泣き - みる会図書館


検索対象: 谷崎潤一郎全集 第25巻
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1. 谷崎潤一郎全集 第25巻

る」は「降る」に、 にお調えになるのでした。さもないことでも並々ならず立派に遊ばされるのですから、 「ゆき」は「雪に」か けてある ましてお道理なのです。佛のおん飾り、花机の覆いなどまで、まことの極楽浄土が思い ちっす ホ、帙の簀。竹の簀で ははきさき 作「たもので経巻なやられるばかりです。初めの日は先帝の御追善、次の日は母后のおんため、またの日は かんだちめ どを包むのに用いる 〈、中宮の父に当る、院の御追善。その日が法華経の五巻の日ですから、上達部なども、世の思わくを憚って 桐壺院の前の御代の ばかりもいられないで、大勢お参りになるのでした。今日の講師は特に優れた人をお選 帝のこと チ たきぎこりぎようどう ことは 八講の中日。三日 びになりましたので、薪樵の行道のあたりから始めて、同じく言う言の葉も、たいそう の朝座に第五巻を講 まわ ずる。その提婆品に 貴く聞えるのです。親王たちもさまざまの捧物をささげてお廻りになるのですが、大将 は龍女成佛の事があ るので女人が最も重殿の御用意には、やはり及ぶ者がないのです。始終このお方のことばかりをお褒め申す しとしている。この 時薪樵の行道があるようですけれども、お会い申し上げるたびごとに珍しくていらっしやるのですから、ど チ、大僧正行基の作、 「法華経をわが得しうも仕方がありません。 ことは薪樵り菜摘み けちがん 水汲み仕へてぞ得 最後の日には結願に御自身のおん事を中されて、入道なさる趣を佛にお告げになりま し」〔拾遺集〕とい ぼうぜん う歌をえながら薪すので、人々は皆驚かれます。兵部卿宮も、大将の君も、びつくりなすって、茫然とし みすおけ を負い水桶を持って ておられます。親王は儀式の半ばに、立って御簾のうちへおはいりになりました。中宮 行道すること ざす 、兵部卿宮 はお覚悟のほどを心強く仰せられて、法会が済む頃に山の座主を召して、戒をお受けに よかわ なる由を仰せ出されます。おん伯父の横川の僧都がお側近く参って、お髪をおそぎにな る時分、御殿の内は揺り動いて、忌まわしいばかりの泣きごえに満ちるのでした。そこ じようふつ いつまき へ ほうもっ おお 391

2. 谷崎潤一郎全集 第25巻

木 賢 りの御挨拶は従前同様になさいますけれども、すっかり屈託しておいでになることよと、 事情を知る女房たちはお気の毒に思うのです。春宮はたいそう美しく、大きくおなりな されて、珍しくも嬉しくお思い遊ばして、お纒りになりますのを、可愛らしいことよと ごらんになるほど、お覚悟が鈍り給うのですけれども、内裏の有様を見給うにつけても、 おおきさき 世の中があわれにはかなく、移り変ることばかりが多いのです。大后のお心のほども不 安ですし、お出入りなさるにも不都合なことが多く、何かにつけて辛くお感じになりま すので、こんな風では春宮のお行く末も心配で、どうなることであろうかとさまざまに お迷いになるのでしたが、「久しくお目通りしません間に、姿が今のようではなくて、 妙な風に変ってしまいましたら、何とお思いになるでしようか」と仰せになりますと、 、年老いた女房の名おん顔を見守り給うて、「そんなら式部のようなのでしようか。でもあんな風におなり であろう になるはずはありません」と、笑いながらおっしゃいます。何ともいえずいじらしくて、 「あれは年を取ったせいで醜くなったのです。そうではなくて、髪はあれより短くて、 ( 、加持や祈疇のため黒い衣などを着まして、夜居の僧のような姿になろうと思いますので、お目にかかりま に夜じゅうお側に詰 めている僧 すことも、今よりもっとたまになるかも知れません」と仰せになってお泣きになります と、真面目になって、「長くお越しにならないと、恋しく思いますのに」と、涙が零れ そむ 落ちるのを恥かしく思し召して、さすがにおん顔を背けていらっしゃいます、ゆらゆら きぬ まじめ しきぶ まつわ ち 379

3. 谷崎潤一郎全集 第25巻

むね この上もなくお心がかりである旨を仰せになります。どちらも深い物思いがおありにな る同士のおん物語は、いろいろとあわれなことどもが多かったでしよう。やさしくてお 立派な宮のおんけはいは昔のままなので、情なかったお仕打ちを、それとなくお恨みに なりたいのですけれども、今さらにいやらしいとお思いになるでしようし、御自分とし ても、かえって一層思い乱れることになろうと、じっと怺えて、ただ、「このように意 こうむ 外な罪を蒙りますのも、思い合わせますと、あのこと一つがありますゆえに、空恐ろし ゅうございます。惜しからぬこの身は亡きものにしましても、春宮の御代さえ御安泰で ありますならば」と、そうおっしやっただけなのもお道理なのです。宮も、何もかも御 承知のことなのですから、心に感動遊ばすばかりで、お言葉はありません。大将はよろ みけしき ずのことを一度にお思いつづけになって、お泣きになる御気色が言いようもなくしめや ことづ かで優雅なのです。「お山へお参りいたしますが、お言伝ては」と申し上げられますと、 イ、藤壷の歌。お仕え急にはものも仰せられず、切ない思いを怺えておいでになる御様子です。 申した院は今はいら 「しやらず、現に達見しはなくあるは悲しき世の果を 者でいる源氏は悲し 運命に遇うという そむきしかひもなくなくぞふる 世の末に、自分はせ つかく遁世したかい えらくお胸が掻き乱されていらっしゃいますので、お二入ともさまざまなお心持を、 もなく毎日泣きなが ら暮している。「そよう仰せつづけられません。 432

4. 谷崎潤一郎全集 第25巻

標 せず、この上もなくお寂しい境遇なのでございます。私も一向力にはなりませんけれど も、もう少し世の中のことが安心できるようになりますまで、これはこう、あれはああ と、物事がお分りになるような年頃まで、見て上げたいと思ったのでございますが」と、 仰せながらも消え入るようにお泣きになります。「そういうお言葉がございませんでも、 お見捨て申すようなことはございませんが、まして自分にできますだけのことは、何事 によらずして差し上げようと存じます。決して御心配なさいますな」などと申されます と、「なかなかむずかしいことでございます。ほんとうに頼りになります父親などがあ ふびん りまして、それに引き受けて貰いましても、女親がないのは不憫なものでございます。 まして大切にして育んで下さるにしましても、とかく人から疑われたり嫉まれたりなさ って、気がねをなさらねばなりますま 、。いやな取越し苦労でございますが、決してそ のような色つぼいことはお考え下さいますな。不仕合せな私の身に引き比べてみまして も、女は思いのほかのことで物思いを重ねたりいたしますので、どうかそういうことが ないようにして上げたいと存じますので」などと仰せられますので、随分あけすけにお っしやることよとお思いになるのですけれども、「近頃はその辺の心得もできましたの に、昔の好色心がまた残っているようにおっしゃいますのは本意ないことです。まあ、 みあかし 自然にお分りになるでしよう」と仰せになって、おもての方が暗くなり、内には御燈火 すきごころ もら そね

5. 谷崎潤一郎全集 第25巻

なかやど 六条あたりに人目を忍んでお通いの頃、内裏からそちらへお出ましになる中宿りに、 めのと 、重病の場合に出家大弐の乳母が重い病気で尼にな「たのを見舞ってやろうとお思いになって、五条にある して佛の加護を求め みくるま るのである その家を尋ねて、お立ち寄りになりました。御車を入れるべき門がとざしてありました ので、惟光を呼びにおやりにな「て、待っていらっしやる間、むさくろしい大路のさま はじとみ ひがき かたわ 、格子組の裏に板をを見渡されますと、この家の傍らに、檜垣というものを新しく作って、上の方は半蔀に 張った建具で、採光 すだれ のために金物で釣りして、四五間ばかり吊り上げてあり、簾などもたいそう清く涼しそうに垂らしてある向 上げるようになって すきかげあまた うから、美しい額つきをした透影が数多ちらちらして、こちらを覗いているのが見えま す。立ってあちこちしているらしいその人たちの、顔から下を想像してみますと、むや みに背が高いような感じがして、どういう者どもが集っているのであろうかと、異様に やっ お思いになるのでした。御車も目立たぬように窶しておられますし、先払いもおさせに これみつ びたい おおじ 103

6. 谷崎潤一郎全集 第25巻

都へ帰って大宮人 に話しましよ、つ、こ すめる心は騒ぎやはする 耳馴れたせいでございましようか」などと言われます。明けはなれて行く空がうらうら さえす と霞んで、山の鳥どもがそこはかとなく囀りかわします。名も知らぬ木草の花どもが色 にしき たたす とりどりに散りまじって、錦を敷いたかと見えますのに、折々鹿が佇んでは歩いて行き ひじり ますのも、珍しく御覧になりまして、悩ましさも紛れておしまいになります。かの聖は、 身動きもできない体なのですが、どうにかこうにか僧都の坊に参上して、護身の法をし て差し上げます。歯の抜けた、隙間だらけの口から漏れる皺がれた声で陀羅尼を読むの くどく が、しみじみとあわれに、 いかにも功徳を積んでいるように聞えるのでした。 みつかいげちゃく お迎えの人々がやって来て、全快のお祝いを申し述べ、内裏からも御使が下着されま す。僧都は里では見られないような果物を、何やかやと谷の底まで掘り出して、もてな してお上げになります。「今年じゅうは山を出ないという固い誓いをいたしましたため に、お見送りにもよう参りませんことが、今となってはかえって悔しゅうございます」 みき などと言われて、御酒を参らせられます。「山にも水にも心が留まりましたけれども、 おそ お上がお案じになっていらっしゃいますのが長れ多いので、帰らなければなりません。 この花の盛りのうちにまたじき訪ねて参りましよう。 宮人に行きて語らん山ざくら しわ くや 174

7. 谷崎潤一郎全集 第25巻

かのことが起「て、浅ましいとも何とも言いようのない思いをしている。こういう急な すきよう 、と、ているので、そういうこともさせたかったし、願なども 場合には誦経などがししドし 立てさせたいと思って、阿閣梨に来るように言ってやったのだが」と仰せになりますと、 「阿閣梨は昨日山へ帰ってしまいました。何にしましても不思議なことでございますな。 前から御気分のすぐれぬような御容態でも見えたのでございましようか」「そんな様子 もなかった」とお泣きになりますのが、世にもお美しく、お可愛らしく拝まれますのに、 惟光もたいそう悲しくなって、自分も声を挙げて泣いてしまうのでした。 そう言っても、年を取って世の中の経験を積み、さまざまな場合に行きあわしたこと のある人こそ、まさかの折には頼みにもなりますのに、いずれもいずれも若い同士で、 いんもり どうともしようがないのでしたが、「この院守などに聞かれましては、都合が悪うござ いましよう。あの男だけは気心が分っておりましても、自然おしゃべりをするような家 族もいることでございましよう。まずこの院を出ておしまいなさいませ」と言います。 「でも、ここよりもっと人少なな所がどこにあろう」と仰せになります。「ごもっともで ございます。あのもとの家は女房などが悲しみのあまり泣き騒ぎますと、近所隣がござ いますから、多くの里人に聞き咎められる心配もあり、自然噂の立っことがございまし ようが、山寺でしたら、ほかにも遺骸を持って行く人もございましようから、おのずか なきがら がん 133

8. 谷崎潤一郎全集 第25巻

ますのが、たいそうしみじみと、実意の籠った様子に見えながら、さすがに人目も悪か らず、なまめかしい姿をしていらっしゃいます。大臣は久しくお言葉もなくていらっし ゃいましたが、「年を取りますと、何でもないようなことにさえ涙もろくなりますのに、 ましてこのたびは夜昼乾くひまもなく泣き惑うております心を、慰めようもありません ていさい ので、人に見られても体裁が悪く、意気地がないように思われそうで、院などへもよう お伺いしないのです。事のついでにはその趣を奏上して下さいまし。餘命幾ばくもなさ そ・うな老年になりまして、子に捨てられるとは、可という辛いことでしようか」と、強 みけしき いて心を押し静めて仰せになる御気色は、とても苦しそうなのです。君もたびたび鼻を ろうしようふじよう 拂んで、「老少不定は世の習いであると分「ていましても、その事に当「て心に感じる 悲しみというものは、たとえようもありません。院にもこの有様を奏上しましたら、御 ひま 推量下さいますでしよう」と中し上げられます。「では、時雨も隙なく降る模様ですか ら、暮れないうちに」とお急かしになります。 とお みきちょう あたりを御覧になりますと、御儿帳のうしろ、襖の彼方などの開け通してあるところ にびいろ に、女房が三十人ばかり一かたまりにな「て、濃いのや、薄いのや、さまざまな鈍色の 衣を着て、いずれもひどく心細そうにしおたれつつ集っていますのを、たいそう哀れに お感じになります。「お見捨てなさるはずのない、可愛い人もここにおいでのことです よるひる ひと ふすまあなた 337

9. 谷崎潤一郎全集 第25巻

末摘花 なさるがも 、し、御縁があったら、仮初にお通いになったとしても咎める人はあるまい などと、独りぎめにして、父君にも「こんなことが」とは言わないでいるのでした。 八月の二十日あまり、宵過ぎるまで月の出るのが待ち遠しく、星の光ばかりがさやか こずえ にきらめいております頃、松の稍を吹く風のおとの心細さに、昔のことを語り出して、 お泣きになっていらっしゃいます。ちょうどいい折と思って命婦がお知らせでもしたの でしよう、例のようにたいそう忍んでお越しになりました。内では姫君が、月がようよ おも まがき う上りかけた庭の面の、荒れた籬のあたりを気味悪そうに眺めておいでになりましたが、 きん 誰かに琴をすすめられましたので、ほのかに掻き鳴らし給うのが、まんざらでもありま おもむき せん。それにつけても、もう少し親しみやすく当世風の趣を添えて上げたらばと、命婦 のような浮気な心には、歯がゆい感じがするのです。君は人目のない場所ですから、何 の気がねもなくおはいりなされて、命婦をお呼び出しになります。命婦は今知ったとい う風な驚き顔をして、「えらい難儀なことになりました。これこれのお方がいらしった のでございますよ。実はかねがね、御返事がないのをお恨みになっていらっしゃいまし たのを、どうとも私の一存には参りませんとばかり、押し通しておりましたら、自分で 事情を申し上げると、おっしやっていらしったのでございます。何と御返事をしたもの でございましよ、つ。 並大抵なことで出かけていらっしやるようなお方ではございません あが はづきはつか ひと なみたいてい かりそめ 225

10. 谷崎潤一郎全集 第25巻

せられます。外は霰がひどく降「ていまして、物凄い夜のことなのでした。「こんな心 細い僅かな人数で、どうしてお過しになれましよう」と、君はお泣きになって、とても おろ このまま打ち捨てて立ち去りにくくおなりなされて、「御格子をお下しなさい。 との う恐い晩には、私が宿直を勤めましよう。みんなもっと近いところに寄っていらっしゃ い」と、たいそう馴れ馴れしく御帳のうちへ抱いておはいりになりますので、思いのほ かな、怪しいことをなさるものよと、誰も誰も呆れているのでした。乳母も困って、気 を揉んでいるのですけれども、はしたなく騒ぎ立てることもできませんので、溜息をつ きながら控えています。姫君も、たいそう恐ろしく、どうなることかとわなないておい でなされて、美しいおん肌つきも、寒そうに総毛だっていらっしやるお可愛らしさに、 君は単衣だけをお着せなされて、押しつつんでお上げになりましたが、そういう御自分 いくらか変にお感じになりながら、しんみりとおん物語をなすって、「是非私の所 ひいなあそ にいらっしゃいよ。おもしろい絵などもたくさんありますし、雛遊びをしますからね」 と、気に人りそうなことをおっしやって上げる御様子の、たいそうやさしそうなのを、 いちず こわ 幼な心にもそう一途には恐がらず、とはいえさすがに寝入りもしないで、気味悪そうに、 もじもじしながら横になっていらっしゃいます。 夜一夜風が吹き荒れますので、「ほんとうに、おいでになっていただかなかったら、 こわ よひとよ ひとえ あられ みちょう みこうし ためいき 194