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検索対象: 谷崎潤一郎全集 第27巻
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1. 谷崎潤一郎全集 第27巻

うしろみ お身の上ばかりはお見放しになれないで、今も六条院を万事のおん後見として頼みにな うちうち きんじよう すっていらっしゃいますが、内々のお取り計らいは今上から賜わるように奏上なさいま にほん す。宮は二品に叙せられ給うて、御封なども加わり、 いよいよ花やかな御威勢におなり になります。こうして年月が立つにつれて、それぞれに御信望が増して行きますのに、 、所々に源氏のこと対の上は、自分は全く殿お一人のお清によって、人に負けずにはいるようなものの、あ を「殿」「大殿」「院」 などいろいろに呼んまり年を取るようになったら、しまいにはお志も衰えずにはいないであろう、そんな世 でいるので注意され の中を見ない先に、我から出家をしたいものだがと、絶えず思いつづけていらっしゃい ますけれども、生意気のようにお取りになりはしないかとの御遠慮から、そうはっきり ともよう仰せ出されません。何分姫宮には内裏の帝までが特別の御配慮をなすっていら っしゃいますので、殿も粗略になさるような聞えがあってはもったいないので、だんだ あししげ んそちらの御殿へも同じように足繁くお通いになります。そうなるのが当り前のことと は思いながら、「さればこそ」とばかり、安からぬ心地がなさるのですが、それでもう わべは変らぬように、平気を装ってお過しになります。そして、春宮のすぐのおん妹君 の女一宮を、こちらにお預り申し上げて、取り分けて御養育なすっていらっしゃいまし たが、その方のお世話にかまけて、殿がお見えになりません夜のつれづれをも、慰めて いらっしやるのでした。上はこの宮のほかにも御兄弟の宮たちがおいでになりますのを、 女三宮 130

2. 谷崎潤一郎全集 第27巻

るとしましよ、つ。 からうた 明け方に詩の披講などがありまして、早く人々は退出なさいます。六条院は中宮のお ん方へお渡りになりまして、お物語などをなさいます。「今はこのように閑静になすっ ていらっしやるのでございますから、ときどきお伺いいたしまして、何ということはご ざいませんでも、年を取るにつれまして忘れられない昔のおん物語などを、承りもし、 、真の太上天皇でも申し上げもいたしとう存じながら、どっちつかずの身分なので、出歩きますのもさすが なし、といって臣下 の身分でもないことに気恥かしく、窮屈な気もいたしまして。私よりも歳の若い人々が、皆それぞれに出家 なさいますのに取り残されて行くような気がいたしますにつけても、無常の世の中が心 細く、ぐずぐずしてはいられないように存ぜられますので、浮世を離れた暮しをしよう かと、ようよう思い立っておりますものの、あとに残る人々が頼り少くなりますので、 どうか途方にくれないようにして上げて下さいますようにと、さきざきもお願い申し上 げたことでございますが、忘れずお心におかけなされて、お世話なすって下さいまし」 おうよう などと、熱心に中し上げられます。中宮は、例のたいそう若々しく、鷹揚なおん有様で、 「九重の奥深いあたりに住んでおりました時分よりも、近頃はなお御無沙汰がちになっ たような気がしまして、我ながら心外な、中しわけない気がしていますが、多くの人が 背いて行く浮世を、自らも厭わしゅう思うこともありながら、その心持を聞いていただ そむ ここのえ みすか 294

3. 谷崎潤一郎全集 第27巻

梅 紅 、。ほかの子たちと同じようにして差し上げましょ 上げて、私にも相談なすって下さ う」と、母北の方にも申されるのですけれども、「そんな世間並みな考えなどは、さっ ばりないらしゅうございますから、なまなかな縁組などは可哀そうでございましよう。 まあ御当人のおん宿世に任せることにして、私が生きております限りはお世話中しまし よう。わが亡き後はどういう風になりますか、それを田 5 うと心もとのうて、悲しくなる あま のでございますが、尼になるなりして、何とか人に笑われるような間違いもなしに、お 過しになるようにと願っているのでございます」などと泣いたりしまして、非の打ちど ころのない御性質のことなどを申し上げられます。 ままこ 殿としましては、継子と実子の区別をなさらず、どなたに対しても親と思っていらっ しやるのですが、一度お姿を見たいとお思いになりまして、「そうお隠れになるのは水 臭いではありませんか」と限みを言って、ひょっとお見えになることもあろうかと、人 のぞ 知れずそのあたりをお覗きになったりしますけれども、なかなか、絶えて片端をさえ御 そば 覧になることができません。「母上がお留守の間は、私が代りにお側へ参って見て上げ うとうと なさけ なければなりませんのに、そう疎々しく分け隔てをなさいますのは情ないことです」な どとおっしやって、御簾の前におすわりになりますと、おん答えなどは仄かになさいま きれい す。お綺麗な、品のいいお声をしていらっしゃいますので、姿形が思いやられて、お人 みす うら じっし ほの 45 9

4. 谷崎潤一郎全集 第27巻

笛 の宿に、故衛門督が 秋にかはらぬ虫のこゑかな 在世当時の秋と変ら ない虫の声を聞きまと仰せ出されます。 すことよ。笛の音を 虫の声にたとえた歌横笛のしらべはことにかはらねど 笛の音は格別昔と むなしくなりし音こそっきせね 変り〕ませんけれど も、亡くなった人を 立ちにくそうに、ためらっておいでになりますうちに、夜もたいそう更けて来ました。 悲しみ歎く私の泣く こうし 音は、いつまでも尽 御殿へお帰りになりますと、格子などをおろさせて、皆寝ておいでになりました。 きはしません 「近頃一条の宮に思いを寄せておいでになって、こうして親切に訪ねてお上げになるの です」などと、告げ口をする人がありますので、こんな具合に夜更かしをなさるのが小 憎らしくて、はいっておいでになったのを聞きながら、寝たふりをなすっていらっしゃ こと と我と、いるさるのでしよう。君は、「妹と我といるさの山の」と、美しい声で独り言のように謡って、 の山の山あららぎ、 手な触れそや、かほ「なぜこう締め切ってしまったのだろう。まあうっとうしい、今夜の月を見ぬ里もあろ さるがにや、」 まさるがにや〔催馬うとは」と呻くようにお「しゃいます。格子を上げさせ給うて、御簾を捲き上げなどな 楽「妹与我」〕 さいまして、端近くお臥みになります。「こういう月夜に、そうたわいもなく寝る人が まああんまりな」などと仰せられますけれ あるものでしようか。少し出て御覧なさい。 ども、腹が立ちますので、聞えないふりをしていらっしゃいます。そこらあたりに小さ い子たちが寝ばけた様子をしていまして、女房たちが大勢ごたごたと臥せっています人 、も物れ よる ひと 271

5. 谷崎潤一郎全集 第27巻

若菜下 しましたことも、今は何もかもせんないことと思い返しながら 、いったん感じましたの がいかばかり強く心に染み着きましたことか、年月が立つほど、口惜しくも、辛くも、 恐ろしくも、悲しくも、さまざまに深く思いがまさりますのに怺えかねまして、こう、 身のほどを知らないところをお目にかけましたものの、思慮の足りない、申しわけのな いことだとは存じておりますので、もうこれ以上罪な心はさらさらないのでございま す」と掻き口説きますので、さてはこの人であったのかとお心づきになりますと、浅ま ひとこと しく恐ろしくて、一言の答えもなさいません。「お道理なことながら、世に例のないこ なさけ とでもございませんのに、珍しいほどすげないお心でいらっしゃいますなら、清なさの あまりに、ゝ カえって一途な料簡にもなるというものでございます。不憫とだけでもおっ さが しやって下さいますなら、それを承って引き退るでございましよう」と、いろいろに申 し給うのです。遠くで推し測っていた時分には、犯しがたく、お近づき申し上げるのも 憚り多いように想像していましたので、ただ、これほどまでに思い詰めた心の一端を申 けんたか し上げて、なまなか手出しなどはしないでおこうと思っていたのですが、そう権高な、 近づきがたいおんけはいではなくて、優しく、可愛らしく、ただなよなよとお見えにな る御様子の、この上もなく上品に田 5 われますことは、似る者もなくていらっしゃいます。 けなげに自らを制していた心も失せて、どこへなりともお連れしてお隠し申し、我が身 やさ くちお ふびん 167

6. 谷崎潤一郎全集 第27巻

御賀のことを、わざと二宮の御発案ではなく、父大臣の計らいのように言いなすのも、 気が利いているとお思いになります。「ただもうかように簡略にしたのです。世間の人 は粗末だと思って、志が足りないように見るかもしれませんけれども、そういっても、 ものの分った人がおられますと、さればこそこれでよかったのだと、ひとしお意を強く する次第です。大将は、政治向きのことは追い追い一人前になるようですが、こういう よろず 風流めいたことには、もともと嗜好を持たないのではないでしようか。あの院は万の物 うんおうきわ 事に蘊奥を極めていらしって、お通じにならないことはめったにありません中でも、音 楽の道にはお心をとどめて、堪能なお腕前でいらっしゃいますので、ああして世を捨て たようになすっておいでになりましても、今の方がかえってしんみりとものの音色に聴 き入り給うのではあるまいかと、餘計、い遣いされるのです。どうか大将と一緒に世話を この道の して下すって、舞の童の嗜みだの心構えだのについてお教えになって下さい 師匠などというものは、自分の藝には達していましても、さつばり役に立たぬもので す」などと、たいそう親しく仰せになりますので、こちらは嬉しいようなものの、やは さが いつものよ り苦しく、ぎごちなくて、言葉少なに、ちょっとも早く引き退ろうとして、 うに細々としたお話もなさらないで、辛うじてすべり出るのでした。そして、東の御殿 へお越しなされて、大将の君が出しておやりになる楽人や舞人の装東などに、もう一層 こま・こま しこう かろ がくにんまいうど 208

7. 谷崎潤一郎全集 第27巻

若菜上 吹かせてしがな〔拾の風』を、いくら吹き伝えましたところで、後の世のために格別なこともございますま 遺集〕 い」と申されますので、「いやいや、何によらず人にすぐれていることがあれば、記し 伝えておくべきです。あなたの鞠の腕前なども、家の記録にお書き入れになったら、さ ぞ面白いことでしよう」などと、冗談を仰せになるのでしたが、そのお顔つきのつやっ やしく、清らかなのを拝むにつけても、かような人を見馴れていて、何としてほかへ心 を移すお方がおありになろう、どうしたら、せめて哀れなものと思って下さるようにお 気持を捉えることができようかと、思えば思うほど、とても及ばぬ身のほどが知られて、 ゞ、つばいになって退出なさいます。大将の君も一つ車に召して、道々お話し 胸ばかりカも なさいます。宰相の君、「やはりこの頃のつれづれには、この院へお伺いして気晴らし あいだ をするに限りますね」「『今日のような暇な時を見つけて、花のある間に参るように』と の御意でしたから、春を惜しみがてら、この月のうちに小弓を持っていらっしゃいませ んか」などと約束します。 別れ道のところまで語り合われながら、まだ宮のお嚀がしたくて、「院は相変らずあ の対の上のおんもとにばかりいらっしやるようですね。よほどの御寵愛だと見えます。 宮はどのようなお心持がなさるでしよう。帝のお側で一方ならずやかされていらっし ゃいましたのに、 今ではさほどのこともなくて、屈託なすっていらっしゃいますのがお 朱雀院のこと とら ひま 103

8. 谷崎潤一郎全集 第27巻

タ のを、私も御機嫌を損じましては身が立ちません。とてもそんな面倒なことは中し上げ にくくて」と申し上げます。「何と申し上げたらいいか、御想像申していたのとは違っ て、合点の行かぬ子供らしいお方なのですね」と仰せになって、自分が考えていること は、人のおためにも我がためにも、世間の非難を受けるはずがないように仰せつづけら れるのですが、「いえいえ、ただいまは、またこのお方に万一のことでもおありになり はしないかと、とてもとても心配で、気が転倒しておりまして、何の分別もっきません。 まあ殿、どうぞどうぞ御無体に、一途なことはなさらないで下さいまし」と手を合わせ て拝みます。「まだ生れてからこんな扱いを受けたことはありません。定めし憎い嫌な さげす 全く浮かぶ瀬がありませ 男だと、誰よりもひどくお蔑みなさっていることでしようが ん。どちらが無理か、ぜひ誰かに裁いて貰いたいものです」と、すっかり興ざめがなさ って仰せられますので、さすがに少将も気の毒でもあります。「ひどい扱いとおっしゃ いますのは、あなたが色恋のことを御存じなさらないからでございます。人に裁いて貰 いましたら、どちらをもっともと思うでございましよう」と少し笑顔を見せて言います。 、力 、くら強情に言いましても、今はとうてい堰かれておいでになるはずもなく、その ままこの人を引き立てて、勝手はお分りにならないながら、見当をつけておはいりにな なさけ ります。宮はたいそう心憂く、情なくも浅はかな人の心よと辛く腹立たしくお思いなさ つら 359

9. 谷崎潤一郎全集 第27巻

タ しぐさ 顔を背けていらっしゃいます仕種など、言いようもなくなまめいていらっしゃいます。 こぎみ 男君は故君のおんことも少しは仰せ出されたりして、ほどよくしんみりとお話をなさい ます。さすがに今も亡くなった人のようにはお扱いになって下さらないのを、限めしそ うにお咎めになります。宮はお心のうちに、彼の人は官位などもまだそう高くなかった とはいえ、どなたもどなたもお許しがあった仲だったので、自然周囲に絆されて、契を 重ねたのだけれども、それでさえしまいには心外な仕打ちを見せられたではないか、ま おおいとの 、 = 、タ霧の北の方雲してこの人と間違いなどがあ「たりしたら、他人がとやかく言うばかりでなく、大殿な 井の雁は致仕の大臣 の娘で、柏木の妹にどはどうお思いになるであろう、なべての人に誹られるのはいうまでもないとして、院 当る。この大殿は致 仕の大臣のこと も聞し召してどのようにお思いになるであろうなどと、あちらこちらとつながりのある くちお おん方々のお心持をお考えになりますと、何とも口惜しく、たとい自分だけは操を守り 通しても、世間ではどんな取り沙汰をするであろう、それにこうしているところを母御 息所が御存じないのも気が咎めるし、後でお聞き及びにな「て、無分別なと仰せになっ たら立っ瀨がないしともお思いになりますので、「せめて夜が明けませんうちにお帰り なさけ を」と、一途に追い払おうとばかりなさいます。「お情ない、 さも何事かありましたよ うに踏み分けながら帰って行きますこの姿を、朝露がどう眺めることでしようか、やは きぬぎぬ り後朝らしく帰れとおっしやるのでしたら、私の志をお察しになって下さい こ、つ私を そむ みさお ちぎり 313

10. 谷崎潤一郎全集 第27巻

、光源氏 うこれで。あまり更けないうちにお帰りになって、この通り今が限りの有様でおります と申し上げて下さい。世間の人が何か仔細がありそうに思って訝しむであろうと、死ん くちお だ後のことまでが気になるのは口惜しいことです。どういう 前世の因縁で、こうもこの ことが心に食い入ったのでしよう」と、泣く泣くいざっておはいりになるのでしたが、 平素はいつまでも引きとめて、冗談などをさえ言わせたそうになさいますのに、今日は ろくろくお話もなさらないでと思いますと、小侍従は悲しくなって帰る気にもなれない めのと ごようだい のです。伯母の乳母も御容態を語って、たいそう泣き惑うています。父大臣などの御 きのうきよう 心痛の傷々しさ。「昨日今日は少しよろしい方だったのに、なぜまた弱られたのであろ う」とお騒ぎになります。「い え、やつばり助からないのでございましよう」と申し みずか 上げられて、自らもお泣きになります。 みけしぎみ 宮はその日の暮れ方からお悩みになりましたが、お産の御気色と看て取った人々が大 騒ぎをして、大殿にも申し上げましたので、驚いてお渡りになりました。お心のうちで は、あ、口惜しいことだ、これが確かに自分の胤に相違ないなら、珍しくも嬉しくもあ ろうにとお思いになりながら、人には気振りにも漏らすまいとなさいますので、験者ど もをお召しになるのでしたが、御修法はいつも不断にさせていらっしやることですから、 げん 僧どもの中で験のある限りのものが皆集って参りまして、お加持をして騒ぎます。夜一 おとど たね あや 224