大臣 - みる会図書館


検索対象: 谷崎潤一郎全集 第27巻
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1. 谷崎潤一郎全集 第27巻

宮」四四九頁頭注チたけれども、お越しになりません。大切にかしずき育て給う姫君たちを、何とかしてこ 参照 の宮にとしきりに考えておいでになるらしいのですが、宮はどういうわけか、気にもお 止めにならないのでした。一方では、源中納言がいよいよ申し分のない大人になって、 何事も人に後れを取るところもなくていらっしゃいますのに、大臣も北の方も眼をつけ ぜんく ておいでになりました。かくてその日は、行き違う車の音、先を追う前駆の声々など、 賑やかな騒ぎが隣にも聞えて来ますので、昔のことが思い出されて、物哀れに、打ち沈 〈、螢兵部卿宮 んでおいでになります。「故宮がお薨れになって間もなく、この大臣があの北の方のお 、真木柱。螢兵部卿 宮の薨去の後、当時んもとへ通うようにおなりになったのを、ひどく軽々しいことのように世間では非難し の按察大納言 ( 紅 梅 ) が真木柱の君にたけれども、ずっと情愛もさめないで、ああいう風にしていらっしやるのも、さすがに 通い初め、やがて妻 にしたことは「紅それはそれとして何の見苦しいこともありはしない。あ、、ほんとうに、世の中は分ら 梅」四五五頁参照 、ものやら」などと仰せになります。左の大殿の宰相中 ないものだね。誰に頼ったらいも チ、前の蔵人少将 将が、大饗の明くる日に、夕方こちらへお越しになりました。御息所が里に退っておい ようだい おおやけ でになると思うところから、ひとしお容態を作りながら、「公の官位が進みましたこと などは、さつばり嬉しくはございません。それよりは思いの叶わぬ私事の歎きが、年 月に添えて晴らしようがございませんので」と、涙を押し拭いますのもことさらめいて います。年の頃二十七八の、今が盛りの艶々しさで、花やかな姿をしておいでです。 わたくしごと おとな さが 517

2. 谷崎潤一郎全集 第27巻

ましても、「あの頃はまだたわいがなく、心もとない様子でしたが、立派に成人したよ さんみのちゅうじよう うですね」などと、お「しやっておいでになります。少将であった人も、三位中将と やら言われて、世間の評判も悪くありません。「顔だちまでが、あの時分から中し分の ない方でしたね」などと、生意気な奉公人どもは、そ「と蔭口をきいたりしまして、 「気がねの多い今のおん有様よりは」などという者もありますので、母君の立場はお気 の毒に見えるのでした。 ひだりのおとど この左大臣はここ この三位中将は、いまだに思い初めた心を断たず、憂くも辛くも感じながら、左大臣 ひたち にだけ名の見える人 で、物語の主要人物の姫君と縁組をしましたけれども、それには大して心を惹かれず、「道の果てなる常陸 たちとの関係は分らおび 帯の」と、手習いにも口癖にもしていますのは、どんな考えがあ「てのことなのでしょ 「藤袴」四〇四頁 うか。御息所は気骨の折れる御奉公のむずかしさに、お里にばかり退「ていらっしやる 頭注ホ参照 ようになりました。前の尚侍の君は、計らってお上げになったことが巧く行かないおん くちお 有様なのを、口惜しくお思いになります。内裏へお上りにな「た姫君は、かえ「て花や かに、気楽にして、いかにも風流で、奥床しいとの評判で仕えていらっしゃいます。左 ニ、タ霧が左大臣にな 「たことは「紅梅」大臣がお薨れになりまして、右大臣が左大臣に、藤大納言が左大将を兼ね給うて右大臣 河四五七頁にもあ「た ま紅梅。按察大納言におなりになります。次々に人々が昇進しまして、この薫中将は中納言に、三位の君は 竹であ「たのが右大臣 になっている 宰相になりまして、お喜びのお祝いをなさいましたが、いずれも御一族の方々ばかりで、 513

3. 谷崎潤一郎全集 第27巻

ずん わざとらしくなくお誦じになって、お出ましになりますと、御息所が早速に イ、ことしの春は衛門 この春は柳のめにぞ玉はぬく 督が亡くなった悲し みのために、咲いた 咲きちる花のゆくへ知らねば り散ったりする花の 行くえも知らないのと申されます。大して深みのある人というのでもないのですが、風流で、才気があると でございまして、た だ柳の芽に露が玉を評判されていらしった更衣なのでした。いかさまほどよい嗜みのある方らしいとお感じ 貫くように、眼に涙 になります。 の玉を宿すばかりで ございます。「柳の 致仕の大臣のおんもとへそのまま参上なさいますと、御子息たちが大勢お揃いでいら め」の「め」は「眼」 を利かしてある っしゃいまして、「こちらへおはいりになって下さい」とありますので、大臣のおん出 ロ、柏木の父、致仕の あるじ 大臣 居の方へお越しになりました。おん主人はしばらく涙をお怺えになりまして対面なさる 、客殿 かおかたち のでした。いつ見てもお綺麗でいらっしやるおん顔形が、たいそう痩せ衰えて、お髭な やっ そ どもお剃りになりませんので、伸びに伸びて、親御のおん服の時よりも目立って窶れて いらっしゃいます。お会いになるなり我慢しかねて、あまりにしだらなく乱れ落ちる涙 の恥かしさよと、無理にも隠そうとなさいます。大臣も、わけてこの君とは大の仲好し でいらしったものをとお思いになりますと、ただもう流れに流れ落ちますのを、ようお、 止めになることができません。きりのないお話を互いに語り聞え交されます。大将の君 は一条の宮に参上なすった有様などをお話しになります。大臣はいとどしく降りそそぐ おとど こら で 25 2

4. 谷崎潤一郎全集 第27巻

あぜちのだいなごん その頃、按察大納言と申されますのは、故致仕の大臣の次郎君のことです。お亡くな うえもんのかみ りにな「た右衛門督の、すぐ下の弟なのです。幼い時から発明で、花やかなところのお 前の髭黒右大将の ありになった人でしたが、 こと。「若菜」では 次第に出世をなさるにつれて、年月とともにいよいよ羽振り 右大臣であったが、 すぐ がよく、何不足なく振舞「て、お上のおん覚えもたいそう優れていら「しゃいました。 その後に太政大臣に なったのだと見えレ凵 の方は二人おいでになりましたが、リゝ 前カらのはお亡くなりになりまして、今おいでに る。「後の」とある のちおおぎおとど 0 は、紅梅 0 父、致なりますのは、後の太政大臣のおん娘で、あの、「真木の柱」を立ち去りにくいとお詠 しぎぶぎようのみや ていう みなされたお方なのですが、もとこのお方は、おん祖父の式部卿宮が、故兵部卿宮 「真木柱」四四〇 頁参照 にお縁づけになりましたところ、親王がお薨れになりましてから、この大納言の君が忍 梅 ( 、螢兵部卿宮のこ と。薨去の一 ) とが = んでお通いになりまして、追い追い月日の積るうちに、そうもお隠しにならないように 紅こにはじめて見えて な「たのでした。おん子は故北の方のおん腹にも、姫君が二人だけおありになりました こう 紅梅 おおじ おとど 455

5. 谷崎潤一郎全集 第27巻

弾く楽器、こと 吹く楽器、ふえ らおん座にお着きになりました。母屋の院のお座席とさし向いに、大臣のお座席があり ます。この大臣は非常に綺麗で、重々しく肥満していて、今が盛りの有徳の人とお見え になります。主人の院は今もいたって若々しい源氏の君と見え給うのです。おん屏風四 うすだん 帖にはお上がお手ずからお筆をお染めになりましたが、唐の綾の薄談に、描いてある下 おろそ 絵の模様など、疎かであるはずはありません。面白い春秋のけしきを画いた彩色絵など よりも、このおん屏風の墨つきの輝かしさは、眼も及ばず、貴いお筆のあとだと思えば、 ひきものふきもの なお結構に感ぜられるのでした。置物の御厨子、弾物、吹物などは蔵人所からお下げ渡 しになりました。新任の右大将の君の御威勢も、今は厳めしさをお加えになりましたの で、ひとしお打ち添えて、今日の儀式が立派なものになりました。おん馬四十疋を、左 右の店や六衛府の官人が、上位の者から順々に引き並べています間に日が暮れてしま おおきおとど いました。例の万歳楽、賀皇恩などという舞が、型ばかりに舞われてから、太政大臣が 今日この席へお渡りになりましたので、その珍しさを持て囃し給うて、皆々気を人れて おんあそび 御遊をなさいます。琵琶は例の兵部卿宮が、何事にも世間に稀な巧者なお方でいら「し きん わごん ゃいますので、全く真似手がありません。院のお前には琴のおんことを、大臣は和琴を お弾きになります。久しぶりでお聞きになりますお耳のせいか、大臣の和琴を言いよう きん もなく哀れに優にお感じになりまして、御自分も琴のおん手を、ほとんど秘術を尽くし う いま づ あるじ おもや まれ CO

6. 谷崎潤一郎全集 第27巻

若菜下 ホ、朧月夜の尚侍 = 、弁の君のこと。 「真木柱」四二一頁 参照 、玉鬘 か、あるまじきことと知りながらふと眼が止まるので、女の方も気の弱さから間違いを うしろみ しでかすのだ、などとお考えになります。右大臣の北の方は、これという後見もなく、 幼い時から田舎の国々をさすらうようにしてお育ちになったけれども、きびきびとした、 思慮のある人で、自分も表面は親らしくしながら恋心がなかったわけでもなかったのを、 いつもそ知らぬ風に穏かに受け流してしまい、あの大臣が、あの無分別な女房と心を合 わせて忍び込んで来た時にも、はっきりと自分の潔白な所を世間の人に知られるように し、公然と親の許しを得たのだということにして、自分の心から出た間違いにはしない でしまったあたりなどは、今から思うと 、、かにも分別のある仕方であった、ああなる 縁があったのであるから、どちらにしても長く連れ添うことに変りはないであろうけれ いくらか宀つぼく見 ども、馴れ合いで一緒になったのだと世間の人に思われていたら、 えたであろうに、実に上手に事を運んだものであったと、お思い出しになります。 うしろ ないしのかん いまだに始終胸にお浮かべになるのですが、そのような後 二条の尚侍の君のことも、 暗い筋合いの行いがどんなに罪の深いものかということをお悟りになりまして、あのお なび いまさら少し軽々しいような気がなさ 方がお心弱く靡いておしまいになりましたのも、 るのでした。しかしとうとう出家の宿望を叶えたとお聞きになりましては、お可哀そう くちお なやら口惜しいやらで、お心が動いて、まずお見舞いの消息をお上げになります。せめ みぎのおと・ど 195

7. 谷崎潤一郎全集 第27巻

、致仕太政大臣 ロ、弘徽殿女御 ですから、万事に締りのない癖がついていましたのを、何かと気をつけて、数少い召使 いをもうまく使いこなして、この大和守一入が切り盛りしています。思いも寄らぬ貴い 客人がお越しにな「ていら「しやるのを聞きつけて、今までは出仕もしなか「た家司な まんどころ ども、現金に出て参り、政所などという方に詰めき「て御用をするのでした。こうして 無理に住み馴れ顔をして、居ついていら「しゃいますので、三条の御殿のおん方は、い よいよこれぎりの縁なのであろうか、よもやと思って、まだいくらかは頼みにしていた のだけれども、真面目な人が気が変ると全く別人のようになると聞いたのは、ここのこ とであったと、夫婦というものの末始終を見届けてしまった心地がして、この人もなげ カオナカ な男君の仕打ちを、何とか見ないようにしていたいとお思いなされて、方違いにと仰せ られて大殿の方へお渡りになるのでしたが、ちょうど女御がお里においでの折なので、 御対面なさって、少しは憂さをお晴らしになりながら、いつものように急いで御自分の お邸へ帰ろうともなさいません。大将殿はお聞きになりまして、さればこそ、そういう たいじん 風に怺え性のないのがあの人の本性なのだ、父大臣もまた、さすがに親子で、大人らし わめ いゆったりとしたところがなく、ひどく気短かな、派手に喚き立て給う人たちであるか ら、「癪に触る、会わぬ、聞かぬ」などと、どんな騒ぎをしでかされるかも知れないと、 びつくりなさって、三条の御殿へお帰りになりますと、姫君たちやたいそう若いお子た まろうど こらしよう 372

8. 谷崎潤一郎全集 第27巻

うかっ あるとは我ながら思いも寄らず、のんきに構えておりましたのも迂濶なことです。どう かこのことは決して御心のほかにお漏らしにならないで下さい。しかるべき機会があり ましたら、御配慮をお願いしたいばかりに中し上げておくのです。一条においでになる イ 宮を、何かの折には見舞ってお上げになって下さい。お気の毒なおん有様を、院などが 聞し召して御心配なされましようが、よろしくお心添えをなさって下さい」などと仰せ になります。言いたいことはいろいろあるのですけれども、気力が尽きてしまいました てまね ので、「お帰りになって下さいますように」と、手真似でおっしゃいます。加持の僧ど ももお側近く戻って参り、母君や父大臣などが集っておいでになりまして、女房たちも 立ち騒ぎますので、大将は泣く泣くお出ましになりました。 女御は申すまでもなく、この大将の北の方なども、並々ならずお歎きになります。っ ねづね誰に対しても長兄の心持で接していらしったお方ですから、右大臣の北の方も、 この君ばかりを睦じいものに思っていらっしゃいましたので、さまざまに御、い配になり ホ、我こそや見ぬ人恋まして、御祈疇などを特別におさせになりましたけれども、「やむ薬」ではありません ふる病すれあふひな あわ らで . はやむ薬なしから何の効験もないことでした。女宮にもとうとう御対面がおできにならないで、泡の 〔拾遺集〕 消え人るようにお亡くなりになりました。年頃本心からはそうねんごろに深くも思って 〈、落葉の宮 なっ いなかったのですが、表面はたいそう行きとどいた扱いをして上げて、懐かしく、仕打 ロ、弘徽殿女御 、雲井の雁 = 、玉鬘 、落葉の宮 むつま みぎのおとどニ 240

9. 谷崎潤一郎全集 第27巻

は対面も叶いませんし」などと仰せられて、御きようだいのようにお扱い中されますの で、君もそういう気持になってお伺いになります。でも世の常の男たちのようなすきず きしさも見えず、たいそう取り澄ましていますので、ここかしこの若い女房たちは、ロ 惜しく物足りないことに思って、何のかのとうるさく持ちかけるのでした。 た力さ」 イ、「賢木」四〇〇頁正月の月初め頃に、あの、昔高砂を謡った、尚侍の君のおん兄弟の大納言、故大殿の 参照 、紅梅のこと。按察太郎君で、真木柱の君と同腹の藤中納言などがお越しになりました。右大臣も、お子た 大納言になったこと は「紅梅」四五五頁ちを六人ながらお連れなされてお渡りになりました。お姿の立派さはもとよりとして、 に見える 御様子と言い、人望と言い、何一つ足らぬ所のないお方でいらっしゃいます。お子たち 髭黒 もそれぞれにお美しくて、年のほどよりは官位も進んでいまして、何の苦労もなさそう に見えます。かの蔵人の君は、どなたよりも可愛がられているのですが、いつも打ち沈 みきちょう んで、物思いの種のありそうな顔つきをしています。大臣は御儿帳を隔てて、昔に変ら ずお物語をなさいます。「これという用事もありませんので再々お伺いもいたさずにお ります。年を取るにつれて、内裏へ参るよりほかの外出歩きなどは、きまりが悪くなり ましたので、お目にかかって昔話をしたいものだと思う時がたびたびありながら、つい そのままに過しております。この若い男どもは、御用の時にはどうかお使いになって下 さい、『必ず志のほどを見ていただくようにお勤め中せ』と言い聞かしてあるのでござ むつき そとで はらからロ こおおいとの くち 478

10. 谷崎潤一郎全集 第27巻

いものと最初から覚悟なすって、お思い立ちになったのではないでしようか。まあまあ 穏便に遊ばして、御辛抱なさるべきところだと存じます。そういうことは、男の私から よま、 奏すべきことではございますまい」と、憚ることなく申されますと、「対面の折があっ たら聞いていただこうと、お待ち受け申していた甲斐もなく、あっさりお裁きになるの ですね」と仰せになって、笑っておいでになりますのカ 。ゝ、、つばしの母親として切り盛 りをしておられるわりには、えらく若々しく、おっとりとした感じなのです。御息所も きっとこういう方なのであろう、自分が宇治の姫君に心を惹かれる気がするのも、こう うところを愛らしく思うからなのだと、中納言の君はお思いになります。中姫君の ないしのかみ 尚侍もこの頃退っておいでになりました。それぞれのお部屋に住んでおいでになりま すけはいが面白 く、いったいに物静かで、気が紛れるようなこともないおん有様なので、 ぎじゅっ よいよ , 甲妙に取 御簾の内から見られているような心地がして、気術ないところから、 り澄ましているのでしたが、前の尚侍の君は、この君を婿にすることができたらばと、 ふっとお考えになったりします。 、、こ、キ一よう きんだち 、大臣に任ぜられた右大臣の邸は、すぐこの邸の東にありました。大饗の日には垣下の公達などが大勢お 披露の饗宴 のりゆみかえりだち すもうあるじ 、饗応の時の相伴役集りになります。あの兵部卿宮にも、左の大殿の賭弓の還立や、相撲の饗応などには御 = 、匂宮 しよう うたげ ホ、避饗に同じ。「匂出席になったことですから、今日の宴に光を添えて下さるようにと、お請じ申されまし イ、八宮の姫君 516