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検索対象: 谷崎潤一郎全集 第2巻
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1. 谷崎潤一郎全集 第2巻

云った。 「居るか居ないか捜して見たら判ったゞらう。わたしの知った事ぢゃあないよ」 「此の場になってお前のやうに空偬けても仕様があるめえ。お前たちがぐるになって彼の娘を何處かへ連 さっき わっしてえげえ れ出したたあ、私も大概気が付いて居る。なあお上さん、私の方ちや先から立派に三太を殺して來たと、 白状してるちゃねえか。何も私は彼の娘に會ってどうするの、淸次さんを掴まへて敵を討つのと云ふんぢ あした ゃねえんだ。明日にもお奉行様へ自首する前に、今はの際に一と目でいゝからお艶ちゃんに別れを惜しん で行きてえんだ。よく考へて見てくんねえ。此方でこそ恨はあるが、お前は私に何の恨もある筈はねえぢ ゃあねえか。それが今はの賴みと云ふのを聽いてくれても惡かあなからう。此の願ひさへかなへてくれり しらす ゃあ、たとひお白洲へ呼び出されてどんな責め苦に逢はうとも、決してお前や淸次さんの迷惑になる事あ 吐かねえ積りだ」 「此れさ新どん、先から默って聞いて居りゃあぐるになったの迷惑だらうのと、勝手なことをお云ひだが 何の證據があるんだい。大方人を殺した爲めにお前は莱でも違ったんだらう。三太が何をしようとも親分 の知った事ぢゃあないから、自首するなり敵を討つなりお前の勝手にするがい、さ」 「それ程お前が身の潔白を云ひ立てるなら、彼の娘の居所を教へてくれてもよささうなもんだ。全體淸次 さんは何處へ行ったんだ」 女はいよ / —附け上がって、不敵な態度で懷手をしながら、さも冷淡さうに云った。 「親分かい : 此の節ちゃあ毎晩の事だものを、何處へ行ったか知るもんかね。お艶ちゃんなら實は さっき かたき 528

2. 谷崎潤一郎全集 第2巻

のうら淋しい往還へ出た。人家の盡きた左手の海の方から、俄にしめつぼい汐風が吹き亙って、外套の裾 にはたはたと鳴った。一面に眞黒な相模灘が、つい七八間先の濱邊へ漫々と押し寄せて來て、白泡を立て \ ざぶん、ざぶん、と崩れて居た。右の方には早川の谿谷の凹地が、遠く箱根の山の附け根の邊まで、 ひたひたと平原を作って居るらしく、共れが夜目のせいか馬鹿に廣く大きく見えて、野から野へ啼き績く 蛙の聲が、さながら山と海との間を埋めて居るかと疑はれた。輝雄は歩きながら、かう云ふ物靜かな濱邊 の旅館に、わびしく睦しく生活して居る友人の境遇を、いろ / \ と想像せずには居られなかった。朝夕波 の音を枕元に聞いて、春江の所謂「相惚れ同士」の二人は、どんな月日を送って居るのであらう。今夜は 自分が尋ねて行くと知って、彼等はどんな噂をして居るであらう。肺尖を病んで居ると云ったけれど、昔 から優形な齋藤は、別段際立った衰弱の模様もなく、却って頬のあたりなど櫻色を帶んで、今日は一と入 男振が上がって見えた。殊に始めて紹介された英子ーーー、成る程あれならば、齋藤ならずとも「几べてを 犧牲にする」心になるに違ひあるまい。輝雄は彼の女と三十分ばかり對座したにも拘らず、唯すらりとし た背恰好と、妖艶な瓜實顏の輪廓だけを、ばんやり覺えて居るのみであった。彼は頭の中で、さまみ \ に 彼の女の美しい目鼻立ちを描いて見ようとしたが、どうしてもハッキリ浮かんで來なかった。英子は果し ててどんな性質の女であらうか、あの物馴れた言葉遣ひから察するに、恐らく活漫な、派手な気象の女では あるまいか そんな好奇心が、盛んに輝雄の興味を呼び起した。 吹 早川の海へ落ち込む橋の際に、怒濤を脊負って建てられた二階造りの、此の邊でも一番宏莊な松風館と云 ふ海水旅館が、齋藤の宿であった。奧深い門内の植ゑ込みを分けて、御影の敷石傳ひに玄關へ辿り着くと、 く・ほち 101

3. 谷崎潤一郎全集 第2巻

醜く、色黒く、而も豊かに肥えて居る彼の體質・ーー、、・、それを見て擲りたくなったり抓りたくなったり、さ う云ふいろ / 、な想像に耽るのは、恐らく私ばかりではなからうと思ひます。誰でも此れに類した經驗を おもちゃ 持って居る事と信じます。多くの讀者は、私達の少年時代に蠍しんこと云ふ玩具のあった事を御存じでせ う ? あの玩具が子供に喜ばれて、一時非常に流行したのはどう云ふ譯でせう ? しんこを以て、さま る、な形のしんこ細工を拵へる事も、勿論愉快であったには相違ありません。しかし、共れよりも、われ / 、、少年の好奇心を動かしたのは、あのグニャグニヤした、柔かい、粘ッこい物質自身にあるのです。あ の物質を自由勝手に伸ばしたり壓しつけたり摘まんだりする手觸りが、子供には無意識に面白かったので てのひら す。あの物質を見ると、誰でも掌で丸めていたづらをしたくなるのです。 こんにやくところてん たべもの かう云ふ例はまだ外にも澤山あります。たとへば食物の中で格別何の味もない菎蒻や心太などを人間が好 むのはどう云ふ譯でせうか、やつばりあのブルブルした物質を箸でちぎったり、舌で觸ったりするのが餘 皀に驅られて居るのです。よく世間には、 計面白いからでせう。 多くの人はみんな無意識に此の本ム目 できものうみ 賴まれもしないのに他人の頭の白髮を拔いてやったり、腫物の膿を搾ってやったり、そんな事の大好きな 女があります。あれなども、一般の人間が少しづ、持って居る共通な性癖だらうと思はれます。 しひた 私が安太郎の肉體の虐げられるのに興味を覺えたのは、つまり蠍しんこや菎玉を喜ぶのと同じ氣持ちな のです。菎蒻たの心太がブルブルと動搖する様は、傍で見て居るだけでも變に面白いものです。私は全く ありさま そのやうな好奇心から、もう一遍安太郎ののた打ち廻る光景を眺めたくなったのでした。 私はとうとう巧妙な計略を案出しました。或る日、安太郎が使ひに遣られた隙を窺って、そッと彼の天可 297

4. 谷崎潤一郎全集 第2巻

し場から梯子が通じて居る。 物干し場の床下より瓦葺の平屋の一と棟が舞臺の右の端へ伸びて居る。瓦葺の後ろに、一段高く土藏の屋根、庭の立 木の稍などが見える。 陰暦晦日の星多き空。 第一節 伸太郎おきん利三郎 おきん、窓の戸を内より一枚密かに繰り開け、眞暗な二階の部屋から物干しへ這ひ出る。や、暫く周圍を見廻した後、 梯子を攀ちて火見へ登って行く。やがて伸太郎が同じ雨戸の隙間から物干しへ現れ、平屋の瓦葺の上に飛び下りたか と思ふと、腹這ひになって、物干しの床下へもぐり込み、共處にじッと隱れて居る。 利三郎、二階の屋根の向う側から登って來たと見え、ひょっこりと火見へ現れる。 おきん ( 闇に透かして男を見ながら、低く囁く ) 利三どんかい 利三郎うむ、お前もう來て居たのか。大變待たせて濟まなかったな。 おきんなあに今來たところだよ。 ( ひったりと男と寄り添ふ ) あ、嫌だ、嫌だ。あたしゃ此處へ來てからもう 一と月になるけれど、毎晩こんな思ひをして逢ふくらゐなら、一脣、内に居る時の方がよかったつけ。 頃利三郎それ見なせえ。だから己の云はねえ事ちゃない。何も醉興にこんな所で女中なんぞ働くには當ら 知 を ないちゃないか。綺麗な手足が汚れるだけでも勿體ねえ。 おきんそんなうまい口をお利きでない。 こっ いっそ

5. 谷崎潤一郎全集 第2巻

落第の悲運に遭はせて、自信を失はせて了ふ方がい、とさへ考へられた。 「玉置さん、お文さんの手紙を御覽になって ? 」 ハタン、 、 ( タン、と男のやうな足蹈みをして英子が二階 ~ 上って來た。海水着を絞りの浴衣に着かへて、 細嚶 ~ ぐるぐると伊達卷を卷きつけ、水に濡れた東髪の鬢の毛を気にしながら、兩手でいたはるやうに押 さへて居る。 「まだみんな海岸に居るのよ。あなたが約東を違へると、ナよ、、 も ( オもカら迎ひに來たの。もう一度行って見ま せんか。」 「え、」 輝雄の返辭は、煮え切らない整であった。 「東京へ行かれないからって、そんなにがっかりしないでもい、わよ。」 「齋藤君も東京へ行くんですとさ。」 「あなた、ほんたう ? 」 かう云って、彼の女は輝雄と並んで欄杆に腰をかけ、兩腕を伸ばして左右の手すりを擱んだ。長い間水に て浸って居たせゐか、女の足はところみ \ 指先に梅干のやうな皺が寄って、脂気が脱けて。 ( サ。 ( サして居る。 早くいつものやうな、ふつくらした、白い色に變ってくれ、ばよいのにと、輝雄は思った。 吹 印「試驗を受けるなら、どうしたって其のうちに東京 ~ 引越さなくっちゃ。 どの邊がいゝかと思って、 今玉置君に相談して居る所なんだ。」 133

6. 谷崎潤一郎全集 第2巻

氣な聲で笑ひ崩れた。新助は、差し嘗って親爺の顏を見る気苦勞と、無理往生に淺草 ~ 拉し去られる懸念 が失せて、却って胸がせいせいした。 「どうせ來たもんだから、まあ一杯やって行くさ」 くわいけん と、淸次は新助に酒をす、めて、親爺との會見の模様を話して聞かせた。彼は今タ大音寺前の田川屋まで 客を送って行った序に、淸島町の家を訪ねて、親爺を此處までつれ出して來て、前々からの賴みの筋を打 ちくつろいで、懇々と繰り返した。親爺の云ふには、主人の娘をそ、のかした忰の不埓は許し難いが、さ ればと云って駈落ちしたきり二人が戻って來ないのでは、猶更駿河屋の御主人様に申譯がない。萬一心中 でもされた日には、自分の苦痛は兎に角として、掛け換へのない一人娘をなくされたお主の家は減びてし まふ。そこを考へれば餘り頑固な事は云ひ張りたくないとしても、何分にも駿河屋さんを差置いて私のロ から承知したと云へた義理でない。それ故甚だ勝手な云ひ草ではあるけれど、駿河屋さんさへ胸をさすっ て料簡なさるお積りなら、たとひこれきり私の家は斷絶してしまはうとも、お主の家には換へられないか ら、立派に忰を婿として差上げてしまふ覺悟である。實を云ふと、淸次さんさへ中へ立たなければ草を分 けても忰を捜し出して八つ裂きにしてやりたいんだが、私の胸の中を何卒察しておくんなさいと云って親 爺は男泣きに泣いたさうである。そこで淸次は一國な老人をさまる \ に慰撫して、お前さんさへその気な し ら駿河屋の方は八九分通り納得させてあるんだから、私に免じて新助さんの不都合は勘辨してくれるやう 艶にと宥め賺した。結局問題が一段落ついて話が酒になった時分、淸次はい、潮を見計らって今夜新助さん お を此處へ呼ぶから會ってやってくれろ、さうして互に無事な顏を見て安心もし、且は人に心得違ひのな どうか 519

7. 谷崎潤一郎全集 第2巻

「ちょいと、今度はいつお目にか、れますの。」 男は默って、「覺えて居ろ。」と云はんばかりにまじまじと彼の女の顏を視詰めて居たが、やがてだらしな く自分の肩へしなだれか、る女の體を突きのけて、 「知りませんよ。」 と云ひ放つや否や、捕へられた外套の袖がちぎれさうになるのも構はず、ずる / \ と梯子段を降りると云 ふよりは滑べり落ちて行った。彼は戸外へ出て了ふまで、一度も彼の女の顏を振り顧って見なかった。 これは本當の話なのである。夕方の四時半から紅 ~ 業館に新年會が 「僕は此れから會があります。」 ある筈なので、幸吉はもと / ( 、愛宕下から共の方へ廻るつもりであった。尤も、彼の女に會った時の都合 さう思って居たのが、悉 で、何か面白い事件が發展しさうになったら、會の方は缺席しても差支へない。 く豫期に反して、彼はやつばり會場へ赴くより外仕方がなくなった。 戸外へ出て、俥へ乘って見ても、腹立たしさといまいましさは容易に收まらない。今日の彼の女は馬鹿な のか悧巧なのか、美しいのか醜いのか、執拗いのか冷淡なのか、殆んど譯がわからなかった。唯几べての 擧動が毒々しくて、嘔吐を催させる程俗悪であった。さうして、前後の様子をいろいろ考へ合はせて見る のに、結局彼の女はまだ充分幸吉に惚れて居ると云ふ事だけは明かであった。 る若しも幸吉が、彼の女を捨て、了ふ気があるならば、今が一番容易い時である。彼は自分の胸中に沸き騰 てった憎惡の情を利用して、比較的未練や後悔を感ずる事なく、彼の女を振り捨て、了へさうである。兎に 角、今日の態度から判斷すると、彼の女は幸吉が最初に豫想したよりもっと淺はかな、もっと薄っぺらな、 しつッこ あが 237

8. 谷崎潤一郎全集 第2巻

泥遊びをした指先の爪の間に、粘土が乾いて殘って居る臭を嗅ぐと、何となく懷かしい心地を覺え、樂し い夢に戀ひれる気持になった。 がてん きたない きれ 私には大人の淸楚、汚穢と云ふ意味は好く合點出來なかった。 おもて 「そんなきたない足をして、座敷 ~ 入っちゃいけません。」母は私が戸外から歸ると屹度かう云って、雜 ぎん 巾で足の裏を拭かしたが、たと ~ 拭かなくても、其の爲めに疊が汚れるだらうとは考 ~ られなかった。 なんか カ弓カら、縁側に埃が舞ひ込むの、二日間湯へ人らぬから體がヌラヌラするの、何の彼のと云 今日は風。ゝ最、ゝ ひっきゃう ふ大人の云ひぐさに就いて、私は證據のある事實を發見するに苦しんだ。此れは畢竟、大人に通有な迷信 的の習慣だらうと斷定した。 然るに聲變りがすると同時に私もいっしか「きれいずき」の迷信でない事を知った。私の肌に行き瀰って ゐる官能は、日一日と鋧敏な感覺を傳へて來た。私の肉體は一時に眼を醒ました。 私は、大人になってから再び遭遇する事の出來ない不思議を、少年の時に度々見た。 其の頃私の家は活版屋で、毎日米屋町の相場の變動を印刷しては方々へ配達して居た。私は折々機械場へ いたづ 遊びに行って、職工の仕事の邪魘をした。或る時、私があまり徒らをするので、職工の一人が何と思った わるさ か、「潤ちゃん、そんなに惡作をなさると、又地震が搖りますよ。嘘だと思ふなら、いつでも搖らして御 覽に入れます。」かう云って、にやイ、、薄気味惡く笑った。私は何より地震を恐れて居たから、威嚇しに こんなに云ふのだらうと高を括って、 わたし じゃま あかっち こめやまち にほひ からだ きっと わた ざふ

9. 谷崎潤一郎全集 第2巻

き付ける汐風が、彼の耳朶にあたってばた / \ と鳴って居た。彼はぼんやりと薄眼を開いて、瞳を蔽うて 居る女の手を見た。強い日光が掌の肉を半透明に射徹して、か細い五本の指の股が、丁度海底の水の明る まふた さ程に赤く輝いて居る美しさ。彼は眼瞼の上の優しい重味を得堪へぬ迄に、忙しく亂れた息つかひを女の 手の中に吐いた。 「あなたなんぞに惚れる人はないだらうと思ったけれど、よく考へたら一人あったわね。」 何を想ひ出したのか、英子は不意にこんな事を云った。 「一人や二人ちゃ、き、ませんよ。」輝雄は眼隱しをされた儘、眠さうな調子で云った。 あなた、あの方を此方へお呼びなさいな。」 「下谷の春江さんと云ふ人ね。 「へえ、そんなものがあるんですか。」 かう云ふ末松の聲が聞えた。 「え、、あるのよ。そりや好い女よ。玉置さんにはちっと勿體ないくらゐなの。」 春江に對するお世辭の積りで斯う云ったらしいのが、輝雄には何となく皮肉に取れて気持が惡かった。 「そいつも惡くすると、此方で惚れて居るだけぢゃないかな。」 て藤田が嘲けるやうに云って、ゲラゲラと笑った。 「馬鹿を云ひ給ふな。そんな惚れるやうな女ぢゃないんだ。」 吹 「嘘おっきなさい ! 」と、英子は載せて居た掌を除ける拍子にべたりと彼の額を叩いて、眞上から顏を見 下ろしながら、 とほ 123

10. 谷崎潤一郎全集 第2巻

はさまでに廣くもないが、 二三人の抱へと女中を使って、木口を選んだ二階座敷の柱や建具の模様など、 なか / 、小ざっぱりした暮らし向きらしい。格子先へ迎へに出た十五六の女の子にお艶はちょいと耳こす りして下駄を脱ぐ間もせはしなさうに其のま、男を梯子段へ導いた。 橘町の駿河屋の店に、人目を忍んで切ない逢ふ瀬を樂しんで居た時代の事。小名木川縁の淸次の宿に寄寓 して船頭たちに冷やかされながら夢の如く日を送った二十日あまりの時代の事。 お艶は甘い囘想に 耽って、過去の記憶を呼び起してはあまりに短い二人の戀の果敢なさを嘆き且訴へた。 わちき 「いっぞや藝者の眞似をして『私』と云って怒られたつけが、もう差支へあるまいねえ」 そんな事を云ふうちに女は全然荒つぼい辰巳言葉を使ひ始めて、新助が未だに堅苦しく「お艶ちゃん」と つや 呼ぶのを、水臭いと云って批難した。今夜だけはせめて本當の亭主の積りで、「お艶」と呼んで下さいと 注文した。「その代り私も『新どん』と云っちゃあ濟まねえから、此れからさん附けにして上げるよ」と 云った。 もう酒ならば澤山だと臀込みするのを、女は容易に承知せず、無理にまへて唇へ押し人れるやうにした。 さすが豪酒であった新助も、此の頃は酒の味を覺えた爲めに却って弱くなったのか、夜の更けるに隨って 醉は次第に深く深く心身に沁み渡った。 三日の間の逗留が互の戀の最後であると度胸を据ゑ、朝から晩まで平淸の仕出しの料理を喰べながら何本 と云ふ銚子の數を傍から傍から飮み倒して、起きる時刻も寢る時刻も減茶々々にして上気せ合った二人は、 三日目の夕方迄に早やぐったりと疲れ切って、醒めて居るのに意識が朦朧としてしまった。考へて見ると、 ぎぐち べり 544