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検索対象: 谷崎潤一郎全集 第8巻
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1. 谷崎潤一郎全集 第8巻

〔第百二十二場屋内田邊奧の間〕 四人がはひれるだけの場所。豐雄が眞女兒をなだめて居る處 ~ 夫婦人り來りて二人をとりなし、眞女兒を しうび 慰めて「いっ迄もこゝに居るがよい。なげくには及ばぬ」と云ふ。豊雄も眞女兒も愁眉を開く。溶暗。 0 0 0 ( タイトル ) 溶明暗 女の姿の優しさに、、 っか再び豐雄の心は戀の闇路に踏み迷った。やがて二人は金忠夫婦の仲 立ちで、幾千代かけての契を結んだのである。 〔第百二十三場屋内田邊家の他の一室〕 0 0 絞明庭に面した綠側のある室。右半面に簾が下って居る。簾の影に後向きに手枕をして寢てゐる豊雄。 くしけづ 共の側に眞女兒も横倒しになまめかしく坐りながら、髪の毛を梳りつ、むつましく語り合ふ。室内程よき 0 0 處に燈臺が灯って居る。溶暗。 ( タイトル ) 溶明 かつらぎたかま 「葛城や高間の山に宵々ごとに立っ雲も : 0 0 0 0 0 0 此のタイトルに次の場面のオヴ 1 ラップ。 0 0 すだれ 182

2. 谷崎潤一郎全集 第8巻

たかつぎひらっき 様にしたし ) 高杯、平杯等に山海の珍味を盛りたるものが並べられ、侍女が瓶子、土器を捧げて二人に酒を す、めて居る。豊雄も眞女兒もいたくめいていの様子である。眞女兄はしどけなき風姿にて語る。 〔第五十二場屋内眞女兒の室〕 眞女兒 0 、、 ( 言葉挿入 ) 『夫は此の春、受領の任の果てぬうちに假初の病で死にました。都の乳母も尼になって、行くへも知れ ない旅に出たと聞いて居ります。 〔第五十三場屋内眞女兒の室〕 豊雄 0 、、氣の毒な女よと云ふ思ひいれで聞いて居る。 〔第五十四場屋内眞女兄の室〕 眞女兒、さらに語りつゞける。 ( 言葉挿人 ) ちぎり 『今は三界に寄る邊のない身の上、哀れな者と思召さば、此の盃に千とせの契を結ばせ給へ。』 さう云って豊雄に盃をさす。 〔第五十五場屋内眞女兒の室〕 三人を人れる。侍女盃を受取り豊雄に渡し、酌をする。 ( 挿入 ) 豊雄 0 、、家の事を考へる。 かりそめ めのと かはらけ 166

3. 谷崎潤一郎全集 第8巻

とに、フレデリッキさんが好きなのかい ? 彌生え、好きよ、好きで惡いの ? : まあ、成るべくなら考へて見た方がいゝと思ふよ。 初子惡いと云ふ譯ぢゃないけれど、 ・ : 私は私で自分のい、やうにするんだから、餘計な世話は燒かないで頂戴。 彌生ふん、 : フレデリッキさんも、矢張 初子そりゃあさうだらうけれど、お前の爲めを思って云ふんだから、 警察で睨まれて居るらしいからね。 彌生だから私も欺されて居るツて云ふの ? 初子何も私はさう云ゃあしないさ、 彌生欺されるのは欺される方が間拔けなんだわ。姉さんのやうな日本人なら欺されもしようけれど、私 : フレデリッキが睨まれて居りゃあ、セシルさんだってお仲間ちゃ は姉さんとは違ひますからね。 ないの。人の世話を燒くよりか自分の亭主のする事を見るがい、や。 ・ : 自分が今までさんざ苦勞をして來た事を思ふか ・ : 私はそれを知って居るから、 初子だから、 ら、尚更お前にさう云ふんだよ。ほんとに私なんざ、人の事は云へやしない、自分がい、お手本なんだ から : 彌生そりゃあ姉さんが働きがないからさ。西洋人の奥さんだって云ふのに、英語も一つしゃべれないで、 ちっとも御亭主の心持を飮み込まうとしないんだもの、それで嫌はれるのは當り前だわ。 初子だけど、私には西洋人の心持は分らないもんだから、 366

4. 谷崎潤一郎全集 第8巻

を光榮として云ひ付けられ、ば何でもいそ / \ と用足しをする。たまに原稿料が這人るのを樂しみにし て、それを大事に取って置いて彼女の笑顏を買ふ爲めに提供する。私は自分の生活費にまで事を缺いて、 ナケナシの小づかひを全部その方へ注ぎ込んでゐた。次の週の何曜日に活動へ行くとか支那料理を喰ふと か云ふやうな約束をすると、五圓や十圓はどうしてもいるので、ヒドエ面をしてもその日までに金を作っ それではそれの報酬として彼女から何を得たかと云へば、今も云ふ通りたゞ彼女の笑顏を得たゞけ、彼女 と一赭に物を見、物を食ふ愉快を得たゞけ、それ以上の事は私は始めからあきらめてゐた。そんな資格の ない事は分ってゐたから、何も望みはしなかった。ではそれでい、譯ぢゃないか、不服を云ふところはな いぢゃないか、 さう云はれゝば成程さうだと云ふやうな気もする。つまり今日ではナケナシの小づ かひを提供するにも相手がゐなくなったので、それが淋しいのに過ぎないかも知れない。で、ちゃうど今 から一週間ほど前の事だったが、或る日の夕方彼女は一人の露國の將校と連れ立って歸って來た。そして 家に居たミセス・と三人で何か機嫌よく笑ひ話をしたりして、ゴランダで暫く涼んでゐた。尤も、その 將校はその時普通の背廣服を着てゐたので、太った立派な男だとは思ったが、私が彼を帝政時代の武官だ と知ったのは、彼が歸ってから後のことなのである。 ア 「あの人はジェネラル・セミョノフの友達なんだよ、そして陸軍少將なのだよ、私は近いうちにあの人と マ 三一緖に上海へ行くのよ。」 ア と、ニ 1 ナはその晩ふとそんな事を云った。 557

5. 谷崎潤一郎全集 第8巻

もよかったかも知れません、けれど實際になって見ると、そんなうまいエ合には行きませんでした、い や行かないのが當り前でした、僕があなたに詑らなけりゃならない事は、僕の過ちはそこにあるのです、 どんな理由があったにもせよ、自分が愛して居るものを人に讓ったと云ふ事が悪かったんです。或は澄 子さんだって惡かったでせうし、その惡い程度も僕と同じだと思びますが、しかし澄子さんを惡くした のも、あんなに弱くさせてしまったのも、結局僕の罪なのです。僕はあなたを惡人だから可哀さうだ、 不仕合はせだと云ってしまって、その實自分も可哀さうな人間なのを忘れて居ました。一體入を惡人だ と極めてしまふのが惡いのですが、假りにあなたが惡人だったとして、僕は何でせうか ? 僕に少しで もあなたより優れた所があるでせうか ? 善入だの悪人だのツて、そんなハッキリした區別がある譯は ないのですし、たとひ僕にいくらか善いところがあったにしても、それだからあなたより仕合はせだと は云へないんです。僕は自分と云ふものを餘り買ひ被り過ぎてゐました、入を憐れむ餘裕もないのに、 生意気にもあなたを憐れまうとしました。事實を云へば僕もあの時少くともあなたと同じ程度に於いて、 澄子さんの救ひが必要だったのです。そりや、僕には多勢の味方があったとは云ふもの、、そんなもの が結局何になったでせう、なまじそんなものがあったと云ふ事を、僕は今では腹立たしくさへ思って居 ます。僕にはたゞ澄子さん一人あればよかったのです。澄子さんこそ僕のほんたうの、最後の味方であ 、澄子さんに捨てられてしまへば、僕の不幸は決してあなたに讓らない筈なのです。 山田三好さん、あなた今になってそんな泣き言を並べたって、仕方がないぢゃありませんか、何と云っ たって僕はあなたに勝ったんだからね、あなたの方ちゃ潔く讓った積りかも知れないが、僕は立派に自 102

6. 谷崎潤一郎全集 第8巻

ら、 さっきも云ふ通り僕の口からは決して勸められないが、君は澄子を貰ってくれる積りだらう 三好そりや、貰びたいことは云ふ迄もない。けれども僕はまだ當人に會はないうちから、此處でハッキ リした事は云ひたくないのだ。正直を云ふと、僕もいっかは、斯うして離れて居る間に二人の愛がだん / \ 深められて行って、遂には離れて居られないほど熱して來る時がありはしないかと、それを室賴み にはして居たんだが ・ : 若し澄子さんが此の家へ引き取られて、僕に會ひたいとでも云ふやうだっ たら、兎も角會はしてくれ給へな。會って見た上で二人の心が自然にそこまで動いて來たら、二人にそ さうなる事を祈っては居るが、若し不幸にし れだけの勇氣が出たら、僕もどんなに嬉しいか知れない。 て澄子さんが山田君の事を思ひ切れないし、僕にそれを動かすだけの力がなかったら、僕は依然として 今の状態を績けるばかりだ。君に笑はれても何でも、何處までも女々しく思ひ切り惡く生きるばかりだ。 圭之助ちゃ、澄子の方で進んで會はうと云はなければ、君の方から會はうとはしないのだね。 三好あ、、 今此處に來て居るんなら會ひたいやうな氣もするけれど、向うに會ふ意志がないやう それに、僕の方から云ひ出すのは澄子さんを陷れる だったら、會ったところで仕様がないもの。 ゃうな風にもなるし、山田君にも惡いしするから、 そ 牧子、左の扉より入り來る。二人は急に會話を止めて、彼女の様子を見守る。 す牧子 ( や、愁眉を開いたやうな顏つきでテーブルに進み、椅子に腰かけ、 愛 ばりね、私の考へた通りだったよ、 一と先づ安心したらしい溜息を洩らしながら ) やっ

7. 谷崎潤一郎全集 第8巻

らう、つい此の間、そなたは窓からを出して拙者に錢を投げてくれた。あの時始めて、國を出てから 四年ぶりで、拙者はそなたの顏を見たのぢゃ。日頃の望みがあの時やう / \ かなうたのちゃ。 しふね 五平聞けば聞くほど執念きお人ちゃ。 : したがその望みがかなうたからは、此の世に思ひ殘すこと もござるまいか : さ、さ、男らしう勝負をなされい 友之丞いや / \ 、拙者は勝負をする莱はない。其方は國にゐる時分から、武道にすぐれた男ちゃと云う て、人にも褒められ自らも許してゐたやうぢやが、拙者にはそのやうな者と太刀打ちをする腕はないの せんこく ぢゃ。拙者は先刻も云うた通り、意莱地のない、「武士の風上にも置けぬ男」ちゃ。見す / \ 負けると 極まってゐるものを、勝負をしたとて無益であらうが、 五平お前様は此の期に及んでも、まだ命が惜しいのでござるかな ? お國一寸逃れに逃れようとおしやるのか ? 友之丞逃れられるものならば、一寸でも二寸でも逃れたい。卑怯とも臆病とも笑はゞ笑へ、拙者は僞り のないことを申すのぢゃ。 : 今更こんなことを云うたとて愚痴かも知れぬカ ・ : そなたの夫の 伊織殿と云ひ、又こ、にゐる五平と云ひ、侍の道を辨へた、劍道にすぐれた人は仕合はせぢゃ。拙者は つくる、二人の者が羨ましうてならぬわい 平お國そなた、人を羨むほどなら、なぜ自らも男らしうしないのぢゃ。 國友之丞男らしうしたいのぢやけれど、生れつき此のやうな女々しい気だてを持って來たものを、自分の お 力でどうすることが出來ようぞい。拙者とても侍の家に生れたからには、そなたの夫に劣らぬゃうな立 341

8. 谷崎潤一郎全集 第8巻

小倉けれど玉枝さんも、今まで全然知らない顏でもないんだしするから、 玉枝だけれど口をきいた事はないんだし、訪ねて來るのは今日が始めてなんですもの。 梅澤で、どんな挨拶をしたんだい ? 玉枝どんな挨拶ッて極まってるぢゃないの、「わたくしは鈴川玉枝と申す者でございますが、今日此方 さまえう 様で要さんとお目にか、る約東になって居りますから」ッて、さう云ったんだわ。 えう 梅澤あは、、、、「要さん」はよかったな。先方ちゃあ何と云ったい ? 玉枝「はあ、左様でございますか」ッて云って、それから後は何だかロの内で分らなかったわ。 小倉可哀さうに、先は面喰らって二の句が出なかったんだらうよ、何しろちょいと珍な圖だったね。 玉枝でも小倉さんは、なか / \ 親切にしてたぢゃないの、「奧さん、あなたは風を引いていらっしやる んだから、無理をなすっちゃいけませんよ、さ、彼方へ行って休んでらっしゃい」とか何とかって、ひ どく劬はってた様子だったわ。 下手よりお杉が出て來る。三人とも急に默ってしまふ。お杉、恐る / 、テープルの方へ歩み、新らしく茶を入れ換へ て三人の前に置き、再びそっと出て行かうとする。 小倉 ( やさしい、低い聲でお杉を呼び止める ) あ、ちょっと奥さん : 々 お杉はい、 ( 聞えないくらゐ徴かに云ふ ) 人 よ小倉恐れ人りますが、この炭取りへ少々炭を戴けませんか。 愛 お杉は、、 こちら 425

9. 谷崎潤一郎全集 第8巻

す、 牧子そんな理窟が何處にあるものですか、あんなことを云はれながら、それちゃお前、あんまり情ない ちゃないか。 澄子でもあの人は三好さんの前で、額を疊に擦りつけて賴んだちやございませんか。狡猾だと云 ~ ばそ れまでですけれど、私を愛して居なければあんな眞似は出來ませんわ、あの人の云ふ事はほんたうでご ざいます。あの入だけを警察 ~ 渡して、私を庇はうとなさるのはあんまり非道うございます、みんなで 山田を欺して居るのでございます。 圭之助おい、澄子、まあ考 ~ て見ろ、お前がそれだから猶更彼奴が附け上るんだ、彼奴はさっき何と云 った、會ひさへすりや自分の物だ、どうでもお前なんか好きなやうにして見せるって、威張って居ただ 、ら一、つ、刀 : お前そんな事を云はれても口惜しくはないのか。 私は山田を愛 澄子口惜しくはございません、山田はそれ程私を信じて居るのでございますもの、 してやらなけりゃなりません、たとひ欺されても、何處まででも、愛してやらなけりゃなりません、さ うしてきっとあの人を救ってやります、それが私の義務でございます。 そこまで云ふなら仕方がない、僕もお前を妹とは思はないから、どうとでも勝手 圭之助さうか にしたら宜からう、その代り、もう二度と再び、詑ってなんぞ來るなよ。 澄子はい、勿論でございます。 三好澄子さん、僕も山田君を欺した一人だと仰っしやるんでせうか ? 僕は、今となっては、たゞさう 0

10. 谷崎潤一郎全集 第8巻

大正九年夏箱根にて 列の後方で木に凭れるのが谷崎潤一郎。前列左二人目から , 里見弴 , 長田幹彦 , 近松秋江。 後列左から , 久米正雄 , 田中純 , 柴田勝衞 , 德田秋聲 , 二人置いて中村武羅夫。