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検索対象: 谷崎潤一郎全集 第27巻
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1. 谷崎潤一郎全集 第27巻

、落葉の宮 、紫の上をさす巧くあの人を取り戻した気でいらしったのが癪に触って、今度はそうっとこちらに来て、 この間から取り憑いていたのです。もう帰りますよ」と、そう言って笑います。さては 六条御息所の霊あの悪霊が、この宮をまで悩ましていたのかと、何とも浅ましく、お可哀そうにもいま いましくもお思いになります。宮は少し元気におなりのようですけれども、まだまだ安 心はできそうもない御様子に見えます。お附きの入々も、出家をなすった甲斐がないよ うに思うのですが、こんな風でもお直りにさえなるものならばと祈念しながら、御修法 をさらに繰り延べて、油断なく行わせられたりなど、いろいろと手をお尽くしになりま よいよ消え人るよ、つに かの衛門督は、御出家なされたことをお聞きになりますと、 おなりなされて、もう全く気力も衰えてしまわれました。女宮のことをお気の毒にお思 いになりますにつけても、ここへお越しを願うのはいまさら軽々しいようでもあります し、母君も父大臣もこう附き切りでいらっしゃいますので、自然ひょっとしてお姿を御 覧になるようなことがあっても面白くないしとお考えなされて、「何とかしてあの宮の おんもとへ、今一度参りたい」とおっしやるのですが、どうしても親御たちは許してお ごゆいごん みやすどころ 上げになりません。誰彼といわずこの宮のおんことを御遺言になります。母御息所は最 初からこの御縁組に御不満でいらっしゃいましたのに、こちらの父大臣が骨を折って御 234

2. 谷崎潤一郎全集 第27巻

きづき いますのも、憚りある気持がしたのでした。十一月は桐壷院のおん忌月になります。年 末はまた忙しゅうございましよう。先へ行くほどお姿が目立って、院もみぐるしく御覧 遊ばすでしようけれども、そうかといって、そう延ばしてばかりいるわけにも行きませ おもやっ ん。まあくよくよなさらないで、気持を朗らかにお持ちになって、えらく面窶れしてい らっしゃいますのを、お直しなさいませ」などと、さすがにいとしくお思いになります。 いつも何事につけても、一趣向あるような場合には必ず衛門督をことさらにお側に召し て御談合なさるのですが、今年は絶えてそういうお言葉もありません。入が訝しみはし ないかとお思いになるのですけれども、会えば自分が先方の眼に阿呆らしく映りそうな のが恥かしいし、自分としても顔を見れば、我慢しにくくなるであろうと思い返し給う て、あのまま長いことお伺いなさいませんのを、咎めもなさいません。世間の入は、ま だ督の君が引き続いて加減が悪く、院の方にも今年はおん催しなどがないせいなのだと、 ひとえにそう思っているのでしたが、大将の君だけは、何か仔細があるのではないか、 あの好色者は、きっと私が見て取ったあの事件について、何かしでかしたのではないか と思い寄りはしましたものの、まさかこのように動きの取れない仕儀にまでなっていよ うとは、考えてもいらっしやらないのでした。 しわす 十二月になりました。御賀は十日過ぎと定まりましたので、六条院では舞の稽古や何 すきもの しもっき あほう あや うつ 204

3. 谷崎潤一郎全集 第27巻

て「今こそ本意を遂げる」とだけでも匂わして下さらなか「た薄情さを、ひどくお恨み 申されます。 イ、昔私が須磨の浦で 「あまの世をよそに聞かめや須磨の浦に 海人となってしおた れて暮したのも、誰 藻しほたれしも誰ならなくに のせいでもないあな たゆえですのに、今人の世の定めないことを、いろいろな場合に思い集めておりながら、今までぐずぐずし あなたが尼となって あと 暮していら「し ~ るておりまして、お後にな「てしまいましたのは残念ですが、たといお見捨てなされまし にちにち・こ、んこう ことを、何として他 とごと 人事のように聞きま ても、必ず日々の御回向の折には第一に思い出して祈「て下さいますことと感慨無量で しよう。「あま」 ( 海 人 ) 、「藻しほ」は須 ございます」などと、ながながとおしたためになりました。こちらはとうから思い立「 磨の縁語 ていたことですのに、大殿が邪魔をなさいますのに引きずられていらし「たのです力 そんなことをそれと口に出して人に仰せられるべきではありませんので、ただ胸の中で、 しの 昔からの辛い間柄をお偲びなされて、さすがに浅からぬ因縁であることをお感じになり ますなど、どちらも同じ旧の田 5 いにお耽りになります。おん返りごとも、もうこれか や らは文の遣り取りもならないであろうし、これが最後とお思いになりますので、あわれ にな「て、念入りにお書きになります。墨つきなどもたいそう見事なのです。「世の常 なさは我が身一つにばかり感じられたのだと存じましたら、『後にな「た』とおっしゃ もましたので、ほんにそういえば、 にお 196

4. 谷崎潤一郎全集 第27巻

若菜上 のの、そういうことはないであろう、前斎院にも隹 . れていらしったようだけれども、た ってどうということもなくて済んだくらいであるからなどとお思いなされて、噂のよう なことがあるのでしようかともお尋ねにならず、一向気にかけてもいらっしやらないの がいとおしく、これが知れたらどうお感じになるであろう、自分の心は露ほども変らな であろうし、そういうことがあるにつけては、かえって一層いとしさが増すであろう けれども、見極めがおっきにならない間は、どんなにお疑いになるかしらんなどと、お 案じになります。まして近年は、互いに隔てをお設けになることがなく、、 よいよ休 / 、 契り合っていらっしキいますので、しばらくでも隠したてをするのは気が咎めるのです やす けれども、その夜はそのまま寝んでおしまいになりました。 明くる日、雪がちらっき、空のけしきも物哀れなので、昔のことやさきざきのことを お互いにお話しになります。「院の御病気がお悪くなりましたので、 ' お見舞いに参って 来ましたが、 いろいろとお傷わしいことどもを伺いました。女三宮のおんことが、ひど くお心におかかりなされて、これこれの仰せつけがありましたので、お気の毒で、よう 御辞退もせずにしまいましたが、定めし人は大袈裟に取り沙汰するでしよう。今はもう そういうことも気恥かしく、似合わしからず思うようになりましたので、人づてに御内 意を伺っていました間は、とかく御返事を中しおくらしていましたが、対面の節に、し みぎわ

5. 谷崎潤一郎全集 第27巻

ロ、朱雀院 どが聞し召したら、すべてが自分の越度となってしまうかも知れない、 とすれば、御病 気にかこつけて、出家をおさせ申した方が、などとも思い寄られるのですが、それもま たあまりに惜しく、もったいなく、こんなに房々としたおん黒髪の、遠い生い先をそう いう風に剪り捨ててしまうのもおいたわしいので、「やはり気を強くお持ちなさりませ。 最近に紫の上の病心配なさることはありません。もう助からぬと見えた人でも直「た例が、この間もあっ 気が快復した例があ るのをさす。「若菜」たくらいですから、やはり頼もしい世の中です」などと仰せになって、おん薬湯をおす 下一八〇頁参照 すめになります。たいそう青白く痩せて、言いようもなくはかなげに打ち臥していらっ しやるおん有様の、お「とりとした美しさをお拝みになりましては、どんな大きな過ち があるにしましても、許して上げなければならないように心弱くおなりになります。 みかど いざん 山の帝は、初産もめでたくお済みになったと聞し召されて、可愛く会いたくお思いに なるのでしたが、 御病気というおたよりばかりが引きつづいてありますので、どうなら れることやらと、朝夕のお勤めもみだれがちに、お案じになっていらっしゃいます。そ うまで衰えておいでになるお方が、ものを召し上らないで幾日もお過しになるのですか ら、いやが上にも弱り果て給うて、「久しくお会い中し上げませなんだ日頃にも増して、 院が恋しく思われてなりませんが、ひょっとすると、これなりお目にかかれなくなるの ではありますまいか」と仰せになって、ひどくお泣きになります。しかるべき入をもっ おちど ためし 228

6. 谷崎潤一郎全集 第27巻

押し遣らせ給うて、「こうしていると、夜居の加持の僧などのような気がしますけれど も、まだ効験を現わすほどの修行を積んでいないのがあいにくですが、せ「かく会いた がっておいでになるとのことですから、ただこの姿をありのままに御覧にな「て下さ い」と仰せにな「て、おん眼をお拭いになります。宮もたいそう弱々しげにお泣きなさ れて、「生きられそうにも思えないのでございますが、こうしてお越しになりましたっ いでに、尼になす「て下さいまし」と申し上げられます。「そういう御本意があるので したら、それは貴いことですけれども、そういっても死ぬと限った命ではありませんし、 そし 若い人はかえ「て先へ行「て間違いを引き起して、世の人の誹りを受けるようなことが ありましよう。まあ差し控えた方が」などと仰せなされて、大殿の君に、「ああ言われ て、その気になっておられるのですから、もし本当に助かりそうもないものならば、ち あいだ くどく よっとの間でも出家をさせて、その功徳があるようにして上げたらばと思います」と仰 せになりますと、「このほどじゅうもそのことを仰せられるのでございますが、『物怪な どが人の心をたぶらかして、そういう考えを起すように仕向けることがございますか ら』と申しまして、取り合わぬようにしているのでございます」と仰せられます。「物 怪のすすめであるにしても、それに負けたからとい「て悪いことなら控えなければなり ませんが、病気で弱「ている人の、いよいよこれが最期と思「て願われますことを、聴

7. 谷崎潤一郎全集 第27巻

若菜下 そりとお渡りになってお会いなされて下さいまし。必ずまたお眼にかかるでございまし よう。妙にものぐさで、鈍な性質でございましたから、何かにつけて情愛が足らぬよう にお思いになりましたこともあろうと、悔しゅうございます。こんなはかない命とも知 らずに、行く末長くとばかり思っておりました」と仰せになって、泣く泣くお移りにな るのでした。宮はあとにお残りなされて、言いようもなく恋い焦れていらっしゃいます。 父大臣の方では待ち設けておいでになりまして、いろいろと看護をお尽くしになりま す。と言いましても、今そう急に危篤という御様子でもなくて、このほどじゅうからも さつばりものなどをお上りになりませなんだのが、もうちょっとした蜜柑などにさえ手 を触れようとなさらないで、ただ何となく、だんだんものに引き人れられるようにお見 えになります。何分一代の物識りと言われておいでになったお方が、こんな具合にお患 こぞ いになりますので、世間が挙って残念に、惜しく思って、おん見舞いに見え給わぬ人は ないのです。内裏からも院からもたびたびお尋ねがありまして、限りなくお案じ下さい ますので、いよいよ親御たちは狼狽なさいます。六条院でも、惜しい人でいらっしやる さいさい ものをと、お驚きになりまして、再々ねんごろなおん見舞いを、父大臣にも申し送られ ます。まして大将は睦じいおん間柄のことですから、親しくお訪ねなさいまして、一方 ならずお歎きになります。 どん ろうば、 くや こが みかん 213

8. 谷崎潤一郎全集 第27巻

柏木 きようあす かのおんあたりへおん文をお上げになります。「今日明日の命になっておりますことは、 おのずからお聞き及びでもございましように、どうなったかとだけでもお心におかけ下 なさけ さいませんのは、お道理ながら情のうございます」などとしたためますのにも、たいそ う手がわななきますので、思うことも大概は書かずにしまって、 今はこれまでと私 「今はとて燃えん煙もむすばほれ の遺骸を荼毘に附し ても、燃え上る煙が たえぬ思ひのなほやのこらん いつまでも消えずに 空にさまようて、尽不憫とだけでもおっしやって下さい。そうしたら気を落ち着けまして、そのお言葉を我 やみじ きることのない思い の火がやはりあとにから迷う闇路の光ともいたしましよう」と中し上げられます。小侍従にも、なお懲りず 残るでございましょ まに哀れなことどもを言ってお寄越しになります。「お目にかかって、今一度お話した う。「思ひ」に「火」 や を利かしてある いことがあるのです」とおっしやってお遣りになりますので、この女房も . 、幼い折から 小侍従の伯母は柏伯母の縁故で出人りをさせていただいていて、お近づき申し上げていたことですから、 木の乳母なのであ る。「若菜」下一六あまり厚かましいなされ方に気を悪くしてはいましたものの、御危篤と聞いてはさすが 一頁参照 に悲しくて、泣く泣く、「やはりこの御返事はなすってお上げなさりませ。ほんとうに これが最後でございましよう」と申し上げますと、「私も今日か明日かのような心地が して、、い細く思いますので、病気と聞けば可哀そうとだけは感じますけれども、もうほ んとうに厭らしいことと、懲り懲りしていますので、考えても恐ろしい気がします」と だび ふみ こきとく 219

9. 谷崎潤一郎全集 第27巻

可哀そうです」と、憚りもなく言いますので、「とんでもない、そんなことがあるもの ですか。ただ対の上は普通と違って、小さい時から手塩におかけになりましたので、睦 しさにもそれだけの区別がつくだけだと思います。宮のおんことは、何かにつけて大切 に思っていらっしゃいますものを」とおっしゃいますと、「いや、そうは言わせません。 イ、花から花 ~ と木のみんな聞いて知っています。随分お気の毒な折々があるのだそうですね。並々ならぬお 間を伝うて行くあの いとしご 鴬は、なぜ多くの花ん愛子でいらっしゃいますのに、それではあまりもったいないではありませんか」と、 の中で、特に桜を選 ねぐら 、とおしがります。 んで塒としないので p あろう。これは柏木 「いかなれば花に木づたふ鴬の の歌。「鶯」を源氏 に、「桜」を女三宮 桜をわきてねぐらとはせぬ に、その他の「花」 を他の女たちにたと 春の鳥が、桜の枝を選んで、それ一つにとまる心にならないのが、不思議に思われてな えた ロ、タ霧の歌。「古い らない」と、独りごとのように言いますので、まあ、つまらぬおせつかいではないか、 深山木をおのれの宿 と定めているはこ鳥さればこそと、大将は思うのです。 も、何で美しい桜の みやまぎ 花を厭うことがあろ「深山木に塒さだむるはこ鳥も うぞ」で、「深山木」 あ を紫の上に、「はこ いかでか花の色に飽くべき 鳥」を源氏に、「花」 を女三宮にたとえ、無茶なことを。そう一途になるものではありません」と答えて、面倒なのでもうその話 「源氏はいつも紫の 上の側にばかりおら はさせないようにして、ほかのことに紛らして、それぞれ別れてしまいました。 ひと ねぐら うぐひす 104

10. 谷崎潤一郎全集 第27巻

みけしき 似つかわしいように思し召されて、お許しになる御気色などがございましたので、それ なら自分の考え方が足らなんだのだと考え直しまして、お逢わせ申し上げましたのカ こう夢のようなことになりましたにつけて思い合わせますと、同じことならあの時に我 を張りまして、もっと強くお逆らい申せばよかったものをと、自らの心弱さがいまだに 悔まれてなりません。それも、かように早死にをなさいましようとは思わなんだからで おんなみこ ございました。いったい女御子というものは、何かよほどの場合でなければ、善くも悪 しくもこんな具合に御縁づきになりますことは奥床しからぬことと、旧弊な頭では考え ておりましたが、どっちつかずな、おん身の置きどころもない不運なおん宿世でいらっ しゃいますなら、 いっそこういう折に同じ煙と消えておしまいになりました方が、おん 身のためや世間体などを考えましても、格別悪いことでもございますまいか。そうかと いって、そうきつばりとはよう田 5 い切れませんし、おいとおしく存じ上げておりました ところ、かように忝なくたびたびお見舞い下さいまして、お礼の申しようもございませ んが、それでは御臨終の折にそんなお約東があったのだと、実はそれほど情愛がおあり ごゆいごん のようにも見えませなんだのに、、 もまわの時誰彼にことづけておおきになった御遺言の ほどが身にしみます。悲しい中にも嬉しいことは交るものでございますね」と仰せにな って、たいそう激しくお泣きになるけはいです。大将もとみには涙がお止まりになりま くや 25 0