卯三郎 - みる会図書館


検索対象: 谷崎潤一郎全集 第3巻
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1. 谷崎潤一郎全集 第3巻

う」と、巳之介はいよ / 、心外に感ぜざるを得なかった。卯三郎の言葉を信用すれば、彼は吉原へ通ひ出 してから、いつも相方の女に戀ひ慕はれる一方で、まだ欺されたと云ふ例がない。欺されるのは殆ど巳之 介の役割と極まって了ったやうである。 細かい事を洗ひ立てれば、彼の卯三郎に對する不平はその外にも澤山ある。たとひ上州屋の若旦那でも、 嘗時部屋住みの巳之介は、それ程金廻りのよい筈はないのであるが、人並外れた子煩惱の母親をせがんで、 隨分今迄に多額の小遣ひを搾り取った。その小遣ひの大部分、殆ど全部は彼と卯三郎とが等分に費消して 居るのである。元來彼は調子に乘るといくらでも財布の紐を弛める方で、煽てられ、ばい、気になって金 を撒き散らす癖があるだけ、少しぐらゐの無駄遣ひは勿體ないとも思って居ない。けれども卯三郎との初 めの約東が、遊興費は各よ自分持ちと云ふ規定であった。「若日一那を誘ひ出すばかりか、此方の人費まで も持って頂いちゃあ何だか私が氣が濟まない」と、卯三郎は自分の方から進んで云ひ出したに拘らず、共 の約東が正直に實行されたのは最初の二三囘に過ぎなかった。而も座敷へ並んだ際に、奢るお客と奢られ るお客との區別がついて居るならいゝが、まさかさうする譯にも行かない。共れでもさすがに卯三郎は、 「若旦那、若旦那」と云って奉って居たけれど、「つまらぬ遠慮は止して貰ひたい」と巳之介の方から捌け て出たので、だんだん增長して了ひ、動ともすれば「やい、巳之公 ! 」など、、酒の勢で放言するやうに 之なった。「物の解った粹な主人」と思はれたさに寬大な態度を取ったのが、却って輕侮を招く原因となら 才うとは、全く巳之介の豫期しなかった結果である。邪推かは知らぬが、どうしても卯三郎の無遠慮は、内 座嗷に侍る幇間藝者の數 々主人を馬鹿にして居る證據であって、單純な無邪気な動作とは考へられない。 あひかた すゐ もったい くくな こっち 119

2. 谷崎潤一郎全集 第3巻

抑も二人が人目を忍んで、悪所通びをし始めたのは去年の十二月頃の事で、巳之介が十八、卯三郎が二十 の歳の冬である。主從とは云へ、二人は幼少の時分から非常な仲好しで、何も知らぬお坊ちゃんの巳之介 が、いろ / \ と怪しからぬ知識を覺えたのは、大概卯三郎の指しがねであった。店の番頭の文さんは向う 横町の湯屋の娘を張って居るとか、手代の傳どんは毎晩夜鷹を買ひに行くとか、下司な奉公人の内幕を洗 ひ浚ひ報告して、頻りに卯三郎は巳之介の情慾を煽り立てた。「そんなら一番、己たちも吉原へ行って見 ようぢゃないか」 とう / \ 巳之介が切り出した時、 「まあ若旦那、入らッしやるのも宜うござんすが、後で私が恨まれちゃっまらないからお止しになったが 、でせう」 と、卯三郎は一往反對の意見を述べたが、反對され、ばされる程、猶更巳之介は矢も楯も溜らなくなって、 遮二無二彼を引張り出した。二人が始めて行ったのは江戸町二丁目の何とか云ふ半籬で、繪草紙で見る華 なじみきん しよくわい にしゅちよらう 魁とは譯の違った二朱女郎に、初會から一兩なにがしの馴染金を拂はせられて、それでも滿足して歸った。 いつ、、 年上の卯三郎は一ばし斯道の先輩顏をして、萬事自分が心得て居るやうに屡よ高言して置きながら、實際 遊びに行って見るとやつばり巳之介と同様に、口先ばかり生意気な初心者であった。「卯三郎の奴め、今 迄己を欺して居やがった。遊びにかけては貴様も己も變りはないんだ」と、巳之介は共の時から俄かに卯 てきがいしん 巳三郎を馬鹿にし出して、彼奴に負けてなるものかと云ふ、敵愾心さ ~ 持つやうになった。けれども遊びの 才數がだんだん繁くなるにつれて、何と云っても卯三郎は遂に巳之介の先輩たるべき資格を備へて居る事を、 追ひ追ひ證據立て、來た。二入は同じ出發點から發足しながら、その進境には格段の相違があった。二朱 そもそ はんまがき 117

3. 谷崎潤一郎全集 第3巻

眠くって眠くって仕様がありませんや」 「おいおい卯三どん、お前も隨分甘いもんだな。何處の華魁だって共のくらゐの事あお世辭にも云ふぜ」 「へん、若旦那。憚りながらお世辭だかお世辭でないか、大概様子を御覽になったらお解りになるでせ 卯三郎はわざと體をぞくぞくさせて、面あてがましく悅に人った。 巳之介にしても心の底では、喜瀬川の言葉をお世辭とは思って居ない。全く卯三郎と喜瀬川との關係は、 堺の華魁が羨むほどの眞實深い仲である。色の淺黒い、背恰好のすっきりとした、何となく垢拔けのした 卯三郎のいなせな姿は、同伴者の巳之介と好箇の對照をなして、玉屋中での評判になり、喜瀬川さんばか りが華魁でもあるまいにと、寧ろ卯三郎の方が物好きのやうにさ ~ 云ひ囃されて居る。それだけに又彼の 惣けは、餘計巳之介の自信を傷ける力があった。茶屋の女中や新造などは、此の頃すっかり共の邊の呼吸 を飮み込み、巳之介の前で卯三郎の器量を褒めることは、成る可く避けるやうにして居た。たゞ肝腎の卯 三郎自身は、飽く迄巳之介を馬鹿にし切って、遠慮なく惚け散らして見せるのである。 「そんなにおいらんが惚れて居るなら、たんと可愛がって貰ふがい、さ。私あ少し考へがあるから、此れ ぎり廓へは行くまいかと思ふんだよ」 介 之暫く立ってから、ふと巳之介はこんな事を云ひ出した。遊蕩費の關係上、自分が吉原 ~ 行かないと云った 才ら、定めて卯三郎は狼狽するだらうと、意地の惡い事を考 ~ たのである。 お 「へ 1 え、此れぎり廓へは人らっしやらない ? 」 つら えっ わっし 115

4. 谷崎潤一郎全集 第3巻

あと が多ければ多い程、彼の無遠慮はますノ—激しくなる癖に、遊んだ後の歸り途など、二入きりになると今 度は恐ろしく丁寧な言葉を用ひ出す。あまりと云へば現金な男である。 卯三郎が一赭では、何處へ行って遊んでも彼には面白い道理がない。馬鹿々々しいと知りながら今日まで 卯三郎と行動を共にして居たのは、たった獨りで惡所通ひをするだけの勇氣がなかった爲めである。もう 此れからは先輩の指導を待たないでも、女を拵へるのに不自由はしない、惡魔拂ひをする積りで、時々い くらか卯三郎に惠んでやって、自分は自分で遊んだ方が、どのくらゐ愉快だか知れはしない。 「お金の方さへ若旦那が引き請けて下さりゃあ、何も不足は申しませんよ。却って願ったり協ったりで かう云って、卯三郎は二三度ビョコピョコと頭を下げた。彼は此の頃喜瀨川からあべこべに捲き上げる程 なので、巳之介の助力を仰がないでも、共の實困りはしないのである。 「ですが若日一那、餘計な心配かも知れませんが、此れからあなたは集を換へて、一體何處でお遊びになら うと云ふんです。後學の爲めに承って置きたうございますね」 「何處と云ってまだ極っては居ないのさ : 「たゞ吉原がいやになったと仰っしやるんですね」 「さう云ふ譯でもないんだが。 : どうも私には華魁と云ふ奴が性に合はない」 「全體女と云ふ奴が、若旦那にゃあ性に合ひませんよ」 又卯三郎が毒口を吐いたので、巳之介はいよ / \ 眞赤になった。 120

5. 谷崎潤一郎全集 第3巻

「理由は説明しないでも、共方の胸に覺えがあらう。今日かぎり暇をやるから出て行って貰ひたい」と嚴 しい最後の宜告が卯三郎に下ったのは、共の明くる日の朝の話で、策を施す隙もなかった。巳之介もお露 も云ひたい事は山々あったが、善兵衞の眼が光って居るので、慰藉の言葉さへ掛けられない。女に掛けて は惡黨らしい卯三郎も、気の毒な程萎れ返って、朋輩達への挨拶もそこそこに、長年住み馴れた店の暖簾 を顧みがちに追ひ立てられた。 卯三郎が家を出てから一町ばかり行ったかと思ふ時分である。何處に引込んで居たものか、それ迄姿を見 せなかった娘のお露は、不斷着のま、髮も直さず、そっと庭下駄を突掛けて裏木戸の方へ廻らうとした。 「お露ちゃん、お前何處へ行く」 かのこ 綠側から庭へ降りようとする所を、うしろから巳之介が呼び止めて、鹿子の背負ひ上げをしつかり掴んオ 之「後生だから放して下さ い。私や卯三郎に話があるのでございます」 才かう云って振り返ったお露の顏は、血相が變って土気色になって居た。 「はてさう云っても、お前が後を追ひかけた日にや、却って事を打ち壞すわな。惡いやうにはしないから、 でございますよ」 「いざとなったら、兎に角兩方賴んで見よう」 巳之介は悲しさうな眼つきをして、調子の拔けた聲で頷いた。 あたし ひま ミ ) 0 177

6. 谷崎潤一郎全集 第3巻

と云って、お露は深い溜め息を引きながら、懷に人れた右の手で乳房のあたりを堅く抑へて、急に何かに 脅かされたやうな眼つきをした。 : お耻かしうございますが、唯の體ではないのでございます。可哀さうだと思ったら、どうぞお前 からリ三良 卩にに、くれみ \ も私の身の上を賴んで置いて下さいまし」 巳之介は大變な事になったものだと、今更のやうに吃驚した。 お才と二人で樂をしたいばっかりに案出した計略が、思ふ壷に篏まり過ぎて、見事に功を奏したものゝ、 萬一お露が子供を生んだ揚句の果てに、卯三郎から放り出されて、野たれ死でもするやうになったらどう うぶ であらう。去年までは無邪気な初心な上州屋の一人娘で暮らして居た妹に、そんな苦勞をさせるのかと思 へば、考へて見てもぞっとする。 ひそ 「此れもお才の爲めだとは云へ、あ、寢ざめが惡い」と、彼は窃かに身顫ひした。 さて巳之介がかねる、卯三郎と文通をして取り極めて置いた駈け落ちの手順と云ふのはかうである。 ー本所の先の小松川村の、逆井橋から四五町行った淋しい葛飾の田舍に、卯三郎の懇意にして居る百姓の 家があるから、共處を賴って嘗分厄介になるとしよう。就いては隱居所の案内を知った巳之介が、三月末 の月のない夜半頃にお露をそっと連れ出して、中途まで送って來て貰ひたい。連れ出すには、後から追手 のか、らぬゃうに、夜路で間違ひの起らぬゃうに、大川筋を船で下るのが一番い、から、此れも卯三郎が ちっこん 昵懇な山谷堀の船頭を賴んで、荷足を一艘隱居所の石崖の下へ廻して置く。兄妹が共れへ乘り込んで竪川 を眞直ぐに逆井橋まで漕ぎ付ければ、あとは徒歩でも僅かである。大几到着の時刻には卯三郎が迎ひに出 さかさゐばし おほよそ 216

7. 谷崎潤一郎全集 第3巻

ゐだてん その儘二三町ばた / 、と韋駄天走りに駈け出して、卯三郎の後を追ふのかと思ひきや、馬路の中途から取 って返して今戸の隱居所の方へ歩いて行った。 お露の前へは卯三郎へ言傳をして來たやうに取り繕って、當分有耶無耶に胡麻化して置くより外はない。 そのうちには餘熱が覺めて思び切る気になるであらう。此の際何よりも心配なのはお才の身の上である。 既に卯三郎へ宜言が下ったからは、いっ何時彼の女に暇が出るかも知れない。その時こそは母親の力を借 りて、善兵衞の命令を喰ひ止めて貰ふ必要がある。苦しい時の神賴みで、巳之介は急に此れから隱居所へ 駈け込み、母親に一生懸命泣き附いた上、豫防策を講じようと云ふ算段である。但し自分との情事は表面 飽くまで否定して、「お才に限ってそんな不埓はございません。あの娘が居なくなって了ふと、お露の相 手がなくなって可哀さうですから」とか、何とかうまく説き落して了ひたかった。 「己も滿更の惡黨ちゃあないんだが、お才が可愛い、ばっかりに、なかなか罪な眞似をするわい。考へて 見りゃあお露の奴も可哀さうさ」 巳之介は獨りでほくそ笑みながら、花川戸の往來を忙しさうに歩いて行くと、 「若旦那、もし若旦那え」 かう云って、做かな聲でうしろから呼び止めた者がある。つい今しがた店を追はれた卯三郎が、宿は日本 介 之橋だと聞いて居るのに、荷物を何處 ~ 預けたものか、リュウとした唐棧の着流しに五分下りの雪駄を穿い 才て、にやにや笑ひながら此方へやって來る。 お 「よう、どうしたい。ほんとに今朝は寢耳に水で驚いたなあ」 ほとぼり やむや 181

8. 谷崎潤一郎全集 第3巻

「胸に覺えのある事なら、どんなに私はからかはれてもい、けれど、決して他人に洩らしてくれちゃあ困 りますよ。ほんとに巳之ちゃんはお喋舌りだから、いつも気懸りでなりませんのさ」 若しも私 全く私はお喋舌りだから、何とも請け合ひかねるなう。 「めったに洩らす積りはないが、 が口外したら、一體お前はどうしなさるね」 「世間へ知れゝば、私は死んで了ひます」 いかにも決心して居るらしい口吻なので、巳之介は内々ギョッとしたが、それでも意地惡くげらげらと笑 った。 「あは、、、 。大そうもねえ覺悟だなう。そんな気の弱い事を云っても、出來てしまやあ仕樣がねえやあ。 ′」らう まあ卯三郎とよく相談をして御覽じゃい」 すが 年若な女なぞから泣き縋られた事のない巳之介は、妹のお露にこんな可憐な哀願をされると、ひどく愉快 を感じて來て、用もないのに惡黨がって見るのであった。 「これさこれさ。いっ迄泣いて居るんだな。今夜は私が卯三郎を連れて出るから、お前も後からお才を連 れて、觀音様の市へ出掛るとしようぢゃないか。卯三郎に會へさへすりゃあ、お母の罰が中っても、なん : まあ剥げかゝったお白粉でも直して置くのが上分別さ。此りゃあ大きにおや と嫌ちゃあるめえが かまし、つ」 かう云ひ捨て、巳之介は、鮨屋の權太のやうに臀を端折ってすっくりと立ち上った。 わっし 164

9. 谷崎潤一郎全集 第3巻

交ぜた。實は卯三郎から直接に自分へ宛て、再三懇願の手紙が來て居る。たとひ旦那や隱居様からどんな 壓迫を受けようとも、末は必ず夫婦になると堅い約束をして置きながら、お顏は愚か共の後一遍もお便り がないとは、若旦那もお露様もあんまり薄情な仕打ちだとお恨み申して居る。添ひ遂げられずば死んで了 ふとまで仰っしやったお露様のいっぞやの御言葉は、あれは一體何でございます。此の卯三郎は未だに忘 れは致しませんなど、書いて寄越した。 「謔だと思ふなら此れを御覽」 と云って、巳之介は懷から一通の書面を出した。三尺に餘る卷紙へ、日頃自慢の能筆能文で心の丈を長々 と訴へた濃い墨のあとは、疑ふべくもない卯三郎の手蹟である。兩手に支へて讀んで居るお露の指先は俄 かにふるヘて、千里の彼方に隔って居た戀人が忽ち此の座敷へ這人って來たやうな懷かしさに、共の卷紙 をびたり頬へ擦り付けたいくらゐに彼女は感動させられた。 手紙の文句に一から十まで誠意が籠って居ようと信じられない。女たらしのあの男が、いつもの傳で又候 人を迷はさうと云ふ魂膽から、こんな寸やかしを並べ立てるのか。 「お、恐い事、恐い事」とお露は誘惑の前に眼をつぶって、我から燃え立っ煩惱の炎を押し鎭めようと努 めて見たが、悲しゃ幻のやうに戀しい入の姿がちらついてとても振り捨てる勇気は出なかった。それから 後は巳之介の煽動を待っ迄もなく、話は容易に進行して、内の首尾が惡からうが、母親の監督が嚴しから うが、今夜の中にも卯三郎の所へ逃げて行きたいと、自分の方から熱心に賴み始めた。 「い、し J 、も、 い、とも、お前にそれだけの覺悟があるなら、きっと私が會はせてやるが、ほんたうに卯一一 ぼんなう たけ またぞろ 214

10. 谷崎潤一郎全集 第3巻

うに感ぜられる。一體自分の頭はさう云ふ方面の才能に缺如して居て、 いくら修業の功を積んでも、何等 の進境をも示さないのか知らん。 など、云ふひがみ根性が、又もや彼の胸中に湧いて來る。卯三郎 めさと にしろお才にしろ、抑もいかなる天稟の感覺があって、斯うも眼敏く他人の情事を知る事が出來るのだら 、つ 。殊にあのお露などは、平生から柔順で愼ましやかで、ちょいと見たゞけでは別段をかしな素振もない のだが、單に此の頃彼の女のお白粉が濃くなったと云ふ事實から早くも内面の機微を推察して了ふお才の 眼力は、全く恐ろしいものである。 おんみつ もう一つ彼が驚かざるを得ないのは、例に依って隱密の間に女を惹き付ける卯三郎の魔力であった。巳之 ばきやくあら 介が大騒ぎをして、散々馬脚を露はして、漸うの事でお才を手に入れた間に、 / 彼の男は誰にも知らせず平 氣の平左で、ちゃんとお露を喰ひ物にして了った。それも相手が女郎とか藝者とか云ふならまだしも、極 めて内気な素人の初心者で、而も主人の娘である。家來の身として、云はゞ高嶺の花のやうな手の屆かな い區域にある可き女の愛情を、いかなる手段で己れの掌中に收め得たのであらう。巳之介などには、さう 云ふ場合にどうして渡りを附けたらよいのか、さつばり方法が解らないにも拘らず、一旦卯三郎が狙ひを 定めた女があると、自由自在に引き寄せる事が出來るらしい。世間の女と云ふ女が、巳之介に對すると容 はらわた 易に自己の弱點を示さない癖に、卯三郎に對しては弱點どころかお腹の底の膓までも造作なく出して見せ るものらしい。考へれば考へるほど、巳之介はいまいましいやうな悲しいやうな心地がしたが、「それで も己にはお才と云ふ、素敵な別嬪の色女があるのだ」と思ひ直せば、直ぐに自ら慰められて、又候うれし さが込み上げて來る。 またぞろ