きんちゃくぜに の云ふ通り、近來彼は悪所通ひもしないのに、餘程母親の巾着錢を搾り取って居る。さうして、共の金の べつかふ 大部分はみんなお才が卷き上げたのである。やれ丸帶が買ひたいとか、お露様と同じゃうな鼈甲の櫛が欲 しいとか、いろ / \ せがまれる度毎に、内々で拵へてやった品物の數も少くはない。共の上時々兩國の實 家の家計が苦しいからとて、十兩二十兩と貢いだ額は可なりに上って居る。何でも几そ二百兩近くには達 して居るだらう。 「全體此れはお前ばかりが惡いのぢゃない。外にも不都合な人間が居る事は大几知れて居るのだが、共の 方はいづれ近々に始末を附ける積りで居る。先づ肝腎なお前から改めてくれなければ、いっ迄私も默って 居る譯にや行きませんよ。此れだけ私が話をしたら、ちったあお前も眼が醒めさうなものだと思ふが、ど うだ巳之介」 「へい」と云ったが、巳之介は急に心配さうな顏を擡げて、「私の外に不都合な人間と申しますと : 「誰でもい、さ」善兵衞は頭から抑へつけた。「他人の事よりお前の心掛けが大切だ。私も一と頃は女遊 びこそしなかったが、馬鹿に俳諧に凝り固まって、商賣の方を疎かにした覺えがある。誰でも一度は内の 稼業が嫌になって、ふらっく時節があるけれど、氣の持ちゃうで又どうにでもなるものだ」 兄きがあの柄で俳諧。 こ凝ったとは笑はせやがる。かう思ふと巳之介は、心配の最中に忽ちぶッと吹き出し 介 之 さうになって來た。 才「へえさうですか、兄さんが俳諧をおやりになった事があるんで」 お こ、までロへ出して云って、「定めし御名黔が澤山おあんなさるでげせうな」と、後は頭の中で附け加へ おほよそ 169
彼 ち れ 造 か 斯 あ れ に っ 御 か し ま る 溢 方 は せ た る ら な く 間 體 彳皮 て と ム : 免 い あ 絹 れ ま の の 女 何 物 出 に 恐 ま 輝 お ひ 下 勿 で に で 向 れ 春 と 乞 宇 彼 た は く の な さ て 月リ っ 戰ま之 行 あ 宙 ち ム を さ と と い ふ す に 美 くゝ助 の 裳 て つ ん は ら る の 密 薄 ど 女 は る 例 イ皮 は ま 面等 て 私 の で お 何 汚 た 常 か にてと の 下 ん あ の く 者 い 無 の : 表 細 か 浮 な ち 小 か ら に 我 自 子 し 格 き 肉 肉 現 だ 耳て で 舟 れ と ら 分 供 な 男 上 體 骨豊 訝 子 町 り あ の 及 は 豐 な 皰 の だ の を の し る を る ら 様 淸 形 ま 止ヒ ら 明 井 生 や か よ は ひ 若 気 處 れ 澄 成 な を っ け 上 き さ つ は す し な す た を が を た か よ で て 怯 窃 も 詩 眺 る る お あ ら と つ 彼 參 気 め 匂 點 だ 止ヒ ん み で 月リ た 視 を 質 の ら た 等 . の あ れ り ひ の 汚 り ば て の ま 以、 の っ 住 て 組 し れ の 﨟 居 固 織 な 生 た さ ホし の ぼ 井 上 た き な め と る な に け 訪 た 成 が ろ た た 分 寶 ら 足 と れ の 匹 眉 生 奧 玉 美 の 瑠 す と る の 根 し 肉 で さ れ の 來 ん 毛 を ば 根 年 あ の の 蟲 寄 婀あや の っ る の 所 イ吏 た 篇 娜た が か つ な 之 ら 0 ) そ 詩 ぼ 滑 助 異 ひ が や で 込 ら な あ さ ら れ を つ の だ 讀 骨豊 と は て と で ん は の ム な ん 知 び 肌 さ な . 底 だ に や 日 る 頃 ら : 春 よ に の な 忽 な 彼 色 を 澱 し 之 の ち 呟 か 助 夢 等 か と ん つ き、 り だ の つ の 心、 糞 た 姿 地 體 た や、 が て ひ 惡 自 ら し、は の や、居 を 神 引 到 ま な な あ カゝ 以 あ き が る の ノし、 の 骨豊 ら て 彼 と 如 ど 入 早 女 作 を ' 等 な く っ れ た 顫 く ら ろ く ら で ら を 1 一口 360
皰は春之助の肉體に祟るばかりでなく、彼が唯一の誇りとして居る鏡敏にして聰明な頭腦の光りをも曇ら せて行くやうであった。あの淺ましい腫れ物が出來始めてから、彼は次第々々に倦怠を感じ疲勞を覺える ゃうになった。以前のやうに夜遲くまで勉強して居ると、直ぐにうとうと眠けを催して気根が朦朧と鈍っ てしまひ、本を讀んでもさつばり意味が分らない。、 とうかすると晝間學校の教室に居る時ですらデスクに 凭れたま、前後不覺に夢を見て居ることさへあった。 「おい、おい、聖人が居睡りをして居るぜ。」 かう云って、生徒たちは眼ひき袖ひき囁き交した。教師は彼の睡がりを、主人の家で追ひ使はれる結果で あらうと同情して、わざと知らぬ體を裝ったが、それでもむづかしい問題などが提出されて、外の生徒等 の手に負へぬ時は、 「瀨川、これを答へて御覽なさい。」 こす と、微笑を含みながら聲をかけて呼びさました。春之助は ( ッと驚いて立ち上りつ、眼を擦り / 、黒板の 問題を凝視すること一二分、忽ちさしもの難問題を解釋し得て明瞭な答へをするのが常であった。「睡っ て居ても彼奴はやつばりよく出來る。」と云って、入々は更に訷童の奇蹟を褒めた、へた。 ことわざ 「腐っても鯛と云ふ諺がある。生れながらの天才は未だ己の頭の中に閃めいて居ると見える。此の鹽梅だ と、世間の几人どもはいっ迄立っても己を追ひ越す事は出來ない。彼等は永久に己を非几の禪童として讃 嘆するばかりなのだ。」 ねむ 362
晝飯を濟ませたきり、一物をも咽へ通さなかった彼は、今になって俄かに饑ゑと渇ゑとを感じて居た。激 しい室腹が胸一杯の気苦勞の下から、體中へ響いて來るのを覺え始めた。彼の懷には、まだ十四圓の札が 殘って居たのである。 おくび それから三十分ばかり立って、銀座通りのとある洋食屋から、麥藁帽子を眼深に冠って曖を職みながら出 て來たのは壺井であった。彼の横顏が夜店の燈火に照らされて街頭に現はれた時、恰も其處を通りか、つ た二人の男女が、びつくりしたやうに足を早めて、車道の暗がりへ逃げて行った。 「あれはいっかの人ですね。」と、男が云った。 「え、、内の書生よ。今時分何處へ行ったんだらう。」 「いま彼處の洋食屋から出て來たんですよ。御覽なさい、ほらほら、顏を眞赤にして居るから。」 「まあ呆れた、醉っ拂って居るやうだわね。あの人があんな眞似をするのか知ら。」 「書生なんて云ふ者は、何處でも皆あんなものですよ。」 男はいかにも世馴れた調子で云った。 しかし壺井は一向其れに氣が付かないらしかった。通 りか、りの寶石商や雜貨商のショウ、ヰンドウをに しさうに覗き廻ってから、服部の大時計を打ち仰いで惶て、電車に乘る所まで、すっかり二人に見られて 居た。 面 の共の晩、彼は九時頃に邸へ戻って來て、片手に抱へた洋書の包みをどさりとお玉の前へ卸した。 「どうもまことに、遲くなって相濟みません。」 のど 445
かう云って、富藏は割り膝をしたま、肩を聳やかして、考へに沈んで居る善兵衞の額のあたりをぐっと睨 めるやうに視詰めた。 「お母さん、ちょいと巳之介を呼んで下さい」と、善兵衞は共れには答へず、母親の方を向いて苦り切っ て云った。 ちやせんまげ たかふ 剩が昻ったのか、白髪交りの茶筌髷をぶる / \ と戦かせて、眞靑な顏をした隱居のお鶴が再び奥二階へ上 って來た時、巳之介はまだ大の字に臥そべって何か知ら思案に耽って居た。「善兵衞がお前に用があると 云って居る。直ぐに下まで降りて來なさい」と、此れだけ云ふのがやっとの事で、お鶴は煮えくり返るや うな胸の中を傳へる程の餘裕もなかった。 「お才の奴め、まだ泣き澁って居ると見える。大方兄貴は己を彼奴と對決させる積りなんだらう。それに 付けてもお才はどんな顏をして居ることか、同席すれば互に眼と眼で知らせ合って、ロで云はれぬ心持ち わざと萎れたやうに見せかけて、腹では内々喜びながら をそれとなく語り合ふ事が出來るだらう」 部屋の障子を開けた巳之介は、共處に控へて居る富藏の姿と、善兵衞の前に突きつけられた書き附けの紙 めのたま 面を見るや否や、窪んだ眼球をぐりぐりと光らせて、俄かに怖ぢ気を催ほしたやうに立ち竦んでしまった が、紫色に變った唇には眼もあてられない驚愕と狼狽の情が入り交って顫へて居た。 之「巳之介、お前は此の證文に覺えがあるか。あるなら正直にあると云ふがい、」 才若し聞かれたら何と云ひ譯したものかと、答辯の道を考へて居る暇もなく、かう云って詰りか、った善兵 衞の言葉は、靜かであるが殺氣立って居る。 わなゝ 195
あと が多ければ多い程、彼の無遠慮はますノ—激しくなる癖に、遊んだ後の歸り途など、二入きりになると今 度は恐ろしく丁寧な言葉を用ひ出す。あまりと云へば現金な男である。 卯三郎が一赭では、何處へ行って遊んでも彼には面白い道理がない。馬鹿々々しいと知りながら今日まで 卯三郎と行動を共にして居たのは、たった獨りで惡所通ひをするだけの勇氣がなかった爲めである。もう 此れからは先輩の指導を待たないでも、女を拵へるのに不自由はしない、惡魔拂ひをする積りで、時々い くらか卯三郎に惠んでやって、自分は自分で遊んだ方が、どのくらゐ愉快だか知れはしない。 「お金の方さへ若旦那が引き請けて下さりゃあ、何も不足は申しませんよ。却って願ったり協ったりで かう云って、卯三郎は二三度ビョコピョコと頭を下げた。彼は此の頃喜瀨川からあべこべに捲き上げる程 なので、巳之介の助力を仰がないでも、共の實困りはしないのである。 「ですが若日一那、餘計な心配かも知れませんが、此れからあなたは集を換へて、一體何處でお遊びになら うと云ふんです。後學の爲めに承って置きたうございますね」 「何處と云ってまだ極っては居ないのさ : 「たゞ吉原がいやになったと仰っしやるんですね」 「さう云ふ譯でもないんだが。 : どうも私には華魁と云ふ奴が性に合はない」 「全體女と云ふ奴が、若旦那にゃあ性に合ひませんよ」 又卯三郎が毒口を吐いたので、巳之介はいよ / \ 眞赤になった。 120
と、善兵衞が同じゃうに面を膨らして叱り付けた。 あっけに取られてうろうろしながら立ち上った彼は、座敷を出しなに名殘惜しさうにお才の姿をちらりと 顧みたが、相變らず下を向いたま、ゝ顏を伏せて居る。 「ようごわす。さう云ふ譯なら私あ何も云ひますまい。巳之介の證文を此方へ渡して頂いて、金は綺麗に 出すとしませう。 だが其の代り、云ふ迄もない話だけれど此れきり縁は切れたのだから、どうぞさ う思って下さるやうに」 這々の體で障子の外へ追ひやられた巳之介の耳に、かう云ふ善兵衞の挨拶が聞えた。 「そいつあどうもお氣の毒様でごぜえやすが、何分お願ひ申しやせう。私の方でも金で娘の體を賣ったと 云はれた日にや、ちったあ不足もあるけれど、旦那が捌けて下さるんだから、淸く承知を致しやす。なあ に旦那、此の證文さへ共方で買ひ戻して下さりゃあ、此の後決して御迷惑をお掛け申しゃあ致しませんよ。 なあお才、手前も未練はあるめえな」 續いて富藏のかう云ふ聲が聞える。「なあお才、手前も未練はあるめえな」の一句へ來た時、巳之介はび たりと廊下へ立ち止って息を殺した。彼の女は何と答へるだらう。 「はい」とお才は猶豫なく云った。主入と兄が列座の手前、餘儀ないノ 、メで承諾したのかも知れないが、 兎に角立派に「はい」と云って頷いたらしいけはひである。 一體今夜のお才の態度は、一から十まで巳之介の腑に落ちない事だらけであった。惡黨の富藏は論外とす るも、お才までが一緖になってあの書き附けを斯う云ふ場合に利用するとは心外千萬である。彼の女にし 198
ゃうな儀でござりませう。 6 四の御方賴みと云ふは外でもない。共方の師匠の定朝は、此の頃漸う本尊の阿彌陀のお顏を作り上げた 1 と云ふではないか。 定雲さやうでござりまする。 四の御方共の御顏が、共方の刻んだ菩薩よりも、更にすぐれて美しいと云ふではないか。 定雲 四の御方そればかりではない。嚀に聞けば定朝は、叡山の律師の御弟子の良圓と云ふ、器量のめでたい 若法師のみめ形を、其の儘ひそかに如來の御相へ寫し取ったと云ふ話。共方も定めて知ってゞあらう。 定雲噂は聞いて居りますが、まだ私は良圓と云ふ法師を、一度も見たことはござりませぬ。 四の御方良圓法師には會はないでも、如來のお顏は度び / \ 拜んで居るであらう。 定雲それは拜んで居りまする。お顏は既に出來上って、昨日の朝から取り付けられてござりますが、あ の通り今宵は内陣が暗闇ゅゑ、此處からは見えないのでござります。 みあかし 四の御方賴みと云ふは共の事ちゃ。どうぞ内陣に燈明を灯して、妾に一と眼本奪の相好を拜ませて賜ら ぬか。 定雲外ならぬあなた様のお賴みなれば、かなへて上げたう存じますれど、此ればっかりはお許しなされ て下さりませ。 四の御方なに、妾の賴みをかなへる事が出來ぬとは、どうした譯ぢゃ。 0 きのふ
鬼の面 「一體どうも、僅かばかり學問が出來ます爲めに嘗人が慢心して居るのではあるまいかと、存ぜられるの でございますが、今度の事で眼が覺めますやうに、何卒先生からよく / \ 御意見をなすって下さいまし。 それに又、此の後忰の身の振り方をどう云ふ風に致してよいものやら、學校の方も折角此處迄やら わたくし せて戴きましたからには、中途で止めるのも惜しいとは存じますが、相變らず私が意氣地のない方でござ いますし、それに第一當人の了見が、御覽の通りふら付いて居りますので、 かう云って、父は面目なさに肩をちちめた。 「いや御尤もです。しかし御子息さんも此れを機會に一と奮發してくれさへすれば、まだ取り返しの付か ないと云ふ程ではない。學校の費用なぞはどうにか方法がつくでせうから、その點についての御心配はあ りませんよ。」 老人は、自分が一日一責任を負った壷井の身の上に關して、祿三郎に憂慮させては申譯がないと云ふ風に見 えた。 ・ : 壷井君、君も愚かな人間ではないのだから、定めし自分が悪かったと後悔して居るだらう。世の 中は學間ばかりで行くものではない。今度の事で君も多少は『世間』と云ふものを知った譯なのだ。此れ から必ず同じ失敗を繰り返さないやうに注意しなければいけないぜ。」 恩師の言葉にはまだ / \ 壷井を堅く信じて疑はぬゃうな熱情が籠って居た。壷井は思はず、 「はい。」 と答へて、手を衝かなければならなかった。 なにとぞ 527
「會ひたいと思はないでも、會はずには居られないのだ。お前の父よりも共の人の方が、お前に取って大 切なのだ。共の人こそはお前のほんたうの戀人なのだ。」 「あたしはまだ戀と云ふものを存じません。あたしに戀人のある筈はありません。」 「共の人の姿を一と眼見れば、お前は戀を知るやうになる。それがお前の運命なのだ。」 「そんなら猶更その人に會ひたいとは思ひません。あたしは共の人に會ふのが恐ろしうございます。戀は 恐ろしいものだと、あたしの母が申しました。綺麗な男は情が薄いと、あたしの母が申しました。」 「お前の母がお前の父に捨てられたのは、お互ひにほんたうの戀人でなかったからだ。しかしお前は共の 男から捨てられる筈はない。共の男は此の世に生れ落ちるときから、暖かい兩腕を延べて、情けある胸を 開いて、お前の來るのを待ち構へて居る。お前と戀をする爲めに、自分とお前の血潮から、美しい子を作 る爲めに生きて居る。太陽の光が、必ず地球へ落ちるやうに、共の男の愛はお前の胸に落ちるだらう。」 「けれどもあたしは、共のやうな美しいお方から戀ひ慕はれる譯がありません。」 「それはお前の謙遜と云ふものだ。お前は自分の貴い値打ちを、充分知って居るだらう。お前の體のどの 部分にも、己は『不思議』を見る事が出來る。お前の深い瞳の底には、汲んでも盡きせぬ愛の泉が湧いて 居る。お前の紅い唇の端には、昆蟲の生血を貪る毒草のやうに誘惑の花が咲いて居る。丁度紳様の通り過 ぎた土地が淨められると同様に、お前の手足の觸れるところには忽ち歡びの影がさす。お前の腰掛けて居 る椅子の周圍にも、お前の手を置いて居るテエプルの上にも、今迄此の部屋に見られなかった『訷秘』が いっしか宿って居る。お前の頬は鳩の腹のやうにふつくらとして柔かだ。お前の胴は蛇のやうになよ / \ いきち