方に住んでいらっしやるのだとばかり思ってゐたと ころ、西宮の一本松の傍に家があると云はれたのが意外だったので、或る日、あのマンボウを通り拔けて、 一本松の所まで行って見たら、成る程ほんたうにお宅があった。前が低い生垣になってゐる、赤瓦に白壁 の文化住宅式の小さな二階家で、たゞ「奥畑」とだけ記した表札が上ってゐたが、表札の木が新しかった のを見ると、極く最近に移って來られたのであらう。自分が行ったのは夕方の六時半過ぎ、大分暗くなっ てからであったが、二階の窓がすっかり開け放してあって、白いレースのカーテンの中に明るい電燈が燈 ってをり、蓄音器が鳴ってゐたので、暫く立ち止まって様子を窺ふと、たしかにあのお方ともう一人、 女の方らしい人の聲がしたけれども、レコ 1 ドの音に妨げられてはっきりとは聞き取れなかった。 ( と、さう云ってお春は、さう / \ 、そのレコ 1 ドはあれでございます、ほら、あの、ダニエル・ダリ「一 ウが「曉に歸る」の中で謠ひました、あの唄でございます、と云ったりした ) で、自分がその家を見に行 ったのはその時だけである。時間があったらもう一遍行ってもっと様子を探らうと思ってゐたのだけれど、 それから二三日して父が退院し、自分も蘆屋へ戻って來てしまったので、とう / \ その機會がなかった。 そして、自分は此のことを御寮人様に申し上げた方がよいのかどうか、迷ってゐた次第であった。なぜと 云って、あのお方にしても、こいさんにしても、停留場でお目に懸った時あんなことを仰っしやりながら、 別段口止めもなさらなかったところを見ると、或は御寮人様も御承知のことなのかも知れず、さうだとす れば、默ってゐたら却ってをかしくはないかとも思へたからであった。でもまあ餘計なおしゃべりはしな 5 いに越したことはないので、申し上げずにゐたやうな譯であるが、恐らくこいさんは此の頃始終あの家に ごれうんさん

3. 谷崎潤一郎全集 第15巻

脚がどうしたのかと云ふと、どうなのかはっきり分らないが、えらい苦しみ方で、ちょっと觸っても跳び 上るやうに痛がり、痛い / \ と身を婉いて呻き續けてゐるさうだと云ふ。それで、當人は痛いノ—を繰り 返すばかりで、こいさんを呼んでくれとも何とも云ってゐる譯ではないが、あの苦しみ方はたゞごとでは ないやうな氣がする、恐らくもう耳鼻咽喉科の領分ではなくなってゐるらしいので、誰か外の先生に診て 貰ひたいのだけれども、自分の一存ではどうすることも出來ず、思案に餘ってお電話致しましたと、さう 妹は云ふのであると云ふ。その後の様子は分らないかと云ふと、さっきこいさんから今夜立っと云ふ電話 があったので、そのことを知らせてやった時の話では、ますノ \ 惡く、狂人のやうに悶えっゞけてゐる、 國の方へも電報を打ったから、明日の朝は親達も來るだらうと思ひます、と云ふことであったと云ふ。幸 子は妙子が今立って行ったこと、自分も後に殘ってゐても仕様がないので、明日ぢゅうには立っ積りであ ること、等々を語って、電話を切りしなに悅子の様子を尋ねると、これはもう元気になり過ぎて、病室に 大人しくしてゐることが出來ず、ふら / \ その邊へ飛び出したがって始末に負へない、瘡蓋も體ちゅう殆 ど剥がれて、纔かに足の蹠に少し殘ってゐるだけである、と云ふのであった。 幸子は自分も怱々に立っとして、姉にどう云ふ挨拶をして行ったものか當惑したが、どう考へても此の場 合を巧く云ひ繕ふロ實がないので、いくらか變に思はれても仕方がないと度胸を極めて、翌朝電話で、昨 中夜妙子が急用が出來て關西へ歸ったことを告げ、自分も今日歸ることにしたので、何處かでちょっと會ひ 此方から澁谷へ出向かうかと云ふと、それならあたしが行かうと云って、間もなく妙子の鞄を持 って姉が濱屋へ現れた。姉は姉妹の中でも一番おっとりしたところがあり、妹たちから「神經が鈍い」と 511

4. 谷崎潤一郎全集 第15巻

ざいます」 「その婆やさん、臺所の用してる人やないの」 「さうでございます」 「もし赤痢やったら、そんな人に便器扱はしたら危險ゃないの」 「ど、つしょ ) つ。 : あたしがちょっと行って見ようか」 と、雪子は云ったが、 「今少し様子見てからにしたら」 と、幸子は云った。 もし赤痢と云ふことに極まったら何とか處置を考へなければならないけれども、簡單な腸カタルで、二三 日で直ると云ふこともあるから、今のところさう慌てるにも及ぶまい さしあたりお春を看病に遣るより 外はないとして、貞之助と悅子には、お春は尼崎の實家の方に急用が出來、二三日暇を貰って歸ったと云 ふことにして置かうではないか、と、幸子は云って、 「お醫者さんはどんな人にかゝってるのん」 「どんなお方か、わたくしはまだお目に懸りません。近所の知らない先生で、始めてお賴みになったお方 や云ふことでございますけど、 「櫛田さんに診て貰うた方がえ、けどなあ」 と、雪子が云った。 702

5. 谷崎潤一郎全集 第15巻

って、ペ 1 タアやローゼマリ 1 らしい聲も聞える。彼等の一家は今打ち揃って食卓を圍みながら、父親と、 息子と、娘とが、代るみ \ 、今日の冐險譚を母親に物語ってゐるのでもあらう。幸子は隣家の幸疆な晩餐の 有様を、その蠍燭のまた、きに依って察しることが出來るにつけても、又不安が萌して來たが、その時ジ ョニ 1 が芝生の上を走って行く足音がして、 「只今」 と、玄關の方で庄吉の勢ひ込んだ聲が聞えた。 「お母ちゃん」 と、隣室の悅子がけたゝましく叫んだが、 「あ、歸った」 と、幸子も云った。そして次の瞬間には二人とも階段を駈け降りてゐた。 玄關が暗いので様子がよく分らないけれども、 「只今」 と云ふ庄吉のあとから、 「歸ったで」 と云ふ夫の聲がした。 「こいさんは」 「こいさんもゐるで」 312

6. 谷崎潤一郎全集 第15巻

「そんなら、今度の土曜日にする ? 」 「けど、お花見の方が先やな、菊五郎は今月一杯あるさかいに」 「そんなら、お花見、きっとやな、お父ちゃん」 「ふん、ふん、今度の土曜日曜を外したら、もう花はおそいよってにな」 「お母ちゃんも、姉ちゃんも、きっとやな」 「ふん、 幸子は、今年だけ妙子が一人缺けるのも淋しいことなので、もし貞之助が許してくれさうな様子なら、な るべく月末まで待って見て、病入の囘復の程度に依っては、皆で御室へでも行って見たい莱がしたのであ ったが、さすがにさう迄は云ひ出し得なかった。 「なあ、お母ちゃん、何考へてるのん。 ・ : お花見いや、のん ? 」 「待って見たところで、こいさんはとてもあかんことないか」 と、貞之助は妻の心持を察して云った。 「まあ八重にでも間に合うたら、又その時のことにして、一遍われ / \ で行かうやないか」 「こいさんは、今月末にやっと部屋の中を歩けるぐらゐでつしやろな」 下と、雪子が云った。 雪子は貞之助と悅子が浮き / \ してゐるのに比べて、幸子の氣勢が上らないのに早くも心づいてゐたので 細 あったが、翌朝父子が出かけてから、 おむろ 759

7. 谷崎潤一郎全集 第15巻

奥畑の話が本當とすれば腑に落ちかねることなのであるが、妙子は近頃も矢張仕事が忙しいと云ってゐて、 朝は大概貞之助や悅子と前後して出かけ、戻りはいつも一番おそく、三日に一度は外でタ飯を濟まして歸 宅するといふ風であった。で、幸子はその晩は話をする折がなかったので、翌朝夫と悅子とが出かけた後 から、妙子がっゞいて出て行かうとするのを、 「ちょっと」 と止めて、 中「こいさんに聞きたいことがあるねん」 と、應接間へ連れて行って話した。 細 妙子は自分のことについて奥畑が姉に告げたこと、 「何とか云うて歸って貰びなさい」 でも奥畑はそれからまだ三十分もぐづ / \ してゐて、とう / \ 貞之助が出て來る様子がないと見ると、や っと慇懃な挨拶をして立ち上ったが、 「何のおあいそもなうて、えらい失禮いたしまして、 と、幸子はさう云って送り出したゞけで、夫が會はなかったことについては、わざと言譯をしないでしま さち 人形の製作を洋裁に乘り換へようと欲してゐる 255

8. 谷崎潤一郎全集 第15巻

方がえ、ことおませんか」 「いや、さう云ふ大切なことは、思ひ違びのないやうに早う知らしとく方がえ、ゝで」 : 近頃は昔のやうにえ、ことない云 「それからあんた、啓坊のことどんな風に話しやはりましたん ? ・ ふこと、よう云うてくれはりましたん ? 」 「ふん、僕等の見たとこを一と通りは云うたけど、奧畑のことには餘り觸れたうない様子見えたよってに、 そんなに突っ込んではよう云はなんだ。まあ今のとこ、なるべく交際さ、ん方がえ、でせうとは云うとい たけど、僕等は結婚さすことに不賛成やとは、云へへなんだ。聞かれたら云ふつもりやってんけど、その 話になると避けてしまやはるよってに、 「啓坊の問題は白紙にしときたいと書いてあるけど、姉ちゃん等、ほんまは啓坊と結婚さしたいのんと違 ひますやろか」 「さうやらうな。僕もそんな感じ受けた」 「それやったら、結婚問題から先に持ち出した方がえ、ことなかったか知らん」 「どうやろかなあ。それにしたかて、結婚するなら尚更洋行の必要はない、云ふことになるで」 「ほんになあ」 「兎に角、そんなや、こしい話やったら、こいさんが行って直かに打つかって見ることや。僕はもう御免 やで」 と、貞之助は云った。 430

9. 谷崎潤一郎全集 第15巻

「二人ではなあ、 「そんなら、貞之助兄さんに附いて行って貰はう。 と、幸子は雪子の顏色を判じながら云った。 用事さへなかったら行ってくれはるよって、電話かけて見ようか」 「ふん」 雪子が做かに頷いたのを看て取って、幸子は大阪の事務所へ急報で申込んだ。 十四 貞之助は、井谷と雪子とが別々に出て五時半に事務所で落ち合ふ手筈であると聞いて、それで差支へない けれども、井谷は時間通りキッチリ來るに違ひないから、雪子ちゃんもそれに遲れないやうに、 谷より二三十分早く着くくらゐに來て欲しい、と、固く云って置いたのであったが、五時十五分過ぎにな ってもまだ見えさうな様子がないので、氣が氣でなかった。妻や雪子が時間を守らないのは毎度のことで せつかち あるから、自分は馴れつこになってゐるけれども、急勝な井谷を待たすことになっては此方も苛々させら 下れるのが叶はないので、もう出たこと、は思ふもの、 、念のために蘆屋へ電話を申込んだが、それが懸ら ないうちに事務室の ド 1 アが開いて、井谷のあとから雪子も同時に這入って來た。 細 「やあ、一赭になってちゃうどよかった。今電話を申込んだとこやったが 653

10. 谷崎潤一郎全集 第15巻

にな」 「流石に東京やなあ思うたらしい様子やったわ」 「悅ちゃんかてさうやったやろ」 さき 「悅子日本人やないの、見ん前から分ってたよ」 ゝ、、説月するのんに骨折ったわ」 「何せ、東京知ってるのんはあたし一入やさ力二日 「姉ちゃん、日本語で説明したの ? 」 と、輝雄がきいた。 「それがなあ、あたしがペータアさんに話して、ペ 1 タアさんが。ハノ 、さんに通譯するねんけど、帝國議會 やたら首相官邸やたら云ふのん、ペ 1 タアさん分らへんねんわ。そんで、ところる \ 英語使うたりして、 「帝國議會だの首相官邸だのって英語、姉ちゃんよく知ってたなあ」 輝雄はひとりアクセントの正しい東京辯を使ってゐた。 「日本語の間に片言の英語交ぜるねんわ。帝國議會は覺えてたけど、首相官邸は、『此處が近衞さんのゐ やはるとこ』と日本語で云うてん」 「悅子獨逸語使うたよ」 「アウフ、ウィ 1 ダアゼーエン云うたんか」 「ふん、東京驛で別れる時に何遍も云うたわ」 354