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検索対象: 谷崎潤一郎全集 第27巻
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1. 谷崎潤一郎全集 第27巻

う十・よう おん返りがあります。紅の薄様に、眼も鮮かに包んでありますのにはっとなすって、ま だほんとうに子供らしい御筆蹟でいらっしやるのを、今しばらくはこちらの人にお見せ しないようにできないであろうか、水臭いことはしたくないが、あまりたどたどしいお 手であったら、御身分柄に対してももったいないようなとお思いになりながら、さすが にお隠しになりますのも気を悪くなさりそうなので、端の方をひろげていらっしゃいま すと、女君はそれを横眼に御覧になって添い臥していらっしゃいます。 イ、あなたがお越しに はかなくて上の空にぞ消えぬべき ならないので、はか ない私の身は、風に かぜにただよふ春のあは雪 ただよう春の淡雪が 空の中途で消えるよ お手は、ほんとうに子供々々して幼いのです。これくらいな歳になったら、もう少し うに、取りとめもな く死んでしまいそうお書けになりそうなものをと、眼がとまるのですけれども、見ぬふりをしておしまいに でございます なります。男君も、これがほかの人のことであったら、「こんなにお下手です」などと、 こっそりお聞かせになるところでしようが、ただもうお可哀そうなので、「あなたが気 をお揉みになるほどのことはありません。安心していらっしゃい」とばかり仰せになり ます。 今日は宮のおん方へ、昼間お渡りになります。ことに人念に身じまいをなすったおん 有様を、始めてお拝み申すこちらの女房などは、ましてどんなにかお立派に存じ上げた くれない -4-

2. 谷崎潤一郎全集 第27巻

梅 紅 に婿君としてお世話申し上げたい、おん行く末の御運勢もよろしいようにお見えになる すき し、い「そ東のおん方になどと、思い寄られる折々もありますけれども、たいそうな好 はちのみや 、桐壷院の八宮のこ者でいら「しゃ 0 て、忍んでお通いになる所も多く、八宮の姫君にも浅からぬお志を寄 と。この後の「橋姫」 以下の巻に詳しいせておいでになり、ひどくしげしげとお渡りになるという風で、頼もしげのない、 ついたお方だと聞いていらっしゃいますので、一層気が進まず、ほんとうは断念してい かたじけ らっしやるのでしたが、ただ田 5 召しを忝なく田 5 うばかりに、 時たま内々で姫君に代って、 餘計なお世話ながら御返事を申し上げていらっしゃいます。 の 469

3. 谷崎潤一郎全集 第27巻

髭黒。「紅梅」四 五五頁頭注イ参照 のちおおいとの これは源氏の御一族とは別のお方でいらしった、後の大殿のあたりに仕えていました ロの悪い女房たちの、まだこの頃まで生き残っていましたのが、問わず語りにしゃべり ましたことなので、紫の上に奉公していました人たちの話とも違っているようですけれ ひかるきみ ども、その女どもに言わせますと、「光君の御子孫についてところどころ間違ったこと どもが伝わっていますのは、私どもよりも年を取った、耄碌をした人たちの、覚え違い から出たのでしようか」と、不審がっているのですが、どっちがほんとうなのでしよう ゝ 0 ないしのかみ 、髭黒も薨去してい故殿のおん子は、尚侍のおん腹に、男が三人、女が二人おありになりましたのを、そ ることがわかる 、玉鬘 れぞれ立派に育て上げようというおつもりで、月日の立つのを待ちどおしがっていらっ しゃいましたが、そうするうちにあえなくお亡くなりになりましたので、何ごとも夢の 竹河 たけ かわ ふしん 、もうろ ~ 、 473

4. 谷崎潤一郎全集 第27巻

になりましたのに、すぐもうこんなことが起って参りました。万事が子供のようでおい でなされて、うかとお姿を見られるようなことをなさいましたので、あれからこっちあ のようにお慕いになって、せがみつづけていらしったのでございましたが、まさかこう まで深入りなさろうとは存じませなんだ。ほんとうにどなたのおんためにも困ったこと よま、 でございます」と、憚りもなく申し上げます。気の置けない若々しいところがおありに なりますので、つい馴れ馴れしい言葉が出るのでしよう。宮はおん答えもなさらないで、 ただ泣いてばかりいら「しゃいます。ひどく苦しそうにして、召上り物も何一つお取り になりませんので、「こんなにお悩みになっていらっしやるのを放っておおきになって、 もうすっかりお直りになったお方のお世話に夢中になっていらっしやる」と、女房たち は恨んで言います。 大殿はこの文がまだ腑にお落ちになりませんので、人のいない所で打ち返しつつ御覧 になります。もしや女房たちの中の誰かが、あの中納言の筆蹟を真似たのではないかと までお考えになるのですが、言葉づかいなどが鮮かで、他人が書いたとは思えない点が あります。長い間思い続けて来た恋が、たまたま叶えられた今、離れているのが気がか りなことなどを書き尽くしてあるふしぶしは、随分と哀れが深く、上手にしたためてあ るけれども、艶聿ロなどをこのよ、つにはっきり圭曰くとい、つことがあるものか、中納一一一口とも ふみ まね 188

5. 谷崎潤一郎全集 第27巻

若菜下 に入らぬことがありましても、我漫してお暮しなさい。ほんとうかどうかも分らないの に、邪推をして、不足がましい様子などを仄めかすのは、いたって品の悪いことです」 さと などと、諭していらっしやるのです。 しっさく 大殿はいとおしくもお心苦しく、内輪に失錯のあったことなどは、もとより御存じの はずはないので、罪はこちらにあるものとして一途に御不満に思し召しておいでなので あろうと、しばらくお思いつづけになって、「この御返事は何とお書きになりますか。 かようなお傷わしいおん消息をいただいては、私が辛うございます。思わぬことであな たをお恨み申すようなことがあったとしましても、疎略なお扱いをしていると人が見咎 めるほどのことはしないつもりでいるのです。誰があちらへ申し上げたのでしよう」と 仰せられますと、恥かしそうに顔を背けておいでになるお姿も、たいそう可愛らしいの よいよ気高く、美し です。ひどく面やつれがして、屈託しておいでになりますのが、い いのです。「子供のようなお心でおられますのを、見知っていらっしゃいますればこそ、 よろす ひどく御心配遊ばすのだということを思い合わしてみましたら、これから後も万のこと に気をおつけにならねばいけません。こんなことまで申したくはないのですけれども、 何か私が、思召しに背いているようにお取りになっていらっしゃいますのが、気がかり で心苦しいので、せめてあなたにたけ聞いていただきたいのです。分別が足らず、つま おも うちわ そむ ほの 201

6. 谷崎潤一郎全集 第27巻

は失礼になるであろうと、ただ普通のお見舞いに参上なすったのですが、大勢の人が泣 き騒いでいます様子に、さては本当であったのかとお驚きになります。式部卿宮もお越 しになりまして、たいそうがっかりなすったようにして奥へおはいりになります。あま りカをお落しなされて、人々のおん見舞いも、よう取り次がずにいらっしゃいます。大 将の君が涙を拭って出ていらっしゃいましたので、「、 てかがでいらっしゃいます。不吉 わすら なことを人々が申しますので、よもやとは存じましたが。しかし久しいお患いなので、 心配のあまりお伺いしました」などと仰せになります。「重態になられましてから長て しわざ ことになるのですが、今日の明け方から気をお失いになったのです。物怪の仕業でした ので、どうやら息を吹き返されたと伺いまして、やっと今しがた皆が安心したところで すが、まだ心もとないおん有様です。お傷わしいことで」と、ほんとうにひどくお泣き になったらしい顔つきです。眼も少し張れています。衛門督は、自分のけしからぬ心に 引き比べて思うのでしようか、この大将の君がさして親しくもない継母の御病気を、ひ どく気にしておられることに眼が留まります。大殿も、こうして誰彼がお伺いになった 趣をお聞きになりまして、「重い病人がにわかに息を引き取ったように見えましたので、 みだ 女房などが取り乱して、猥りがわしく騒ぎましたので、私までが釣り込まれて、いまだ に気分が静まりません。わざわざお越し下さいましたお礼は、改めて申し述べます」と 178

7. 谷崎潤一郎全集 第27巻

れるおん方々に立ち交って、心外な場合もありますとか、何もかも聞いているのです。 世の中は全く定めないものですから、一概にきめてしまって、はしたなく、抜き差しな らぬようなことはおっしゃいますな」と仰せになりますと、「人に侮られ給うようなお ん有様だからといって、いまさら別ないいお人にお変えになるわけには行きますまい こちらの院とのおん間柄は、世間の普通の御夫婦とは違っておいでになるのです。ただ おん後見をなさるお方がいらっしやらないで、どっちつかずでおいでになるよりは、親 のようにしてお世話願いたいというお話で、お譲りになったのでございますから、お互 いにそんなおつもりでいらっしやるかもしれません。つまらぬ悪口はおっしやらないで いただきます」と、しまいには腹を立てますのを、いろいろと言い宥めて、「ほんとう のところは、あのようなお立派な大殿のお姿を御覧じ馴れていらっしやるお方が、数に も足らぬ私のようなみすばらしい者に、じきじきにお会い下さろうなどとは夢にも考え ていないことです。けれどもたった一言、物越しに申し上げるだけのことをお許しにな きず って下さいましても、どれほど御身分に瑕が附きましよう。佛神にも、いに田 5 うことを申 すのは、罪になることでしようか」と、決して間違いはないという誓一言をしつつ仰せら れますので、初めのうちこそ「けしからぬこと」と言い返していましたものの、思案の 足らない若い女のことですから、そうまで命をかけて熱心にお頼みになりますのを断り あなど 164

8. 谷崎潤一郎全集 第27巻

若菜下 のままにお出しになりもしますけれども、あれは例外でございまして、普通は誰が弾き ましてもほとんど飛び抜けたものはございませんのに、よくあれだけ立派におこなしに なりました」と、お褒めになります。「いや、そんなに大したものではないのに、わざ と大層らしく取り成してくれるのですね」と、したり顔にほほえまれます。「しかしほ んとうにいい弟子どもを持ったものです。ただ琵琶は、私などが差し出がましいことを 一「ロうまでもないのだが、 そういっても側にいて上げると、やはりいくらか違って来はし 、オカ ないであろうか。昔思いがけない田舎で、あれを始めて聞いた時は、珍しい音色よと感 心したものであったが、あの時分から見ると、またこの頃はずっと上手になったから ね」と、強いて自分の功のようにこじつけておっしゃいますので、女房たちなどはそう っと眼引き袖引きします。 「何事によらず、それぞれの道について稽古をしてみると、才藝というものはすべて行 きどまりがないような気のするもので、もうこれでいいと自分に満足ができるまで習得 することは、とてもむずかしいものだけれども、なあに、今の世には深い研究を積んで いる人がめったに見当らないのだから、片端だけでも一通り習い覚えることができたら、 きん まあまあこんなものかと思って満足しなければなるまいがただ琴だけは面倒なもので、 うつかり手を触れるわけには行かない。 この道は、ほんとうに古法のままを学び取った 145

9. 谷崎潤一郎全集 第27巻

場合は、自然に和解するような例もあるようです。それほどでもないことに角々しく難 うとうと 癖をつけ、人をそっけなく疎々しく扱ったりするようなのは、取りつきにくくて、同情 のしがいがないようです。そうたくさんの経験はありませんけれども、人の心のいろい ろな姿を見ますのに、匪分にも、才覚にも、それぞれに身分に応じた気だてがあるよう とりえ です。誰でもおのおの得意とするところがあって、取柄のないのはないようなものの、 また取り立てて、自分の妻になるような者を本気で選ばうとすると、なかなか見当らな いものです。でもほんとうにらに癖のない、良い人というのは、この対の上一人だけ、 こういうのをこそ穏かな人と言うべきだと存じます。良いといっても、あまり締りがな くちお くばっとしていて、頼りないようなのも、口惜しいものです」と、かのおん方のことば かりおっしゃいますので、その餘の方々のことはおおよそ思いやられるのです。 「あなたなどは、ものの道理もいくらか分っておいでのようですから、上と仲好くお附 合いをして、この女御のおん後見も、同じ心でお勤めになって下さい」などと、忍びや かに明石の上に仰せられます。「お言葉がございませんでも、世にも珍しいお人と存じ 上げまして、明け暮れ口癖のようにお噂を申しているのでございます。もしあのお方が お憎しみになりまして、お許し下さいませなんだら、私などがこうまでお目をかけてい ただくわけには参りませんのに、痛み入るくらいに扱って下さいますので、かえってき かどかど

10. 谷崎潤一郎全集 第27巻

イ、タ霧 りません。「まあ不思議なくらい」「子供々々していらしって」と、人々は御様子を見て 持てあましています。殿は東の対の屋の南面を、仮に自分のお部屋のようにしつらいを して、すっかりそこに住みついたような顔つきをしておいでになります。三条殿では人 人が、「急に何という呆れた方におなりなされたのでしよう。、 もっからあったことなの でしようか」と驚いています。平生色つほい戯れをお好みにならないたちの人は、時々 こ、つい、つ 突飛なことをなさることがあるのでした。が、人々は、長年のあいだ誰にも気 取られないように続けていらしったのだとばかり思い込んで、まだ女君が御不承知なの だと思う者などは一人もないのです。いずれにしましても宮のおんためにはお気の毒な ことでした。 おん服喪中のことですから、おん設けなども常の作法とは様子が変「て、御婚儀の始 めに縁起が悪いようなのですが、お食事などが済みまして、あたりがひっそりとしまし た時分にお渡りなされて、少将の君をたいそうお責めになります。「ほんとうに行く末 ちぎり きようあす までのおん契をお望みになっていらっしゃいますなら、今日明日のところをお過しなさ れてからになさいませ。なかなかお帰りになりましても、一層いろいろのことを考え込 ふ んでおいでなされて、死んだ人のようにお臥せりになっていらっしゃいます。どのよう におとりなし申しましたところで、ひどいことを言うと思し召すばかりでございますも あき カナ カわ′ 358