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検索対象: 谷崎潤一郎全集 第3巻
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1. 谷崎潤一郎全集 第3巻

藍子に重寶がられて、甘んじて彼等の走狗となって居た。あの頃の自分の心を正直に解剖すれば、井んじ て彼等の走狗となることが、此の上もなく樂しかったのだ。よんどころなく彼等の傀儡となって、冷やか に彼等の惡業を傍觀して居る積りで居ながら、いっしか己は彼等の仕事に興味を持ち、彼等の惡性に感化 されて居た。いや感化ではない。感化と云ったら彼等は頗る得意になるかも知れないが、彼等は己を感化 する程の、偉大な力のある人間ではなかった。感化と云ふよりも、己は彼等の仕事のうちに、共れ迄意識 しなかった隱れたる自己の悪性を、發見するに至ったと云ふ方が適當であらう。己は後れ馳せに自分の惡 性に氣が付いて、忽ち彼等の仲間に這人って、やがて彼等を凌駕するやうな立派な『奸惡』を身に養った。 己がうま / \ お玉の陷し穴に嵌められて、邸を放逐されたのは、何もお玉が己より餘計奸悪だと云ふ證據 にはならない。己は初めから共れを知って居て、折角お玉の拵へた陷し穴へ落ちてやったのだ。」 それにしても、壷井はわざ / \ あの陷し穴へ落ちてやるにも及ばなかった。もう少し自分を卑しくして、 末長くあの愛す可き惡入たちと調子を合はせて居ればよかった。獨りえらがって居た爲めに、彼はとう はびこ 未だにあの邸に棲息して彌榮えに榮え瀰って居 たう仲間を外れて、後へ殘った小規模の惡人ばかりカ 藍子や莊之助は、壷井が居なくなってから、誰に艶書の取り次ぎを賴んで居るだらう。壺井が毎日邸の傍 を通ると知ったら、定めし藍子は彼を利用せずには置くまい 面 の「壷井さん、壷井さん、」 彼の姿を見付け出したら、彼女はきっと斯う云って、追ひ縋って來るに違ひない。 ヾゝ、 さうしてあの生き生き 549

2. 谷崎潤一郎全集 第3巻

て居ると見える。」 壷井は此の事に想リ . 至する時、殊に彼の愛慕して居る女の口から褒められると、自分はやつばり善人なので はあるまいかとさへ考へられた。獨りで己を惡人であると極めてしまはずに、自分と云ふ物を一歩離れて 遠くから觀察すれば、成る程善入めいた所がないでもない。かりに壺井が惡入であるとしても、所謂世間 の惡入と云ふ概念にあてはまる性格でない事だけは確かである。第一、彼は生れつき辯舌が拙くて巧言令 色が頗る不得手である。此の點に於いて、重要なる惡入の資格を缺いて居る上に、気轉の利かない、擧動 の緩漫な行爲が、夥しく人間を愚鈍に優長に見せて居る。おまけに彼は嘘つきの男に似合はず、他人の言 ちき 葉を直に信用して、易々と欺かれる癖を持って居る。彼の「欺かれ易い癖」は決して故意でも何でもなく、 しん 他人の冗談を心から眞に受けて、今迄度び / 、笑はれたり、馬鹿にされたりした。いっぞやお玉がいたづ ら半分に「どち下し」と云ふ藥を買って來いと云ったのを、彼は正直に藥屋へ聞きに行って、赤耻を掻か されたくらゐであった。それ以來、「ほんとに壷井さんはおめでたく出來て居るよ。」と云ふ奉公入の惡ロ が、一面に於いて彼の人格の高潔無垢である所以を、證據立てる結果になったのである。 彼は必ずしも猫を被るのが巧妙ではない。彼の僞善は寧ろ無技巧の僞善であって、寸毫も作爲の痕を止め ることなく、極めて自然な振舞ひをして居るうちに、知らず識らず質朴らしい印象を他人に與へてしまふ のである。同じ惡人でありながら、お玉の方は陰險と奸譎とが鼻の先にぶら下って居るのに、壷井は全く 正反對の外見を備へて居るので、誰しも一遍は彼に心を許すやうになる。さうして隨分長い間、どうかす れば一生涯彼に欺かれ通すのである。 506

3. 谷崎潤一郎全集 第3巻

禪は定めし斯う云ふに違ひない。 壷井に云はせると、「世の中には到底善人になり得ない性格がある。」と云ふ事を證明する爲めに、神が自 分を生んだのであった。孔子やキリストが生れながらにして廣大無邊な仁德を備へ犧牲的な愛を感じて居 た如く、其の人は天性たゞ肉慾の滿足と現世目前の快樂とのみを知って居る。共の入に取って訷靈の世界 は空に等しく、物質の世界も亦一瞬の幻に過ぎないと觀じつ、、而も共の幻に於いてのみ纔かに生命の賴 りを見附け出して居る。彼に明晰な頭腦を與へ、高尚な哲理を敎へても、其れが一向共の人を「善」に導 くよすがとはならず、却て彼の在來の傾向をます / \ 助長する槓杆となるに止まる。彼の墮落は眞面目不 眞面目の問題ではなく、寧ろ宿命の問題である。自ら欺くまいとすれば、共人は惡人になるより外に方法 、力 / p 。さう云ふ性格を持った人間は現今の社會に生存すべく不適當であるかも知れないが、生れた以上 は此のま、亡びる譯には行かない。神が共の人を生んだからには、彼にも生れて生きて行くたけの意義が あるに違ひない。若し其入に何等か非几な素質があるならば、彼はやつばり惡人のま、でえらくならうと 努むべきである。善人に善の世界があるやうに、惡入にも惡の世界があることを、飽く迄共の入は主張す べきである。 さうして其の人と云ふのが、壷井には自分の事のやうに考へられた。 ジェニュイン 自分の惡性は、自分に取って Genuine なものであるから、自分は誰の前に出ても恥ち、恐れ、脅かされ るには及ばない。 「お前は嘘つきだ、お前は騙りだ、不德義極まる奴だ ! 」 かう云って自分を罵るものがあったら、 538

4. 谷崎潤一郎全集 第3巻

「己は何の爲めにこんな辛い目に會って居るのか。己は惡事をした爲めに刑罰を受けて居るのか。いや / \ そんな筈はない。惡事をしても刑罰を受けない人間は澤山居る。己の不幸はやつばり金のない爲めな 5 のだ。」 考へて見ると、津村の邸に居た時分の方がどれ程今より安樂であるか分らなかった。彼は毎日銀座へ廻る みじめ 路すがら、お茶水橋を渡って邸の近くを通る度に、あの頃の生活の、慘なうちにも忘れられない面白味の あったことを、しみ \ と囘想せずには居られなかった。 気むづかしゃの倉子夫人、不良少年の莊之助、擦れ枯らしで生意氣な令嬢の藍子、 それ等の人々の 態度や言語が、彼の頭には寧ろ暖かい、親しみ深い印象を止めて居て、壷井は少しも彼等を憎まうとはし なかった。彼をあの邸から排斥することに、最も與ってカのあった、あの陰險なお玉までが、今では却て みだら よこしま 愛嬌のある、悧巧で気持ちのい、小間使ひとして慕はしいやうな心地がする、彼等の淫な行状や、邪な品 性や、惡賢い辯舌の花々しさを想ひ出す、とそれ等が一層壷井の胸に快い共響を惹き起して、いよノ \ 戀 しく懷しくなる。彼等は彼等のこましやくれた才智と、十人並の美しい顏だちとを以て、孰れも一生懸命 おとし に淺はかな惡業を營みつ、、互ひに欺き合び、貪り合ひ、貶め合ひ、媚び合ひながら狹い世界に生きて居 た。彼等は人から憐まれ、をかしがられるとも、恨まれるべき人間ではなかった。さうして壷井自らも、 彼等の如く憐まれ、をかしがられる人間ではないか。 深いと淺いとの相違こそあれ、彼も彼等と同じゃう 、惡業を營みつ、生きて居る人間ではないか。 「なぜ己は、いっ迄もあの連中と調和して行くことが出來なかったらう。己も一遍はお玉に可愛がられ、

5. 谷崎潤一郎全集 第3巻

お鈴は春之助を辯解するやうに云った。 「お默んなさいまし坊っちゃん ! そんならあなたがお惡いんぢゃありませんか。お母様に知れようもの なら、猶更どんなお叱言が出るか分りませんよ。」 お久は威丈高になって玄一を睨みつけた。 それ以來、春之助の苛酷な行ひは益よ增長するばかりであった。小さな家庭敎師は玄一の爲めに小さな暴 君と變じてしまった。あの可哀さうな少年がどう云ふ譯であれ程憎らしいか、春之助は自分でも共の理由 を解するに苦しんだ。生意莱で陰險な姉のお鈴と低能で臆病な弟の玄一とを並べて見るに、惡人よりも愚 人の方がどうしても腹を立てるに都合よく出來上って居る。お鈴のこましやくれた意地の惡い行動に接す ると、春之助は寧ろ不思議な共鳴を感じて、一向彼の女を憎む心は起らない。然るに玄一に對する憎惡の 情は、日を經るまゝに極端にまで走って行った。彼は毎日一遍づ、虐めたり泣かせたりしないと、何だか 樂しみが薄いやうな心地さへした。 「瀨川さん、あなたは此の頃なぜあんなに坊っちゃんを虐めるの。お可哀さうちゃありませんか。」 ある晩春之助は臺所でお辰につかまって、密かにこんな忠告を受けた。 「虐める譯ぢゃないけれど、あのくらゐにしなかったら却って奮發しないんだ。そりや私だって可哀さう だとは思って居るさ。だが行く末の爲めを思って、わざと嚴しい叱言を云ふんだよ。今に私の親切が玄一 さんにも分る時代が來るだらうぜ。私にしたって隨分辛い立ち場に居るんだから、それはお辰どんも察し てくれさうなもんちゃないか。」 338

6. 谷崎潤一郎全集 第3巻

「なあにお久どん、學校の成績なんぞが何であてになるもんですか。先生に大人しいなんて褒められる子 供は、世間へ出ると大概役に立たないもんだから御覽なさい。」 お新が例の物知り顏をして口を挾んオ かう云ふ際に下働きのお辰だけは惡ロの仲間へ加はらなかった。春之助は初めて此の家の臺所へ訪ねて來 た時、お辰の眼つきを一番意地が惡さうに思って、内々恐れて居たのであるが、附き合って見ると、彼の 女は三人のうちで最もたちのよい、性質の素直な好人物であった。體は無恰好に太って居るし、正直なわ りに頭の働きは鈍し、おまけに先々月雇はれたばかりの飯焚き女で、奥向きの用事などに關係のないとこ ろから、彼の女は自然と外の二人に馬鹿にされがちであった。何か臺所に失策があると、お久やお新はい つもその罪を彼の女になすり着けるので、お辰は時々くやしがって蔭でめそめそと泣き暮らした。 「ねえ瀨川さん、此處はまあ何と云ふ意地惡な人間ばかりが揃って居るんでせう。旦那樣はどうだか知れ 奥様始めお久どんにしろお新どんにしろ、一人殘らずみんな根性が曲って居て、惡知慧ばかりい くる \ 恐ろしい人たちだと思びますよ。それにまあどうでせう、あの大人しい坊っち やに達者で、私やっ ゃんをみんなで以て寄ってたかって馬鹿にしてさ。あれちゃあまるで奉公人だか主人の子だか分りゃあし ない。私なんぞは明日にもお暇を頂いて出て行く気だから構はないけれど、坊っちゃんはお可哀さうぢや ありませんか。ねえ瀬川さん、どうぞあなたシッカリと坊っちゃんに學間を仕込んで、立派な人間にして 上げて下さいよ。」 何かにつけてお辰は春之助にしんみりと愚痴をこばしたり、忠告したりした。その生眞面目な様子やら態 325

7. 谷崎潤一郎全集 第3巻

「ようがす若旦那、それぢや斯う云ふ事に願ひませう」 綠日の植木屋がお客を呼び戻すやうな口吻で、あわて、卯三郎は呼び止める。 「兎に角私あお露さんに相談したい事があるから、今夜の夜半の九つ時分にそっと忍んで參ります。御手 數ですが、いつものやうに裏口の木戸を外して置いて下さいまし。お金も共の時一緖に頂く事としやせ 「しかし今夜から兄貴の見張りがきっと嚴しいだらうから、そいつもどうやら解らねえなあ」 「じよ、冗談ぢゃありませんぜ」 かんだか さすがにムッとしたらしく甲高い聲でかう云ったが、忽ち卯三郎は悲しいやうな意地の惡いやうな眼つき をして、底莱味惡くせ、ら笑った。 「店を出されて見る日になると、斯うも世間が相手にしないものかなあ。入情紙の如したあ、よく云った ものでございますよ。ねえ若旦那」 「なんだい卯三どん。大そう弱音を吹くちゃあないか。私は此れでもお前の爲めに惡いやうには計らはな いから、僻みなさんなと云ふことさ」 「へえ、有難うございます」と卯三郎は丁寧に一つお辭儀をして、「だが若旦那にそれ程の御親切がおあ んなすったら、ちょいと昨夜のうちにでも、お暇が出さうだと云ふ事をお知らせなすって下すったらお露 さんも私もどんなに都合がよかったか解りませんよ。僻んで云ふのぢやございませんがね」 「だって卯三どん、 いくら敎へてやりたくっても、まるで此方は知らないんだからなう」 たな あっし 184

8. 谷崎潤一郎全集 第3巻

前には墮落した原因も恢復の方法も立派に分って居る筈だ。お前が意志を強くして、あの淺ましい慾望を みづか 制し、あの忌まはしい悪習慣を捨てさへすれば、、 もくらでも昔の神童に歸れるではないか。お前は自らを 欺いて居るのだ。」 良心の囁きが教へる文句は常に此の通りであった。共の度毎に春之助は奮然と して己れの意志に鞭撻ったが、彼の心身の奥深く喰ひ込んでしまった狂はしい惡習慣は、絶えず煩惱の炎 を燃やして、直ちに彼を誘惑の底へ突き落した。彼は自分の顏に夥しい皰の出來るのも、終始睡けを催す のも、健忘性に襲はれるのも、その原因は几べて自分が毎夜のやうに犯して居る耻づべき罪悪の報いであ る事を、既に疾うから心付いて居た。あの恐ろしい惡習慣を禁ずることが出來さへすれば、昔のやうな玲 瓏透徹な頭腦の作用を取り戻すのは容易であると知って居た。知って居ながら、殆んど不可抗力を以て押 し寄せる情慾の炎に卷き込まれて、彼は自分の運命を如何とも左右することが出來ないやうにあきらめて しまった。 生れて始めて、ふとした機會から彼が其の罪悪の樂しさを味はったのは、一年以上も前の事であった。程 なく彼は共れが道德上の罪惡である事を悟り、淺ましい所行である事をも察した。さうして、共れが生理 的にも如何程戦慄すべき害毒を齎すかを感付いた頃には、もはや牢乎として動かし難い習慣となって居た のであった。彼は無意識の間にお町夫人の容色を戀ひ慕ひ、令嬢鈴子の肉體に憧れた。芳町の新路へ使び ゑさ にやられて、藝者や半玉の姿を見て來た晩などは、殊更幻の惡戯に惱まされ、餌を嗅ぎつけた野獸のやう に悶え廻った。どうかすると彼は晝間でも便所へ這入って三十分ぐらゐ顏を見せない事さへあった。 すさ 一日一日に骨を殺ぎ肉を虐げて、傷ましく荒んで行く心の痛手は眼に見えるやうに想はれた。慣れ、、ば慣 むちう しひた 365

9. 谷崎潤一郎全集 第3巻

「それに又斯うも云へる。勇気と云ふ物も畢竟『德』の一種であるから、若しも道德それ自身に何等の價 値がないとすれば、『勇気』にしたってそれ程價値のある物ではない。 善と惡とが人間のえらさを判斷す る標準にならないとしたら、『強』と『弱』との關係に就いても、同じ事が云へるだらう。強者を弱者よ りえらいとする理窟は、何處からも生じて來ないだらう。惡入のま、でえらくなる事が可能ならば、弱者 のま、でえらくなる事も不可能ではあるまい 己は弱者だ。だがしかし、ロ可にしても己はえらく なって見せる。」 そもそ、、、 こ、まで押し詰めると、抑もえらくなると云ふ事が何を意味して居るのやら、壷井自身にも分らなくなっ てしまった。 / 彼の「えらくなる」と云ふのは、要するに何處か一箇所、極めて非几なる特長を作って、そ れを世間に認めさせると云ふ事に歸着するらしかった。その優れたる特長に眩惑されて、世間の人が彼の 弱者たり惡人たる事を許すやうになりさへすればよいのであった。殘る間題は、たゞ如何にして如何なる 方面に、彼は自分の特長を切り開く可きかの一點だけである。 こんな思案に耽りながら、ばんやり歩いて居るうちに、彼はいっしか尾張町の大時計の下へやって來た。 室には雪を含んだ雲が、一面の鼠色に折り重なって、タぐれの市街の上に蔽ひ被さって居る。「歳末大賣 出し」と書いた廣告の旗がところる \ に飜って、もう新年の裝ひを凝らした大通りの兩側を、人々はまだ 年の暮の忙しさに追はれつ、、あわたゞしげな足取りで往ったり來たりして居る。淺草行きも上野行きも、 通る電車には殘らず滿員の札が掲げてある。それへいち早く乘り込まうとして爭って居る人たちを見ると、 壷井は何だか「彼奴等の氣が知れない」と云ひたくなった。 せは 556

10. 谷崎潤一郎全集 第3巻

さう考へても、彼は格別有頂天にもなれなかった。だん / \ 日數を經るに隨って、遂にはお君の存在をさ へ忘れるやうな場合もあった。 少くとも娘の姿を自分の眼の前に見ないと云ふ事實は、彼の心に隙間を與へ、油斷を起させる基となった。 なづ 道草だの、 間食ひだの、手紙の使ひだの、折角遠のいた惡い習慣に再び彼は泥み始めた。又藍子から小遣 ひを貰っては窮々として阿附する事が樂しみになって居た。 それ故壷井は、突然主入から放逐の宜告を受け取った時、一途に令嬢との腐れ縁が原因をなして居るもの と推察した。そのくらゐ彼はお君との關係を閑却して居たのであった。現に初めはお守りのやうに大切に して居た彼女の手紙を、しまひには皺くちゃにして紙屑籠へ投げ捨てたり、洋服の隱しへ突っ込んだま、 放り出して置いたりした。其れをお玉に易々と發見されて、主人の手元へ持ち出されてしまったのであ どうして彼はあんな不注意な眞似をしたのか。せめて手紙の始末ぐらゐはもう少し細心に取り扱ったらよ かったらうに、見す / 、斯う云ふ結果になるのは分って居るのを、日頃の無精と横着から、自分で自分の 運命を破壞するやうな處置に出たのである。 「世の中の出來事は几て偶然の寄り集まりだ。成るやうにしか成らないのだから、どんな仕事でも一生懸 命に頭を使ふ必要はない。無精をする爲めに己の運命が壞れるものなら壞れて見ろ。」 面 の此の信條が年中彼に附き添うて居て而も大膽に實踐されて居た。「善にも惡にも、己は夢中になれない人 間である。共の爲めに己はたま / 、、惡人のやうな外見を呈する。」こんな風に彼は自分を達観して居た。 525