御殿 - みる会図書館


検索対象: 谷崎潤一郎全集 第26巻
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1. 谷崎潤一郎全集 第26巻

督していらっしゃいますので、無理な首尾などをして対面はなさいません。おん消息だ けをしかるべき時にお上げになったりして、互いにやるせないおん間柄なのです。 ひろびろ 大殿は閑静なお住居を、同じことなら廣々と趣のあるように建てて、かしことここに 離れていて逢いにくい山里の人などをも、呼び集めて住まわせようというおつもりで、 、昔の六条御息所の六条の京極あたりの、中宮の旧い御殿のほとりを四町占めて御造営になります。式部卿 遺構で秋好中宮が伝 領したもの。今は源宮が明くる年には五十におなりなされますので、御賀のことを対の上がお心づもりして 氏の六条院の一画と なっている いらっしゃいますが、大臣もこれは知らぬ顔もできないことたとお思いなされて、その 紫の上 = 、光源氏三 + 四歳お支度も、なるべくならば新築の御殿の方でと、工事を急がせられます。年が改ま「て がくにんまいうど ホ、精進落しのこと。 からは、ましてこの御賀の御準備、御としみのこと、楽人や舞人の選定のことなどに念 賀の祝いの時、始め に僧を招いて法要ををお入れになります。経、佛像、法事の日のおん装束、さまざまの禄などのことは対の 行い、終ってから饗 上が御用意をなさるのでした。東の院でもお手伝いをなさいます。お二人の仲は、まし 宴を行うのをいう きこ てたいそうみやびやかに聞え交して過していらっしやるのでした。 こそ 世間が挙って御準備のために騒いでいますのを、式部卿宮もお聞きになりまして、年 頃誰にでも仁愛の志の深い大臣が、今まで宮にだけは生憎と辛く当ってことあるごとに 恥を掻かせ、使用人にまで情なくなさるという風に、歎かわしいことばかりが多かった のを、何か自分を恨まれるわけがあるのであろうと、心苦しくも迷惑にも感じていらっ おおいとの つれ ふる かわ よまち おんが あやにくつら 195

2. 谷崎潤一郎全集 第26巻

イ、喪服のことから転斎院は、おん服で職をお下りにな「たのでした。大臣は例の思い初められるとおあき じて喪のことをもい う。斎院の父桃園式らめにならないお癖で、喪中のお見舞いだの何だのと、たいそうしげしげおたよりをお 部卿宮薨去のことは こお思いにな「たことがありますので、打ち解け 「薄雲」一〇八頁に上げになります。宮はいっぞやも迷惑。 見えている たおん返りごともなさいません。こちらはひどく残念に思いつづけていら「しゃいます。 ももぞの ながっき 、槿斎院の自邸九月にな「て、桃園の御所にお引き移りなされた由をお聞きになりますと、女五宮がそ 式部卿宮の妹。源 氏や葵の上兄妹、斎ちらにおいでになりますので、そのお見舞いにかこつけてお渡りになります。 院らの叔母に当る 故院がこの宮たちをことに大切になす「ていら「しゃいましたので、大臣もそれを引 = 、桐壺院 きついで、今もお互いに親密に交際なすっていらっしやるらしいのです。お二方の宮は 同じ寝殿の西と東に住まっておいでになるのでした。式部卿宮がおかくれになりまして からまだそんなにも立ちませんのに、早くも御殿が荒れた感じで、あたりのけはいがし あさがお ぶく おとど おとど おんなごのみや 123

3. 谷崎潤一郎全集 第26巻

わきま ましても、何事も深く弁えていらっしやる大臣までが私を恨んで、あの子を引き取って おしまいになりますとは。そちらへ連れていらしったからとて、ここより安心というわ けもありますまいに」と、泣きながら仰せになります。 折しも冠者の君がお越しになりました。びよっとしたら僅かな隙でもあろうかと、こ うちのおとど の頃は足繁く顔をお出しになるのでした。内大臣の御車がありますので、気が咎めて間 が悪く感じながら、そうっと隠れて御自分のお部屋へおはいりになりました。内の大殿 きんだち ひょうえのすけ いますのも、皆この御殿に参 の公達の、左少将、少納言、兵衛佐、侍従、大夫などとい さえもんのかみ みす この方々は御簾の内へはお許しになりません。左衛門督、権 り集っているのでしたが、 はらから イ、父故摂政太政大臣中納言なども、大臣の腹違いのおん兄弟なのですが、故殿の御遺言の通り、今も伺候し てねんごろに仕えておられますので、そのお子たちもそれぞれお越しになりますけれど も、誰も冠者の君の御器量には似るべくもないように見えます。自然大宮のおんいつく そのほかにはただこの姫君ばかりを、身近な、可愛い しみも並ぶ者がないのでしたが、 ものに思し召して、大事になさって、お側を離さず眼をかけていらっしゃいましたのに、 こんな具合に引き離されておしまいになりますのを、この上もなく寂しくお思いになり ます。大臣は、「これから参内いたしまして、夕方お迎えに上りましよう」と仰せにな ってお出かけになりました。お、いのうちでは、、 ℃まさら仕方がないことなので、 こどの とが 176

4. 谷崎潤一郎全集 第26巻

まして、今では下司も踏みとどまって住んではおりません。朝夕のけぶりも絶えて、哀 やから ぬすびと れにみじめなことが多いのでした。盗人などという向う見ずな輩も、見つきが寂しいカ らでしようか、この御殿ばかりは用のないものとして、通り過して、寄りつきもしませ んので、そういう凄い野ら藪ですけれども、さすがに寝殿の内だけは、昔のままの飾り ちり つけがしてありますが、つやつやと拭き掃除などをする人もいません。塵は積りながら うなす も、確かにそれと頷かれる麗しいお住まいには違いないので、その中に明かし暮してい らっしゃいます。 はかない古い歌や物語のようなものを相手にしてこそ、つれづれをも紛らわし、こう いう住まいのやるせなさも慰められるものなのですが、さような方面の嗜みにも後れて いらっしやるのです。たって好ましいことではありませんが、自然退屈な時などには、 ぎくさ 同じ心の者同士で文の遣り取りなどをしましてこそ、若い人は折々の木草の風情につけ ても、憂いをお忘れになるはずですのに、親御がお育てになったしきたりをそのままに、 世間を気の置けるものと思っておいでなされて、たまにはお便りをなさらねばならない から、もり イ、 : 当時の物語であ方々へも、さつばり馴れ馴れしくなさいません。古ぼけた御厨子を開けて、唐守、藐姑 るが、今伝わらないや 、竹取物語のこと射の刀自、赫奕姫の物語の絵に画いたのを、ときどき弄び物にしていらっしゃいます。 よみびと 古い歌でも面白いのを選び出して、題だの読人だのを明らかにして説いてあるのは見所 力、ノ、 やふ うるわ もてあそ たよ

5. 谷崎潤一郎全集 第26巻

= 、明石の姫君 ホ、紫の上の御殿 のは中将にお着せになるのですね。若い人にこそ似合うでしようから」などというよう なことを仰せになってお出になります。 中将の君は、父大臣が面倒なおん方々のあたりをお廻りになるお供に歩いて、何とな く気がくさくさして、書きたいと思っていた文などをしたためるにも、もう日がたけて しまったと思いながら、姫君のおんもとへお越しになります。「まだあちらにいらっし おび ゃいます。風に法えていらっしゃいますので、今朝はようお起きになりませなんだ」と、 めのと との おん乳母が中します。「ほんに、大変な荒れ方でしたから、宿直に参ろうと思いました が、大宮がえらく恐ろしがっていらっしやったので、こちらへはお伺いできませなんだ。 雛の御殿は無事でしたか」とお尋ねになりますと、女房たちは笑いながら、「扇の風が 当りましてさえ大騒ぎをなさいますのに、あの風ではもう少しで吹き倒れそうでござい ました。全くこの御殿の取り扱いは苦労なことでございます」などと言います。「何ぞ、 へつぼねすすり 〈、女房たちが使う硯あまり大層でない紙はありませんか、それにお局の硯とを」と仰せになりますと、姫君 ひとま、 'J ふたの 姫君の硯 のお子の中から紙を一巻取りおろして、おん硯の蓋に載せて差し出しましたので、 「いや、それでは痛み人ります」とおっしやるのでしたが、でも内々は、このおん方の すじよう 母君の素姓を考えればそれほどに言うにも及ばないような気がして、文をお書きになり うすよう すみ ます。紙は紫の薄様なのでした。墨を丹念にすり、筆の穂先を見守り見守り、ほっとひ ひいな 363

6. 谷崎潤一郎全集 第26巻

てしまいます。おん返し、 イ、「露」を自分に、 「下露になびかましかば女郎花 「女郎花」を〔女君に たとえた歌。内証で あらき風にはしをれざらまし 私のい、つことを、 ていらし「たら、苦あのなよ竹を見てごらんなさい」などと、たしかそうあったはずですけれども、聞き違 労をなさるようなこ とはありますま、 えだったでしようか。何にしましても、外聞のよいことではありません。 に。「ド露」の「下」 あささむ ル」い、つに「川か そこから東の御殿の方へお渡りになります。今朝の朝寒ににわかに思い立ったのでし ほそびつ まわた に」の心を含めてあ る ようか、裁ち物などをする老女もあれば、お前に大勢集「て細櫃めいたものに真綿をか くちば 。、花散里の御殿 けて、手で引き延ばしている若い女房たちもあります。たいそう清らかな朽葉色の羅や、 いまよういろ 、位階に相当した正今様色のたぐいなく光沢を打ち出してある絹などを、取り散らかしていら「しゃいます。 しい色でない流行色 したがさね 「それは中将の下襲ではありませんか。せつかく仕立ててお上げになっても、今年は内 ち つぼせんざい 裏の壷前栽の宴などもお取り止めになるでしよう。こんなにひどく吹き荒れたのでは、 何もできることではありません。全く殺風景なことになりそうな秋ですね」などと仰せ になって、何という品か、さまざまな色をした絹などがたいそう綺麗に置いてあるのを 御覧なされて、こういう方面の技にかけては、南の御殿のおん方にも引けを取らないこ けもんりよう つきくさ とよとお思いになります。おん直衣の花文綾を、この頃摘み取った月草の花でうっすら とお染め出しになりましたのがたいそう好もしい色合いをしています。「こういうも イ わざ うすもの 362

7. 谷崎潤一郎全集 第26巻

なっていらっしやるものと、誰もが思い込んでいましたのに、これはまた打って変って、 、いつばしのお方 すべてのことが世の並々の人にさえも劣っていらっしやるようなのを さき らしくお扱いになりますのは、どういうお心なのでしようか。これも前の世の約東事か も知れません。もうおしまいだと見切りをつけて、思い思いに先を争いつつ逃げ散って 行きました上下の奉公人どもも、そうなると我も我もと競って帰って来るのです。それ にまたお心ばえが、底が知れないほどお優しくっていらっしゃいますのが気が置けませ なまはんか んので、格別のこともない生半可な受領の家などに雇われて行きました者は、勝手の違 て ったはしたない心地がしたりしまして、掌の裏を返すような態度で戻って来るのでした。 君は以前にもまさるほどの御威勢で、ものの思いやりなども深くおなりなされました さしす ので、行き届いたお指図をなさいますところから、急に活気が出て来まして、御殿の内 ひとかずふ も追い追いと人数が殖え、草や木の葉がただ凄じく生い茂って哀れに見えました庭の面 せんざい の、遣り水が浚えられ、前栽の植込みの根元も涼しく掃除されなどしますにつけても、 あまり目をかけてもいただけない下家司の、何とかして使っていただきたいと心がけて いますのなどは、これでは君の思召しも一通りではないのであろうと見て取りまして、 ついしよう イ、二条院の東にあるこの御殿へやって来て御機嫌を伺ったり、お追従を述べたりしまして、御用を動めます。 一構えをいう。「澪ふたとせ 標」五二一頁参照二年ばかりはこの旧い御殿にお住まいにな「ていら「しゃいましたが、後には東の院と かみしも さら ふる しもげいし やさ すさま

8. 谷崎潤一郎全集 第26巻

イ、 てお上げになるのでした。 光源氏三十一歳年も新たになりました。初春の空も麗かに、何の思うこともないおん有様はこの上も なくめでたく、御殿のうちも大層つややかに研き改められて、参賀の人たちが寄り集っ て来られます中でも、お年を召した方々は七草の日に車を引き連ねて、お慶びを述べに きんだち つぎつぎ いらっしゃいます。若い公達は何の屈託もなく愉快そうにお見えになります。その次々 の人々も、心のうちには、い配ごともあるでしようが、うわべは得意そうに振舞「ていま 、花散里のこと。して、まことに泰平な御代のすがたなのです。東の院の西の対のおん方も、お仕合せに、 「松風」六一頁参照 申し分のない有様で、お附きの女房や童どもにも行儀正しい服装をするように心づかい をしたりしまして、過していら「しゃいますが、何といっても御近所ということは結冓 なもので、殿もお暇の折などには、ふとお立ち寄りになることがありますけれども、夜 おうよう 分わざわざ泊りにいら 0 しやるようなことはなさいません。ただ御性質が鷹揚に、お「 とりとしていらし「て、これまでが自分の運勢なのだと諦めながら、珍しいくらい朗か ( 、紫の上に外出の挨 拶をするのである ちぢ に、のんびりとしていらっしゃいますので、折にふれてのお手当なども、こちらのおん = 、桜人、その船止 め、島っ田を十まち方とあまり劣らないようにしてお上げになりまして、軽々しいお扱いはなさいませんと 作れる、見て帰り来 べっとうけいし んや、そよや、朗日、ころから、人々も同じように参「てお仕え申し、別当家司どもも油断なく事を執り行な 帰り来ん、そよや ( 第一段 ) ことをこって、なかなかきちんとした、見苦しからぬ暮し方をしておいでになります。 ひま うらら みが よろこ

9. 谷崎潤一郎全集 第26巻

ども、大宮が切に見たがっておいでになりますのが、ごもっともでもあればおいとおし 、大宮の御殿三条宮くもありますので、やはりそのままそちらの御殿でしてお上げになります。右大将を始 1 ロ、以前の頭中将。権 中納言から右大将にめまいらせて、おん叔父の殿たちは、皆上達部で、やんごとない、帝のおん覚えのめで 任ぜられたことは あるじがわ 「薄雲」二一頁にたい方々ばかりですから、主入側ではこのお人たちがわれもわれもと、しかるべきお世 見える 、大宮の御殿におい話をそれぞれにお勤めなさいます。世の中一体が騒ぎ立てまして、たいそうなおん催し て行われる儀式であ るから、大宮方の人なのです。大臣は若君を四位にしようと思し召され、人々もそう考えていたのでしたが、 人が主人側に立つわ まだ弱年ではあるのだし、何事も思いのままの世だからといって、そう一時に出世させ けである = 、浅葱は緑色 ( 一七 るのも、かえってありきたり過ぎるとお思いになり、お取り止めになりました。浅葱の 九頁には浅緑とあ かえてんじよう る ) のことで、六位包をお召しなされて還り殿上なさいますのを、大宮がひどく御不髑に、あんまりなこと の袍の色である 〈、童殿上していたタとお思いなされましたのも、 いかさまお道理で、お可哀そうなのでした。御対面なさっ 霧は元服して六位に なると殿上の間に出てそのことを仰せられますと、「今のうちから強いて大人にさせるべきではございませ 入することができな くなるのだが、ここんけれども、考えたこともございまして、しばらく大学で勉強させようかと存じますの ではそれを許された おおやけ のである。このようで、もう二三年はそういう風に廻り道をさせまして、自然公のお役に立つほどになりま なことを還り殿上と したら、じきに立身もいたすことでございましよう。私は九重の奥に成長しまして、世 よるひる さぶろ の中の有様も存じませず、夜昼お前に侍うておりましたので、やさしい書物などをほん おそ の少々習っただけでございました。長れ多くもお上のお手から教えていただきましてさ イ かんたちめ おぼ わたくしここのえ おとな いっとぎ あさぎ

10. 谷崎潤一郎全集 第26巻

初 えら る書きざまです。偉そうに漢字の草体を交ぜたりして学者ぶ「た真似もせず、やさしく 書き散らしてあります。姫君からの小松の御返歌を珍しく感じて、あわれな古い歌など をいろいろ書き交ぜて、 ホ、珍しいことに、立 「めづらしや花の塒に木づたひて 派な御殿に引き取ら れて行った姫君が、 谷のふるすを訪へるうぐひす 今日は私の所へ便り へ をして下す。た。紫『声待ち出でたる』」などとあります。「咲ける岡辺に家しあれば」などと、思い返して の上の御殿を「花のみすか ほほえ 塒」に、自分の居所自ら慰めた様子のもありますのを、取り上げて御覧なされて、微笑んでおいでになるお を「谷の旧巣」に、 姫君を「うぐひす」ん有様のあでやかさ。やがて御自分も筆を濡らして書き試みていらっしゃいますと、そ うやうや にたとえた こへいざり出て来て、さすがにその身の態度は恭々しく、礼儀を正していますのを、や へ、あらたまの年たち かへる朝より待たる はり人とは違っているとお思いになります。白い衣の上に黒髪が鮮かに垂れかかってい るものは鶯の声〔拾 遺集〕 ますのが、少しさらさらとするくらいに薄くなっていますのも、ひとしおなまめかしさ 梅の花咲ける岡辺 に家しあればともし、、ゝ、 カ添わ 0 て、なっかしくお思いになりますので、春早々から入がお騒ぎになるであろう くもあらず鶯のこゑ 〔古今六帖〕 と気がお咎めになりながら、その夜はこちらにお泊りになりました。やはり御寵愛が格 別なのだと、おん方々がそれぞれに妬ましくお感じになります。南の御殿ではまして面 白からず思う人々がいるのでした。まだ明けきれぬうちにお帰りになりますので、こん なに夜深くお立ち出でにならないでもと、女君はひどく名残りが惜しまれて、悲しく思 ふるす ねぐらこ ねた をかべ きぬ まね 255