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検索対象: 谷崎潤一郎全集 第26巻
198件見つかりました。

1. 谷崎潤一郎全集 第26巻

ぎさいのみや があるのでした。入道后宮も、春の初めからずっとお患いになっていらっしゃいました みかど tJ ようこう が、三月にはたいそう重くおなりなされましたので、帝の行幸などがあります。院にお 桐壷院がなくなっリ 男れ遊ばした時分は、まだお小さくて、格別深い御感動もお覚えにならなかったのです たのは、冷泉帝の五 みけしき 歳の時である が、今度はひどく御心痛遊ばす御気色なので、宮もたいそう悲しく思し召されます。 「今年は必ず命の助からない年と覚悟しておりましたが、そんなに容態が悪いようでも ありませんので、もう死ぬ時が分「ているように振舞いますのも、何か大層に、仰々し く思われはせぬかと遠慮しまして、佛事供養のことなども、わざといつもより違った風 にはいたしませなんだ。一度ゆっくり参内しまして、昔のおん物語も申し上げてなどと 存じながら、気分のすぐれた折が少うございまして、鬱々と過してしまいましたのが残 り惜しゅうて」と、たいそう弱々しく申し上げられます。お歳は三十七におなりなので あたら した。ですが非常にお若く、今が盛りにお見えになります御様子を、帝は可惜しくも悲 しく御覧遊ばされます。「お年廻りがお悪くていら「しゃいますのに、とかく晴れ晴れ となさらないで月日を送っておいでになると聞きましただけでも、お案じ申していたの でしたが、御祈疇なども、そう特別におさせにならないでいら「しやるとは」と仰せに あわ みすほう なって、たいそうお気遣い遊ばすのでした。ようようこの頃に慌てて御修法や何やかや とおさせになります。この月頃はいつものおん悩みなのであろうと気を許していた源氏 やよ わずら 101

2. 谷崎潤一郎全集 第26巻

風 松 たり、どこかへ行ってしまったりしているが、風情があるように置き直したら、面白い にゆうねん 眺めになるであろう。こういう邸の庭をあまり入念に繕うのも、張合いのないものだ。 どうせいつまでも住むわけではないのだから、立っ時それに心を惹かれて、苦しい思い をした覚えがある」などと、来し方のことも仰せ出されて、泣いたり笑ったりして打ち 解けていらっしゃいますのが、たいそうめでたい御様子なのです。尼君もそうっと拝ま わたどの していただいて、老いも忘れ、憂いも晴れる心地がして、ほほえんでいます。東の渡殿 うちぎすがた の下から流れ出る水の趣を直させようと、たいそうなまめかしい袿姿の、くつろいだ風 をしていらっしゃいますのを、なかなか結構に、嬉しく存じ上げながら拝んでいますと、 閼伽の道具などがあるのにおん眼をお止めなされて、気がおっきになりまして、「尼君 はこちらにおいでなのですか、こんなしどけない風をしまして」と、おん直衣を取り寄 ぎす せてお召しになります。几帳のもとにお寄りなされて、「何の疵もなく育てて下さいま おろそ したのは、日頃のお勤めの疎かならぬお蔭にこそと、有難く存じています。お心しずか に行いすましておいでになったおん住み家を捨てて、浮世にお帰りになったお志の深さ、 またあの浦に一人で残っておいでになる御老人は、どんなにこちらのことを思っておい やさ でかと、それやこれやが考えられまして」と、たいそう優しく仰せになります。「捨て ました世にいまさら帰って参りまして、何かと思い乱れがちな胸の中を、推量していた あか きちょう ふぜい

3. 谷崎潤一郎全集 第26巻

てしまいます。おん返し、 イ、「露」を自分に、 「下露になびかましかば女郎花 「女郎花」を〔女君に たとえた歌。内証で あらき風にはしをれざらまし 私のい、つことを、 ていらし「たら、苦あのなよ竹を見てごらんなさい」などと、たしかそうあったはずですけれども、聞き違 労をなさるようなこ とはありますま、 えだったでしようか。何にしましても、外聞のよいことではありません。 に。「ド露」の「下」 あささむ ル」い、つに「川か そこから東の御殿の方へお渡りになります。今朝の朝寒ににわかに思い立ったのでし ほそびつ まわた に」の心を含めてあ る ようか、裁ち物などをする老女もあれば、お前に大勢集「て細櫃めいたものに真綿をか くちば 。、花散里の御殿 けて、手で引き延ばしている若い女房たちもあります。たいそう清らかな朽葉色の羅や、 いまよういろ 、位階に相当した正今様色のたぐいなく光沢を打ち出してある絹などを、取り散らかしていら「しゃいます。 しい色でない流行色 したがさね 「それは中将の下襲ではありませんか。せつかく仕立ててお上げになっても、今年は内 ち つぼせんざい 裏の壷前栽の宴などもお取り止めになるでしよう。こんなにひどく吹き荒れたのでは、 何もできることではありません。全く殺風景なことになりそうな秋ですね」などと仰せ になって、何という品か、さまざまな色をした絹などがたいそう綺麗に置いてあるのを 御覧なされて、こういう方面の技にかけては、南の御殿のおん方にも引けを取らないこ けもんりよう つきくさ とよとお思いになります。おん直衣の花文綾を、この頃摘み取った月草の花でうっすら とお染め出しになりましたのがたいそう好もしい色合いをしています。「こういうも イ わざ うすもの 362

4. 谷崎潤一郎全集 第26巻

かたじけ しようわる おんいつくしみの忝なさを、しんみりと話してお聞かせ申すのでした。少しは性悪なお 心持も手伝っていますけれども、かと言って、あながちに我意を通したりもなさらず、 いよいよ御親切が増すばかりなので、だんだんなっかしくお思いになって、打ち解けて 、らっしゃいます。 はつかぜ ころも イ、わがせこが衣のす秋にもなりました。初風がすずしく吹き出して、「せこが衣」もうら寂しい心地がな そを吹き返しうらめ こと づらしき秋の初風さいますので、怺えかねて、たびたびお渡りなされて日をお暮しになり、お琴なども教 〔古今集〕 えてお上げになります。五日六日頃のタ月が早く沈んで、少し曇っている空の景色、荻 の葉音もようよう物哀れな折柄でした。お琴を枕にして、御一緒に寄り添って打ち臥し ていらっしゃいます。これで何事もないという不思議な仲が世にあろうかと、歎きがち の夜を更かしておいでになりましたが、 やはり入の疑いを招きそうなのが気におかかり になりますので、お帰りになろうとして、お前の篝火の少し消えかかっていますのを、 お供に従う右近大夫を召して、お焚かせになります。たいそう涼しそうな遣り水のほと たいまっ りに、風情面白く横ひろがりに伸びています檀の木の下に、松明を暑くるしくないほど に置いて、遠ざけて点しましたので、お部屋の方はたいそう涼しくて、ほどよく明るい 光の中に、女君のおん有様が引き立って見えます。お髪の手ざわりなど、、ゝ 力にもひん みけしき やりと、上品な感じがして、羞かしそうに固くなっていらっしやる御気色がたいそう可 うこんのたいふ こら はす まゆみ まくら カ・かりび おぎ 342

5. 谷崎潤一郎全集 第26巻

ん消息などを遣り取りしていらっしゃいますことですし、月の明るい夜でもありますの で、庭の桂の木かげに隠れておいでになりますと、以前はとても寄せつけようともしな しよう かったのですが、今日は何のこだわりもなく南の御簾の前に請じて上げます。でもじき じきにお話しになりますのはやはり恥かしい気がしますので、宰相の君から御返事をお わたくし させになります。「特に私にお使いを仰せつけになりましたのは、人には頼めぬ御伝言 であるからだと存じます。こう隔たっておりましては、何として中し上げられましよう。 私こそ数ならぬ者ですけれども、兄弟の縁は切っても切れぬものだとも申しますのに、 かがなものでしようか。古めかしい言いぐさながら、頼もしく存じ上げておりました のですが」と仰せになって、面白からずお思いになります。「ほんに、この年ごろの積 るお話なども、取り添えて中し上げとう存じますが、近頃妙に気分が悪うございますの で、起き上りますことなどもようしないのでございます。それをそのようにお咎めにな りますのは、かえって親身の御情愛とも覚えません」と、たいそう改まって仰せ出され ます。「その、御気分がお悪くてお臥みになっていらっしやる御儿帳の側近くまで、お 通しになって下さいませんか。いや、なるほど、そんなことを申しますのも心なしのよ うでございました」と仰せになって、父大臣のおん消息などをひそやかに中し上げられ ます。作法なども人に劣り給わず、たいそう尋常なのでした。「内裏へお上りになる時 かつら とが 411

6. 谷崎潤一郎全集 第26巻

おなりなされて、夕方にお渡りになったのでしよう。宮も、いつもならただもうにこに こして喜んでお迎えになりますのに、今日は真顔でおん物語などをなさるついでに、 うちのおとど 「あなたのことで内大臣が恨みごとをおっしやったので、大変心配しているのです。近 しい間柄の者と軽はずみなことをなすって、人に苦労をおさせになりはしないかと、心 苦しく思うのです。かようなことを申したくはありませんけれども、そういう事も分 っていらっしやらないのではないかと思いまして」と仰せになりますと、気にかかって いたことですから、ふっと思い当るのでした。顔を赧くして、「それは何事でございま しようか。静かな所に引き籠りましてからは、とかく入中へ出る折もございませんので、 お恨みなさいますようなことをしでかした覚えはございませんが」と、たいそう恥かし そうにしている様子が、い とおしくも不憫なので、「まあ、せめてこれからなりと気を おつけになるのですよ」とばかりで、ほかのことに紛らしておしまいになりました。そ れではいよいよ文などを通わすこともむずかしくなるであろう、と思いますと、男君は ひどく悲しいのです。宮が食事をおすすめになったりしましてもさつばりお上りになら ないで、お寝みになったようでしたが、 実は心も上の空で、皆が寝しずまった時分に中 とざ の襖を引いて見ますと、ふだんは格別締りなどもしてありませんのに、今宵は固く鎖し てあって、人の音もしません。たいそう心細くなって、襖に倚りかかっていらっしゃい ふすま やす ふみ ふびん あか ひとなか 172

7. 谷崎潤一郎全集 第26巻

お嫌いなすって、御自分はちょっともいらしって下さいませんが、せめてこの人だけで もお許しがいただきたくて。でもまあ、一体この御様子は」と言って、普通ならば泣き もするところでしよう。けれどもこれから先に待っている幸福を思いやって、よほど嬉 わたくし しいらしいのです。「故宮がいらっしゃいました時分に、私がお顔を汚したようにお思 うとうと いになって、寄せつけて下さいませなんだので、疎々しいようになりかけておりました が、でも私は従来も決して疎略には思いませなんだ。ただたいそうおえらいように田 5 い 上っていらっしゃいましたし、大将殿などがお通い遊ばす御運勢では、とてもお側へ寄 りつけないと存じましたので、親しくお附合いいたすことも御遠慮中し上げる場合が多 うございましたが、 世の中というものはこんな具合に変りやすいのでございますから、 身分の低い方がかえって気楽というものでございます。昔は及びもっかぬおん有様でい らっしゃいましたのに、ほんとうにおいたわしく、心苦しく存じますが、御近所に住ん でおります間は御無沙汰をいたしましても、いつでもお世話できると思って、のんきに 構えておりましたけれども、今度は遠方へ参りますので、あとに心が残りまして、悲し ゅう覚えます」と語るのですが、打ち解けた御返事もなさいません。「お志はたいそう 嬉しいのですけれども、私のような変り者が、餘所へ行ったとて何になりましよう。こ うすも のまま埋れて、朽ちてしまった方がと存じます」とばかり仰せられますので、「なるほ きら わたし そりやく よそ けが

8. 谷崎潤一郎全集 第26巻

= 、四月一日 おとどうかっ 寄せになる方々もたいそう数多いら 0 しゃいます。ですが、大臣も迂濶にはお取りきめ みすか になるべくもなく、おん自らも真面目に親になりきって通せるものやら、おばっかなく お感じになりますかして、父大臣に打ち明けてしまおうかなどと思い寄り給う折々もあ ります。殿の中将はいくらか近しく、御簾の傍らなどにも寄っていらっしゃいますし、 はず 女君はじきじきに御返事などもなさいますので、それを羞かしくお思いになるのです力 はらから 誰もまことの兄弟と存じ上げていることですし、中将も実直一方なので、色つほいこと てづる おおいとの などは考えてもいません。内の大殿の君たちは、この君を手蔓にして、何かとほのめか しては心を砕いて歩き廻っていらっしゃいますが、姫君はなかなかそんな浮気がましい ことではなしに、内心は心苦しく、何とかして実の父上にそうと知っていただきたいも のよと、入知れず願っていらっしゃいますけれども、そんなことはお漏らしにならず、 ひとえに大臣に縋っていらっしやるお気づかいなど、お可愛らしくもいじらしいのです。 まことに、似ているというほどではありませんが、やはり母君の面影のたいそうよく偲 ばれるところがありまして、ただこのお方の方が才気が加わっているのでした。 衣更えの季節にな「て、あたりのものがすがすがしく改まった頃おいは、空の景色な どさえどことなく趣がありますのに、お暇でいらっしゃいますので、いろいろのおん遊 びをしてお過しになるのでしたが、西の対のおんもとに入々からのおん文がだんだん繁 ころもが あまた まじめ ひま 275

9. 谷崎潤一郎全集 第26巻

音 初 そむ の人が浮気な女たちと同じように自分に背いてしまわれたならばなどと、いつも御対面 の折々には、まず御自分の悠長でいらっしやること、次にはこの人の重々しく落ち着い ていらっしやることをお思いになって、結局これが自分の願う境地であると、うれしく お感じになるのでした。 去年のおん物語などを、こまごまと親しみ深くお話しなされて、西の対へお渡りにな ります。ここへお移りになってから、まだ場所馴れ給うほど月日がたっていないわりに は、そこらあたりを面白く飾りつけて、愛らしげな童の姿もなまめかしく、人影なども お賑やかに、何不自由なくお暮しになっていて、細かいおん調度まではまだ手がお廻り にならないながら、相応に体裁よく住んでおいでになります。御本人も、お見受け申す ホ、「玉鬘」二四二頁ところいかにもお美しく、山吹の衣に引き立っていらっしやるお顔だちなどもたいそう 花やかに、 ここといって欠点らしいものはなく、隈なく光りかがやかしく、申し分のな い御様子をしていらっしゃいます。田舎で苦労をなすったせいでしようか、お髪の裾が きれい やや細くなって、お召物の上にさらさらとかかっていますのなどもお綺麗に、ここもか しこも水際立っていらっしゃいますのに、もしも引き取って上げなかったらとお田 5 いに なりますにつけても、とてもこのままではお過しになれないでもありましようか。こん な風にたいそう分け隔てなく馴れ親しんではいらっしゃいましても、やはり姫君として = 、玉鬘の所 参照 にぎ ぐしすそ 25 3

10. 谷崎潤一郎全集 第26巻

が多いのですが、こうして再び世に迎えられ給うたお喜びに遇えましたにつけては、あ の御不運の最中に死んでいましたら、どんなにか残念だ「たであろうと存じます」と、 お声をわななかせ給うて、「お年を召して、たいそうお立派になられましたこと。童で おいでにな「た時分に始めてお目にかかりまして、こうも輝かしい方がお生れにな「た かと、びつくりしたことでございましたが、それから後もときどきお会いするたびに、 あやしいまでにお美しいと存じていました。帝がたいそうあなたによく似ていら「しゃ ると人々は申しますが、そうは言 0 ても劣 0 ておいでであろうと推量しているのです」 と、ながながと仰せられますので、ことさらさし向いでこうは褒めにくいものだがと、 なかもの おかしくお感じになります。「ひと頃須磨の田舎者になりまして、いろいろ苦労をいた しようすい いにしえ しましてからは、私もす「かり憔悴いたしてしまいましたのに、お上の御容貌は、古の たくいまれ 世にも立ち並ぶ人がないのではないかと存ぜられ、類稀なるおん方と拝せられます。た だいまの御推量はとんでもないことでございます」と申し上げられます。「おりおりお とし 目にかかれましたら、こんな歳まで生きた命がこの上とも延びるかも知れません。お蔭 で今日は老いも忘れ、憂き世の悲しみが皆消えてしま「た心地がします」と仰せになり さんのみや 、葵 0 上の母大宮つつも、またお泣きになります。「三宮はあなたを婿にお持ちにな「た縁故から、親し くお世話をお受けにな「ていら「しやるのが、羨ましく思われます。この間お亡くなり みかど わらわ 125